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第2話「いつもの朝食」

「ローズの元気がない?」


「ああ。というより、以前に比べて話しかけてこなくなったといえばいいのか……だから、その、何かあったのかと思ってな」


そう、ここ数日あのローズマリア・ランシィ・ベルドットからの攻(口)撃がパッタリと止んでいるのだ。


今までが騒がしかったせいか……その格差にどうにも調子がずれてしまう。

あの毎日のように響く甲高い声に慣れてしまうと、今の静かな生活は何か物足りなく思えてしまうのだ。

どちらかといえば鬱陶しく感じていたはずなのに……人間とは不思議な生き物である。


そういう理由から今や日課となっている朝食の席で、こうして昔から彼女を知っているライルに相談してみることにしたのだ。


「うーん、そう言われてみれば、確かに最近妙に物静かだよな。だけど、ローズに元気がないなんて、ハンバーグに肉が入ってないくらいの珍事だぜ……ちなみに、それっていつ頃からなんだ?」


唸るライルは本当に不思議そうに頭をひねっている。どうやら幼馴染の彼にとっても非常に珍しい事態らしい。

『それハンバーグって言わないんじゃ?』という突っ込みはさておき、とりあえずここ最近の記憶を探ってみる。


「たしか……精霊魔法の講義を受けたあたりから、か? うまく精霊を呼べてなかったが。まあ、初めてだし普通だとは思うがな」


「ああ、あの時か……そのあとは、セレスティが精霊を呼びすぎて大変だったな」


レストが一週間前の光景を思い出すように、しみじみと語った。

確かにあの後、暗闇が晴れると教室のあちこちがぐちゃぐちゃになっており、片付けるのが非常に大変だった。


「うぐ、すまない」


レストは学校一の魔力保持者であると同時に、その他の分野でも常にトップを誇る秀才でもある。その彼に注意されては、反論の“は”の字も出せないのが当然だろう。


そんな自分達のやりとりを眺めながら、ライルが難しい顔のまま口を開いた。


「精霊魔法ね。もしかしたら、あいつ……」


「何か心当たりがあるのか?」


「ああ。ほら、ローズって上級クラスでは珍しく一つの属性しか使えないだろ? それが昔からあいつの悩みでさ」


「そう言われてみればたしかにそうだが……」


確かにローズはこのクラスでは珍しく火の属性一つしか持っていない。

平民のミアでさえ土と闇の二属性を持ち、その他ではライルが風と火、レストは光と水、フィルは水と土、と見事に全員ばらついている。


しかし、それと今の話がどう繋がるのかがよくわからなかった。

自分の頭の上にある疑問符に気付いたのか、ライルが話を続ける。

 

「まあ、とは言っても属性ばかりは自分の力じゃどうしようもないじゃん? だから、ローズはせめて火属性関連については、誰よりもうまくなろうと昔から躍起になってるんだよ」


「……ああ、なるほどな」


いかにも彼女らしいものの考え方だった。


「それにほら、この前アリアがすごい火属性魔法を使っただろう?」


「あの机を数秒で灰に変えたやつか?」


レストがあの精霊魔法の少し前に行われた授業のことをぶり返す。こちらも私のとっては耳の痛い話だった。


「そう。それ以来、俄然やる気を出してさぁ。今まで火属性の魔法はローズが一番だったからなぁ。しかも、アリアは闇属性も持っているから、余計にライバル心燃やしているんだよ」


「そ、そうだったのか……だからあんなにしつこく話しかけてきたのか」


そして、あの微妙に喧嘩腰の態度もそのせいだったのか。私の苦笑いを見たレストも、それに同意するように頷いた。


「私も彼女は少し苦手だ。他の女子ほどではないが、会うと何かとしつこい」


「レストは女全般が苦手なだけだろ。まあローズは……いや、なんでもねーや」


何かをいいかけたライルは「俺が言っていいことじゃないよな」と呟いて、そこで押し黙ってしまった。


そう、確かにレストはクラスの女子を避けている。

何やら結婚がどうこう言っていたが……まあ、私にはあまり関係なさそうだったので、そこは聞き流した。

ただ一つ言えるのは、貴族の世界というのは、本当に複雑怪奇だということだ。 


だがそういった事情とは無関係に、最近の彼は、私とミアという平民二人と話をするちょっと変わった王子になっている。

ちなみにミアがこの場にいないのは、彼女が自宅通いの生徒だからだ。


……ともかく、そのせいかは知らないが、私たちにはクラスの人間が話しかけてこない。

もっともこのメンバーと、ローズ、そしてフィルは例外だが。


王子が話しかけているからか、それともやはり平民だからか。理由はわからないが、一部の人たちは、なにやらそわそわしながらこちらをよく見ており、その一方で逆にびくびくしているグループもいる。

後者は主に女子が多いのだが、どちらにせよ話しかけてくることはない……全くもって謎だった。


「あー、でもやっぱりアリアもそう感じていたのかー」


それまで黙っていたライルが、両手を頭の後ろで組んで天井を仰ぎながらぽつりと呟いた。


「どういう意味だ?」


聞こえているとは思わなかったのか……少しばつが悪そうに頬をポリポリ掻きながら、彼は言葉を続ける。


「あー、あいつさ、誤解されやすいんだ。なんてゆーかな……うん、いわゆるツンデレってやつかな」


「“つんでれ”?」


また新しい言葉だった。

最近こういった語彙が増えるのが、楽しみの一つでもある。

300年前にはなかった言葉を使うと、自分がこの時代できちんと生きている気になるのだ。


「そう、自分の気持ちをうまく表現できないんだよ」


「ふむ……」


(なるほど、ああいうのを“つんでれ”というのだな)


ローズの姿を思い出す。なんとなく意味もわかったところで、さっそく今度使ってみようと密かに心に決めた。


「まあ、アリアに声をかけているのは、何もライバル心からだけじゃない、ってことさ」


「……よくわからない」


では何のために話しかけてきているのか……今までこんな経験がなかったせいか、ローズが何を考えているのか全く理解できなかった。


「そのうち気付くさ」とライルは笑いながら言うが、どうにも気になって仕方なかった。

だから、隣でさっきからアンパンに夢中になっている第三者に、一応意見を求めるみることにした。


「キラはどう思う?」


「ふゎにがでふくゎ?」


「こら、口に物を入れたまま話すな。ローズのことだ」


頬がパンパンになるほどアンパンを詰め込んでいたキラは、ごくんと喉を鳴らして、ようやくそれを呑みこんだ。

ただでさえ大きな皿に、山のように盛っていたアンパンは、私たちの会話の間にすべてキラの胃の中に収まったらしい。

しかも、それらを完食したにもかかわらず、その目はいまだ新たな獲物(甘いもの)を狙う狩人だった。


この小さな身体のどこにそんなに入るのか……いや、そんなことよりも朝からこの量はどう考えても食べすぎである。

そういえば、この前リボン先生から“糖尿病”なる恐ろしい病気について教えてもらったばかりだ。

神族にまで当てはまるのかは謎だったが、そもそも普通の神族はいくら好物だからといっても、ここまで人間の食べ物を食べたりはしないものである。

……もしかしたら、既にどこかに異常が出ているのかもかもしれない。


(やはりそろそろ食事制限をさせるべきか)


そんな私の恐ろしい思惑など知る由もないキラは、甘いものを探して目を光らせながら質問に答える。


「ああ、あの人は大丈夫ですよ。僕が保証します」


きっぱり言い切るその態度に疑問が生じるのは、当然といえば当然だった。


(そういえば、ライルの時もこんな会話をしたな。あの時は確か…)


「……もしかして勘か?」


胡乱な目で問いかければ、キラは不思議そうに首をかしげた。


「違いますけど」


「そうか、なら安心だ」


「なんでぇ!?」


それはもちろんキラの勘の場合、そのほとんどが、かなりの高確率で外れるからである。


そして、珍獣でも見るような目つきでキラの方を向いていたレストがその後に続いた。


「まあ、私も彼女は悪い人間ではないと思っている。現に公爵家の長女として、王宮での評判はいい。それに、あの家は特に貧民層の支援に力を入れているから、国民からの信望も厚いしな」


「うちもそこそこ頑張ってるつもりだけど?」


「ああ、そうだな。ディレイド公爵家も多額の資金提供と人出を割いている。この二大公爵家を筆頭に今、わが国では貧民層の生活環境の改善や、浮浪者の削減に力を入れているところだ」


「それでも、なかなかうまくはいかないもんだけどなー」


ライルは何かを思い出すように、遠いところを見つめている。

きっと私が初めて王都を訪れた時のこと。あの時の浮浪者のことを考えているのだろう。


「そうだったのか……」


なんだか意外なところから、意外な話を聞いた感じだった。

こういった話を聞くと、300年前はどうしても好きになれなかったこの国も、少しだけ好きになれそうな気がする。


300年前の貴族といえば国民の税金を食い物にし、その全てを自らの保身と娯楽に費やしていたものだ。奴隷制度についても三度の飯だけは保証されるが、そこに自由は一切存在しない。本当に、ただ人形のように言われたことだけをして生きているだけだ。


(そう考えると、これも皮肉な話……なのかもな)


奴隷制度を推奨した第一人者でもあり、私を地獄にたたき落としたあの極悪宰相と馬鹿王……の子孫であるライルとレストが、今度は弱者のために骨身を削っている。


時代が変われば人も変わる。わかってはいても、やはり時々違和感を感じるものだ。

唯一この気持ちを共有できる相手といえば、おそらくキラ一人だろう。


そのキラはといえば――


「っ貴様! それは私のだぞ!!」


「ふん、よそ見してるのが悪いんだよー」


会話を取られた腹いせか、それともただ喰い意地が悪いだけか……レストのデザートを奪ってあっかんベーをしていた。

二人の和やかな?攻防戦を見ていると、なんだか真面目に考えていたのが馬鹿らしくなってくる。


「ライル。これも“つんでれ”か?」


「………ちょっと、違う…かな」


どうやら微妙に違うらしい。“つんでれ”はなかなか奥が深いようだ。


しかし、この二人…口では罵り合っているものも、なんだかんだで最近仲がいいと思える。

結局レストが「くっ……今回だけだからな」と言ってキラにデザートを譲ったのがいい例だ。


(喧嘩するほど仲がいい、というやつか?)


やはりキラの主としては、喜ぶべきことだろう。

その一方で少しだけ妬けたのは、ここだけの秘密だ。


「…セレスティ。使い魔のしつけはしっかりして………どうしてそんなにうれしそうな顔をしている?」


「ん? ああ。仲が良くてうらやましい、と思ってな」


「「違う(います)」」


「「ぴったりじゃないか(じゃん)」」


私とライルの声も重なり、4人がお互い顔を見合わせる。

ライルが笑いだしたのを皮切りに、全員がそれぞれの笑みを見せる…もちろん私も。


それ以降は、笑いが絶えることはなかった。


ぎりぎりアウトですかね(汗)


明日にはもう1話投稿しようかと思ってます。

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