第4話「回顧」
思えば、私は12歳の時まで生まれ故郷である辺境のテルニア村から出たことがなかった。
その後の5年間に至っては、王宮と戦場の往復だけ。
しかも、移動の際も外の景色は一切見ることが許されない隔離ぶりだった。
唯一の例外は、あの魔王討伐の時だけだろう。
華々しいパレードで大々的に王都から見送られたのを覚えている。
その時は不審に思いながらも、どこかこそばゆい気持ちで出陣したものだったが……
(冷静に考えれば理由は簡単、か)
国内で魔物を狩っていた時、自分の存在は完璧に秘匿されていた。
目立った戦績をあげて、その功績と名声をもって地位を得ないように……
檻から逃げないよう、飼い殺しにするために……
そういえば、ハインレンス軍騎兵隊は当時”太陽の矛”とか呼ばれる諸国最強部隊だと言われていた。
だからこそ魔王討伐の遠征軍においても中心的な役割を担ったのだが……
ただ最初それを聞いた時は、笑ってしまった。
もちろん皮肉で、だ。
なぜならその”最強部隊”の戦果のほとんどが、小娘一人の手によるものだったから。
それを世間が知ったらどうなるんだろう、と考えるとおかしくて仕方なかった。
(私の知ってる“最強部隊”が戦場でやっていたことといえば、せいぜい周辺の人払いと情報操作くらいだ)
そして実際最強には程遠い部隊だったことが、あの時証明された。
あの血まみれの戦場において……各国の精鋭を集めた連合軍の中で、真っ先に瓦解したのが”太陽の矛”であった。
開戦は昼過ぎのことだったが、皮肉なことにも名前通り太陽がおちて月が昇り始める頃には壊滅していた。
まあ、それもあたり前である。実戦経験の少ない者ばかりだったのだから。
そう考えると、逆に魔王討伐の時だけ自分の存在をひけらかしたのは、各国が集まる連合軍の中で自国民である私に戦果をあげさせ、その後の外交交渉で優位に立つためだったのだろう。
ならあのパーティーは国内外の有力者に対する顔見せということになる。
世間一般ではなんの戦歴もないとされている小娘を無理やり総副大将に押し込めたのも、その後の外交に繋げるための布石だったのだ。
そういえば遠征出発前の1週間でしたこといえば、パーティーにでるための礼儀作法の練習だけだった。
どこの世界に戦を前にそんなことをする人間がいるだろうか。
今思えば、国にとってはあの時から既に戦いは始まっていたのだろう。ウチの場合は確実にあの極悪宰相の入れ知恵だろうが……
(まったく……ここまでくると、いっそのこと感心する)
(…………本当に“よく”利用してくれたものだ)
なんだかずいぶん話がずれた気がするが……ともかくそんな経緯で、私は田舎である故郷と、たった一度見た記憶のあいまいな王都の街(しかもパレードで人がいっぱいだったので街の景色はほとんど覚えてない)しか街を知らないのだ。
だから目の前に広がる街並みが、300年前と比べてどうという比較はできないのだが。
「………………大きい」
そんなひどく幼稚な感想しか言えない自分に少し悲しくなる。
しかし(ある意味)箱庭の中で育った無知な自分には、これが限界だった。
「そうでしょう、そうでしょう」
なぜか自慢気に胸を張るキラが気になるが……まあ、ここに連れてきてくれたことは事実だし、何か言うのはやめておこう。
その代わりに、もうひとつ気になっていたことを訊いてみる。
「そういえば、言葉の方はどうなっているんだ? 今でも通じるのか?」
「大丈夫ですよ。ハインレンスはこの300年、他国から侵略されることもなく独自の文明を築いてきました。多少言い回しが変わったり、新しい言葉が生まれたことはありますが、基本的なところは変わっていません。今話している言葉は、現代人にはちょっと古風に聞こえるかもしれませんが、ちゃんと通じますよ」
「なら、安心だな。……行くか」
憂いも消えたところで、もう一度その巨大な町の門を仰ぎ見る。
(300年越しの初めての街見学、か)
……少しだけ、ワクワクする。