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6章 第1話「訪問者」

*今回はアリアの担任バッシュの視点です。

いつもよりはちょっと短い、かも?

 その日、俺は珍しく呼び出しを受け、この学園で最も豪勢なつくりの部屋へと赴くことになった。

 重厚な木造のドアを2回ノックすると、すぐに「どうぞ」という声が返って来る。その声を合図に、微妙に立て付けの悪いドアをギシギシと音を鳴らしながら開けた。 


(これ、直さないのか?)


 と考えたところで、そういえば今学園は極貧状態だったということを思い出す。……この部屋の住人に多少同情せざるをえない。1カ月前の魔法授業の時、少しくらい被害を抑える努力をすればよかったか、とらしくもなく反省した。まあ、終わったことはしょうがないが。


 そうして、趣味のいい調度品に囲まれた室内へと足を踏み出す。その部屋の中央では、立派な革張りのソファーに、二人の人間が向かい合わせに座っていた。


「お呼びでしょうか、学園長」


「よく来ましたね、バッシュ。今日はちょっと相談がありまして――」


その時だった。学園長の話を遮るように、対面に座っている青年がバッと勢いよく立ち上がった。


「あなたが古代魔法を使える人ですか!? あれ、でも女の人だって聞いて……?」


 困惑気味に俺を見つめる青年は、まだ若かった。おそらく二十代前半だろう。

だが生憎、野郎に見つめられて喜ぶ趣味はない。学園長に訝しげな視線を送ると、彼女は『わかっています』という風に俺に視線を返し、正面の青年に向き直った。


「彼はその人の担任ですよ」


「そう、ですか」


 若干ショボンとしながらソファに腰を戻す青年は、ひどく落ち着かない様子だった。

 ……嫌な予感がする。厄介事の予感だ。自慢じゃないが、こういう時の予感は外れたことがない。

 一応無表情を装ったつもりだったが、学園長にはその嫌そうなオーラを見破られていたのだろう。軽くため息をつかれ、着席を促された。……さすがというべきか、年の功には敵わない。


「まずは、彼の話を聞いてください」


 青年の名はエリック・モルディ。両親は既に他界し、今は唯一の肉親である妹を救うために、大陸中を旅しているらしい。この学園に来訪したのもその目的のため、とのことだ。……彼の妹は滅多にない、とある症例にかかっていた。


 彼、エリックの話した経緯はこうだ。最初は医者に行ったのだが、『これは医者の領域じゃない、魔法士に診せるべきだ』と診断された。言われたとおり魔法士に診せると、今度は、『これは普通の魔法士には無理だ。現代魔法ではなく、古代魔法にならまだ治せる可能性がある』と判断された。そして、その後は魔法士の言葉を信じて大陸にいる古代魔法の使い手を巡った……が、やはり“それ”を治せる人間はいなかった。

 そうして『もうだめか』と諦めていた時に、新たな古代魔法の使い手の噂を聞いて、わざわざここまでやって来た、とのことだ。


 たらい回しのようにあちこち駆けずりまわったエリックとその妹には同情するが……正直、これは厄介事以外の何物でもない。

 なにせ症状を聞く限り、既に進行はかなり進んでいるし、そもそも“それ”は一度かかったら、かけた相手を殺さない限りは治す方法がないと言われているものなのだ。きっと二回目に診せた魔法士は、この青年の必死な形相に苦し紛れの返答をしてしまったのだろう。

 気持ちはわからないでもないが……それこそ何百年前の魔法使いならいざ知らず、現代の古代魔法の使い手が、“それ”を治したという話は聞いたことがない。


(だが、この場でそれを教えたら死に兼ねないな)


 正面に座るやつれた顔を見ながら、どうするべきかと思案する。なにせこの青年が望む古代魔法の使い手といえば――


「お願いします! その人に会わせて下さい!」


「はあ。と、言っても彼女は――」


 言葉を濁す自分に旗色の悪さを感じ取ったのか、エリックは地に額を擦りつける勢いで頼みこんできた。……なんて断りづらいことを。


「お願いです、会ってくれるだけでもいいんです! あいつの言っていた余命まで時間がない! もう、ここしか希望がないんです!」


「“あいつ”?」


 何気なく訊き返してみると、彼は憎くて仕方がないという口調でそいつのことを語りだした。

その口から出た奴の特徴は………忘れもしない仇のものと一致していた。


――約一時間後


「次……は、セレスティか。おーい、お前ら下がれー」


 そう注意を促せば生徒たちも心得たもので、蜘蛛の子を散らすようにわらわらと一斉に“退避”を始めた。一目散に建物の陰に隠れる生徒もいれば、中には防御魔法まで使いだす生徒もいる。

 ……だが、いい心がけだ。むしろそれくらい盤石の備えをするべきなのだ、彼女には。


 視線の先で一人ポツリと残された少女は、鉄壁の守りを敷く同級生の様子に、多少ムスッとしながら「今度こそは……」と呟き詠唱を始めた。


【我願いしは焔 猛き破壊の炎となりて 今こそ我が敵を滅さん】


 詠唱が進むとともに、これまた馬鹿みたいに純度の高い魔力が一点へと集束される。それでもなお、溢れ出る魔力が彼女の周囲で渦巻いているのだから、末恐ろしいものである。


 そして、案の定というべきか、爆音を伴って打ち出された“それ”は、的はもちろんのこと結界までいともたやすく突き破り、いくつかの木々を巻き込んだ挙句、最終的には外壁まで粉砕した。ちなみに最近なぜか無駄に威力も上がってきて、古代魔法ではないにも関わらず、当たり前のように結界を破壊するようになった。


「おー、こりゃまた派手にやったな」


 砂でできていたのではないかというくらい木っ端微塵になった外壁を眺め、相変わらずの威力に舌を巻く。どうやら破壊魔による破壊活動は、本日も絶好調らしい。

 まあ、これが名物になっていたりもするのだから、この学園も十分おかしいが。


(これでまた今月の修理費が嵩むことになる、か)


 他人事のように思った。学園長の心痛もまた増えることになるが、自分の懐が痛まないなら基本どうでもいいのが俺という人間だ。まあそんな自分がすることといえば、せめてもの情けで結界を補強するくらいである。

 さっきの学長室のドアを見て反省した件も、既に頭の中からは消えていた。……所詮はこういう人間なのだ。


(それにしても、全く得難い才能だな)


 個人的な意見ではあるが、卒業後は是非宮廷魔法士に推薦したいところだ。もっとも学園内では、既に研究者や教師がそれぞれ彼女の進路についての熾烈な争いを繰り広げているが……そんな周囲の期待などおそらく彼女は知らない。


 それでも、とりあえず課題である魔法のコントロールと知識さえ身につければ、どこに出しても恥ずかしくはない魔法士になるだろう。卒業まで時間はまだたっぷりあるし、ゆっくりやっていけばいい。


 そんなことを考えていると、ズーンと沈んだ少女の背後、防御魔法を張っていた一団から賑やかな声が聞こえてきた。セレスティと親しい友人のグループだ。


 てっきり、落ち込む彼女を元気づけようとするのか……と思いきや、その内容はさらに追い打ちをかけるものだった。 


「よっしゃ壁ぶっ壊した! 賭けは俺の勝ちー! 約束通り昼飯おごれよフィル!」


「ちぇ、木だけで止まると思ったのになぁー」


「ライル、フィル! お前たちまた賭けごとをやっていたのか!?」


「ねーねー、“かけ”ってなーにぃ?」


「今度ルナにも教えてやるよ。てか真面目な顔で防御魔法張ったレストに言われるのもなあ…………って、あれ? アリア、まさか落ち込んでる?」


「あ、でも、すごく格好良かったよ、アリアちゃん! なあサラスティ!?」


「うむ、なかなか見事じゃった」


「そうよアリア! 前回よりさらに威力が増してるってすごいわ! なかなかないよね!? ね、クーちゃん!?」


「スゴイ! アリア、スゴイ!」


「そ、そうそう、私感動してしまいましたわ! ほら、フラウも!」


「ああ、さすがはフレイア様の……っと、いけない」


「ちょっと、気をつけてよね! と、ともかく元気を出して下さいご主人様! 僕も勝ったから、今日の昼ごはんはタダですよ! タダ!」


 とってつけたような慰めは、むしろ真逆の効果をあげていた。ここまで裏目に出るのも珍しいが……こういうのは悪意がないからこそ、厄介である。


 もちろん言われた本人の身体には、グサグサと不可視の矢が突き刺さっている。友人たちはもちろんのこと、果ては己の使い魔にまで裏切られたせいで、心は重傷を負っているようだ。

 いっそ気の毒になってきた。友に恵まれているのかいないのかよくわからない。


 あまり顔には出さない彼女の感情の機微も、実は意外にわかりやすかったりする。

 オーラとでも言えばいいのか、なんとなく全身からその時の喜怒哀楽が伝わってくるのだ。彼女の友人達もそれは既に会得済みなのだろうが……いや、なにも考えまい。


(今はそれよりも――)


 顔が苦くなるのを抑えながら、その哀愁漂う後ろ姿に声をかける。学園長と二人で出した決断だ。仕方ない。


「セレスティ、後で話がある」


「うっ………はい」


 辛気臭い顔で地面を見ていた彼女は、俺の言葉に一瞬ビクリと肩を揺らした後、観念したようにまたガックリと項垂れた。


学園長が憐れ過ぎますね(涙)

でも、きっとそのうちいいことあるさ。


次回も引き続きバッシュ視点になる予定です。

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