第5話「初めての街」
初めてまともに見る街は、自分にとってはまるで異世界のようだった。
人が、物があふれている。
街を縦断する大きな通りには露店が所狭しと並び、客寄せの元気な声があちらこちらから聞こえる。
(人が生き生きとしていて、活気がある。……これが普通なのか?)
そうだとしたら、魑魅魍魎の巣である王宮と殺伐とした戦場しか知らなかった自分の世界の、なんて狭かったことか。
王都でのパレードでは、たしかにすさまじい歓声を送られ、『すごい活気だ』という感想を持った。
もっともあの時は、民もみな戦を前に一時的に興奮して(新兵によくある)いるのが原因なのだと思っていたのだが……
なんにせよ普段からこんな風ににぎやかなのは驚きだ。王都はもっとすごいのだろうか?
そんなことを考えながら、おのぼりさんよろしくキョロキョロしながら大通りの混雑した道を進む。
そしてしばらく道を歩いていると、不意に横あいから元気な若い男の声が聞こえた。
「そこのかわいいお嬢さん! ちょっと見ていかないか!」
(………………もしかして私のことか?)
“かわいい”などという形容詞は、12才以降一度も言われたことがないので正直かなり戸惑う。
あたりを見回してみるが……やはり自分の他に“お嬢さん”と呼ばれそうな年代の女性はいない。
「そうそう君だよ! どうだいこの指輪!? お嬢さんのようなかわいい子にこそ似合うよ!!」
顔を向けると、首やら腕にじゃらじゃらしたものを身につけた青年がにこっと笑いながら話しかけてきた。
(装飾品を販売している露店、か。でも指輪は……)
「……指輪なら持っているから大丈夫だ」
生まれてからずっと、自分の装飾品など持ったことがなかった。
そんな私を憐れに思ったのか、アスト王子があの戦いの前に指輪をくれたのだ。
翠色の――アスト王子の瞳の色と同じガラス玉は、中に見たことのない紋章が刻まれていてとてもきれいだった。
最初は『こんなものもらえない』と断ったのだが、『安物だから気にしないで。それに……これは君のために用意したんだよ』と言われては受け取らざるをえなかった。
今となっては“形見”といえるようなものかもしれない。
「おっと、こりゃ失礼。なんならこっちのネックレスはどうだい!? お嬢さんのようなかわいい娘なら特別にこのピアスもサービスしちゃうよ!!」
そんな自分の郷愁をぶち壊すように、青年は何かを悟ったようにニヤニヤした表情を浮かべながら違う商品を勧めてくる。
こういうのを商魂たくましいというのだろうか。
そもそも自分は買い物という行為をしたことがなく、お世辞も言われ慣れていない。
なにがいいたいのかというと、つまりこういうときにどう対処すればいいのか全くわからないのだ。
とりあえず人間ではないものの、自分よりはこの手のことに詳しそうな奴に助けを求めてみる。
「キラ、こういうときはどうすれば……………て、あれ?」
振り向いて後ろを見るが、そこに少年の姿はなかった。
周辺にも、いない。そういえばさっきあたりを見回した時もいなかった。
……どうやらはぐれたみたいだ。
(ふむ……迷子か。困ったな)
そうして眉を八の字にしていると、青年が心配そうに、でもどこかうれしそうに声をかけてきた。
「お嬢さんもしかして迷ってるのかい?」
これには、驚いた。
たしかに自分は(道に)迷っているといえるが。
(なぜこの青年はそれを知っている? もしや……何かの魔法か?)
そう思い興味深い目で青年を見てると、彼はいきなり立ち上がり……満面の笑みを浮かべながら私の手をつかんでなにかを言ってきた。
「そうか、そんなに迷っているならタダであげてもいいよ! なぁに、たとえ彼氏がいても俺は気にしない! だからこれあげるかわりにこのあとデ――」
「ああぁぁ――!! いたああぁぁぁ―――――――!!!」
青年の言葉を遮り、絶叫しながらこちらに爆走してくるのは、間違いなくキラだ。
その美少年は、自分たちのつながれている手を見るとさらにスピードをあげて、悪鬼のような形相でそこに突っ込んできた。
ぶつかる直前、青年が慌てて手を離す。
「危ないな」と私が文句を言おうとしたその時、キラは青年を射殺しそうな目でキッと睨んだ。
そして、天地に轟くような大声でこう叫んだのだ。
「僕のご主人様に手をだすな、ブ男!!」
「…………」
瞬間、あたりはそれまでの喧騒が嘘のようにシーンと静まりかえる。
………理不尽なこの手の悪口も、絶世の美少年から言われるとやはりダメージが大きくなるらしい。
憐れにも、青年は固まったまま何も言い返すことができなかった。