第5話「アルバイト」
お久しぶりです。皆様ご無事でしょうか?
私もなんとか生きてます。絶賛避難民ですが超元気ですよ!
「アルバイト?」
スプーンを片手に持ったミアが、意外そうな顔で問い返してくる。
「そうだ。学園の生活にも慣れてきたし、そろそろ学費を稼ごうと思ってな」
「へー、でもなんかいきなりねぇ」
たしかにいきなりといえばいきなりかもしれない。だが、きっかけこそモルディ兄弟にあったが、これには私なりのきちんとした理由もあるのだ。
「まあなんだ、いつまでもライルに借りをつくるのはよくないだろう? 入学費用もだが、それ以外の生活費も今立て替えてもらっている状態なんだ。ライルは気にしなくていいと言ってたが、やはりいつまでも甘えるわけにはいかないしな。そんなわけでライルには内緒だぞ」
「わかりましたわ。ちなみにどのようなアルバイトがよろしいんですの?」
「できれば魔法関係の仕事がいいんだが……自慢じゃないが、それ以外のことはさっぱりできん。あ、ちなみに一番得意なのは魔物の殲滅で――」
「ふーん。まあ、得意なのはこの前の一件でなんとなくわかったけど」
ギロリと睨んでくるミアの視線が怖い。正直魔物よりも怖い。自然と持っていたフォークを置いて、背筋をピンと伸ばす。
もはや条件反射だった。
(まだ許してくれないのか……)
あの後、学園に戻った私たちを待っていたのは、さらなる恐怖だった。校門で出迎えてくれたミアとローズは、私たちに怪我がないことを確認すると同時に、それはそれは恐ろしい鬼女と化したのだ。
いやにきれいな笑顔で『ちょっとお部屋まで行きましょうか』と誘われた時も、なんとなく不穏な気配は感じていたが……まさか、そのまま説教2時間コースに突入するとは。
あの苦行といったら……キラともども正座しながら『この2人は二度と怒らせまい』と堅く誓ったほどである。
その時の足の痺れを思い出し、若干怖じ気付きながらミアを見返す。すると彼女は『仕方ないわね』という風に苦笑しながら息を吐いた。
「そもそもそんな危険なアルバイトないと思うわよ。あと、私が働いてる飲食店もこの前兄妹でアルバイトを雇ったばっかりだから、ちょっと難しいわ。ごめんね」
「兄妹……? もしかしてモルディ兄妹のことか?」
まさかと思いながら一応訊いてみる。この時期に兄妹で働く者などなかなかいないはずだ。
案の定、ミアは寝耳に水といわんばかりに茶色の瞳を瞬かせた。
「え、なんで知ってるの!?」
「この前助けた兄妹が彼らなんだ」
意外なつながりにお互いしばし沈黙する。すると、黙々と食事をしていたレストやフィルもすかさず話に加わって来た。
おそらく今まで静かだったのは、ミアの勘気に巻き込まれるのを避けるためだったのだろう。さすが空気を読むのが上手い。
「あの例の兄妹か?」
「すげー、世間って狭いなあ」
「そうだったの……あの2人働き者だし、助かってるわ。これもある意味アリアのおかげなのね」
表情の柔らかくなったミアに、ほんの少し安堵する。あの2人の現状もわかったし一石二鳥だ。今度また会いに来てくれると言っていたし、その時はミアも混ぜてわいわいやりたいものだ。
「ああ、元気でやってるようで良かったよ。ローズたちはどうだ? なにかいいアルバイトとか知らないか?」
「私はちょっと思いつきませんわ」
「うーん、俺もー……あ、メイドならいけるよ、俺専属の!」
「それはごめんこうむる」
一拍もしないうちに切り捨てる。あまりにも危険だ……主にフィルが。もちろんキラになにかされるという意味で。
現に今も一瞬、菓子パンに夢中になっていたはずのキラの目が妖しげな光を帯びた。
……まったく、こいつの過保護にも困ったものだ。
ちなみに今はちょうど昼休憩の時間で、いつも通り皆で学食に屯しているところである。
その中にライルが含まれていないのは、彼が今学園長に呼び出されているからだ。内容はルナがこの前遊んでいて壊した納屋について、だそうだ。まったくドラゴンの主というのも大変である。
まあ、学園長は優しいから説教も30分程度で終わるだろう。私もこの前の件で呼び出されたが、その時はむしろ飛行魔法について詳しく訊かれて焦ったものだった。『一子相伝の魔法だから』とかなんとか始めから終りまで適当に誤魔化したが、どうやら現代では皆発動時のコントロールで躓くらしく、消費魔力について言及されなかったのは幸いだった。
そんなことを思い出していると、何か考え込んでいたレストが躊躇しながらも口を開いた。
「……どうしてもというのなら、王宮で一つ斡旋できないこともない。というより魔法士団の研究所になるか。研究者で一人覚えのある奴がいてな」
「もっとも、あまりお勧めはしないが」と付け加えた彼は、どうやら現在進行形で迷っているらしい。珍しいこともあるものだ。
「王宮、か……」
正直あまりいい思い出はない……が、すでに300年前のことだ。いつまでも引きずっても仕方ないし、そろそろ割り切らないといけない時期だろう。
どうせ今の自分には関係ないところだし、逆に心機一転を図る意味でこの話しに乗ってみるのもいいかもしれない。
「ちなみにどんなアルバイトなんだ?」
「ああ、古代魔法を研究している者でちょうど被検体……じゃなくて研究の協力者を探しているらしい」
「……それ大丈夫なの?」
キラが胡乱な目つきになるのも無理はない。さっきからどうにも怪しい単語がちらほら出るし、返すレストの言葉も歯切れが悪いからなおさらだ。
まあ、私としては研究の協力程度ならやっても構わないんじゃなかと思う。要は力の使いすぎに気をつければいいだけの話だし。仕事としては楽なほうだろう。
「ちょっと変わったやつだが……害はない、気がする。だが、それよりも問題はその瞳の色だな。せっかく隠しているのに……」
「瞳?」
「いや、なんだ。王宮でその目の色はいろいろと不便なんだ。紫は神聖な色として信仰の対象にもなっていて……その、つまり利用しようとする人間も多い。だが、まさかずっと目を隠していくわけにもいかないしな」
ローズやフィルはなんとなく事情を察しているのか、『ああ』といった顔で頷いている。
神聖な色……そういえば、300年前もそんな話をどこかで聞いたことがあるような、ないような。そこらへんの記憶がおぼろげではっきりしない。そもそもそんな扱いを受けてこなかったらから仕方ないのかもしれないが。
「まあ、それなら問題ないよ。目の色を変えればいいだけだろ?」
「できるのですか? そんな魔法聞いたこともありませんわよ」
どうやらこの魔法も現代では廃れているらしい。
かくいう私も封印から目覚めたばかりの頃は、魔力量の関係でできなかったが……おそらく今なら余裕で行使できるはずだ。
「ご主人様は天才ですから、そんなの片手でちょちょいのちょいですよ!」
「へー飛行魔法といい、本当に規格外だねーアリアちゃん」
自慢げに語るキラに、フィルがポテトをつっつきながら軽く応える。飛行魔法の件もあり、最近は皆慣れてきたのか珍しい魔法を使ってもあまり驚かなくなった。
キラは若干不満そうだが、私にとっては好都合だ。
「あー、天才かどうかは知らんが、森で暮らしていた時にいろいろ身に付けただけだ。時間だけはあったからな」
この手のでっちあげも最近はお手の物になってきた。いや、多分あまりいいことではないのだが、私の場合は事情が事情なので許してほしい。
一連のやりとりを受けてか、レストはそれまでの迷いを消して了承の意を伝えてくれる。
「そうか……なら大丈夫だな。明日連絡を入れてみよう」
そしておよそ1週間後。
多少の手間をかけてキラとお揃いの蒼い瞳を宿し、王宮へと赴く。普段は厳重な警備もレストの顔パスでらくらくと通過することができた。
そうして門をくぐった私たちを出迎えてくれたのは、威厳を誇示するように展示された一級品ぞろいの調度品だ。
今まさに目の前には、庶民では一生お目にかかれないような、きらびやかな世界が広がっていた。清掃の行き届いた室内には豪奢な絵画や数々の芸術品がまるで見本市のように置かれている。このひとつひとつが、きっと庶民の年収の何倍もの価値を持つのだろう。
だが、この世の粋を集めた耽美な空間も、ひとたびそのメッキを剥がせば人間の欲と陰謀が渦巻く舞台となる。
ここがどんな場所かは、骨身に沁みて理解しているつもりだ。
「300年経っても、相変わらずか」
その証拠に、こうして人気のない廊下を歩いている途中でも、その独特な雰囲気を肌で感じ取ることができた。時折すれ違う人々もレストと共にいる私たちを値踏みするように観察してくる。
どうやら豪華絢爛を極めた内装も、見え隠れする欲を隠すことはできないようだ。外観こそ真っ白になったが、そういう意味で中身はあまり変わっていない。
「この先が研究所だ」
レストに案内された先――その廊下の両サイドには歴代の王族の肖像画が飾られていた。わざわざこんなところを通らなくてもと思わないでもなかったが、口には出せない。
……どうやらここ何代かは、金髪に紫の瞳が多いようだ。レストがこの瞳を隠せと言ったのもなんとなく頷ける。
だが、特に興味もなく足早に通り過ぎようとしたその矢先、見覚えのある顔を見つけてしまった。
(アスト王子とマリア……!?)
二人の肖像画だった。おそらく20代前半だろうか?
結婚式の時に描かれたのだろう。純白の衣装をまとい微笑む姿は、既に何度か見てきたその肖像画の中でも、自分の一番よく知ってる彼らに近かった。
そして何より……今まで見た中で一番幸せそうな笑顔だった。
不意打ち気味にくらった衝撃に、胸が軋む。史実では、この後娘と息子一人ずつに恵まれたらしい。その仲も睦まじかったらしく、今では理想の夫婦の形としてもその名を残している。
だが、額縁の中で微笑む彼らを前に、己の胸中では判然としない感情が再燃してしまう。
(……何が割り切る、だ)
我ながら女々しいとは思う。もはや触れることさえ叶わない彼らにこんなつまらない想いを抱くなんて。
だが乗り越えたはずのそれは、いまだ容赦なくその存在を主張し続けた。まるでそれが私への罰であるかのように……。
「……この肖像画を見るたびに、私は己の存在に疑問を持つよ。どうしてこんな顔に生まれてしまったのか。自分は一体何者なのか、とな」
気づけばすぐ隣にいたレストが、ぽつりとその心境を漏らしていた。立ち止まった私を見て彼も自然とそうせざるを得なかったのだろう。
そのアスト王子そっくりの顔に浮かぶ表情は、しかしながら絵の中の人物とは正反対のものだった。
名君アストレイ国王と同じ面差しを持つレスト。きっと本人にしかわからない苦悩があるのだろう。
でも、それを見た私といえば……つい苦笑いをこぼしてしまった。
私たちは悩む理由も生まれた年代も全く違うのに、こうして絵画の中の同じ人物に囚われてしまっている。
それは、はたから見ればあまりにも滑稽だ。そのことに気づいてしまった。なんとなくさっきまで沈んでいた自分が馬鹿らしくまで思えてくるのだから不思議である。
それを教えてくれた礼というわけではないが、未だ複雑な顔をしている友人に、自信を持って断言する。
「レストとこのお方は全くの別人だよ。私が保証する」
確かにその造形こそ似通っているかもしれないが、本人を知っている私からすれば、二人はまるで別人である。この絵ではわかりにくいが、細かいパーツは意外と違ってたりするのだ。近くで見てきた私がいうのだから間違いない。
「セレスティ……」
レストが驚きと感謝を織り交ぜて見返してくるが、むしろ礼を言いたいのはこちらのほうだ。
その顔を眺め、今度こそはっきりと認識する。彼らは、アスト王子とマリアは既に過去の人間だ。
なにせその子孫が今こうして目の前にいるのだから……いい加減前を見なくては。
気づけば重くのし掛かっていた暗い感情は、どこかへと霧散していた。どうしようもなく眩しかった彼らも今は目を細めながら直視することができる。
そうして改めて、今度は素直な気持ちで絵を見ると、不意にうれしそうなマリアの笑顔が幼いころのそれと重なった。
(……そう言えば小さい頃マリアは『将来は王子様と結婚する』と話していたな)
壮大すぎるほど壮大な夢にその時は馬鹿にしていたものだが……まさか本当に叶うとは。子供の夢も案外馬鹿にできない。
「よかったな、マリア」
小さな呟きはすぐに大気へと溶けていったが、この想いが消えることはない。私はあの子の姉なのだ。私が祝福しないでどうする。
なんだかいろいろと吹っ切れた気分だった。ここにレストがいてくれて本当によかった。
「何か言ったか?」
「いや、なんでも。それより先を急ごう。キラも……ってキラ?」
返事をしない相棒に疑問符を投げかけるが、やはり答えは返ってこない。
訝しげに振り向くと、キラはアスト王子とマリアの隣にある肖像画をジッと見つめていた。その横顔は、まさに心ここにあらずといった感じだ。
おかしい、いつものこいつらしくない。
その視線の先には豪華な衣装に身を包んだまだ若い少女が、花が綻ぶような満面の笑みを浮かべ佇んでいた。その表情はあまり王族の肖像画にはふさわしくないが、なぜかその少女には似合っている気がする。薔薇色のドレスは彼女のために作られたのではないかというほどよく似合っており、そのつり目気味の瞳とあいまって活発そうな印象を受けた。
「……なあ、レスト。キラが見ているのは誰だ?」
小声で訊いてみると、レストも若干驚いた顔をしながら返してくれた。
「あれはアストレイ国王とマリア王妃の娘、ユリア姫の肖像画だな」
なるほど。確かに髪は金色だが、その瞳に宿る色は紫だ。彼らの娘というのも頷ける。だが、どうしてキラがその彼女に釘付けなのかがまったくわからない。
(まさか…………恋か? いや、だが、しかし絵画の中の人間だぞ)
後になって考えると、どうしてそんな突飛な考えに至ったのか自分でも不思議だったが……ともかくその時の私は本気でキラの叶わぬ恋について悩んでいた。もっとも悩んだ末に出した結論が保留なので、あまり意味はなかったのだが。
ともかく内心かなり動揺しながら、できるだけ普段どおりに接しようと一度深呼吸をし、意を決してキラに声をかけようとする。
……しかし、その前にどこかあきれた表情のレストが「おい」とその小さな肩に手をかけてしまった。私の努力が……。
一方のキラの反応は、予想以上に顕著だった。彼はビクリと体全体を揺らし、次にそれを誤魔化すようにレストを睨んだ。
「い、いきなり驚かすなよ、つんけん王子! そ、それより早く案内しろよな!」
若干慌てたように指をさす様子は、やはりどこかおかしい。だが……さすがに言いすぎだろう。
案の定、キラ曰く”つんけん王子”は眉間をピクピクさせながら、目を据わらせた。
「ほぉ、やはり貴様には一度礼儀というものを叩き込まねばならないな」
「なんだよ、お前が学園でご主人様につきまとうから僕の仕事が増えて大変なんだぞ! ばいしょーとしてお菓子を請求する!」
話を変えようとしているのはわかるが、やはりいつものこいつらしくないお粗末な方向転換である。よっぽど動揺しているようだ。
しかし、最後の一言は私心丸出しだったが……はて、仕事とは一体なんの話だろうか?
まあ、考えてもわからないし、いずれにせよこうなってはもはや売り言葉に買い言葉だ。
「な、いつ私がつきまとった!?」
「つきまとってるじゃんか! 他のメスとは全然話さないくせに!!」
「メっ!? あ、あれは……」
二人ともヒートアップしてきたのか、声のボリュームとともに魔力が霞みの様にあたりに充満してきた。
キラなんて既に影が揺らめいて、今にもレストに襲いかかりそうになっている。もちろん本気でやろうとは思っていないだろうが、さすがにマズイだろう。
自分のせい……かは知らないが、ともかくきっかけを作った責任もある。
「まあ、二人ともそろそろ―――」
そうして制止の声を発した直後だった。
突然、横合いから大きな魔力の波動を感じたのだ。それも一直線にこちらに近づいてきている。
「なっ!?」
無意識に感知したその威力は、現代の基準で言えばかなり強い。それこそ無防備に受け止めれば生死に関わるレベルのものだった。
レストはともかく、いつもなら絶対に気づいているはずのキラでさえ、今はまだ口論に夢中で気付いていない。私自身もまさかこんなところで攻撃を受けるとは想像もしていなかったせいか対応が遅れてしまっている。
気付けばすぐ目の前まで差し迫った氷槍は、目標めがけて肉薄していた。
その鋭利な刃先にいるのは………
「キラ!?」
今は実家で小説書いてるんですけど、急いでてあんまりデータ持ち出せませんでした。あと4話分くらいのプロットはあるんですけど……いつ帰れるかなぁ(汗)
まあ、それはさておき『この世界に”アルバイト”って言葉あんの?』というツッコミがあるかもしれませんが……どうか気にしないでやってください! そこらへんはテキトーです(笑)