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第2話「リュート」

誰一人口を開かない、いや開けない大変微妙な空気の中。

見目麗しい少女の口から放たれたあまりにも予想外の言葉に、男たちは先ほどまでの激情を忘れて互いに顔を見合わせた。


『え、お前そういう趣味持ってたの?』、『いやいやそんなわけねーだろ! むしろお前だろ!』、『ば、馬鹿なこと言ってんじゃねーよ!』と目線と首の振りで会話する彼らは、いっそ同情を誘うくらい混乱していた。


その一方で捕まっている少年も、さっきとは違う意味で危機を感じていた。掴まれている手を震えさせながら、つい“そういう”目で男たちを見てしまう。

その子ウサギのように怯えた反応を見た男たちも、今度は慌ててその手を離して……若干赤くなっている顔を隠すようにそっぽを向く。


両者の間にこれまた非常に気まずい空気が流れる。なぜかそれは初デートをする初々しいカップルが陥る状況に似ていた。


おっさんと少年が醸し出す、絵的にもかなり気持ち悪いそれ。そしてその原因をつくった世間知らずな少女を交互に観察したローズは、冷静に、というよりは呆れ気味に口を開く。


「……誰ですか、アリアさんに変な言葉を教えたのは」


その人物に覚えのあったキラは、わけがわからないといった風に目をキョトンとさせながら、該当する人間を指さす。


その指の先にいる犯人……ミアは、道端に積まれた箱の陰に隠れるようにしゃがみ込み、頭を抱えていた。


『ショタコン=年少の男の子と仲良くすること』そう教えたのは確かにミアだ。


(間違ってはいない。間違ってはいなかったけど……!)


もちろん合ってもいなかった。ましてやこの状況ではなおさらだ。まさかこんな場所で使われるとは、夢にも思わず……後悔先に立たずとはこのことである。


最悪の状況で最悪の言葉を選んでしまった親友と、この結果。非常にいたたまれない。こんなことになるくらいならさっき止めないで、そのまましょっぴいてもらえばよかったとさえ思った。

そうしてしばらく悶絶し、それでも己の蒔いた種の行く末を見届けようと、ミアは箱の陰から恐る恐る顔を出す。


そこでは、ようやく我に返った男たちが唾を吐きながら猛抗議していた。


「わ、われぇ! い、言うことかいて、な、な、な、なんちゅーこと言ってくれとんじゃあ!!」


「そ、そうだ!! ショ、ショ、ショタコンなわけあるかぁ!」


まともな思考を取り戻した男たちは、熟したりんごより赤くなった顔でそう捲し立てる。


『意外と純情なのね』という失礼な感想をミアとローズが持つ一方で、自分の爆弾発言を全く理解していない人間もいた。


(なぜ怒っているんだ?)


焦ったように否定する男たちを見て、件の少女は首を傾げる。

精々わかるのは、なぜか知らないないがさきほどより怒っているということだけである。

とはいえ、怒り狂う男たちを前にひとまず落ち着かせようと言葉を重ねてみる。


「なに、恥ずかしがることはない。むしろ私も同じだから安心して――」


「は、は、恥ずかしがってるわけじゃないわぁ!!」


「だ、だから違うっていっとるじゃろうが!」


己の顔に唾を飛ばす勢いで必死に否定してくる男たちに、さしもの彼女も言葉を詰まらせる。


(なにか対応を間違えたようだが……やはり現代のやり方はよくわからん)


老人になった気分に微妙な敗北感を味わうも、男たちは落ち込む時間を与えてはくれなかった。


「馬鹿にしよって! もう許さん!」


声を嗄らして迫ってくる屈強な男たちを前にしても、少女は冷静に次のカードを切る。実は荒くれども専用で、もうひとつ“平和的”に解決する方法があるのだ。

この手合いの人間にピッタリの一手である。


「あん、やるのかお嬢ちゃ――!」


「まったくさっきから聞いていれば……お前ら○○○どもは×××されないとわからないのか? その矮小な△△△をちょん切られたくなかったら、いい加減私たちにかまうんじゃない。□□□野郎」


可憐な少女の口からでる信じられない暴言に、さっきとは違う意味で空気が凍結した。

しかも彼女が発したのは、今では滅多に聞かない古風なスラングの数々だ。その独特な言葉は、いまや使うところも限られている。

彼女のまるで使い慣れているような流暢な言い回しもあって、男たちは『もしやこの娘は、あ、あの歴史ある“お家”のご息女!?』という勝手な勘違いを起こした。

知らなかったらもぐりと言われるくらい、裏の世界では有名かつ敵に回してはいけない一家だ。下っ端の自分たちが手を出したらどえらいことになる。さっきまでの威勢はどこへやら、大量の冷や汗が彼らの広い背中を伝った。


そんな彼らの心情など知らない少年少女は、それぞれ多種多様な感想を持っていた。


キラは真っ先に「女の子がそんなこと言っちゃいけません!!」と至極まっとうな説教をする。

だが、その隣のミアに、『やっぱりこの主にして、この使い魔なのかな……』という大変不名誉な感想を抱かれていることは、彼も知らないだろう。

残念ながら、彼女もなんとなく言っていることはわかってしまったのだ。伊達に平民街で育ったわけではない。

ちなみにローズは全く意味がわからないというように、首を傾げていた。


だが、とんでも発言をした本人も実はほとんど意味がわかっていなかったりする。

それでも、300年前にいたガラの悪い兵士を筆頭に、人相の悪い人間は大体これで黙るのでなんら問題ないと思っていた。昔は兵士に会うたびにこういった言葉を投げかけられていたのだが、こうやってやり返すようになってからはあちらも黙り始めたのだ。手を出すことはできなかったが、あの男社会ではなめられたら終わりなのである。


(ふむ、こちらは効果ありか……今でも使えるようで何よりだ)


男たちの中には若干身もだえている人もいる。なんだか気持ち悪いと本人は思ったが、今がチャンスでもある。

放心状態の男たちを放置して、同じく固まっている少年を引きずるように彼女たちはその場を去った。



――助けた少年はしばらくぐったりしていたが、数分すると急に復活して騒ぎ出した。


「な、なんだよ! 助けたつもりか!? それとも説教でもしようってのか!? いっとくが親なんていねーから、探しても無駄だぞ!!」


そんな感じで、とにもかくにも暴れまくってどうしようもない少年は、キラが致し方なく(いや、本人はそうでもなさそうだったが)お得意の影でグルグルと拘束して転がした。

地面に転がされながらも、いつ噛みついてきてもおかしくないほど獰猛な雰囲気を漂わせる少年。そんな彼にローズは納得のいかない顔で質問する。


「孤児ですか……では、あなた孤児院から抜け出したのですか?」


「け、あんなところで生活なんてできるか! あそこの大人がどれだけ薄汚いことしているのか知ってんのかよ。どんなに小さい子供でも、少しでも仕事でヘマした暁にはぶん殴られて飯抜きだぞ! 自分たちは毎日豪勢な飯食ってるくせによ! 誰があんな奴らの施しなんて受けるか! 支援している貴族の奴らもいい人ぶりやがってよ。元はと言えば平民から巻き上げた金だろう。むかつくんだよ! いい服着て、いい飯食って、何も知らねえ貴族が上から金を恵んでやるっていうその態度がよ!」


礫のように投げつけられた言葉の数々に、ローズは家が孤児院に出資しているというのもあり、サッと顔色を変えた。今まで知らなかった孤児院のその実態に、動揺を隠せないようだ。

まあ、いくら慈善事業に金をかけても、そこで働く人間がどうしようもなければ意味がないということだろう。


 どれだけきれいな理想を掲げても、貴族と平民の間の壁は本来厚い。私やミアがこうやって貴族のローズと買い物をしているというのも、本来ありえないことなのだ。

私たちの世代の一部や、学校関係者には意外と理解ある人が多いが、本当はそうでない人の方が圧倒的に多い。周りにいる人達に、たまたま“そういう人”が多いだけで、やはり現実は違う。


(まあ、かと言って見逃すという選択肢はないわけだが)


いまだショックから抜け出せていないローズを後ろに下がらせて、私は目線を合わせるように少年の前にしゃがみ込んだ。


「奇遇だな。私も平民で親もいない。ついでに、ついこの前まで無一文の宿無しだった」

 

「……それがなんだってんだよ。『だけど、今はこんなに幸せです』とでも言いたいのかよ」


そう吐き捨てるように呟く少年。これ以上ないほどやさぐれたその表情に、思わず苦笑いがこぼれる。まるで昔の自分を見ているような気分だった。


「そうだな。私は恵まれている。幸い魔法の才もあったし、いい人に巡り合えた。だからこそ今がある。別に、ものを盗むなとはいわないさ。お前にそれだけの事情と覚悟があるならやればいい」


「……」


今度は何も言い返しては来ない。少年は無言でこちらを睨み付けてきた。こんな不利な状況でもその目の輝きは色あせない。それを嬉しく感じながら私は言葉を重ねる。


「だがな、お前は今回ヘマをした。覚悟があってやったことだろう? リスクの対価を今払ってもらう」


「……なんだよ。言っとくが差し出せるものなんて何もねーぞ」


「それは知っている。ところでお前、歳はいくつだ?」


「12だけど……それがどうしたっていうんだよ?」


「帰る場所はあるのか?」


「けっ、そんなもんあったらこんなことしてなーよ」


「そうか……なら学園に来い。お前には魔法の才能がある」


「はっ?」


「本当ですのアリアさん!?」


「ああ、さっきの突風はこいつの仕業だ。無意識だろうがな。……荒削りだが才能はある」


少なくとも風属性を持っているのは確認済みだ。しかも理論も何も知らない状態にもかかわらず、無詠唱であれだけの風を起こすことができるのだ。磨けば光る原石に違いない。


「そんな言葉信じられるか!! だ、第一学園に入れるだけの金なんて持ってねえよ!」


「だったら休日に私のアルバイトを手伝え。そしたら金を工面してやる。ちょうど助手がほしかったところだ」


「僕がいるのに!?」


「お前はリボンをいじめるか、王宮の菓子を食べているかのどちらかしかしないだろう」


キラは王宮だと自分の欲望を優先してしまう傾向にあるらしい。幼獣期の癖かもしれないが、あの隊長と副隊長が倒れた後始末が何より大変なのだ。さすがに捨て置くこともできないし、介助要員が欲しいと以前から思っていた。


「そんな都合のいい話があるもんか! ど、どうせ騙してどこかに売り飛ばす気だろう!?」


疑り深い子供だ。まあ、これぐらいでなければこの路地裏では生きていけないのだろうが……私はやれやれと首を振りながら少年を見下ろした。


「お前みたいな子どもを騙して私になんの得がある。それにもう決めたんだ。お前は私が引き取る。これが私の物に手を出した対価だ。ちなみに追跡の魔法をかけてるから、逃げても無駄だぞ」


「なっ!?」


少し得意気に話せば、勝手に魔法をかけられたことに大分驚いたようで少年は絶句した。魔力も余ってきているし、もはやこの程度は朝飯前なのである。

ちなみに300年前は護衛・暗殺・密偵・恋愛など様々な分野で活用されていた魔法だが、私は主に首輪代わりに使用していた。もちろんキラのだ。

例の風呂乱入事件以降、再発防止と罰則を兼ねてかけたのを覚えている。当時のキラは弱いくせに意外と行動範囲が広く、様々な場所に一人で散歩に行っていたようだった。それでもかすり傷ひとつなく帰ってくるのだから、相当な幸運の持ち主である。


私と少年のやりとりに、ローズとミアは呆れたように顔を見合わせた。


「強引ですわね」


「うん、強引だね……でも、まあいんじゃない?」


「……そうですわね」


キラは新しい助手ということで自分の後輩と認識したのか、魔法の影で身動きの取れない少年を無表情にツンツン突き始めた。……さっそく後輩イビリだろうか。

驚愕に固まっていた少年もこれにはたまらないようで「ちょ、痛ぇ! 地味に痛ぇ!」と蓑虫状態のまま陸に打ち上げられた魚のように跳ねる。その残念な様を観察したキラは、半眼でこちらを振り返った。


 「まーた借金を背負いこんで」


「それを言ったらお前だって最初は借金みたいなものだったろ? それに……これは未来への投資だ。今のうち恩を売って、将来こき使う」


借金時代の自覚があるのか、キラはバツが悪そうに視線を逸らした。逸らしながらも思うところがあるのか……しばらくすると諦めたように溜息をひとつつく。


「……長い返済計画になりそうですね」


「ああ、だから私たちも長生きしないといけないな」


「……そう、ですね……」


苦笑いで返すキラに、私も微妙な笑みで応じる。

これは押し売りだ。それもかなり無理やりな。偽善だとわかっているし、むしろ嫌がっているのに強制させるのは我ながら最低だろう。反論の余地もない。

だが、不思議と後悔はなかった。


(要は私がしたいからしている……それだけなんだろうな)


難しい屁理屈をこねることもできなくはないが、結局はそこに尽きるのだ。

そんな自分の心境の変化にも笑いがこみ上げてくる。以前は自分のことで手一杯で他人に割くような精神的余裕はなかった。いや、そもそも自分で望んでそれが叶うことなどまずなかったのだ。

それが今はこのお節介焼きである。人間環境が変われば何でも変わるものだ。


(まあ、本当に嫌なら最低限の力だけ身につけさせて自由にすればいいか)


キラのイビリにぐったりしている少年を眺めながらそう結論づけた。


「ああ、そう言えばお前名前は?」


「………リュート」


グルグル巻きの情けない恰好のまま投げやりに答える少年、もといリュート。もはや抵抗の意志は感じられない。


「家名は?」


「そんなもんねーよ。ただのリュートだ」


遂にそっぽを向いて虫のように丸まってしまった。完全に拗ねている。


それにしても、家名がないとは……どこかで聞いた話である。あの時は私を拾ったライルが家名を授けてくれた。ならば今度は私がその役目を担ってもいいだろう。

頭の中でいくつもの単語が浮かんでは消えていく。どうせなら古代語からとるか。


「よし、いい機会だから私がつけてやる……そうだな“ブリュンゲル”なんてどうだ?」


「……どういう意味なんだよ」


聞いたことのない響きにリュートも興味を持ったようだ。目線で続きを訴えてくる。

その様子に私は口角を上げて答える。多分意地の悪い顔をしているだろう。自分でもわかる。


「“がめつい”。お前にぴったりだろう?」


「げっ! なんて名前つけるんだよ!! 俺嫌だからな、そんなの!!」


「却下だ。もう決めた。お前はリュート・ブリュンゲルだ」


ふざけるなと言わんばかりに暴れるリュートを意に返さず、私はニヤニヤを隠さずに眼下の芋虫を眺める。気分は完全に悪役である。


「っ……あんた、本当に自分勝手だな!!」


「そうか、それはありがとう」


「褒めてねえよ!!」


「なに、生まれて初めて言われたものだからついうれしくてな」


こればっかりはしょうがない。なにせ本当に嬉しいのだ。自分勝手が許される環境というものを、今まではほとんど知らなかったのだから。

そんな私に毒気を抜かれたのか、それとも変人認定されたのかはわからないが、リュート少年はなんとも言えない顔で見つめてくる。


……過去の自分とは違う。こいつなら大丈夫だという確信があった。


「なに、不満があるならば全力で抗えばいい。そして己が望む未来を手に入れろ。リュート・ブリュンゲル、お前にはその力がある」




――そのあまりにも堂々とした宣言に、リュートは今度こそ二の句が継げなくなる。


さっきから何を考えているか全くわからないし、言ってることはむちゃくちゃだし、追跡魔法なんてつけられるし、ひどい家名はつけられるし、そもそもすべてにおいて強引だし……言い出したらキリがないくらい文句をつけたかった。

つけたかったが……どうでもよくなってしまった。


こんなに横暴なのに、もしかしたらこの後人買に連れて行かれるかもしれないのに。

信じられる理由もなければ、明るい未来が来る保証もないのに。


なぜか……なぜかその女が、眩い光を放っているように見えてしょうがないのだ。

まるでハインレンスに古くから伝えられる、伝説の聖女のように。



リュートはつつかれすぎて、己の頭がおかしくなっているのかもしれないと思った。




それは夏の盛りの出来事。

リュート・ブリュンゲル……後に歴代最強と呼ばれるハインレンスの宮廷魔法士が、生涯の名を得た日だった。


“ブリュンゲル”それは古代ヴィシア語で“誇り高き者”を意味する。


初めて目が合った時の強い眼差し、何者にも恭順しない瞳の奥の志。

その輝きに尊敬と羨望を抱いたアリアが選んだ名前だった。


皆様たくさんのご感想ありがとうございます。正直「遅いんだよ!」的な叱咤をいただくだろうとかなりビビってたので、予想外の暖かいお言葉に違う意味でビビりました。皆様ホント聖女様。うちの子にも見習わせます。迷ったけど投稿してよかったです。ありがとうございました。ご期待にそえるよう頑張ります。

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