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<04> 三人閑女の水入らず (後)

 御旗五堂駅、待合所。

 ガラス細工に包まれた丸電灯が、白と橙の二色いずれかを帯びて中空に釣られている。同じ形の無い繊細な手工芸品はイタリア製だろうか、西洋的な美意識を感じさせるデザインである。

 ……かといって奥を見れば、赤く大きな和傘の下に畳地の長椅子が置かれていたりと、日本人のセンスらしい無国籍さ加減がうかがえる。

 しかしながらそれを雰囲気の良い空間と思えてしまうのは、やはり自分も現代に生きる日本人だからだろうか。


 まあそれはさておき。

 入口近くの丸テーブルに三者が腰かけているこの場の雰囲気は、非常に重かった。


「……」

「……」

「……ああ、ともかく飲み物を買ってこよう。二人とも、何がいい?」

「え、あっ、悪いです……」

「気にすんな、おごらせてくれ」

「ん……うん、じゃあ、ミルクティーを……缶のやつでいいですから」

「わかった。ユリノは?」

「必要ないわ。さっき買ったばかりだし、借りも作りたくない」


 テーブルの上には、先ほど持っていた緑茶入りのペットボトルが置かれている。


「そうかい。……やれやれ」


 重く感じられる腰を上げ、すぐそばの自動販売機コーナーに向かう。


 一口に自販機というと飲み物のそれを連想するだろうが、ここ御旗五堂駅の構内にはなぜか、ありとあらゆる自動販売機が置かれている。駅によくある売店が見当たらない代わりに、その役割をずらりと並んだ各種自販機が担っているのだ。


 飲料類の半分は外に設置されていて、残りは構内の通路に沿うようにずらりと並び、そちらにはマニアックなメーカーのものも多々ある。

 これだけかと思って振り向くと、驚くなかれ、三方が販売機だらけである。

 まず左からアイス、お菓子、ガムにキャンディー、ハンバーガーにフライドポテト。各種軽食を飛ばして端のカップラーメンあたりで食料品は終わりだが、そこから直角に曲がると日用品が並ぶ。

 歯ブラシ、タオル、ヒゲ剃りときて、乾電池にインスタントカメラ、新聞の隣で細く収まっているのは簡素な傘だ。

 あとは右の壁面にぎっしりと、タバコと酒類がバリエーション豊かに揃えられている。


 まったく自動販売機大国の面目躍如とでもいえそうな光景であった。

 ちなみに以前はおつまみ各種もあったのだが、終電で帰ってきた酔っ払いが三次会を始めるもんだから廃止され、酒の方も販売時間が制限された。


 一番ポピュラーなミルクティーと、自分用に野菜ジュースを一本買って席に戻る。

 あいにく、中座していた間に何かが話されたような空気はなかった。缶を渡すと、湊は「どうも……」と小さくお礼を言った。


「……」

「……」

「…………なあ、ユリノ」

「……何よ?」

「……いや、何でもない……」

「……」


 ああ、ああ、なんとかもうこの場は解散させて帰りたいところだが。

 しかし逃げようとすればユリノの能力で抑えつけられ、無理くりに引き戻されるのは目に見えている。

 たまりかねてきょろきょろと横や後ろを見回すが、人っ子一人……駅員や清掃員さえ見当たらない。


 さっき歩いて行った自販機コーナーも、しんとしていて人気はなく――――


「……ん?」


 いや、一人いた。

 端の方をよく見ると、酒の販売機に隠れるようにしてこちらを見ている姿があった。


 いやはや仏はどうだか知らないが、二度来た奇遇も三度目である。

 そこにいた彼女も能力者であり、かつ知り合いだ。


 ――――C-16、通号『トータル』、御旗岳中学2年。

 愛中久澄江が、陰ながら様子をうかがっていた。


 “いいところに! よく来た!”と言わんばかりのこちらの表情をしっかりと読み取ってしまったのか、露骨に愛中が嫌そうな顔をする。声こそ聞こえなかったが、半開きになった口はおそらく、「げっ」と言った。


「ああ、愛中じゃねえかー! そんなところで何やってるんだー?」


 わざとらしいほどに大きな声で、逃げられる前に愛中に呼び掛ける。卓についている二人も、声を投げた方向を見た。

 すると観念したのか、愛中は壁の陰からフェードインするようにそろそろと姿を現した。「あはは……」と苦笑しながら手を控えめに挙げ、見るだに重い足取りでこちらに歩み寄る。


「シンゴ先輩に、ユリノ先輩……それにハルカちゃん? ええっと、なに、してるの……?」


 雰囲気は察しているのか、ぎこちなく愛中は挨拶をした。他二人はすぐには答えないため、仕方なくこちらで応じる。


「まあ、親睦を深めようということで、な……」

「そ、そうですかー……ははは……」

「ああ、たまたま会ったことだし、愛中も一緒にどうだ?」


 こうなれば道連れに引き込むしかない。席を勧めると愛中は、二人に見えないように口角を歪めて非難してみせた。


「……じゃあ、お邪魔しますねー……えっとー、ハルカちゃんとは久々だね」

「そうですね……基礎訓練の時以来です。あのときはお世話になって……」

「あはは、系統が違からかな、あんまり訓練じゃ会わないものね」


 とりあえず湊とはそう知らぬ仲でもないようで、簡単なあいさつを経て空気も先程よりは大分ゆるんだ。


「湊はどういう能力なんだ? 愛中みたいな念動系じゃないのか?」

「あ、ええっと……私は幻覚関係みたいです。まだ上手く使いこなせませんが……」

「へえ……通号は?」

「『シアター』というそうですけど、自分でも、その、よく分からなくて」


 ガタッ、という音がするどく構内に響いた。

 ……見ると、ユリノがその場に立ち上がっていた。


「お手洗いへ行くわ。……そこで待ってなさいよ、あなた」

「はっ! はいぃ……」


 険に圧されて、湊が恐れとともに縮こまった。円卓から離れる際に、ユリノがこちらを睨んできた。本人としてはちらっと目配せをしたつもりなのだろうが、どうひいき目に見てもギラリと鋭いガンづけであった。


(来いってことか……まったく)


 なんとなく用件は分かっている。たぶん愛中も承知しているのか、こちらに流すように視線を向けてまばたく。そうそう、知る限りこういうのが一般的な目配せだ。


「ああ、俺もトイレ」

「はーい」


 念を押すような愛中の返事を背に、トイレのある通路へと向かう。ここまでくると、今までいたテーブルからこちらの様子は見えなくなる。

 

 ユリノはそこで、壁を向いて――――首を垂れ、肩を落としていた。


「ああ……! もう、もうっ! 駄目! こんなんじゃ駄目よ! 全然会話が続かないし、雰囲気も悪いしっ……。あの子にだって怖がられちゃったじゃない。ああっ、馬鹿! 何でいつもこうなっちゃうの、何で普通に喋れないの……。同じクラスだし番号だって近いから、いい機会だしっ、仲良くなりたかったっていうのに……。ちっちゃくて可愛いから、なんか羨ましいし、とにかく緊張してっ……!」


 ……とまあそういうわけで、早い話が非常に不器用な奴なのだ。

 “外面とプライベートの切り替えが下手”という分析は、たしかメイが言ったことだったろうか。さらにアガリ症らしく、緊張するほどに言動も表情も硬くなってしまうという。


「本当に、まったくなあ……」


 そう溜息のようにこぼすと、俺がいる事に今初めて気づいたように、顔を上げてこちらを見た。表情は困惑したように緩み、先程よりは力が抜けてはいるのだが、元々の顔立ちのせいか怒っているようにも見えてしまう。


「ああ、先輩……どうしたらいいんだろう、私……。あの子、怖がらせちゃった……」

「そう心配せんでも……湊は湊で、引っ込み思案だからなあ。何ていうか相性が悪いよ」

「ううっ、どうしようどうしよう……だって、どう話しかけたらいいか分かんないしっ……そうだ、あの子が何年生かも私知らない……」

「相当テンパってたんだな……リボン見ればわかるだろう。一年だよ」

「そうなの……」


 消沈したように、壁にごんと頭をつける。本人もこういう性質は治したいらしく、今回は後悔と自責もことに強いようだ。しかしこのまま戻っても緊張は解けないだろうし、どうしたものかと考えていると、ポケットが震動した。

 

 携帯へとメールの着信。送り主は、愛中だった。

 先ほど愛中がそうしていたように壁陰から様子を伺うと、膝上に置いた袋に両手を突っ込んでいる。見えないように、メールを打ってきたのだろうか。本人は何やら紅茶の話を湊と交わしており、所作に動揺などはなく自然だった。


『ユリノせんぱいがまたやっちゃった

 んだよね?どうする?トイレからメ

 ールがあったとかにしてハルカちゃ

 んは帰しちゃう?        』


 メールにはそう書いてあった。一旦この場をお流れにしてしまおうという考えであり、消極的とはいえ解決案ではあった。

 

 しかしながら目の前で落ち込んでいるユリノの様子を見ると、何とかしてやりたいとも思う。……まあ、まずは本人に相談するところからか。


「ユリノ。これ見ろ、愛中からのメールだ」

「え? ……ええ。………これは、やっぱり……」

「そうだ、この場はうやむやにして終わろうかとの提案だ」

「んん……仕方ないよね、うん……」


 自嘲するように、彼女は顔を画面からそむけて言った。


「それでいいのか、お前は。仲良くなりたいんだろ」

「そうだけど、でも、もう……」

「湊は素直な奴だ、ちゃんと話せば分かってくれる。俺も愛中もフォローしてやる。どんなに無様で不器用でもいいから、正直に自分の事を教えてやれよ。じゃないと……湊も悲しいだろう」

「…………」


 それでも決心がつかないのか、ユリノは迷うようにしばらく黙りこくっていた。


「あ、あのう……」

「「!!」」


 後ろから声を掛けられ、振り向く。

 いつのまにか湊が、こちらにやって来ていた。


「お二人とも、戻るのが遅かったので……ええっと……」


 表情や言動に含むようなところはなく、こちらの会話を聞いてはいなかったようだ。


「ああ、ちょっと話してたんだ。今戻るけど……その前に」


 ぽんと、ユリノの背中を叩いてやる。その身体はかすかに震えたが、しかし意を決したように顎を上げて、湊を見据えた。


「……あの、ね、みなとさん」

「は……はい」

「私は……あなたの事が……」

「……?」

「か、かっ! か…………可愛いと、思ってる、のよ」

「え、ええっ」


 ……そ、そこからきたか。


「だから、……ごめんなさい。そのせいかさっきも、緊張してて……」

「いっいえ、わたしこそ謝らないと。はせ……いえ、ユリノ先輩もきれいですから。わたしも緊張してました……」

「き…………!」


 素直な褒め言葉は言われ慣れてないのか、ユリノが驚いた様子で口をぱくぱくさせた。


「…………っ! ごめんなさいっ!」

「……え? あっ、先輩っ……!?」


 顔を片手で覆うようにして、脱兎のごとくその場からユリノが姿を消した。

 あとには俺と湊が、呆然と取り残された。


「……まあその、不器用な奴なんだ。分かってやってくれ」

「……は、はい……」



- - - - -



 それからテーブルで苦笑いを浮かべていた愛中に経過を話し、ともかくその場はお開きとなった。湊はぺこりと丸まり気味な一礼をし、近くであるらしい自宅へと小走りに帰って行った。


「そういや愛中、何でお前はこんなとこに居たんだ?」


 Tシャツに黒いジャージの下というラフな格好の愛中を見て、疑問を述べる。


「バスケの自主練帰りですよ、駅裏のコートで不定期に練習してるんです。部活はやってませんけどね」


 確かに手にしているビニール地の袋は、ボールらしい丸みを持っていた。


「それでふとカップ麺が食べたくなって、ちょっと寄ったらこれですよ、もう……」

「いやいや、悪かった。でもまあ結果としては良かっただろう」

「んー……二人はともかく、私は巻き込まれ損じゃないですか」

「そうだな……じゃあ何かおごってやろうか?」

「カップ麺、とか言うのは駄目ですよ。ふふー、じゃあ……何も要りませんけど、一つ貸しにしておきますね。ではまた、訓練で」


 何か良からぬことを思いついたような一言を残して、愛中は去っていった。


 ……ともかくは比較的丸く収まったが、しかしまあどいつもこいつも癖のある連中だ。

 そう言う奴らにこそ、能力がもたらされるのだとは以前に聞いた。しかし能力を得たことが、本人を変えてくれるということもあるのだろうか。


 少なくとも接点の薄かったはずのあの二人は、こうやって奇遇にも知り合えた。

 今日はともかく、それで良かろうと思うことにした。



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    <04> 三人閑女の水入らず /了


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