表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/49

<05> ファミリア・ブレイク (後)

 口の挟みようがない張り詰めた空気に、

 しかし声を掛ける者が意外なところから現れた。


「お待たせいたしましたー」


 それはまったく能力談義とは関係ない一般人であり、声のした方を見る一同の目にも含むようなところはなく――――早い話が、このファミレスの女性店員であった。

 

 お盆にある一皿、それとスプーンにフォークだけを乗せてやってきたようだが、あいにく自分は“その品”を頼んだ覚えはない。共にやってきたメイに川藤も、後から席に参加した桐代も“そんなもの”を頼んだ姿は見ていない。


 誤配だろうと思い、その旨を伝えようとしたが、彼女は続けて言った。


「『デコカワ☆キラキラ☆3色ミックスふわふわアイス入りスイートジャンボパフェ』お待ちのお客様ー」


 ……やはり品名には聞き覚えがない。

 だが、驚くべきことに、手を挙げる姿があった。


「俺だ」


 常に全身を黒で統一したファッションに身を包む寡黙な長身。

 彫りの深い顔に厳として無表情を浮かべた――――真崎である。


「はい、どうぞー」


 朗らかにウェイトレスが手を伸ばして彼の前に皿と食器具を置き、一礼してスタスタと去って行った。


 先ほどとはまた違う空気が卓に落ち込み、流れる。

 ぷっと噴き出して、最初に沈黙を破ったのは桐代だった。


「あはっ、ハハハハハッ! 何だよそれ、そんなもん頼んでたのかよ!」

「………」


 真崎の表情は変わらないが、桐代を睨んでいた視線は窓の向こうへと戻されていた。


「ははは、いや、面白いもんだね。随分ジョークの才能があるじゃないか、真崎」


 心底おかしそうにひとしきり笑った後、桐代がこちらを向く。


「……ま、さっきの発言は取り消そう。二人も忘れてくれるかい」

「ええまあ、そうします……」

「うん、わかったー」


 それでともかく、再びその場は和やかな雰囲気に落ち着いた。

 

 程なくしてそれぞれが頼んでいた料理が運ばれてきたため、食事をしながらぽつぽつと話を続ける。

 川藤はヒレカツ和食、メイは鶏肉とキノコのパスタ。俺が頼んだのはジャンバラヤで、桐代は食事は頼まずクリームソーダだけでいいらしい。……そして真崎の前に置かれたふわふわアイス入りパフェとやらは、目を逸らした隙に少しずつ消費されており、食べているところ自体は見られなかった。



「普段はゴハンどうしてんだい、打川」


 今度は桐代からこちらへ質問が来る。


「冷凍食品とか、レトルトとか……あんまり料理はしないですね。面倒ならコンビニで済ませます」

「狩野も料理は駄目かい」

「んー、たまに勉強してるけど……上手くはなんないかなあ」

「……お前は途中から独自の味付けを考案し始めるのが問題だろう」

「えー、だって普通に作ってもオリジナリティがないじゃんさー」

「普通に作ってみてから言え」


 食えないほどにまずくなったりはしないが、大体味付けが濃すぎか薄すぎの二択になるのである。


「そういい加減にモノ食ってたら、栄養が偏るんじゃねえのか」


 今度は川藤が、さほど真剣でない調子で言う。


「大きなお世話ですよ。それにバランスは考えて摂ってます」

「若いうちからご苦労なこったな」

「ま、食えるときに旨いもん食っといた方がいいんじゃないの? 年とると脂っこいの食えなくなるしさ」


 そう言う桐代が食べているクリームソーダも年相応とも思えないが。


「そもそもいくつなんですか、皆さん」

「さァ。そういうの考えるとだるくなってさ、忘れがちだね。年が回って一つ数字が増えても別に有り難くもない」

「あー、同感だなあ」


 真崎も入れた3人をそれぞれ見ても、どうにも年齢不詳の面構えをした人々である。

 こちらが思っているよりずっと年かさなのかもしれない。あるいは超能力でアンチエイジングしてないとも限らないだろう。

 超能力で、どのくらい融通の利くものなのかは分からないけれど。


 しばらく取り留めの無い会話を続け、食事を終えかけたころ。

 不意に、真崎が口を開いた。


「急用が出来た。帰る」


 手にした携帯を閉じながらそう言って真崎は立ち上がったが、あいにく奥の席なので横の2人がどかないことには出られない。


「そうかい、じゃあ支払いはこっちでしとくよ」


 川藤はそう返したが一向に動く気配はなく、桐代も同様であった。


 ……と、右に目を逸らした直後。

 真崎はこちらの背の側、斜め後ろに音もなく移動していた。


「ずいぶん不用意じゃないの、真崎? あんま日常生活で能力使うもんじゃないよ」

「あいにく急ぎだ。失礼する」


 それだけ言って、静かな足取りで真崎は去って行った。

 彼がいた席の前には、クリームの一滴さえ残っていない、洗いたてのような皿と銀色の食器だけが残っていた。


「おやまあ、お忙しいことで」

「一人で大丈夫ですかね」

「こっちにゃ連絡来てないし、気にするだけ損だよ。呼ばれたら僕も行くさ」

「了解です」


 川藤と桐代は顔を見合わせて、よく分からない会話を交わした。



- - - - -



「……『マルキス』って呼んでましたけど、あれ、何なんですか?」


 会計を済ませレストランを出て、桐代が去った後で川藤に疑問を投げた。


「……あー……ゲームでのプレイヤー名だよ、確か。ネット対戦育成RPGだかの」

「……真崎さんがゲーム?」

「意外と思うかもしれないが、あの人はああ見えてハマり性だからな。そのうえ多趣味で飽きっぽいんだ」

「そりゃちょっと、にわかには信じられませんけど……」

「本人に聞いてみたらどうだ? まあ、今日はお疲れさん。じゃあな」

「ああ、どうも。ごちそうさまでした」

「ごちですー」


 給料日だけは川藤も羽振りがいいのか、こうやって奢ってくれるのが常になっていた。

 その都度に礼を言うたび、気にするな、とばかりに口だけで笑うのもいつも通りだ。


 しかし飄々とした様子で歩み去る彼の背中は、わずかにくたびれても見えた。


「立会人も大変みたいだね」

「川藤さんだけはな。中間管理職、ってとこなんだろうか」

「板挟みって訳でもないんじゃない? 奔放な『上』に振り回される方がメインでさ」

「『下』である俺達が負担にならないようにしたいところだがな」


 立会人には謎が多く、組織についても良くは知らない。

 不明な実情がある以上、いずれこのアルバイトにも終わりが来るのかもしれないが、それはそれで構わないとも思っている。

 

 自分が能力を使えないのだから、どうしたってただのアルバイト以上にはなれない。

 この業種にこだわる理由もなく、二度ありつけるような普遍性のある仕事でもない。


 自分はともかく。辞めることになったら、メイはどうするのだろうか。

 もっとも聞いてみたところで、彼女は何も語らないだろう。

 メイもまた立会人たちと同様に、奔放であり、その時々の気分で物事を決めるのだろうと思う。


 そういう生き方の出来る彼女を内心、羨んでいる。

 

「どしたの? 帰ろうよ」

「……そうだな、まずは帰るか。次の電車はいつだっけな」

「いつでもいいよー。帰り方なんて、いくらでもあるんだもの」


 目の前をくるくると回るように歩きながら、メイが笑って返す。

 どうしたって彼女は、自由で、奔放だった。



- - - - -


    <05> ファミリア・ブレイク /了


- - - - -


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ