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第5話「邂逅」

途中ほんのちょっとグロ表現が出てます。

まあ、前後のゆるいやりとりで誤魔化せる程度なんで大丈夫です。

今回は長いので、2つに分けました。

 深遠なる闇が空を浸食し、孤高に輝く月が中天にさしかかる頃。

 ハインレンス王立魔法学園にある寮の一室では、とある主従がいつもより遅めの帰宅を果たしたところだった。


「はぁ、なんだかどっと疲れたな」


 倒れこむように、ベッドにダイブする。さすが王立の学園といったところか……最上級の肌触りである。ようやく一息つけたことも相俟ってか、心身に沁みわたる安らぎもひとしおだ。


 なにせ今日は精神的にも、肉体的にも非常に負荷がかかった一日だった。

 疲れの原因はいわずもがな、今日の“萌え幼女ドラゴン召喚事件”(フィル命名)にある。……ネーミングセンスがないのは、もはや仕様と考えていい。


 極上のふかふかに顔を埋めながら、さきほどまでの戦いを思い出す。……ルナが還った後にまた一悶着があったのだ。

 それは当然と言えば当然の流れ。そう、教師、研究者、そして生徒という各方面からひどい質問攻めを受けたのである。老若男女誰もかれもがあり余る好奇心を隠そうともせず、爛々と目を輝かせ迫ってくる光景は、ある種の恐怖だった。根掘り葉掘り、一切合切を訊き出そうとする彼らの辞書に”遠慮”という二文字は載ってなかったのだ。


 それでも、矢継ぎ早に繰り出される問いにまさか馬鹿正直に答えられるわけがなかった。結果的にのらりくらりと嘘八百を並べることになるのだが、いつか言ったように元来私は嘘をつくのが苦手である。

 話すごとに内容が変わってしまったのは、もはやどうしようもない失敗だ。それでも、なんとか恐怖集団の攻撃を捌き切った自分を褒めてやりたいくらいである。


 そんなこんなで、ついさきほどようやくその魔の手から解放され、今に至るというわけだ。

 本音の上では、このまま心地よい柔らかさに身体を委ね眠ってしまいたかった。だが、あえてその誘惑に抗い、睡魔と必死に格闘しているのにはわけがある。


 自分が寝転んでいるベッドがまた少し沈んだことで、その時が来たことを悟った。


「ご主人様! あのルナっていうドラゴンとは、どこで知り合ったんですか?」


(やっぱりきたか)


 本日最後の質問は、予想通り相棒からだった。私のベッドの上で正座した彼は、じとりとした目線を持って、こちらを見下ろしてくる。それはライルが言ったように、まさに浮気を追及する恋人のようであった。


 ……キラの知らない間に出会っていた私とルナ。どうやら、彼の中ではそれがどうしても見過ごせないらしい。嫉妬深いのか、それともただ単に知りたがりなのかは知らないが、その態度は『教えてくれるまで梃子でも動きません』という決意を示していた。……面倒な。


 しかし、ただただ素直に教えてやるのも、なんだかおもしろくない。なにせルナ召喚後の騒動の片棒を担いだのは、他でもないこいつである。無駄に主人の心労を増やした使い魔に、ちょっと意趣返しがしたくなるのも当然というものだろう。


 そうして、なにか良いのはないかと思案し、思い至ったのが先日ライルに教えてもらった話だった。……ちょうどいい。試してみようか。


 寝転んだ体制のまま肩肘をつき、自分自身意地の悪いと思える笑みを浮かべる。そして、上目づかいで探るように目を細めれば、準備は完璧だ。

 そのまま焦らすように、用意していた台詞を吐く。


「ふーん……そんなに気になるのか?」


 それは些細な反撃。いつもなら素直に教えてくれる主人が、いつもとは違う態度で訊き返しただけのこと。


 それでも、効果はバツグンだった。予想だにしなかったカウンターに、キラは「え?」と驚愕をこぼし、次にしきりに目を彷徨わせ、最終的に期待通りの答えを返してくれた。


「べ、別に……」


 口ではそう否定しながらも、身体は正直だ。モジモジしている。ものすごく気になっている。

 ……これはなかなか楽しいかもしれない。癖になったらどうしよう。


 しばらくそのいじらしい”つんでれ?“を、“ほうちぷれー”なるものを駆使して堪能する。ライル曰く、『最近巷で人気の愛情表現の一種だぜ! まあ、うまくいくかどうかは相手によるけどな(Vサイン付き)』らしい。

 ……うむ、現代的な趣向もなかなかどうして悪くない。


 まあ、それでも意地悪はこれくらいにしておき、さっさと本題に移ることにする。もとより別に隠すような話でもないのだ。

 疲れ切った身体に鞭を入れ、むくりと起き上がる。そして、キラの真正面に同じように正座した。なぜそんなことをするのか、と訊かれても……なんとなくだ、としか答えようがないが。


「……そうだな。あれは、お前に会う1年ほど前のことだったか――」


 思い起こすはキラと出会う約1年前……つまり今から300と2年前の秋のこと。

 それは私が15歳の時の出来事だった。




「……終わった、か」


 時刻は夕方。周辺から魔物の気配が消え、森が静寂を取り戻した時だった。

 あたり一面に魔物の死体が散乱し、独特の血臭が鼻をつく。その中には四肢が引きちぎれ、臓腑が飛び出した無残なものもあった。


 だが、ほとんど原形を留めていないそれらも、己に何ひとつ感情らしい感情を呼び起こすことはなかった。

 ……この悲惨な光景をどこまでも無感動に眺める私は、きっとどこかおかしいのだろう。他人事のようにそう思う。


 でも、それもしょうがない。世間一般的には異様な光景でも、ここまで見慣れてしまっては新鮮味に欠けるのだ。もとより自分のした行為の結果に驚くのもおかしな話。周りには自分一人しかいないし、今更乙女の様に騒ぐのも滑稽……そこまで考えて、自嘲気味に笑う。

 一度麻痺した感覚は、もはやとり戻しようのない域まで達しているのか、と。


 そのまま血を吸った地面を踏みしめて、機械的に歩き出す。

 よくよく考えれば、こんな生活を始めてから、早2年が経つのだ。感覚が麻痺するには十分過ぎる時かもしれない。



 魔物の掃討が終わった後は、いつものように報告に戻らなければならなかった。あの実力の伴わない傲慢な隊長のところへ。

 きっと、また嫌みたらしい文句を聞く羽目になるのだろう。そう考えると憂鬱だ。

 ……あれにもいつか慣れる時がくるのだろうか? そうなれば、慣れというのも案外悪くはないと思えるのだが。


 そうして落ち葉を踏みしめて数分が経った頃、ふと何かの気配を感じて立ち止まる。

 草かげからガサガサとした音が聞こえ、その感覚は確信へと変わった。


「まだ残っていたのか……」


 軽く警戒しながら、手のひらに魔力を集束させる。一応姿を見てから攻撃しようと構えるが――


「キュル?」


 その、妙にかわいらしい声に拍子抜けしてしまった。そして、次いで現れたあまりにも意外な相手を見て、無意識に魔力を拡散させる。


 数秒間、目を細めて眺めてみても、やはり“それ”を形容する言葉はひとつしか思い浮かばなかった。


「これは………ドラゴン……の子ども?」


「キュウ」


 返事か威嚇か知らないが、蜥蜴似の生き物はまたかわいらしい鳴き声をあげた。

 ……それでも、やはり蜥蜴とは違う。なにせ蜥蜴には角も羽もない。小さいながらもちゃんと存在するそれは、伝説やおとぎ話で語られるドラゴンの特徴である。


 その邪気のない水色の瞳を持った生き物は、草の影からこちらを観察していた。しかし……はっきり言って全然隠れられていない。ほぼ丸見えだ。

 しかも若干怯えているのか、プルプル震えている。これでは、私が悪者のようではないか。


 みたところ、まだ言葉もまともに話せないようだ。それは本当に生後間もない証拠である。なにせ潜在能力の強い聖獣は数年程度で話せるようになる、というのが一般的な理解なのだ。ドラゴンなら、なおさらだろう。


(しかし、世の噂では“天界の暴れん坊”と呼ばれているドラゴンも、幼獣のうちはこんなにおとなしいものなのか?)


 幼獣の時だけおとなしいのか、それとも噂自体が当てにならないのか、多少興味を引く命題だ。


 自然な動作で近づき、その場にしゃがみ込んで目線をあわせる。それでも幼獣は逃げなかった。少しだけ気分が良くなり、そのまま話しかける。


「お前、“迷子”か?」


「キュ?」


 コクリと首をかしげる姿は、ひどく愛らしい。どうやら、なんとなくこちらの言葉は理解しているようだ。それでもやはりまだ会話にはならない、か。


 “迷子”とは、幼獣によくある突発的な事故のことをいう。より厳密にいえば、天界での生活中、なにかのはずみで誤って地界に来てしまい、そのまま還れなくなることを指す。

 原因は、よくわかっていない。一説には、天界に地界へと通じる“穴”のようなものが存在しているのではないかといわれているが、真相は謎に包まれたままだ。


 そうした“迷子”も、運よく優しい魔法使いに巡り会えば、仮契約という一時的な契約を結んで天界に還してもらえたりもする。


(だが、大抵は――)


「どこに行きやがった!?」

「そっちも探せ!!」

「あいつを捕まえれば一攫千金だぞ! 絶対逃がすな!」


 粗野な怒鳴り声が、静寂な空間を切り裂き、悠々とした森に響き渡る。

 案の定というか……


「……やはり追われていたか」


「キューキュー!!」


 “迷子”は、密猟者の餌食になることが多い。なぜなら、彼らは貴族や裕福層の間で愛玩動物として、そしてひどい時には研究者の実験対象として高値で取引されるからだ。

 そのうえ幼獣のうちはまだ力も弱いし精神も発達していないため、捕まえるのもそれほど苦労もしない。王都など魔法使いの多数在籍する場所に迷いこむならまだしも、それ以外の所ではたいてい誰かに捕まり売り飛ばされるのが、悪しき風習となっていた。


 しかも今回の獲物はドラゴン。希少価値でいえば、きっと今までのどんな獲物にも勝る伝説の生物である。喉から手が出るほど欲しいに決まっている。


 ……そうこうしているうちに、乱雑な足音はすぐそばまで近づいていた。


「いたぞ!! ……って、あん? お前誰だ?」

「よお、ねーちゃん。悪いな、そいつは俺たちの獲物なんだ」

「そーゆーこった。まったく、こんなところまで逃げるなんて悪い子でちゅねー」

「さあ、お兄さんたちと一緒に来てもらおうか? 何、悪いようにはしないからよ」

「ああ、そうだ。ついでにこのお嬢ちゃんも一緒に売っちまわねえか?」

「そりゃいい! よく見りゃえれぇ別嬪さんだしな! きっと奴隷としても高く売れるぜ!」

「ああ……でも売る前にちょっと味見してもいいよな?」

「さんせーい!」


 聞き慣れた雑言だ。いちいち反応するのも馬鹿らしい。

 ゲラゲラと下卑た笑いを撒き散らしているのは、いかにも山賊といった感じの男数人。私と幼獣を取り囲むように展開している彼らは、おそらく素人ではないのだろう。妙に統率がとれており、集団的行動に慣れている節がある。隙のない身のこなしといい、それこそどっかの騎士団に見習わせたいくらいだ。


 だが……どうにも話が通じるような奴らではなさそうだ。

 正直相手をするのも面倒だが、足にしがみついてくる“それ”を無下に扱うことも憚られた。


「まったく、次から次へと……」


 今日は一日徹夜で、私はこれでも結構疲れているのだ。


 欠伸を噛み殺しながら、四散させていた魔力をまた集束させる。

 本来はもう少し平和的な手段を取るべきなのだろうが、今はそれを考えるのも億劫だった。


(さっさと片付けよう)



『アリアさんSと萌えに目覚める、の巻』です。

本当にライルは碌な事を教えません(笑)

続きもすぐに投稿しまーす。

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