5章 第1話「召喚の儀」
「いよいよね!」
「昨日は興奮して眠れなかったわー」
昼下がりの校庭。
常にないほどの喧噪にあふれかえったそこで、30人ほどの生徒が興奮気味に思い思いの言葉を紡いでいた。
――召還の儀。
それは、滅多にない上級クラス6年との合同授業でもあり、魔法使いが各々のパートナーと対面する儀式でもある。
少年少女たちが期待に胸膨らましながら語り合う微笑ましい光景に、なぜか保護者の様な感慨を覚える。
「なぁにが~でってくるかな~♪」
待ちきれない様子で即興の鼻歌を披露しているのは、ライルだ。
彼は数日前から異常にテンションが高く、それこそ毎日理想の使い魔話に付き合わされたほど、今日という日にかける期待も大きかった。
……まあ、その気持ちはわからないでもない。なにせこれから一生を共にする相棒に出会うのだ。
準備のために去る背中を、苦笑気味に見送る。
だが、そうしてクラスメイトたちが準備に奔走する中、己の五歩横には同じく何をするでもなく、その光景を眺めている人物がいた。
「……あれ? レストはやらないのか」
「言ってなかったか。私にもすでに神族の使い魔がいる。もっとも、王族に代々仕えてはいるが、忠誠心の欠片もない自由奔放なやつだがな」
さすがは王族といったところか。専属の、しかも神族の使い魔がいるとはなかなか驚きである。
だが主の方は、大いに不満があるようだ。使い魔のことを思い出しているのか、真一文字に結んだ口がその心情を語っていた。
「あー、それは大変だな」
同じく個性的な使い魔を持つ者として、その苦労も多少わかる。
わかるのだが、次に己の口から出たのは、全く違う問いかけだった。
「ところで……どうしてそんなに離れるんだ?」
「………」
今度は無言の返事を返されるが、さすがに超能力者ではないので、それだけでわかるはずもない。
チャンスだと思って、ここ最近どうしても気になっていたことを訊いてみたのに……こんなことなら、いつかの装飾品屋の男に、心を読む秘儀でも教えてもらえばよかった。
それにしても、視線すらあわせてくれないとはどういうことだろう。これはあれか、いわゆる黙殺というやつか。
前は、さすがにここまでひどくなかった。そう……おそらくは先日の一件以来だ。
理由はわからないが、このように微妙に距離を取られるようになったのだ。
「レスト?」
未だ無言を貫く彼に近づき、多少強引にその視界の中に入りこむ。
「っ!?」
するとそこでようやく私の存在に気付いたようで、レストは驚愕するとともにバッと勢いよく後ずさった。
(そんなに 勢いよく避けることないじゃないか……)
そう思わないでもなかった。
いや、今のはいきなり近づいたから、それで驚かせたのかもしれない。
気を取り直して、今度は警戒心の強い野良猫に近付くがごとく、慎重に一歩を踏み出す
「………」
「………」
……結果は同じだった。いや、なお悪い。
まるで狂暴な魔物に遭遇したがごとく、ジリジリと後ずさるレスト。その表情は、ひどく強張っている。
そのまま無言の攻防が数分続いたが、結局近づけば近づくほど逃げられることが証明されただけだった。
(なんだか……傷つくな)
明後日の方向へと固定されたその顔を、困惑気味に見つめる。
よく見るとレストのそれは、このままではタコの仲間入りを果たすんじゃないかというくらい、真っ赤だった。
もしや熱でもあるのか、それともやはり“あれ”に対する怒りか。
「レスト、やはりこの前のことを怒っているのか? 確かに、いきなり飛び降りてきて怪我までさせてしまったのだから、怒るのも当然だが――」
「い、いや、違う!」
……違うらしい。
しかし、だとすればこの不可解な態度はどこから起因しているのだろう。
これまた無言で先を促すと、レストは不承不承といった様子で口を開いた。
「それは――」
「それは?」
「…………だ、誰か来たようだぞ」
どうにも話を逸らされた気がしないでもない。
だが、いいところで邪魔をしてくれた人影は、確かにこちらを目指して歩いてきた。
「やあ、アリア・セレスティさん」
にこやかにあいさつをしてきた人物は、失礼だがあまり印象に残らなそうな顔をしていた。
だからむしろ顔よりも、なぜ自分の名前を知っているのかという方が気になった。
「……どうも。あなたは?」
「今回君のサポート役を務めさせてもらう6年生のギャスパー・ウッド・オークだよ」
サポート役……確かにそんな話は聞いていた。
召喚の儀式には時に危険が伴う。だから一人一人に先輩をつけて、その補佐をしてもらう、という話を。
もっとも自分には関係ないことだと思って、話半分に聞いていたのだが……この先輩が来た理由がわからない。
「そう、ですか。ですが、私には既に使い魔がいるのでーー」
「ああ、知ってるよ。今回は見学だってね。まあ、便宜上一緒にいるだけになるけどよろしく。これでも競争率は高かったんだよ」
「はあ……」
そうして馴れ馴れしくも肩に手を置いてきた男を、どう扱えばいいのだろう。
こんなことならキラについてきてもらえばよかった。
助けを求めてレストを見れば、いつの間にか彼の方にも化粧の濃さそうな女の先輩がついていた。どうでもいいが胸がデカイ。
ベタベタと寄り添ってくる先輩に、レストは迷惑そうに眉を顰める。
……どうやらあちらはあちらで大変そうだ。
だから『お互い苦労するな』という意味合いを込めて視線を送ったのに……なぜか目があった瞬間すごい形相で睨みつけられた。
(………あれは、まずい)
やはりレストは怒っている。
しかも、あの彼がこんな殺気まがいの視線を送るなんて、これはただごとじゃない。
今のところ特に身に覚えはない。ないが、王子でありながらおそらく私たちの中で一番常識人なのがレストだ。
その彼が怒る時はいつもそれなりの理由がある。
たとえばキラがお菓子を奪ったり、ライルが悪戯をしたり、フィルがむやみやたらと女子を口説いたり、などなどだ。なんだかしょうもないことばかりだが、それでも彼は律義に雷を落とし続けている。
でも、そこにはいつも“優しさ”があった。怒られる方もそれがわかっているから全くへこたれないのだ。その証拠に、ライルなんて『あいつは怒るのが趣味。まあ、愛故のお叱りってやつさ!』とVサイン付きで語っていた。
だから、自分もいつかその愛ある怒りを受けたいなと密かに思っていたのに……
そんな彼が、殺気混じりの憤怒を露わにしている。そこにいつもの“優しさ”は感じられない。これすなわち緊急事態だ。
きっと私が何か彼の逆鱗に触れることをしてしまったのだろう。このままではギュール伯爵令嬢の二の舞になる。
(早急に原因を究明すると同時に、関係改善のための策を講じないと……)
そうして誰に相談しようかと思案に耽っていると、フラスト先生のよく通る声があたりに響いた。
「よし、全員配置についたな。じゃあ、事前に教えたとおり詠唱を始めろ」
「「「「はい!!」」」」
ついに儀式が始まるようだ。
目下の問題はひとまず置いておこう。
友人たちの晴れ舞台を見届けるためにも……