運命の相手③
広場に着くと、もはや見慣れたその荷馬車が、今日も以前と同じ場所でひときわ存在感を放っていた。違うのは、夏には日除けの為に大きく張り出されていた幌がすっかり畳まれ、その代わり馬車の脇に炭火の入った鉄籠が置かれていることだ。暖を求めて足を止めた通行人が、そのまま店先の服を眺めていく。なるほど、客寄せも兼ねているらしい。相変わらず商売上手なやつだ。
(前に来てたのは……もう三ヶ月くらい前か?)
ふさふさの毛皮が襟元についたコートに、編み目がやたら凝ったマフラー、ふわふわした飾りのついた手袋。店先は、もうすっかり冬の装いに変わっていた。どれも異国らしい洒落たデザインなんだろうが、俺には「なんでもふわふわつけりゃいいってもんじゃないだろ」としか思えない代物ばかりだ。もっもと、ユナは遠くからひと目見るなり目を輝かせているが。
「ロイ見て! あの帽子可愛い!」
「変な耳がついてるぞ」
「だから可愛いんじゃない!」
(……やっぱり、俺にはよくわからない世界だ)
「あ、いた!」
ユナの声につられて視線を向けると、荷馬車の前で、ちょうどアベルが客を見送っているところだった。今日のアベルは、厚手の白いシャツの上に鮮やかな刺繍入りのベストを重ね、さらに毛皮で縁取られた丈の長い上着を羽織っている。腰には相変わらず飾り紐やら何やらがぶら下がっていて、冬になってもごちゃごちゃしているのは変わらない。ただ、以前は背中まであった髪が、今は肩口でばっさりと切り揃えられていた。
「アベルさーん! 久しぶり! 髪切ったんだね!」
ユナが声をかけると、アベルは一瞬「ん?」と不思議そうにユナを見つめた。だがすぐに何か思い出したらしく、「あれ?」と顔をほころばせながら、俺たちに近寄ってきた。
「ねえ、君、前に俺が声掛けた子だよね? 相変わらず可愛いね〜。でも残念ながら俺はアベルじゃないよ?」
「……え?」
ユナが戸惑ったように目を瞬かせる。
(は? なんだ、こいつ)
どう見てもアベルにしか見えないが、どうやら違うらしい。やけに馴れ馴れしいその口ぶりに、俺は思わず眉をひそめた。
「あれ、ユナちゃん! いらっしゃい!」
聞き慣れた声とともに荷馬車の奥からひょいっと顔を出したのは、以前と同じく、背中まである髪を緩く後ろで編んだ、アベルだった。
「ふふっ。また間違えてる。そっちは俺の兄貴のラベルだよ。ユナちゃんは一度会ったことあるよね?」
そう言いながら荷台から軽やかに飛び降りると、アベルは答え合わせでもするようにラベルの隣へ並んだ。
こうして二人並ぶと本当によく似ている。髪の長さこそ違うものの、目元も鼻筋も、口元に浮かべた人懐こい笑みまでそっくりだ。実際に双子を見るのは初めてだが、こんなに似てるもんなんだな。
「あっ……ごめんなさい。てっきりアベルさんかと……」
ユナが慌ててラベルに頭を下げる。
「気にしないで! それよりさ、劇見たよ。アベルから聞いた時はびっくりしたよ〜。まさか俺が前に声かけた子が、今話題の劇のヒロインだったなんてさ。ってことは、そっちがロイさんだね?」
ラベルが今度は俺へ顔を向け、にこっと笑いかける。
「あ、ああ」
「いや〜、すごく良かった! 噂になってるだけあるね。俺、最後の方なんてちょっと泣きそうだったもん」
「兄貴、完全に泣いてたじゃん」
「おい、余計なこと言うなよ」
二人が顔を見合わせて笑う。こうして話している姿までそっくりだと、なんだか妙な感じだ。
「いつもは俺か兄貴のどっちかが行商に出るんだけどさ。今回はどうしてもユナちゃんたちの劇を見たくて、二人揃って来ちゃったんだ」
ケラケラと笑いながらそう言うと、アベルは俺たちを見てしみじみと目を細めた。
「でもさ、ほんの数ヶ月前にここで想いを通じ合わせた二人が、実は運命の相手で、癒しの光まで出しちゃう奇跡のカップルだったなんてね〜。ほんとビックリだよ」
「そ、そうだよね。アベルさんには、ここで私たちのやり取り、全部見られてたんだもんね」
「そうそう。あの時のお兄さん、カッコよかったよね〜。ユナちゃんも恋する乙女って感じで可愛かったし」
「や、やだ、アベルさん」
アベルに揶揄われ、ぽっと頬を染めたユナが、恥ずかしそうに両手で顔を覆う。
「そういやさ、元の勇者のお兄さんとは、もう光は出してないの?」
アベルがふと思い出したように尋ねてきた。
「ああ。ユナと光が出た以上、カイルと出す必要はないからな。今はユナと二人でポーションを作ってる」
「へえ〜。でも、それって不思議だよね」
アベルが首を傾げる。
「何が?」
「だって、勇者と聖女の組み合わせって、一つの国に一組だけなんでしょ? 最初はロイさんとカイルさんで光が出てたのに、今度はユナちゃんとも出たってことは……ユナちゃんも勇者だったってこと?」
「いや、それが結局わからないんだ」
俺は小さく肩をすくめた。
「そんな事例、今まで一度もなかったらしくてな。俺とユナのどっちかが特別なのかもしれないって話も出たが、確かめるために他のやつと試すわけにもいかないし。結局、理由はわからないままだ」
「ふうん……」
アベルは腕を組み、少し考えるように首を傾けた。
「兄妹だとみんなそうなるとか? 同じ運命の相手を共有する、みたいな」
「いや。他国でも勇者に弟や妹がいることは珍しくない。勇者の力を継ぐのはその家系の長男ってのが、昔からの定説だからな。過去には弟や妹でも同じ相手と光が出るんじゃないかって試した例もあるらしいが、そんな事例は一度もなかったそうだ」
アベルは納得したように頷いたものの、まだ何か引っかかるのか、うーんと首を捻った。
「でも、なんかあるんだろうね。カイルさんとユナちゃんに共通するものが」
「共通するもの?」
「ほら、兄弟って好みが似たりするじゃん? 俺たちなんて双子だから、特にすごいよ」
そう言って、隣のラベルを親指で示す。
「好きな食べ物も似てるし、服選んでてもたいてい同じの手に取るし。女の子の好みまで結構かぶるんだよね」
「ああ。前に、別々の場所で同じ子を口説いてたこともあったな」
うんうんと頷きながら、ラベルが可笑しそうに笑う。
「そうそう! あとで知って、さすがに笑ったよなぁ」
思わず呆れていると、アベルは楽しそうに肩をすくめた。
「だからさ。もし俺たちにも『運命の相手』なんてものがいたら、案外そこまで一緒だったりしてね。そしたら兄弟で取り合いになって大変そうだけど」
「えー、私、お兄ちゃんとそんなに似てないと思うけどなぁ。あんなに単細胞じゃないし!」
ユナが心外だとばかりに眉を寄せる。
「いや、結構似てるぞ」
「えっ、どこが!?」
即座に食いついてきたユナに、俺は少し考える。
もちろん男女の違いはあるから、見た目はアベルたちほど似てはいない。性格だって、カイルは単純で直情的。ユナの方がよっぽどしっかりしている。けど、小さい頃から二人を見てきた俺からすれば、似ているところなんていくらでも思いつく。
「一度こうだって思い込んだら、周りが見えなくなるところとか。人の話聞かないで突っ走るところとか」
「えーっ! 私、そんなことないよ!」
「いや、あるだろ」
「失礼しちゃう。私、お兄ちゃんよりずっと思慮深くて冷静だと思うんだけどなぁ」
おい。ついさっきまで、兄貴との約束を破って俺を家に連れ込もうとしていたのは、どこの誰だ。
「ふふっ。じゃあ案外、本当は双子だったのに、ユナちゃんがお腹の中でのんびり居眠りして、寝過ごしちゃったとか?」
「え、ひどい! いくらなんでもそんなに寝ないし!」
「ははっ、そりゃそうだ」
アベルとラベルが揃って笑い出し、ユナはむっとしたように頬を膨らませる。
「もうっ。久しぶりに会ったのに、二人してからかって!」
「ごめんごめん。お詫びに、その耳つきの帽子、ちょっと安くしてあげるよ」
「え、ほんと!?」
(切り替え早いな……)
さっきまでの不満顔はどこへやら。ユナは嬉々として店先へ駆け寄ると、例の変な耳がついた帽子を手に取った。
その後もしばらく、ユナはアベルたちと新しく入った服やら小物やらの話で盛り上がっている。俺にはさっぱりわからない話ばかりだ。そっと話の輪を抜け、馬車の傍に置かれた炭入りの鉄籠へ手をかざす。
(あったけぇ。これいいな。冬の立哨の時にも一個置いてくれりゃいいのに)
鉄籠の中では、黒く焼けた炭の隙間から赤々とした火が覗いている。時折、ぱち、と小さく爆ぜるたび、表面に薄くかぶった灰の奥で、赤い光がゆらりと揺れた。
(双子、か)
ほんと、あの二人は何度見てもそっくりだ。カイルとユナも、こいつらくらい似てたら、今回の光のこともまだ納得もできるんだが。
(ユナたちは年子だから、それに近い何かがあるとか?)
いや、さすがにそれはないか。この広い世界、勇者の弟や妹が年子だった例なんて、いくらでもあるだろう。
やがて日も傾き始め、俺たちは二人に別れを告げて広場をあとにした。
「またね、アベルさん! ラベルさんも!」
「うん。また来るよ」
「次は俺のことも間違えないでね、ユナちゃん」
「もう間違えません!」
笑いながら手を振る二人に見送られ、ユナと並んで歩き出す。いつもと変わらない、賑やかな広場でのひとときだった。




