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俺が聖女だなんて聞いてない! ~幼馴染を助けたら、なぜか『癒しの光』が発現しました~  作者: エス


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奇跡の代償②

 最初の数日間、王城はちょっとした騒ぎだった。いや、“ちょっとした”なんてもんじゃない。


 癒しの光が発生した。


 その事実は半日もしないうちに城中へ広がり、翌日には王都中の噂になっていた。

 勇者と聖女による癒しの光。それは、長年この国では失われたと思われていた奇跡だった。しかもそれを発生させたのが、まさかの男二人。


 当然、王城付きの学者や薬師たちは大騒ぎだ。


「前例がありません!」

「いや、しかし実際に光は発生しているのですよ!?」

「だからといって男同士など」


 だだっ広い会議室でそんな怒鳴り声が飛び交うなか、俺とカイルは、揃って虚無の塊みたいな顔で座っているしかなかった。


 結局、終わりの見えない会議に痺れを切らしたルーカスが俺たちに命じ、その場で癒しの光を見せた途端、騒いでいた連中は一斉に黙り込み、会議はあっけなく収束。


 その翌日からはさらに忙しくなる。

 というのも、ルーカスが、「よし! 研究だ! 研究室を作れ! 学者と薬師を集めろ! 予算は俺が出す!」などと、妙に目を輝かせながら、半ば強引に研究計画を立ち上げやがったからだ。もちろん隣でエドガーが全力で煽っていたのは言うまでもない。


 俺たちに拒否権? そんなものあるはずがない。

 いくらあいつが幼馴染で腐れ縁の親友だろうが、一応この国の王だ。王命まで持ち出されたら、逃げられるわけがなかった。


(あいつ、まじでいつか覚えとけよ)


 こうして王城の一角には急ごしらえの研究室が作られ、王都中から学者や薬師たちが集められることになった。


 しかも始まったのは、ただのポーション研究だけではない。


 王立図書館に保管されていた古文書の調査。勇者家系と聖女家系に伝わる記録の洗い出し。他国に残る勇者聖女伝承の収集。さらには、現在も勇者聖女が存在する国々への聞き取りまで行われることになった。


 長年聖女不在だったヴァリアントでは、勇者と聖女にまつわる知識そのものが曖昧になっていた部分も多い。だからこそ学者連中は、なぜ俺で癒しの光が発現したのかを解き明かすため、勇者と聖女に関する記録そのものを根本から洗い直し始めたのである。


 その甲斐あって――というか、俺とカイルにとっては地獄の始まりでしかなかったが――これまで誰も知らなかったような事実が、次々と判明した。


 まず判明したのは、勇者と聖女についての基本的な仕組みだった。


 勇者家系では、その代で最初に生まれた男児が勇者の力を継ぐ。一方、聖女家系では、家系に生まれた女性は全て聖女候補となるらしい。そのため、各国には分家や遠縁まで含めれば、適齢期の聖女候補がそれなりに存在している。


 しかし、その中で実際に勇者と出会い、想いを通わせ、癒しの光を発現できる者は、一国につきたったひとりだけ。そして、その勇者と聖女の組み合わせは、代替わりするまで、その国にとって唯一無二の存在となる。つまり、お互いが運命の相手だというわけだ。さらに、二人の相性が良いほど癒しの光は強くなり、完成するポーションの質も上がるらしい。


 まあ、このあたりは俺でも知っている程度には有名な話だ。問題はその先だった。

 王立図書館の奥から引っ張り出された、聖女家系側の古い文献。その中に、さらっととんでもない記述が紛れ込んでいたのである。


『聖女は、必ずしも女性に限らず』


 最初にそれを見つけた学者は、その場でひっくり返りそうになったらしい。

 当然のように、その発見は王城中を瞬く間に駆け巡った。気づけば話は他国にまで広がり、学者連中は大騒ぎだ。


 そりゃそうだ。男でもありなんて誰が思う。

 今代は聖女が生まれなかった。

 そう嘆かれながら過ぎ去っていった時代にも、実はどこかで男の聖女がひっそり生まれていたかもしれないのだから。


(もっと表に出してけよ! そんな重要なこと!)


 でもそれで、俺みたいに男同士で嫌々口付けを強要されるやつが減っていたと思えば……いや、そんな素直に喜べるか!


 まあそんなわけで、俺は正式に聖女として認定されることになった。いや、待て。男なのに聖女ってなんだ。聖男? でもそれだと妙に語感が間抜けだし、かといって他に呼び方もないらしい。学者連中もその辺はまだ揉めている。


 ともかく、文献上、俺とカイルは正式な勇者聖女カップルとして成立するという結論に至ったようだ。まったく迷惑この上ないが。


 ただ、学者たちにも説明がつかないことはある。俺とカイルの間に恋愛感情なんてものは欠片もない。それなのになぜ癒しの光が発現したのか、ということだ。


 これについては前例がないため、今のところ推測するしかないらしい。学者たちの見解では、俺たちの場合、長年の付き合いで培った友情が『想い』として作用したのではないか、とのことだ。


 まあ、好きか嫌いかで言えば、そりゃ好きの部類には入る。幼馴染だし、友人として大切に思っているのも間違いない。


(いや、そこは恋愛感情だけでいいだろ!)


 なんでそんなところだけ融通が利くんだよ。

 ということは、あれか? 運命の相手なんてものを信じていたわけじゃないが、つまり俺のそれはカイルってことだろ? 


(……ちょっと切なすぎないか、それ)


 次に始まったのは、癒しの光そのものについての検証だった。当然、実験台は俺とカイルだ。おかげで俺たちは、連日朝から晩まで、ひたすら口付けさせられる羽目になった。


「本日は接触時間による変化を検証しますぞ! 三秒、十秒、三十秒――こらっ、まだ唇を離してはいけませぬぞ!」


「次は密着度を上げてみましょう! お互い、こう抱き合うようにして……」


「おおっ! 今のは光量が増しておりますぞぉぉ!」


 学者連中は大盛り上がりだが、やらされているこっちの精神は順調に死んでいく。最初こそ「離れろ!」「押すな!」だの散々騒いでいた俺たちも、三日目あたりからは、もう抵抗する気力すら失っていた。


 結局、どれだけ体を密着させようが、口付けを濃厚にしようが(本当に二度と思い出したくない)、癒しの光は三十秒ほどで徐々に弱まっていくことが判明した。


 しかもどうやらあの光は、連続して使うほど体力の消耗が激しくなるらしい。初めて発動した時は一度きりだったせいか回復効果しか感じなかったが、実験で二度、三度と繰り返しているうちに、どっと疲労が押し寄せるようになった。


 そのため現在は、仕事終わりに研究室へ立ち寄り、一日三十秒程度の口付けでポーションを生産する、という形に落ち着いている。


 ちなみに、「他の相手とも試してみるべきでは?」なんて意見も一応は出た。だが、勇者聖女のいる他国では、運命の相手以外との口付けは力を弱めるというのが半ば常識らしい。下手をすれば癒しの光そのものが不安定になる可能性もあるなどと、学者連中が騒ぎ出し、その案はあっさり却下された。


 その点だけは本当に助かった。カイルだけでも嫌なのに、なにが悲しくてその他大勢と口付けしなきゃならないんだ。


「さて、お二人とも。本日も実に素晴らしい出来でございますなぁ! お勤めご苦労様でございましたぞ!」


 エドガーの声に、俺ははっと意識を引き戻した。


 気づけば、机いっぱいに並べられていたポーションは全て無事完成していた。小瓶をひとつひとつ光へ透かしながら、エドガーが満足げに何度も頷いている。


 どうやら俺たちの作るポーションは、これまで散々ヴァリアントを見下してきた隣国製の高級品にも、まったく引けを取らない出来らしい。その事実がよほど嬉しかったのだろう。例の隣国侍従へ、満面の笑みで新作ポーションを見せびらかしに行ったエドガーは、その日城へ戻ってくるなり小躍りしていたそうだ。


 完成したポーションの乗ったトレーを、それはもう宝物みたいに抱え込み、エドガーは終始ご機嫌な様子で研究室を後にしていく。その背中を見送りながら、俺とカイルも重い腰を上げた。


 毎度のことだが、癒しの光を出したあとは全身から一気に気が抜ける。体そのものはむしろ光のおかげで軽くなっているはずなのに、妙にぐったりするのだ。原因はわかっている。三十秒とはいえ、毎回あんなことをさせられて平然としていられるほど、俺たちの精神は鍛えられていない。


 人気のない城の廊下を並んで歩いていると、不意にカイルが口を開いた。


「久しぶりに、俺んちで飯でも食ってくか?」


 気だるそうに頭を掻きながら、カイルがちらりとこちらを見る。


「おまえ、最近ユナにも全然会えてないだろ」


 その言葉に、胸の奥がほんの少しだけ引っかかった気がした。罪悪感、なのかもしれない。とはいえ、そう言ってしまうのはいささか自意識過剰な気もする。


「いや、今日はやめとく。疲れた」


 なるべく普段通りに聞こえるよう返したつもりだったが、カイルは特に気にした様子もなく、「そっか」と軽く頷くだけだった。


 まあ、こいつからすれば、単純にしばらくユナと顔を合わせていないから誘っただけなんだろう。これまで俺は、三日に一度どころか、ほとんど入り浸る勢いであいつの家へ行っていたんだからな。


「たしかにだるいよな。体」


 そう言いながら、カイルはぐっと肩を回した。骨が豪快に、ごきりと鳴る。俺も曖昧に笑いながら、重たい足をゆっくり進めた。

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