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第3話「正体」

相変わらずサブタイトルはテキト―です。


「に、逃げたほうがいいんじゃ……!?」


「いや、ドラゴンが本気を出したら学園ごと吹き飛ばされる。どこに逃げようが無駄だ」


冷静なフラスト先生の忠告に、既に腰の引けているフィルは絶望と同時に若干の安堵を覚えたようだ。


だが注視してみると、そう言った先生の顔は苦々しく、額にも脂汗が滲んでいることがわかる。それは、今この状況がどれだけ危険なのかを如実に表していた。


今まで生徒が呼んだ聖獣や神族は、できたばかりの主を守るように寄り添うが、その怯えはこちらにまで波及している。ドラゴンの持つ圧倒的な威圧感は、彼らから戦う気力を根こそぎ奪っていたのだ。

もはや、既にその大半が戦意喪失に近い状態にあるといっても過言ではない。


「で、ではどうすればいいのですか!?」


「は、話し合いとかはどうかな!?」


ミアとローズは、お互いを励ますようにがっちりと抱きしめあっている。

その前方には、さきほど二人が召還したばかりのクーとフラウの両使い魔が鎮座していた。


全身の毛を逆立て威嚇するクーに、「お前さん、ちっこいのになかなか度胸があるな」とフラウが感心したように腕を組む。こちらは貫禄の佇まいだったが、その瞳がこの場にいる他の誰よりも獰猛な光を宿していることに気付けた者は、はたして何人いただろうか。


その横ではレストがようやくといった具合に、腕に張り付いていた巨乳先輩を引きはがしたところだった。


……どうやら、彼女のおかげで身動きがとれなかったらしい。よく考えれば、そうでもなければ友人想いの彼が、ライルの危機を見過ごすはずがなかった。


だが、そうして解放された彼もさすがにこの事態には手をこまねくしかないようだ。


「さて、話し合いができればいいがな。だが――」


その先は、言わないでも皆わかっていた。

ドラゴンは人に召喚されない。召喚できない。

誇り高い天界の王者。絶対的強者。そんな彼らが、人間の言葉に耳を貸すはずがない。

なにせ、過去には奇跡的にその召還に成功した主を殺したという逸話まであるのだ。


しかも今回は、召還が成功していないにも関わらずこの場に現れた。この時点で既に状況は絶望的だ。


(やるしかないか……)


静かに覚悟を決めていると、後方にある校舎の陰から聞き慣れた軽い足音が聞こえた。

小さな体を疾駆し、半ば押しのけるように人波をかき分け現れたのは、もちろん相棒だった。

あいもかわらず来るのが早い。……できればもう少し遅れて来て欲しかった、というのが本音だ。


「ご主人様、さっき大きな魔力を感じ……て、ドラゴン!?」


さしものキラも天界最強の存在には、戸惑いを隠せないようである。

だが、驚きに目を見張ったのも束の間。すぐにその目を険しいものへと変え、一歩前へと踏み出した。


「ご主人様は下がっていてください」


彼の蒼い瞳には、最強の王者へ命を賭けて立ち向かおうとする気概が感じられた。

そうして一歩前を行くその小さな背中に、何とも言えない安心感が募るが……ここで甘えてはいられない。


「いや、私がやろう。下がってろキラ」


そう言って、さらにその一歩前へと躍り出る。

同じ聖獣・神族なら、彼らがどれだけ強大な存在か本能でわかっているはずだ。それを押してでもなお守ろうとしてくれるキラには、感謝もするが……同時にあまりにも危うい。できればもっと自分のことを大事にしてほしい。それほど危険な相手なのだ。


だが、そうは言ったものの、正直勝てるかどうかは怪しいところだった。

以前ならともかく、今はなによりも魔力が圧倒的に足りない。節約して使うことになるが、果たしてそんな余裕があるのかすら怪しいのが現状だ。

さらに、ここにいる人間全員を守りながら戦うことを考えると、かなり厳しいものがある。


最悪大精霊の力を借りることになるだろう。この場で彼らを呼べば、追及は免れないが……それでも死ぬよりかはマシだ。


座して死を待つつもりなど、毛頭ない。

乾坤一擲。それこそ死力を尽くして、血路を開く。

それが己の使命のようにさえ感じていた。


……300年前は感じなかったこの感情を、なんと呼べばいいのだろう。


「全員さがれ!」


担任の鋭い声が、己の思考を遮る。

確かにおかしなことを考えている場合ではなかった。敵はすぐ目の前にいるのだ。


その敵……ドラゴンといえば、なぜか現れてからずっとこちらを見つめていた。

瑠璃色の瞳がまるで何かを見極めるように、細められる。


もしや完全にターゲットとされたのか……この場合はむしろ望むところだ。

どうにか人気のない所にまで誘導できれば万々歳といったところか。そうすれば、大精霊だって気兼ねなく呼べる。


だから、挑発の意味合いも込めてあえてその一歩を縮めた。


「アリア、だめよ! 逃げて!」

「セレスティ!」

「アリアさん!!」


ミア、レスト、ローズが必死に自分を呼ぶ。安心させるように視線で『大丈夫だ』と伝えるが……どうやら逆効果のようだ。それぞれ先輩に羽交い絞めにされながらも、今にもこっちに駆け寄って来そうだった。これは早めに片をつけなければ。


ちなみに、非常にどうでもいいことだが、フィルは脱兎のごとく逃げ出していた。まあ、だからどうということでもないが……彼の使い魔サラスティが呆れたようにその背中を見送っていたのが、やけに印象的だっただけだ。


そうしていると、不意にバサリという羽音が上空から聞こえた。

どうやら、挑発に乗ってくれたようだ。


“それ”は膠着状態を崩すように、大きく羽を広げて何かの予備動作をし始めた。

その様子に、こちらもゆっくりと身構える。前方を睨んだまま静かに魔力を集束させて、来るべき時に備えた。


「キュオォォォ―!!!」


意外とかわいらしい声を上げながら、天に向かって咆哮するドラゴン。

その周囲には竜巻のように風が渦を巻き、巻き込まれた砂が己の視界を奪った。


「っち!!」


思わず舌打ちが零れる。ドラゴンともあろう存在が、やけに姑息な手を使ってくる。


視界の利かない中、いつでも魔法が放てるように身構えていると、不意に前方に強い気配が現れた。

思わず攻撃しかけるが……気配の持ち主があまりにも小さくて一瞬躊躇ってしまった。


……それが命取りだった。ある意味。


突如として腰辺りにドスッとした衝撃を受ける。「うぐっ」という乙女にあるまじき悲鳴が出るが、誰にも聞かれなかったようで良かった。

それでも思いもよらない攻撃(?)に、堪らず尻もちをついてしまう。


「~っ一体なん、だ?」


出鼻を挫かれた、とでもいうべきか。

地面に手をつきながらも、苦い感情が胸中に広がるのを押さえられない。もし今攻撃を仕掛けられたら、一巻の終わりだ。


(早く体制を立て直さないと)


だが、そうして腰を上げようとして、ようやく妙な違和感に気付いた。

なぜか、己の腰元に質量を持った温かい感触があるのだ。


『おかしいな』と思いながら、そのまま視線を落とすと……………幼女がいた。

ギュ―と自分にしがみついている。


(…………なぜこんなところに幼女が?)


この校庭は、現在ドラゴンのいる超一級の危険地帯だ。こんないたいけな幼女が居ていい所では、断じてない。


(……ああ、迷子か)


……いやいやいや、迷子がこんなところにいるはずがない。馬鹿な考えをすぐに否定する。

ひどく混乱しているのは自覚しているが、それにしてもあまりにも非現実的な思考をしている。


いったん深呼吸をして冷静になろうとするが……その前に次なる混乱が起こる方が早かった。

件の幼女が、目をウルウルさせながらこちらを見上げてきたのだ。

可愛らしい桃色のワンピースを着た幼女は、感極まったという表情で口を開く。


「やっと会えた! お姉さま!!」


「…………は?」


そのまま、すりすりと頬を寄せてくる。その身体はキラよりもさらに小さく、おそらく5歳ほどだろう。短い手足を最大限に伸ばし、一生懸命しがみ付いてくるその姿はひどく愛嬌を誘う。ただし、こんな事態でなければ、だ。


少しだけ冷静になった頭で、今一度謎の幼女の容姿を観察する。

エメラルドのような光沢のある髪は、足元近くまで伸びている。人間ではさすがにありえない色だ。そして、その零れ落ちそうなほど大きな瞳は、さきほどまで見ていたどっかの最強生物と同じ濃い瑠璃色。


ここまでくれば、自然とその正体も推察できるというものだった。


……だが、どう考えても詐欺だろう。声を大にしてそう主張したい。


「セレスティ、その幼女は?」


「おそらく、さきほどのドラゴンかと……」


担任の問いかけに、こめかみを押さえながら答える。

あんまりと言えば、あんまりなその見た目のギャップに、つい自信なさげに言ってしまったが……この波動は間違いなく、ドラゴンのものと同じだった。


「マジか!?」


「まじだ」


召還陣を挟んだ向かい側でライルが、驚いたように叫んだ。彼もさっきまで目の前にいた巨大な生物が、一転幼女になったことにかなり驚愕したようだった。


お互い尻もちをついた間抜けな状態だったが、とりあえず儀式に失敗した影響は消えたようである。いつも通りの元気そうな姿に安心した。


……だが、問題はこちらだ。目の前では、早くも幼女と少年の喧嘩が勃発していた。


「ちょ、こら! お前、ご主人様から離れろ!」


「いーやぁ! お姉さま~!」


いち早く正気を取り戻したキラは、用意していたらしい闇魔法を解いてすぐに駆け寄ってきた。その気配から、随分大規模なものを張っていたらしいことがわかるが、彼も殺気がない上に見た目が“これ”では、さすがに攻撃を躊躇ったのだろう。


それでもこの幼女がしがみついている状況がどうしても許せないらしく、今は違う手段を敢行している。


口にするのも馬鹿らしいが……幼女の足を掴んで、私からひっぺはがそうとしているのだ。


一方必死の抵抗を試みる幼女は、そのか弱い見た目に反して、手の力だけで私の腰にしがみ付くという力技を披露した。胴体を含む下半身は完全に浮いているにも関わらずだ。ちなみに、実はこれが結構痛かったりする。


それにしても……これまたなんとも間抜けな構図だ。いろんな意味で、さっきまでの緊迫感が台無しだった。


ギャーギャー騒ぐ二人を前に、眩暈と頭痛の二重苦に蝕まれながらも、なんとか意識を保つ。

あまりにも常識の埒外というべきことが続いたせいか、すでに普通の感覚が麻痺しつつあった。

今なら魔王が復活しても、驚かない自信がある。


……だが、いつまでもそんな現実逃避を続けるわけにはいかない。

まずは深いため息をついて、次に憤るキラを宥め、最後に少女を立たせて目線をしっかり合わせる。そしてさっきから気になっていた最重要事項を訊く。


「なあ、どうして私が“お姉さま”なんだ?」


「だってルナを助けてくれたもん!」


爛々と瞳を輝かせた幼女は、元気よくわけのわからないを言ってくれた。……また現実逃避したくなってきた。

どうやらこの幼女の名はルナというらしい。それがわかっただけでもまだマシか。


“助けた”とは言っているが、やはり身に覚えがない。いくら幼女の姿とはいえ、あれほど巨大な力を持つドラゴンを忘れるはずがないだろう。

そもそもここで目覚めてからまだ1カ月と少ししか経ってないのだ。その間のことすら忘れてるなら、自分の脳を疑うところである。


「すまないが、記憶にない。人違いじゃないのか?」


「そんなことない!! お姉さまの魔力は忘れたことないもん! ず~と待ってた!」


「ずっと、って……」


その単語がどうにも引っ掛かった。

今一度、記憶を根底から掘り返してみる。


(ずっと、昔、待ってた……)


そうして奥底に眠らされていた一つの箱に辿りつこうとしたその時、横合いから見事な邪魔が入る。


「ちょっと、さっきから聞いてればなんなのさ! ご主人様は君のお姉さんじゃないんだよ!」


主人の思考を遮って吠えるキラに、幼女……ルナはようやくまともに視線を合わせる。


「あれ、あなた……?」


コクリと首をかしげたルナは、もはや犯罪的に可愛かった。

なにせそのあまりにも無垢な瞳には、あのキラでさえも怯むほどだったのだ。


「……な、なに! なんか文句でもあるの!? い、いっとくけどご主人様は僕のだからね!!」


幻想に打ち勝つように、両手に腰を当て、胸を張って堂々と“自分のもの”宣言をするキラ。


……正直に言おう。恥ずかしいからやめて欲しい。


それに負けじとルナも真似をして、両手に腰を当て始めた。

だが、その姿は可愛らしいの一言に尽き、いかんせん迫力に欠ける。まあ、それはキラにしても同じだったが。


「ち、違うもん、私のだもん! あなたより前に会ったんだから!」


その後小声で「たぶん」と付け加えたのは、おそらくキラには届いてないだろう。

彼はまるで裏切られたかのように顔を向けてくる。

いや、そんな風に見られても……一体私にどうしろと?


しかし……まさかこっちも“自分のもの”を主張し始めるとは、一体どういうことだろう。

どうにもおかしな利権争いが勃発しているが、それ以前にこいつら私をおもちゃかなにかと勘違いしてないだろうか。もはや気分は、勝手にやってろ状態だった。


むしろそうした不毛な争いよりも、気になったのがルナの最後の言葉だ。


(キラよりも、前?)


キラよりも前と言ったら、それはつまり300年前の話に遡ることになる。


(キラよりも前、ドラゴン……)


そうして、今度こそあと少しでわかりそう、という時にまたまた邪魔して来たのは、やはりというか相棒だった。今日はこんなのばっかりだ。


「ご主人様、どういうことですか!? 僕の前にもいたんですか!? そんなの聞いてないですよ!! ちゃんと説明してください!」


まるで煮え湯を飲まされたかのように、キラが恐ろしい形相で詰め寄ってくる。

随分と興奮しているのか、普段はしないくらいの勢いで強く肩を掴まれブンブンと前後に揺すられた。


(………なんだ、この修羅場は)


何も悪いことはしてないはずなのに、この糾弾。

揺れる視界の中で一人遠い目をしていると、今度は耳に随分とくつろいだ声が入ってきた。


「まるで、浮気現場を発見された恋人みたいじゃね?」

「ええ、私にもそう見えますわ」

「なんか和むねぇ」

「まったく、人騒がせな……」

「ドラゴンが幼女……も、萌える!」


最後のは名前を忘れた先輩のものだが……なぜかいたく気持ち悪かった。


どうやらルナのほのぼのする外見も相俟ってか、場は既に見世物と化しているようだ。

野次馬たちは呑気に見学と洒落こみ、この愛憎模様(?)入り乱れる修羅場を楽しんでいるかのようにさえ感じられる。


……なんだかさっきまで血路を開くとか、死力を尽くすとか考えてたのが、猛烈に恥ずかしくなってきた。

あの決意を返してほしい。


そして、傍観を決め込む友人たちに言いたいことは、ただ一つだった。


「…………誰か助けろ」


さっきは危険を冒してまで助けようとしてくれたのに、この変わり様はなんだ。

どうしてこう、切実に助けてほしい時に助けてくれないのか……どうにも理不尽だ。


そうして、静かに天を仰ぎ悪態をつく。


本日の天気も快晴。

視界に入ったのは……これまた憎たらしいほど綺麗な空だった。

ちなみに「キュオォォォ―!!!」ってのは、人間でいうところの「よっしゃあぁぁぁ!!!」みたいなもんです。

そんなわけなので、ルナはちゃんとドラゴンの時も話せたりします。


さて、ようやく序章で蒔いた種を芽吹かすことができそうです。

ここに来るまで、すんごい長かったー!!

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