第6話「衝撃」
今、私はキラと手をつないで街を歩いている。
あの”ブ男”発言のあと、その手をとって逃げるように場を後にしたのだ。
あの青年には悪いことをした……せめて心の傷が残らないことを祈ろう。
キラはまだあの男にいろいろ言いたかったらしいが、あれ以上の暴言は彼の将来にかかわるかもしれない。
そう考えると、やはり自分の行動は正しかったと思う。
が、そのかわり、今は私のほうにそのベクトルが向いているようだが。
先ほどから、ぶつぶつと不満を口にしている少年に目を向ける。
「…。…もう、ちゃんと聞いてるんですか!? ようやく見つけたと思ったら、変な男にひっかかって……もっと気をつけてくださいよね!!」
保護者のような説教に少し辟易するが、はぐれたのは自分が悪い……気がするので、ここは素直に謝っておく。
「ああ、すまない。以後気をつけよう。だがこうして手をつないでいれば、とりあえず迷子になることはないだろう?」
そう言うと、キラは呆れたような顔になった。
「……ほんとにわかってるのかなぁ。もういい歳なんですから、いい加減自覚してくださいよ?」
……確かに迷子になっていいような歳ではないが、自分は自覚が必要なほどひどい迷子体質ではないはずだ。
(今回はちょっとケースが特異だっただけで……)
それに―
「いい歳って……一応私はこれでもまだ17歳だぞ。……まさか、317歳という意味で言ってるのではないだろうな?」
しかしそう考えるのなら、同じく300年以上も(しかも意識のある状態で)生きてきたにも関わらず、いまだ子供のような言動&見た目10才ほどのキラにそのことを指摘されるのはしゃくというものだ。
そう反論すると、キラはなぜか怒ったように、そして何かを諭すように言い返してきた。
「もう、そっちじゃなくて!! ………はぁ。いいですか? 男はみんな狼なんですよ!?」
…………まったくもって意味がわからない。
そもそも――
「狼なのはお前だろう?」
―――二人の会話は、どこまでも交わることがなかった。
どうやら不毛な会話をしていることに気付いたらしい少年は、「……まあ、僕が気をつけてればいっか」と呟き、ふと視線を違うほうに向けた。
おそらく自分の好物の匂いがしたのだろう。ここらへんは狼だ。
元気な声で話題を変え、少し離れたところにある店を指さした。
「ご主人様ーおなか空きませんかぁ? あー、あんなところに食堂がありますよ!」
そうわざとらしい口調で言われて、そういえば自分が(寝ていた間は別にしても)長い間食事をとっていなかったことを思い出す。
(あの戦場で、なにかを食べる余裕なんてなかったしな)
特に拒む理由もない。
「そうだな……久しぶりに、まともな食事でもとりに行くか」
「はい、お待ち!バナ肉のステーキとホットケーキとルクの実のジュース2つだね!」
元気のいいおばちゃんが注文した品を持ってくる。
私の対面に座っているキラは、すでにそのおばちゃんが持っているホットケーキにくぎづけだ。
神族にとっては魔力が食糧のようなものだから、本来口から食べ物を摂取する必要がない。
それでも、彼らにとって人間の食べ物は嗜好品のようなもので、中には好んでそれを食べる者もいるのだ。
ちなみに、キラは甘いものが大好物だった。
もっとも見た目は獣だったから、健康に悪いと思ってあまり食べさせなかったのだが。
そんなことを考えながらふとキラを見ると……
大好物であるホットケーキに手をつけず、非常にそわそわしながら――期待と懇願が混じったようなまなざしで自分を見つめてくる。
(?? ………ああ、そういえば――)
「……………よし」
自分の声を聞くと同時に、キラは猛然とホットケーキをがっつき始めた。
その光景を見ていると、(キラが人型をとっているせいか)どこか罪悪感のような、物哀しいような想いが芽生えてくる。
―しかし
(………こういうところは変わっていないんだな)
つい苦笑してしまう。
子狼だったころのしつけの成果は、いまだ健在だった。
「それにしてもお嬢ちゃん綺麗な目をしているねぇ。加えてすごい別嬪さんだし」
食後、ルクの実のジュースを飲んでまったりしていると、暇なのかさっきのおばちゃんが話しかけてきた。
「……ありがとうございます」
今まで容姿のことで褒められたことなどほとんどない(貴族のお世辞はスル―)から、なんだか気恥ずかしい。
「あぁ、もしこれで髪が銀色だったら、それこそ聖女様の生まれ変わりなんじゃないかと騒がれるだろうに」
おばちゃんがうっとりしたような声で言ってきた。
(銀色……の髪?)
いや、それより―
「聖女様って……誰、ですか?」
すると、おばちゃんは信じられないものを見るような目で、こちらを凝視してきた。
(……なんだろう、嫌な予感がする)
キラのほうを見るとなぜか視線をそらされて………ああ、またモジモジしている。
とりあえずジュースを飲んで心を落ち着けよう。
そして、おばちゃんは…………今度はこちらが驚くようなことを言ってのけたのだ。
「なぁに言ってるんだい! そりゃあ、聖女様っていったら一人しかいないだろう!? 聖女アリア様だよ!!」
――その日、生まれて初めて飲み物を噴いた。