第4話「怪我の功名」
ぎりぎりアウトですね……すいません。
そして今回もなぜか長いです……すいません。
遠巻きに眺めている連中に期待しても、きっと無駄だろう。ここは開きなおるしかない。
もう助けを求めるのはやめだ。300年前を思い出せ。いつだって一人でやってきたじゃないか。
どんな窮地に追い込まれても、誰の力も借りずに生きてきたのだ。きっと今こそ、その経験を最大限に生かすべき時に違いない。
そう、事態は己が力を持って打開するしかないのだ。
決意も新たに騒動の中心にいる二人へと意識を向ける。
今度こそ、このドラゴンの正体を掴んでみせる。そして、一刻も早くこの混沌と羞恥が入り混じる空間から脱出してやるのだ。
……そう、例えそこに早くも決意を翻したくなるような、脱力ものの光景が広がっていても、だ。
視線の先では、幼少コンビがまたわけのわからない自慢大会を開催しているところだった。子どもの様に……いや、実際見た目は子どもだが、本来はそんなことをする歳でもない彼らは、周囲の母性溢れる生温かい視線に気づくことなく、二人の世界に入っていた。もちろん、そこに甘さなど欠片もないことは言うに及ばず、だ。
「ルナは、お姉さまのためにずっとしゅぎょーしてたの! ぜったいあなたより強いんだから!!」
「ふん、そんなのやってみないとわかんないだろう! 第一、僕は君が天界でまったりしている間もず―っとご主人様のそばにいたんだからね!」
「ル、ルナだってあの時弱くなかったらずっと一緒にいたもん! それに“かりけーやく”だってしてるんだから!」
「でもそれは昔の話でしょ。後から押し掛けて来たくせに、僕のご主人様をとろうなんて考えが甘いよ! まあ、当のご主人様だって覚えてないようだしー」
「お、お姉さまはちゃんと覚えてる! ルナに優しくしてくれたし、頭もなでてくれたもん!」
「へーんだ、それくらいで自慢されても困るね! 僕なんて、一緒にお風呂に入ったことだってあるんだぞ!」
「!?」
言うに事欠いて、なんてことを言いだすんだこいつは。なにより、その勝ち誇った顔を今すぐやめろ。イラッとくる。
ルナにしても、そこは悔しそうな顔をする場面じゃないだろう。明らかに反応するツボを間違えている。
ともすれば、10歳の少年が5歳の幼女を言い負かしたともとれるこの状況。世間的には決して褒められたことではないが、なにせこのほのぼのとした雰囲気の中だ。体裁よりも、むしろキラの爆弾発言の方に興味が引かれるのは仕方のないことかもしれない。
案の定というか……最後の一言にギャラリーがざわつき始めた。そして、彼らを代表するように、ライルが驚愕混じりの確認を投げかけてくる。
「マジか!?」
「まじじゃない! 断じて違う!」
まったく誤解も甚だしい。いくら相手がキラでも、さすがに風呂まで一緒に入るわけがないだろう。
ただ単に、こいつが勝手に乱入してきただけだ。しかも300年前、まだ子狼だった頃に……あんなものは無効に決まっている。
……というか、よく考えれば、内容もいろんな意味でギリギリではないか。うっかりばれたらどうしてくれるのだ。危ういにもほどがある。
これ以上余計な事を話す前に、一人悦に入っている馬鹿の口を塞ぐ。「んー! ふごー!!」と何か喚いているが、完全に無視した。主人の心臓に多大な負担をかける使い魔に容赦など無用だ。
……ともかく、これでようやく落ち着ける。この馬鹿馬鹿しい争いに終止符を打つためにも、記憶を掘り起こす作業を再開しなければ……三度目の正直だ。
(ずっと待っていた、キラよりも前、ドラゴン……ドラゴンといえば―)
そうして、せっせと掘った先に発見した記憶の箱を、今度こそこじ開けてみる。
苦労の末に見つけたものは……遥か昔の邂逅だった。
「もしかして……あの時のドラゴンの幼獣か? 密猟者に追いかけられていた……?」
「そう! やっと思い出してくれた! お姉さまにおんがえししたくてずっと待ってたの!!」
よほど嬉しいのか、ルナはピョンと一跳ねし満面の笑みを浮かべた。
(……なるほど、ようやく合点がいった)
300年と2年ほど前だっただろうか。確かにキラと出会う前に、ドラゴンの子どもを助けたことがあった。
地界に落ちてきた典型的な“迷子”。
当時は両手で抱きあげられるほどの大きさだったのに、まさかあれほどの巨体に成長するとは、夢にも思わなかった。気付けなかったのも無理はないだろう。
それにルナの言った通り、あの時天界に還すための仮契約も結んだ。おそらく、その時の契約がいまだ有効なのだ。それを通して、私が生きていることも知っていた……というわけか。
しかし……だとすればキラに負けず劣らず、ものすごい執念である。
なにせ私がさっき召喚陣の上に立ち天界とつながっていたのは、時間にしてわずか数秒のことだった。ルナはその数秒で即座に私の魔力を感知し、逆流を押しのけて地界にやってきたのだ。
おそらくドラゴンでなければできない離れ業である。やはり、見た目に反して優秀であることは否定できないだろう。
「……で、セレスティ。事情はよくわからないが、このドラゴンはお前との契約を望んでいるのか?」
そんな風にようやく一息つけた所で、新たに波紋をよぶ一石を投じてきたのが担任だった。彼は周りの生徒たちとは違い、今のルナの外見にも警戒を解いてはいない。
さすがというべきか。いくら見た目が幼女でも、その正体は天界最強の生物だ。きちんとした契約が成されるまで油断しないその姿勢は、称賛に値する。
もっとも、私にとっては余計なひと言だったが……嫌な予感がひしひしとするのだ。
「………そうなのか?」
ほとんど答えは予想出来ていたが、念のため問いかけてみる。案の定、目の前にいる幼女は、これまた元気よく肯定してくれた。
「うん! “ほんけーやく”むすんでくれるまでかえらない!」
その言葉を聞いた瞬間、キラはジタバタ暴れて私の拘束を振りほどく。そんなに慌てて何をするのかと思えば……そのまま私の腰に後ろからしがみついてきた。……何がしたいんだこいつは。
「だ、だめだめだめ!! ご主人様は僕の!」
一方ルナは、これまた対抗するように前から抱きついてきて……
「やだやだやだ!! お姉さまはルナの!」
また始まった。本人を無視した無駄な所有権争いが。
しかも今度はサンドイッチ状態ときた。前後から力強く圧迫され、非常に息が苦しい。
こいつら私が呼吸を必要とする生き物ということを完全に忘れていないだろうか……あれか、もはや人権どころか生物としての存在すら無視なのか?
少年と幼女が低レベルな争いに、いい加減げんなりせざるを得ない。
なぜこんなにも子どもに好かれるのか……いや、問題はそこじゃないか。2人とも300年以上生きているのに、この幼さはなんだ。
見た目は子ども、中身は300歳オーバーという残念なギャップ……こんなマニアックな趣向に、一体誰が得をするというのか。本当に頭が痛い。
「す、すごいじゃないかアリアさん! ドラゴンと契約を結べるなん―」
「先輩、ちょっと黙っていてください」
名前を忘れた先輩が興奮して話しかけてくるのを、八つ当たり気味に切り捨てる。悪いが、今は優しくする余裕などない。
なにせ下手をすれば、このままキラとルナの魔法合戦に発展しかねない状況だ。今はまだ口げんかで済んでいるが、いずれキラあたりが爆発するのは目に見えている。
こんな成りでも、実力だけは折り紙つきだ。もしこいつらが本気を出せば、被害は想像を絶するだろう。今の私が止めるのは、至難の業だ。
それを考えると、早めに決着をつけなければならない。
一度目を閉じ、そして固い決意と共にしっかりと開眼する……結論など最初から出ていたようなものだった。
申し訳なく感じながらも、眼下のエメラルド色をそっと撫でる。
「ルナ……すまない、私には既に手のかかる相棒がいるんだ。だからルナと契約を結ぶことはできない」
「ご主人様……!」
後ろの相棒が感動したように声を発するが、その理由はおそらくこいつが考えているよりもずっと切実だ。
……はっきりいって、面倒見切れない。
キラ一人だけでもいろいろと大変なのに、そこにルナまで加わったらきっと私の身がもたない。
現にさっきから続く状況が、それを体現しているいい例だ。精神的にも肉体的にも無理だ。どう考えても捌き切れる自信がない。
それに、そもそも使い魔は一人につき一匹という原則なのだ。300年前ならいざ知らず、今それをやったら悪目立ちすること確実である。
それらを思量すると、ルナには悪いが他を当たってもらうしかない。
「や、やだ! やだやだやだ!!」
ルナは小さな頭をぶんぶん振っていやがり、涙目でこちらを見上げてきた。その瞳はどこまでも無垢で澄みきっており、なんとも言えない罪悪感がちくちくと良心を突いた。
だが、ここは心を鬼にしてかからねば……駄々をこねるその姿に、言い聞かせるようにゆっくりと話しかける。
「ルナ、あの時の恩ならもういいんだ。どうか好きなように生きてくれ……それが、私の願いだ」
それは本心だった。なにも好き好んで、私の様な厄介者の使い魔になることはないのだ。
ルナのような神族なら、きっと魔法使いの間でも引く手あまたに違いない。そうでなくても、天界で自由気ままに過ごしてくれてもいいのだ。いつまでも300年前の恩に縛られてほしくなどなかった。
キラにしてもそうだが……まったく義理堅いにもほどがあるだろう。
ルナも、納得はできないものの、おそらく私の意志が固いのを肌で感じたのだろう……口唇を固く結び、何かを考えるように黙り込んだ。
そうして、しばらく下を向いていた彼女は、一度ワンピースをギュッと握りしめた後、勢いよく振り返る。
「じゃあ、そこのお兄ちゃんと“けーやく”結ぶ!!」
その小さな指の先にいる人物は、まさかのご指名にポカンとしていた。
「………へ? 俺?」
私も全く同じ心情だった。どうしていきなりそうなるのか、意味がわからない。
「なんでライルなんだ?」
「お兄ちゃんともつながってるから!」
間髪なく返って来た返事に一瞬思案し、そしてすぐに納得した。
(……ああ、なるほど)
おそらくそれは、私がライルの召喚……例えそれが失敗であったとしても、その途中で彼の召喚陣を踏んでしまったことに起因している。
基本的に、使い魔契約というものは、その聖獣や神族を召還した本人でなければ結べないものとなっている。理由は簡単。そうでなければ、己が力に見合った相手とは言えないからだ。
ちなみに私はその例外となる魔法を知っているが……まあ今はどうでもいい話だ。キラ以外に使う気もないし。
ともかく先に述べたルナの執念と根性のおかげで、結果的に二人の術者による不可思議な召還が成立してしまったのだ。
だから、私が拒んでいる以上私が主になるのは不可能だが、ライルにも主になる資格があるのは確かだ。加えて、ルナはライルにまだ使い魔がいないことを知っている。
そこで、ライルに主になってもらおうとしている、というわけだ。失礼だが、なかなか頭が回るようである。
「でも、俺ドラゴンが満足するほど魔力持ってないんだけど……」
「いい、ルナが勝手に来るから!!」
「あ…そう……じゃあ、いっか」
……もはやここまでくるとなんでもありだ。確かに今回も呼んでないのに勝手に来た。
普通使い魔は、主が相応の魔力を消費しその名を呼ばないと、地界に顕現できないものである。
だが神族になれば、自分の力で天界に還れるように、最上位の神族は契約を交わした主が地界にいるだけで、主が拒んでいない限りは自力で顕現することができるのだ。
それこそドラゴンの驚異的な力があってこそだろう。
しかし、あっけなく了承を返した“ともだち第一号”に、どうにも不安を隠せない。
なんといっても相手は“天界の暴れん坊”と呼ばれるドラゴンである。しかも自意識過剰でなければ、おそらくは私目当てでライルに契約を持ちかけているように見える。それはライルもわかっているだろうに……
「その……本当にいいのか、ライル?」
「んーまあ、いんじゃね? 召喚には失敗しちまったしな……それにさ、実は俺ドラゴンに乗るのがガキの頃からの夢だったんだよ!」
少年のようにはにかむ彼は、むしろこの事態を歓迎しているようにさえ見えた。
普通なら一生叶うことのない壮大な夢。それが現実になりそうな予感に、ライルの目はキラキラと輝きを放っていた。
その瞳の奥には、ドラゴンという存在それ自体に対する純粋な好奇心があるだけだ。それを見て、なんだか安心した。
ちなみに、周りの「いーなー」、「ずりー!」という声も、その大半は男子のものであった。
……それにしても、数奇な契約もあるものだ。まあ、本人同士が納得しているのなら、もはや私が文句を言える問題ではない。それに、正式に主になれば、ある程度の命令には従ってくれる……はず。ただし、魔法使いの力量と、使い魔の能力差によるが……うん、多分現時点では絶対に無理だろう。
「わたしルナ!!」
「俺はライル。よろしくな」
そんな私の懸念など知る由もないライルは、ルナと目線を合わせた上で、その柔らかそうな碧緑の髪をなでた。
……意外と慣れている。そういえば弟妹がいると言っていたからそのせいかもしれない。
ルナも心なしか嬉しそうだ。どうやらライルのことを気に入ったらしい。
そうして改めて契約のための詠唱を終え、晴れて主従関係を結ぶに至った二人を眺める。
……そういえば、ルナは竜巻を起こしていたことからわかるとおり風属性である。その意味でいえば、風属性を持つライルにはぴったりな使い魔かもしれない。
「よろしくね、ライルお兄ちゃん!」
「お兄ちゃん、か……あー、なんだか妹がもう一人できた気分だわ」
「えへへ、じゃあ今日は疲れたからかえる! また来るね!」
現れたのも唐突なら、去るのも唐突だった。ルナは一瞬で召還陣をつくり出し、その中へと消えていった。
……おそらく魔力の逆探知を使い半ば無理やり地界にやってきたせいで、かなり体力を使ったのだろう。なにはともあれ、ようやく静かになった。
散々場を引っ掻きまわしてくれた可愛らしくも強烈な台風が去ったことで、緩み切っていた空気はさらに弛緩する。
元の姿を見ていたせいか……たとえ幼女といえども、そこにいるだけでドラゴンとしてのプレッシャーを醸し出していたのは確かだ。
「アリア……」
「ん、なんだ?」
己の使い魔を見送っていたライルが、若干気まずそうにこちらを振り返って来た。
彼は幾分逡巡した後、気を取り直すように頬を掻きながらに笑った。
「その……助けてくれてありがとな! 正直もうダメかと思ってたから、ホント助かったわ!」
「まったくだ。今度からはもっと素直になれ」
「そうだぜライル! 命あっての物種だからな!」
偉そうに返す私とライルの会話に乱入してきた声は、いつの間にか戻ってきた彼のものだった。
「「あ、真っ先に逃げたフィル」」
「……よく見てたね」
私とライルの歯に衣着せぬ物言いに、フィルは若干頬をヒクヒクさせる。別に責めているわけではないのだが……
だが、脅威?が去って上機嫌になった少年は、それに追随するようにチクリと針を刺した。
「フィルは逃げるのも早ければ、帰ってくるのも早いんだね!」
「……あのー、キラくん。笑顔で毒吐くのやめてくんない? 傷つくから」
「事実ですもの、仕方ありませんわ」
「うん、すごい逃げっぷりだったよね」
「ローズちゃんにミアちゃんまで……!」
それぞれの使い魔を還した二人が畳みかける様に言葉を重ねれば、そこにはいつも通りの光景が広がっていた。
……やはり平和が一番だ。
――そうして、すぐに順応した生徒がいる一方、冷や汗を拭いた教師陣はまた違う感想を抱いていた。
「はは、まさか生きてドラゴンを拝める日が来るとは思わなかった。さっそくレポートにまとめないと……」
「クルト先生……意外と立ち直りが早いですね」
「なに、こういう性格でなければ研究はやっていけませんよ。そういうフラスト先生こそ大丈夫ですか?」
「……何が、でしょう?」
同じことを意図した質問でないことを察したバッシュは、数瞬の沈黙を経た後、心なしか低い声でそう問い返した。
その鋭い同僚の視線に、クルトは『地雷を踏んだかもしれない』と思いながらも、取り繕うように言葉を返す。
「い、いえ、なんだか今日は元気がなかったような気がして……まあ、おせっかいでしたね。でも、ドラゴンが現れた時の冷静さはさすがでしたよ」
「まあ、こう見えて宮廷魔法士をしていた時もいくつか修羅場を経験していますから。無論、ドラゴンと相対するような事態は初めてですが……」
額に流れていた汗をぬぐいながら、バッシュは一人胸中でつぶやく。
そう、なんといってもドラゴンだ。全ての魔法使いにとって憧憬のまと。天界最強の生物であり、孤高の存在……それが、流れに逆らってまでこちらに押しかけて来たのだ。
事情はよくわからないが、それほどまでの魅力があの娘にあるというのか。
どうにも不可解だ。そんな疑念を持ちながら、件の生徒へと視線を向ける。
「アリア・セレスティか……」
そこから数歩離れた所で、この国の第二王子も難しい顔をして考えを巡らせていた。彼の脳裏では、既にこれから起こりそうな事態に対する予測と対応が次々とたてられていた。
……そんな彼の出した結論は一つ。
「これは、口止めが必要か……」
そして、それぞれ別の思惑を込めた二人の視線の先で、級友に囲まれた彼女もまた思い出したようにポツリと言葉を発する。
「………あ、ルナに口止めするの忘れてた」
その言葉は妙に虚しく、快晴の空へと響いた。
さて、今回序章でチラッと出したドラゴン話を持ってきたように、この物語は、時々読者の皆様が忘れたころに伏線もどきを回収する、とっても不親せ……じゃなくてミステリアス……いや、これもなにか違うな。
うーん……そう、とっても挑戦的な作品となっております(ごまかした)!
後から見返して『おお、こんなところにいやがった!』とか宝探し的な感じで楽しんでいただければ、と思います。