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第5話「空中遊泳」

今回はいつもどおりアリア視点です。


あとサブタイトルは、ほぼ適当です(笑)

「…………ない」


 何度確認しても、そこにあるはずのものがなかった。

 少し焦ってカバンの中身を机の上にぶちまけてみるが、筆記用具が散乱する中に目的の物は見当たらない。


 帰りの準備をしていたローズとミアが、不思議そうに首をかしげているが、それを気にする余裕もなかった。

 なにせ、自分にとってはこれ以上ないほどの緊急事態なのだ。


「どういたしましたの?」


「……指輪がないんだ」


 今日は、最後に魔法薬の実験の授業があって、いつもしているそれを外していた。

 教室に置いていたカバンの中に入れたはずなのに……それが、影も形もないのだ。

 一応机の中やその周辺も探してみるが、やはりどこにもない。


「あの、いつもしてる指輪? どこかに置き忘れたとかじゃなくて?」


「いや、そんなはずは……おかしいな……【キラ】」


『はーい、なんですかー?』


 少量の魔力を込めてその名を呼ぶと、すぐに返事が返ってきた。

 影を使っていつでも交信できるように、キラが魔法をかけているおかげ……なのだが、一瞬聞こえたおかしなBGMがやけに気になった。


「……今なにか変な声が聞こえなかったか? なにか、悲鳴のような…」


 『きゃ~ごめんなさい!』といった女の声が聞こえた気がしたのだ。

 しかも、なんだか随分と切羽詰まった声だった気がする。まるで、命の危機でも感じているかのような……


『そう、ですか? 空耳だと思いますけど……そ、それより何かあったんですか?』


 何かを誤魔化すようなその声色に、怪しいと思わないでもなかった。

 だが、よく考えれば今はそれどころではない。追及は後にして、まずは最優先の要件を述べることする。


「ああ、指輪がなくなってな。悪いが探してもらえるか?」


『あれですか……うーんと、ちょっと待ってください』


「頼む」


 こうしてわざわざキラにお願いしたのには、理由がある。

――既に今の自分にはほとんど魔力が残っていない、という残念な理由が。


 未だ“やりすぎ”の癖がとれず、毎日授業でギリギリまで魔力を消費してしまうのだ。

 だから今回はキラに任せるしかなかった。


 もっとも、あれは私がいつもつけているせいか、私の“匂い”……というか、魔力の残滓のようなものが染みついている。

 それを目印に探してもらえば、それほど手間のかかる作業ではないはずだった。


 そのまま数秒待つと、期待通り、優秀な相棒はすぐに探し物を見つけてくれた。


『ありましたよ。これは……屋上、ですね』


「屋上? どうしてそんなところに…?」


『さあ?』


 キラも、わけがわからないといった風に返事を返してくる。

 たしかに心当たりの“こ”の字もないその不可解な場所は、謎としか言いようがない。


「……まあ、行ってみればわかるか」


『あ、僕も行きますよ』


「わかった。じゃあ途中で合流しよう」


 そうして通信を切ると、ローズが待ち構えていたように質問してきた。


「どうでした?」


「あー、なぜかは知らんが屋上にあるらしい。これから取りに行ってくるよ」


「私たちも行こっかー?」


 ミアが心配そうに提案してきたが、さすがにそこまで付き合わせるのは気が咎めるというものだ。


「いや、大丈夫だ。キラもついてきてくれるしな。じゃあ行ってくる」


「うん、気をつけてね―」


「いってらっしゃいませ」




――そしてアリアが出って行った数分後、入れ替わりになるように、今度は外側からドアが開く。


「うぃーす……あれ、アリアは?」


「あらライル。アリアさんなら、ついさっき出て行きましたわよ」


「なーんだ、一緒に帰ろうと思ったのに……残念」


「多分そのうち帰ってくると思いますよー……あれ、でもレストシア様とは一緒に帰られないんですか?」


 ミアの素朴な疑問に答えたのは、幼馴染の彼ではなかった。


「レスト様は、時々おひとりの時間を持たれるのですよ。きっとひとりになることで浮世の垢を落としておられるのですわ。あの方は…いろいろと気苦労の多い方ですから……おかわいそうに」


 彼の人を思ってか、憂いの表情を見せるローズ。

 その一方でライルは、変なフィルターがかかった解釈に、かわいそうなものを見るような視線を送る。

 そして、その内心で『これは“ただぼけーと散歩しているだけ”と言っても絶対信じないだろうなあ…』と、そっと語った。


……だが、幸か不幸かライルの視線に気づくことなく、女子二人の会話は続けられる。


「へえ、そうだったんだ。確かに言われてみればそんな感じが………あ、でもローズ、よくそんなこと知ってるねー」


「え、それは、その……」


 途端にあたふたするローズの姿に、ミアの乙女の勘が冴えわたった。

 羊の皮をかぶった小悪魔は、口元に手を当てニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる。


「あっれれ~、ま・さ・か~?」


「ち、違います!そういう意味では…!」


「まだ何も言ってないんだけどな~?」


「あっ……!?」


 笑みを深めた平民の少女と、目を泳がせる公爵令嬢。既にその勝敗は決していた。

 それでも墓穴を掘った公爵令嬢は、なんとか取り繕おうと必死に言葉を探そうとする。


「だから、それは、あの……」


 しかし、その哀れな姿を見た幼馴染は「やれやれ…」とため息をついて、あっけなくトドメを刺してしまった。


「諦めろよローズ、もうバレバレだから」


「~っそこ、お黙りなさい!!」


 ビシッと相手を指さし、女王の様に毅然と命令する、名門ベルドット家の令嬢。

 その声だけならば、思わず平伏してしまいそうなほどの覇気が出ていた。


………だが、名前のように頬に真っ赤な花を咲かせたその顔は、いまいち迫力に欠けていたとかなんとか。





「今、ローズの声が聞こえたような……?」


「僕にも聞こえましたよ。あの人、声大きいですねー」


 その素直な感想につい苦笑する。


「確かにな……それで、この先か?」


 ここは、4階からさらに階段を上った場所。もちろん来るのは初めてだった。

 目の前には立ち入り禁止の扉。つまり、ここを抜けると屋上である。


「ええ、そのはずです」


「よし、じゃあ行くか」


 なんだか悪いことをしているような気分になりながら、そっと取っ手に手をかける。

 予想に反して、ギシギシと音をたてながらも扉はあっけなく開き、爽やかな風が吹く屋上へは、易々と侵入を果たせた。


 そして、そこにいた人物に目を丸くする……てっきり誰もいないと思っていたその場所には、既に先客がいたのだ。


(あれは……確か同じクラスの……)


 一人の少女が屋上の隅で突っ立っている。

 話したことこそなかったが、その容貌には見覚えがあった。


(確かギュ……ギュ……なんだっけ?)


 あと一歩のところで思いだせない。微妙に悔しい。

 もどかしくて仕方ないが、今はしょうがないから“ギュなんちゃら”と勝手に命名することにした。


その“ギュなんちゃら”も、扉の軋む音でこちらの存在に気づいたのか、驚いた様子で振り返ってくる。


「ど、どうしてここが!?」


「……へえ、君か。懲りないね」


 いつもより低いキラの声に、彼女は一瞬怯えるように身体を強張らせた。

 なぜだろう。二人に面識があるとは思えないのだが……


「お、脅しても無駄よ! 私に何かしたらお父様が黙っていないんだから!!」


「? ……あー、悪いがあなたの父君に興味はないんだ。とりあえず、その手に持っている指輪を返してもらえるか?大事なものなんだ」


 よくわからない言葉の羅列を一蹴し、端的に要件だけを言う。

 どうして彼女が指輪を持っているのかは知らないが、この状況からして、“落し物を拾ってくれた”という雰囲気ではなさそうだ。

 不吉な予想を頭に浮かべながら、“返してくれ”というように手を伸ばす。


「ふ、ふん、そうでしょうね! 毎日つけてるし、暇さえあればいつも見ているもの」


(……そんなに見てたか?)


 無自覚とは恐ろしいものである。今度からは気をつけようとそっと心に誓った。


……だが、そうして黙りこくっていたのが悪かったのか、いつの間にか“ギュなんちゃら”は勢いを取り戻していた。彼女は指輪を見せつけるように持ち、意気揚々と語りだす。


「例の恋人からもらったものかしら? こんなものまでもらっておきながら、よく恥知らずな行動がとれるものよね!」


「待て……何を言ってるんだ?」


(恋人って、あの恋人だよな?)


 自分とは最も縁遠い名詞の登場に、疑問符がポンポンと浮かんだ。

 本気で意味がわからない。

 彼女が指輪の贈り主を知っているわけがないし、知っていたとしても、恋人でもなんでもない。私の一方的な片思いだ。

 それに恥知らずな行動、という言葉もまた謎だった。


 だから、つい珍獣を見るような目になってしまうのも仕方がないことだろう。

 ちなみに、隣のキラの機嫌も急下降しているのが肌で感じられた。

 この分だと沸点までもうすぐだ。


「なによその目は!? とぼけないでよね! レストシア様やライラック様だけじゃなく、今度はローズマリア様までたらしこんで!!」


「だからどういう意味なん――」


「ふん、あくまでそういう態度をとるの!? だったらいいわ! こうしてあげる!」


 そして、意味不明な話ばかりをする“ギュなんちゃら”は、人の話を遮ったあげく、しまいにはとんでもない行動に乗り出した。


「あっ!」


「なっ!!」


 あろうことか、持っていた指輪を放り投げたのだ。

 それも建物の外側へと。


(この高さから落ちたら……!)


 4階建ての校舎の屋上。

 いくら頑丈な指輪でも、ただでは済まないだろう。

 傷がつくくらいならまだしも……最悪壊れてしまう可能性もある。



――もっとも、そこまで考える前に身体は既に動きだしていた。


「ご主人様!?」


 キラの驚く声を置き去りにし、人生史上最速のスタートダッシュを切って、屋上を一直線に駆け抜ける。


(間に合え!)


 内心で叫びながら、勢いそのままに手摺のない屋上の床を蹴り、躊躇することなく一気に宙へと躍り出る。

 そして、身体を地面と水平にするようにして、放物線を描きながら今まさに落ちていこうとする指輪に飛びついた。


「え、ちょっと!?」


 飛び出した後ろからそんな声が聞こえたが、うろたえた声はすぐに驚愕のものへと変わる。


「う、そ……!?」


「はぁ……間に、合った」


 浮遊感に身をまかせながら、手の中にある指輪を確認してそっと息を吐く。

 飛行魔法……咄嗟のことだったから無詠唱で使ってしまったが、なんとか間に合ったようで良かった。


(……だけど、もし間に合ってなかったら……)


 そう考えると静かな怒りがふつふつと込み上げてきた。

 いくら自分でも、さすがにこれは許容できそうにない。


 振り返って、あわあわとこちらを指さす彼女を睨む。

 まるで幽霊でも見たかのような態度だ。まったくもって失礼極まりない。

 これはひとつ説教でもしないと気が済まなかった。


「まったく、なんてことをするんだ“ギュなんちゃら”!」


「っギュ? い、いえ、それよりもあなた、どうして浮いて……!?」


 そうして驚愕の声を出す彼女に、なおも言葉を重ねようとしたその時だった。

 キラがいち早く“それ”に気付き、慌てて叫ぶ。


「ご主人様! 早く戻ったほうが――!!」


「へっ?」


 一瞬その意味がわからなくて、馬鹿みたいに気の抜けた返事を返してしまった。

 だが、皮肉にもその返事を合図に、まるで示し合わせたようなタイミングでガクッと身体が傾く。


 そうして空中でバランスを崩したところで、ようやく私も“それ”に気付いた。


「……あ」


 そうだ、すっかり失念していた。

 飛行魔法は常に自分を宙に浮かしているせいで、魔力消費量が高い。

 しかも難易度もそこそこあるのに、今回は無詠唱で使ってしまった。

 さらに、今日は授業でかなり魔力を消費してしまっている。


――これらの要因が重なった結果 今の私の魔力量では………もって数秒だった。


「う、わっ!」


 急激に浮力を失った身体は、重力に引かれるまま、地面に向かって一直線に落下を始める。


「ご主人様!!」


 視界の隅で、こちらに手を伸ばすキラの姿が見えた。

 だが、その驚愕した顔は一瞬でフレームアウトし、すぐに視界は上空へと固定される。

 それも強制的に。


(ウソだろ!?)


 真っ逆さまに、落ちていく己の身体。

 そして、飛べるはずもないのに翼のように舞い上がる黒髪。



 その隙間から見えた空は………いっそ憎たらしいほど綺麗だった。



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