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第7話「実”戦”訓練」

「先ほどは失礼いたしました。私はクロード・リボン。ハインレンス王国魔法士団の隊長を務めています」


三人の中でも一際背が高く、そして最も神妙な面持ちをした男が恭しく頭を下げてくる。


その原因は明白だ。数分前、あまりにも長引くドタバタトリオの漫才に、ついにレストの堪忍袋の緒が切れたのだ。


空気を震わせる怒声は、学園の教師も裸足で逃げ出すような威圧感を伴っていた。

ギャーギャー騒いでいた三人も、これにはさすがにまいったらしい。

……まあ、正直私もビクついたのだから無理もない。ここだけの話だが、キラも同じだ。本人は否定するだろうが、間違いない。


とにもかくにも後からやって来た二人はそこにきてようやくレストの存在に気付いたらしく、一人は「でででで殿下!?」と慌てて、もう一人は「あら殿下、いらしたのですか?」と失礼な反応をみせながらも臣下の礼をとった。


そして「貴様等にも後で話がある」というレストのありがたい死刑宣告があった後、ひとまず自己紹介をしようという話になり、今の状況に至るというわけだ。


三人並んだ中で、こちらからみて左にいる男。学園の保健医クラリス・リボンの兄にして、つい先ほどまで交戦していた人物は、今は別人のように丁寧な物腰になっている。


確かに平民でここまでの地位にのし上がったのなら、それ相応の実力と礼節を持っていても不思議ではないが……さっきの芋虫ぶりを見たせいか、どうにもしっくりこない。


「同じく副隊長のディック・ヴィ・フールっす」


納得のいかない顔で奴を眺めていると、今度は真ん中の少し背の低い青年が口を開いた。

クロード・リボンと同じ制服を着た彼は、ニコニコと人なつっこい笑みを浮かべて敬礼している。

さっきまでこの世の終わりかというくらい慌てふためいていたのだが……どうやら立ち直りは早いようだ。


焦げ茶色の髪にそれとお揃いの瞳。そばかすと独特な語尾が印象的なこいつも、副隊長にしては随分と若い。

もっともこちらは貴族のようだし、コネなりなんなり使えば、この歳でこの地位を得ることもそれほど珍しいことではないだろう……というのは少しひねくれているか。


「あたしは、王宮つきの天才研究者ジル・メイア・ハートネスよ。ジルって呼んでね」


最後に残ったのは小柄な女性だ。見た感じ三人の中では一番年長だろう。

短めに切りそろえた黒髪に、真っ赤なメガネとルージュがよく映えている。黒曜石を連想させる瞳は、まるで見る者を誘惑するように妖しげに輝き、彼女の魅力を引き立てていた。

加えてその服装も……一応白衣を纏ってはいるが、その下の露出が激しすぎる。正直研究者にはとても見えない出で立ちだった。


だが、一番の問題はその奇天烈な自己紹介にこそあるだろう。”天才”と聞いて真っ先に思い出したのは、同じクラスにいる”自称天才”の彼だ。

……300年前も含めて、私の経験上、自分で天才という奴にはろくな奴がいない。

天才と何かは紙一重というが、彼女もその類なのだろうか?


並ぶ三人をそれぞれ注意深く観察する。

一癖も二癖もありそうな彼らをまともに相手にするのは、きっと骨が折れることだろう。

なんとかならないものかと考えながら、一応こちらも簡単な自己紹介を済ませておくことにした。


「私はアリア・セレスティ。こっちは使い魔のキラだ」


「さっきはどーも。リボンたいちょーさん」


キラが腕を組んで嫌みまじりに視線を送ると、名指しされた相手は生真面目な反応を返してくる。


「うっ、す、すまなかった」


「私からも謝罪しよう。悪かったな」


レストが本当に申し訳なさそうにそう言うと、キラは「ふんっ」と鼻を鳴らした。


「本当だよ。まったく、部下のしつけくらいちゃんとしてよね」


「もっとも、キラにも悪いところはあったが……まあ、次は気をつけろ」


だが、『容赦しないから』と付け加えようとした矢先、こちらを向いた彼が興奮したようにまくし立ててきた。


「それにしても、さきほどの平行魔法は素晴らしい! よければ今度我が隊の演習の見学、いや参加を――」


「クロード、彼女は研究の協力者としてここへ来てもらったんだぞ。そんな危険なことをさせられるわけがないだろう」


レストが呆れたように話を遮るが……なんというかこの男、まったく懲りてない。


加えて、これはさっきから自覚していることなのだが、どうにも己の腹の虫が治まらないのだ。これは結構まずい気がする。


こんなに執念深い性格だったろうか? 

自問自答しても、すぐに黒い思考に押しつぶされてしまう。理性で押しとどめようにも、思考はどんどん好戦的になっていった。


(いかんいかん。とりあえず話を変えよう)


「……ところで、さっき“魔法士団”と言っていたか?」


300年前は”騎士団”だったはずだ。確かに時代が変われば名称や役割も変わっていくだろうが、この魔法が衰退している中あえて”魔法師団”に拘る理由があるのだろうか。


そんな私の質問は随分と意外なものだったらしく、彼らは三者三様のリアクションで驚きを表現した。


「ほへ?“月夜の盾”を知らないんすか? 今時珍しい子っすね」


「”月夜の、盾”? いつできたんだ?」


「本当に知らないの? 300年前、聖女と魔王の戦いで当時最強だった“太陽の矛”が壊滅して、その後進として生まれたのが“月夜の盾”。それがハインレンスの伝統として今も続いてる、というわけよ。名前の由来は聖女が倒れたその夜がそれはもう見事な満月だった、って話からきててね。まあ、それも今となってはおとぎ話のようなものなんだけど」


青色の制服に月の紋様が入った彼らの制服を指さしながら、ジルが教師のようにつらつらと説明する。

残りの二人は『こいつ一体どこで育ったんだ?』といわんばかりに胡乱な目でこちらを見てきた。失礼な。


もっとも、この時私の脳裏の大半を占めていたのは蛇足のように付け加えられた言葉の方だ。


(違う。”おとぎ話”なんかじゃない)


確かにあの夜最後に見た光景は、それはそれは見事な満月だった。

死を受け入れ、静かに瞼を閉じようとしたあの時の、かつてなく美しい黄金の輝きは、今でも覚えている。


(……いや、あとひとつ“何か”を見たような)


見た、という記憶はある。だが、それがなにか思いだせない。もう少しというところなのに、その一歩がひどく遠く感じる。もどかしくて仕方ない。


……なんだかまたイライラが溜まってきた。これでは話題を変えた意味がないではないか。


どんどん仏頂面になっていく私をレストが心配そうに眺めてくる。だが、それがわかっていても今はどうしようもなかった。


そんなピリピリとした空気を察したのか、副隊長ことフールがやけに明るい声色で隣に話を振る。もっともその笑顔は完全にひきつっていたが。


「こ、これでもリボンたいちょーは史上最年少で隊長職についたんっすよ!」


「クロードだ。まあ、フラスト元隊長の推薦があってこそだがな」


いちいち名前を訂正するこの男は、よほど自分の姓が気に入らないらしい。


(こいつの呼び名は決定だな)


言わずもがな”リ”から始まるものに、だ。


それにしても、思わぬところで担任フラストの前歴が発覚したものだ。ただ者ではないと思っていたが、まさか宮仕えをしていたとは驚きである。


「はいはい、男の自慢話ほどうざいものはないわー。そんなことより! あなたが古代魔法を使える噂のスーパールーキーちゃんでいいのよね!?」


「……噂になっているのか?」


「そーよ、なんたって世界に数人しかいない古代魔法の使い手ですからからね! もう魔法士たちの間じゃ、ハインレンス王立魔法学園のアリアといったら超有名人よ。ただその容姿だけは、謎に包まれていたのだけど……ホント食べちゃいたいくらい美少女ね」


そう言い唇を舐めて猫のように目を細めた彼女は、まさしく妖艶と呼ぶに相応しいオーラを醸し出していた。

が、その表情と言葉の組み合わせを考えるこちらとしては、ただただ背筋に悪寒が走るばかりだ。


とかく優秀な研究者というのは、頭脳は明晰だが、人間としてマズイという共通点があることを私は知っている。正直これ以上お近づきになりたくない。


「ほんとっすよ! 俺同僚と噂が本当か賭けてたんだけど……ボロ勝ちさせてもらっちゃいました! ありがとうございます!」


「あら、いーこと聞いたわ。今日の夕飯はあんたの驕りね」


「ああ、本当にいいことを聞いた。……後で没収だ」


「ジル姐さんもリボンたいちょーもひでぇっす!!」


「でもラッキーよね。てっきり学園の研究者に取られると思っていたのに、こっちに来てもらえるなんて。本当に殿下には感謝してますわ! あ、でもぉ殿下もよければ今度――」


「それ以上近づくな変態。約束通り一連の研究は人目につかない所で行い、外部にはもらさないこと。守秘義務は厳守しろ」


猫撫で声ですり寄って来たジルを、辛辣な言葉と視線を持って切り捨てたのはいわずもがなレストだ。

普段女性に対して常に紳士的に接してきた彼のひどく冷たい態度には、ただただ目を丸くするばかりである。


しかし、レストの様子を見るに、このジルという女性とはそれなりに親しい間柄と考えていいのだろうか? 

もしくはただ単にジルがよほどぶっ飛んだ人間性の持ち主なだけかというところだ。


……いや、そもそもレスト、その変態に私を引き渡そうというのか?


これだけでも給金が良くなければ考えものの労働環境だ。まあ、いざとなったら逃亡すればいいだけだし、多少のことには耐えられる自信がある。


後は腹を括るだけだし、さっさと本題に入ろう。


「ふーん、まあいい。で、私は何をすればいいんだ?」


「ふふ、とりあえず古代魔法の威力と詠唱を記録させてもらうわ。あ・と・はお楽しみ」


「……ようするに普通に使えばいいのだな?」


魔力量の測定などしようものなら全力で誤魔化すつもりだったが、今のところその可能性は低いようで安心した。おそらく学園で測定した数値を把握しているからわざわざ測り直す必要性を感じなかったのだろう。もしくは早く古代魔法を見たくて仕方ないのも理由のひとつかもしれない。


しかし、正直妙齢の女性からねっとりからみつくような視線を送られても全く嬉しくはない。しかもリボンとフールも期待に満ちた目でこちらを見てくるのだから、鬱陶しいことこの上ない。


いい加減このテンションの高さにはついていけん。

これがジェネレーションギャップなるものか。最近の若者?というのはまったくもって不可思議な生き物である。


「そうだ。どうせなら実践形式で私たちと訓練するのはどうだろうか?」


名案とばかりに提案してきたのはリボンだ。

若干の呆れとともにその秀麗な顔を見返す。本当に懲りていない。


(研究者の性が“未知への探求”にあるとすれば、戦士のそれは“強さの追求”といったところか)


戦士として常に高みを目指そうとするその姿勢は本来なら褒められるべきものだ。

だが……今回に限っていえば、それも裏目に出る。

なにせこちらからしてみれば、まさに鴨が葱を持ってやってきたと形容するに相応しい状況なのだ。


この分野なら例え現代の若者であろうと負ける気はしない。

場所も場所だし、ついでに300年前の憂さ晴らしもしようか。太陽の矛みたいに弱かったら、軽くヤキを入れるくらい許されるだろう。


ちょうどよくストレス発散の機会が巡って来てくれたことで、私の口元には自然と笑みが作られた。 


「まだいうか。だから彼女は――」


「いや、いいよレスト。私も最近ちょっと鍛錬が足りないと思っていたところだ」


「おお、では?」


「ああ、実“戦“形式でやってみよう」


語意の微妙な差異に気付かないまま、リボンは私の答えに満足気に頷いた。


先ほどの不満もまだ残っていたし、何よりこのまま火種を燻らせて帰るのは具合が悪い。責任もって爆発させてもらわなければ。 

それに、そろそろ自分の腕が錆びてないか心配になってきていたのだ。いい機会だし、実験台になってもらう。


そうして既に”殺る気”満々の私がさてどう料理しようかと思案していると、すぐ隣のキラから不自然なほど間延びした声が発せられた。


「ご主人様―、僕も参加していいですかー?」

 

声色だけなら普段通りといってさしつかえない。

ただ、私にはわかった。その目に宿るあり余る闘士に。瞳の奥では先ほどのリベンジに燃えていることを。


反対する理由なんてあるわけがない。相棒の期待に応えるべく今一度目の前の男に問いかける。


「いいか?」


「ああ、もちろんだ。フールも一緒に参加させて、2対2にしよう。では、演習場に案内する」


「噂の美少女と勝負かー。これは他の隊員に自慢できるっすね!!」




――お遊び程度の演習。そう、彼等は完全に舐めきっていた。フールはもちろんのこと、一度痛い目を見たリボンでさえも。


温い空気を纏わせながら魔法士団の2人は、軽い足取りで彼女たちを目的地へと先導する。


それが地獄への招待状とも知らずに。


後に付いてくる二人が『期待に応えて、それなりの“おもてなし”をしないとな』という物騒な思考を巡らせていることにも気付かずに。


そして、なんだかんだで似た者同士の主と使い魔も、何食わぬ顔で悠々と歩き出した。 


だが、彼女たちが凶悪な笑みを浮かべたその一瞬を、レストは見逃さなかった。彼の背筋にえも知れぬ寒気が走る。

野獣のように獰猛な、ギラギラとした危うい光を宿した瞳は、彼の本能に警鐘を鳴らした。


「……嫌な、予感がする」


――はたしてレストの勘は当たることになる。

この後、諸国最強と呼ばれる“月夜の盾”の隊長、副隊長は生き地獄を見ることになった。




「がっ!!……ちょ、ま……ぶごっ!!」


「待・た・な・い♪ ねぇー、どうせならもっと楽しそうに踊ってよー。リ・ボ・ンた・い・ちょー」


その日、王城の一角にある魔法士たちの演習場では、大の男が立ち上がりかけては派手にすっ転ぶという珍妙な光景が繰り返されていた。

傍から見れば『何のギャグ?』というくらい見事に転倒しているが、もしこの場に事情を知らない観客がいたところで、男のあまりにも必死な様子に笑うに笑えなかったかもしれない。


そしてまた、それは見る者が見れば戦慄を覚えるほど恐ろしい光景でもあった。

なにせ立ち上がろうとするリボンの足元では、魔力を帯びた黒い影が高速で動き、遠慮もなしに思い切り足を引っ掛けているのだ。


相手に詠唱をさせる隙を一切与えず、影で完全に身体を操りながら毬のように転がす。それはまさしく”手玉にとる”という表現がふさわしい光景だった。


自分の手足の様に器用に影を操り、しかも無詠唱でそれをやられては並みの魔法使いでは手も足も出ないだろう。


一方、その陰険な魔法を行使する術者は、新しいおもちゃを手に入れた子どものようにころころと笑っていた。


もちろん、その正体は先ほど男に屈辱的な(本人にとって)痛手をくらったキラである。

子どものように純真な笑顔を見せながら、時折愉悦に歪む彼の表情は、本当に楽しくてしかたがないといった感じである。




他方、そんな悪魔のような所業が行われているすぐお隣でも、これまた情けなくも悲痛な叫びがあがっていた。


「うぎゃああーーーーー!! もう無理っす!! ほんと無理っす!」


「ふん、情けない! お前それでも宮廷魔法士の端くれか!?」


演習場をところ狭しと走り回る男フールと、その場から一歩も動くことなく男を叱咤している少女アリアである。

こちらはこちらで、あまりの歯ごたえのなさにご立腹のようだ。


だが、彼女のやり方は、ある意味キラのそれより性質が悪かった。

”始め”の合図が出ると同時に古代魔法の、詠唱ともいえない極限まで短縮された単語を呟いて容赦なくフールを攻撃したのだ。

フールにしても、まさか実戦経験もないような娘が、初っ端から躊躇なく攻撃魔法を繰り出すとは想像もしていなかったのだろう。

慌ててその火球を避けたものの、恐る恐る着弾点の様子を確認した彼の顔は、みるみるうちに蒼白になっていった。


それでも普段はふざけている男とて、その地位は名誉あるハインレンス王立魔法士団の副隊長である。

このままではいろんな意味でまずいと考えた彼も、最初のうちは食い下がっていたのだ。


だが、ぜえぜえ走りながらもなんとか張った防御は、まるで薄っぺらい紙のようにことごとく突き抜けられた。逆にこちらから攻撃を仕掛けてみても、少女を守る障壁の前では、彼の魔法は城壁に突撃する蟻んこのようなものだった。


――どう考えても勝てない。


だが、早々に戦意を喪失し降参を告げたフールを彼女が許すことなかった。


いわく「馬鹿者! 戦場で魔物相手に降参などない! 死にたいのか!?」だそうだ。


「いや、今まさにあなたに殺されかけてるんすけど……」という彼の控えめな主張は完全にスル―され、アリアは生ぬるいと言わんばかりにどんどん危険な魔法を打ち出した。


そういった経緯で、もはや恥も外聞もなく全力疾走で逃げる副隊長と、許しを請われても全く追撃の手を緩める気のない少女との、命をかけた実”戦”訓練が行われているわけである。



レストは目の前に広がる光景を冷や汗を垂らし見ながら、ただただこう思った。


――鬼だ、鬼がいる、と。


きっかけは、おそらくさきほどキラが襲撃された件にある。確かにあれはこちらがほぼ全面的に悪いし、彼女たちが怒るのも当然だろう。


……だが、なにかの鬱憤を晴らすようにやりたい放題の二人を見ると、もしかしてそれ以上の”何か”があるのではないのかと勘繰ってしまう。

なにせ彼らに一体なんの恨みがあるのか、と思わせるほど苛烈で容赦がない。


いや、一応手加減はしてくれているのだろうが、彼女の性格を鑑みてもさすがに初対面の人間をここまでしごくことには違和感があった。



だが、そうして思考の闇に沈んでいる間も、事態は刻一刻と進んでいた。さすがにそろそろ止めないとまずいだろう。

残された勇気を振り絞り、レストは恐る恐るその凛とした後ろ姿に声をかける。


「セ、セレスティ……その、そろそろ許してやってはくれないか?」


「甘い! この程度で諸国最強など笑止千万もいいところだ!」


超然と言い放つ彼女に、レストはついに頭を抱えた。いくらなんでも魔法師団が相手ならば、滅多なことにはなるまいと高をくくっていたのだ。


だがその期待は軽々と裏切られ、いまや想像を絶するまずい事態へと発展している。


レストは、彼女をここに連れてきたことを後悔していた。

そもそも彼がアリアをアルバイトという名目で王城に連れてきた理由は、先日目撃した飛行魔法にあった。


小さい頃から城の書庫で本を読みあさっていた彼だからこそ、その違和感に気づいた。

行使できる者は世界に数人もいないとされている飛行魔法。あまり知られている事ではないが、それはまた魔力消費量の非常に高い魔法でもあったのだ。


実際今まで報告されている行使者も、いざ使うとなるともってせいぜい数十秒がいいところだそうだ。


だというのに、アリアのそれは明らかに……いや、もはや飛行魔法のことだけではない。彼女は何もかもが規格外だ。


だが、慣れとは恐ろしいもので、彼女と日常的に接していると段々おかしいことが当たり前となっていくのだ。既存の魔法常識を覆しても”アリア・セレスティだから”という一言で片づけられてしまう。


レストはそれが嫌だった。いや、正確には彼の探求心と為政者としての理性が、事態に飲み込まれてしまう前に真実を掴めと警告していた。


それが今回のアルバイトという名の、魔法調査を提案した理由である。


ある意味友を裏切る行為であったのは覚悟の上だった。だが、うしろめたさを感じながらも、彼女のためにもなると己に言い訳をしてここまで来たのだ。


……そして、この惨劇である。


罰があたったのかもしれない。

レストは冷や汗を垂らしながら、食物連鎖のように見事な力関係を見せる4人を眺めた。


思えば、彼女が演習場に目くらましの魔法や遮断の結界を張った時点でこの事態を予測すべきであった。


まさかここまで容赦がな……いや、戦いに慣れているとは。


前任のバッシュ・フラストに比べればまだまだでも、二人とも隊の中では卓越した技能で知られている。だからこそ実力主義の魔法士団の隊長副隊長に選ばれたのだ。


だというのに、それをまるで赤子の手をひねるように易々とあしらうとは。

事前に目くらましの魔法をかけていなかったら魔法師団の面目丸潰れもいいところである。


そんなことを考えているうちに、いつのまにか演習場を騒がす悲鳴は消えていた。

嫌な予感に急いであたりを見回せば、そこには叫び声の代わりに虫の息を吐く魔法師団の双璧がいた。


「セ、セレスティ! だめだ、それ以上やったら使い物にならなくなる!」


レストの言葉は真に迫っていた。ひどい言い方ではあるが、実際比喩でも何でもない。

物理的な意味でも、精神的な意味でも、魔法師団壊滅の危機である。


だが、彼の必死の懇願は、隣からあがった場違いにもほどがある声援のせいで台無しにされる。


「あぁ、いいわ……そう、そこ! もっと……もっと激しくやって! ああん、もう最高!」


恍惚とした表情で、顔を赤らめながらいろいろな意味でギリギリな発言をする女性は、自称“天才研究者”ジルである。

同僚のいじめに嬉々として声援を送る彼女は、アリアが危惧した通り人間として非常にマズイ性格をしていた。


こんな変態が宮仕えの研究者だと知られては、王家の沽券に関わる。そう常日頃から危機感を抱いていたレストにしてみれば、目くらましの魔法は唯一の僥倖であった。

もっとも、だからといって事態がよくなるわけではないのだが。




そして、ようやくレストの願いが通じたころには、名誉あるハインレンス魔法士団の2人は、人間と表現するのが憚れるようなボロ雑巾と化していた。

プライドを含めたいろいろなものを完膚なきまで破壊されると、人はこうなるのだという良い見本である。


しかし、そんな哀れな彼らの姿を見ても、鬼軍曹と化した少女の口からは「もう終わりか。つまらん」という非情の一言のみ。


「ご主人様―、この人たち弱過ぎて相手にならないですー」


そして、彼らの部下が聞いたら憤然ものの台詞をこともなしげに言い放った使い魔の少年も、確かにそれに相応しい実力を持っていた。


「全くだ、軟弱にもほどがある! お前らそんなへっぴり腰で魔物相手に戦えると本気で思っているのか!? 怠慢の先にあるのは滅びのみ! 鍛え直しだ!!」


今はほとんど魔物の被害なんて起こってない……とは誰も言えなかった。

一体どんな危険地帯で生きてくれば、そんな思考に至るのか。歴戦の武人のような貫禄と威圧感は、この王宮においても右に出る者はいなかった。

結局、誰ひとりとしてこの場の支配者には物言えず、恐るべき未来が決定した男2人は地面に倒れながら深い絶望を味わうことになった。

まさしく泣きっ面に蜂である。




そんな悪夢のような光景を見ていた人間が、実はもう一人いる。


「強い、な。……いや、強すぎる」


アリアたちのクラス担任、バッシュ・フラスト。

柱の陰で気配を消しながら彼らを見るその目は、教師にはいささか不似合いな険呑さを宿していた。


彼がこの場にいる理由はレストのそれと似たようなものだ。

異なっているのは、今やレスト以上の警戒心が彼の中で芽生えていることにある。


「ドラゴンに飛行魔法、そしてこの強さ、か。こりゃ”変わっている”の一言じゃすませらんねえな」


そうして眉間に深い皺を寄せた彼が今後について思案していると、背後から聞き慣れた声がかけられた。


「おっ、バッシュではないか」


いくら王宮内だからといって、ここまで接近されて気付かなかったのは失態である。

自戒しながら彼が振りむくと、そこには数か月前までは毎日のように顔を合わせていた人物がいた。


「ギル様?」


その相手、ハインレンス王国第一王子ギルネシアも、思わぬ人間との再会に首を傾げる。


「どうしてお前がここにいるんだ? 学園はどうした?」


「休みですよ。今日は元隊長として部下の成長具合を見学に来ました」


すぐに気を取り直して、いけしゃあしゃあと返すあたりは、さすが年の功というべきか。しかも嘘は言っていない。

もっともその内容は、さきほどの”部下”のボロボロ具合を考えると、皮肉以外の何物でもなかったが。


「ああ、そうか。王宮にいるとどうもそのあたりの感覚がずれるな。だがバッシュ、そう言うわりには部下の一人もいないが?」


目くらましの魔法を張っているせいで、今のギルネシアにあの惨劇は見えていなかった。バッシュにとっては好都合である。


「ちょっと考えごとをしていただけです。あなた様こそどうしてここに?」


半ば答えを予想しながら、話を逸らす目的でそう振る。

案の定、あたりを念入りに見回しながらギルネシアは答えた。


「よくぞ訊いてくれた。レストが王宮に来ているらしくてな。このあたりで目撃情報が途絶えたのだが、お前見てないか?」


「……ストーカーはおやめになられたと報告を受けていたのですが」


「何を言う! 兄がかわいい弟を追いかけるのはストーカーではない! 愛情表現の一種だ!」


「……そうですか」


人はそれをストーカーという。

だが、何を言っても無駄と悟ったバッシュは、賢明にもその一言を飲みこんだ。

ようやくブラコンに回復の兆しが見えたと思ったらこれだ。


「で、結局見たのか、見なかったのか?」


「誰も見ておりませんよ。おそらくもう帰られたのでしょう。さ、ギル様もいい加減公務に戻りましょうか」


慣れた仕草で執務室へと強制連行する。バッシュはこのブラコンに十数年付き合わされてきたのだ。むしろ慣れない方がおかしい。


「ま、待て、おい、引っ張るな、バッシュ!」


王子を王子とも思わぬ扱いにギルネシアは抗議するが、彼の護衛たちは『さすがフラスト様』と尊敬の眼差しを送るだけだった。


最後に一度後ろを振り返ったバッシュは、穴だらけになった演習場を魔法で直す彼女に鋭い視線を投げる。

いろいろと思うところはあったが、今はまだ情報がたりない。

結局『まだ報告する段階ではない』と判断した彼は、駄々をこねる王太子を引きずりながらその場を後にするのだった。



――その数十分後


諸国最強の魔法士団の隊長と副隊長が全身ボロボロの出で立ちで目撃されることになる。 


世にも珍しいその光景に、好奇心旺盛な部下たちは一体どんな強敵とやり合ったのかと質問責めするのだが、隊長はもちろんのこと、普段はおしゃべりな副隊長さえもその理由を話すことは決してなかった。



その後も週に一回行われる実験という名のイジメは、アリア達にとってはストレス発散に、リボン達にとってはまさに命をかけた実”戦”訓練となった。


もっとも、そのおかげで彼らは歴代最強の魔法士団隊長・副隊長への道を突っ走ることになるのだが……それはまた別の話。


皆様お久しぶりです。

というか、久しぶりすぎてごめんなさい(汗)


忙しくて、かなりスローペースになりますが、またちょこちょこ書いていきたいと思います。

よろしくお願いします(ペコリ)



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