<05> ファミリア・ブレイク (後)
口の挟みようがない張り詰めた空気に、
しかし声を掛ける者が意外なところから現れた。
「お待たせいたしましたー」
それはまったく能力談義とは関係ない一般人であり、声のした方を見る一同の目にも含むようなところはなく――――早い話が、このファミレスの女性店員であった。
お盆にある一皿、それとスプーンにフォークだけを乗せてやってきたようだが、あいにく自分は“その品”を頼んだ覚えはない。共にやってきたメイに川藤も、後から席に参加した桐代も“そんなもの”を頼んだ姿は見ていない。
誤配だろうと思い、その旨を伝えようとしたが、彼女は続けて言った。
「『デコカワ☆キラキラ☆3色ミックスふわふわアイス入りスイートジャンボパフェ』お待ちのお客様ー」
……やはり品名には聞き覚えがない。
だが、驚くべきことに、手を挙げる姿があった。
「俺だ」
常に全身を黒で統一したファッションに身を包む寡黙な長身。
彫りの深い顔に厳として無表情を浮かべた――――真崎である。
「はい、どうぞー」
朗らかにウェイトレスが手を伸ばして彼の前に皿と食器具を置き、一礼してスタスタと去って行った。
先ほどとはまた違う空気が卓に落ち込み、流れる。
ぷっと噴き出して、最初に沈黙を破ったのは桐代だった。
「あはっ、ハハハハハッ! 何だよそれ、そんなもん頼んでたのかよ!」
「………」
真崎の表情は変わらないが、桐代を睨んでいた視線は窓の向こうへと戻されていた。
「ははは、いや、面白いもんだね。随分ジョークの才能があるじゃないか、真崎」
心底おかしそうにひとしきり笑った後、桐代がこちらを向く。
「……ま、さっきの発言は取り消そう。二人も忘れてくれるかい」
「ええまあ、そうします……」
「うん、わかったー」
それでともかく、再びその場は和やかな雰囲気に落ち着いた。
程なくしてそれぞれが頼んでいた料理が運ばれてきたため、食事をしながらぽつぽつと話を続ける。
川藤はヒレカツ和食、メイは鶏肉とキノコのパスタ。俺が頼んだのはジャンバラヤで、桐代は食事は頼まずクリームソーダだけでいいらしい。……そして真崎の前に置かれたふわふわアイス入りパフェとやらは、目を逸らした隙に少しずつ消費されており、食べているところ自体は見られなかった。
「普段はゴハンどうしてんだい、打川」
今度は桐代からこちらへ質問が来る。
「冷凍食品とか、レトルトとか……あんまり料理はしないですね。面倒ならコンビニで済ませます」
「狩野も料理は駄目かい」
「んー、たまに勉強してるけど……上手くはなんないかなあ」
「……お前は途中から独自の味付けを考案し始めるのが問題だろう」
「えー、だって普通に作ってもオリジナリティがないじゃんさー」
「普通に作ってみてから言え」
食えないほどにまずくなったりはしないが、大体味付けが濃すぎか薄すぎの二択になるのである。
「そういい加減にモノ食ってたら、栄養が偏るんじゃねえのか」
今度は川藤が、さほど真剣でない調子で言う。
「大きなお世話ですよ。それにバランスは考えて摂ってます」
「若いうちからご苦労なこったな」
「ま、食えるときに旨いもん食っといた方がいいんじゃないの? 年とると脂っこいの食えなくなるしさ」
そう言う桐代が食べているクリームソーダも年相応とも思えないが。
「そもそもいくつなんですか、皆さん」
「さァ。そういうの考えるとだるくなってさ、忘れがちだね。年が回って一つ数字が増えても別に有り難くもない」
「あー、同感だなあ」
真崎も入れた3人をそれぞれ見ても、どうにも年齢不詳の面構えをした人々である。
こちらが思っているよりずっと年かさなのかもしれない。あるいは超能力でアンチエイジングしてないとも限らないだろう。
超能力で、どのくらい融通の利くものなのかは分からないけれど。
しばらく取り留めの無い会話を続け、食事を終えかけたころ。
不意に、真崎が口を開いた。
「急用が出来た。帰る」
手にした携帯を閉じながらそう言って真崎は立ち上がったが、あいにく奥の席なので横の2人がどかないことには出られない。
「そうかい、じゃあ支払いはこっちでしとくよ」
川藤はそう返したが一向に動く気配はなく、桐代も同様であった。
……と、右に目を逸らした直後。
真崎はこちらの背の側、斜め後ろに音もなく移動していた。
「ずいぶん不用意じゃないの、真崎? あんま日常生活で能力使うもんじゃないよ」
「あいにく急ぎだ。失礼する」
それだけ言って、静かな足取りで真崎は去って行った。
彼がいた席の前には、クリームの一滴さえ残っていない、洗いたてのような皿と銀色の食器だけが残っていた。
「おやまあ、お忙しいことで」
「一人で大丈夫ですかね」
「こっちにゃ連絡来てないし、気にするだけ損だよ。呼ばれたら僕も行くさ」
「了解です」
川藤と桐代は顔を見合わせて、よく分からない会話を交わした。
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「……『マルキス』って呼んでましたけど、あれ、何なんですか?」
会計を済ませレストランを出て、桐代が去った後で川藤に疑問を投げた。
「……あー……ゲームでのプレイヤー名だよ、確か。ネット対戦育成RPGだかの」
「……真崎さんがゲーム?」
「意外と思うかもしれないが、あの人はああ見えてハマり性だからな。そのうえ多趣味で飽きっぽいんだ」
「そりゃちょっと、にわかには信じられませんけど……」
「本人に聞いてみたらどうだ? まあ、今日はお疲れさん。じゃあな」
「ああ、どうも。ごちそうさまでした」
「ごちですー」
給料日だけは川藤も羽振りがいいのか、こうやって奢ってくれるのが常になっていた。
その都度に礼を言うたび、気にするな、とばかりに口だけで笑うのもいつも通りだ。
しかし飄々とした様子で歩み去る彼の背中は、わずかにくたびれても見えた。
「立会人も大変みたいだね」
「川藤さんだけはな。中間管理職、ってとこなんだろうか」
「板挟みって訳でもないんじゃない? 奔放な『上』に振り回される方がメインでさ」
「『下』である俺達が負担にならないようにしたいところだがな」
立会人には謎が多く、組織についても良くは知らない。
不明な実情がある以上、いずれこのアルバイトにも終わりが来るのかもしれないが、それはそれで構わないとも思っている。
自分が能力を使えないのだから、どうしたってただのアルバイト以上にはなれない。
この業種にこだわる理由もなく、二度ありつけるような普遍性のある仕事でもない。
自分はともかく。辞めることになったら、メイはどうするのだろうか。
もっとも聞いてみたところで、彼女は何も語らないだろう。
メイもまた立会人たちと同様に、奔放であり、その時々の気分で物事を決めるのだろうと思う。
そういう生き方の出来る彼女を内心、羨んでいる。
「どしたの? 帰ろうよ」
「……そうだな、まずは帰るか。次の電車はいつだっけな」
「いつでもいいよー。帰り方なんて、いくらでもあるんだもの」
目の前をくるくると回るように歩きながら、メイが笑って返す。
どうしたって彼女は、自由で、奔放だった。
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<05> ファミリア・ブレイク /了
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