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4章 第1話「目標」

「じゃあ、また後でね」


「ああ、昼食でな」


 ここ……ハインレンス王立魔法学園に入学してから2週間がたった。

 今はちょうど1限目が終わったところで、この後は選択授業が待ち構えている。

 私は精霊魔法、ミアは神聖魔法の授業を受けるためそれぞれの教室に移動しなければならない。


「アリア、あの人には気をつけてね。あと、知らない人についていっちゃだめよ」


「わかってるよ。ほら、もう授業始まるぞ」


「あ、ほんとだ!急がなくっちゃ」


 そう言って慌てて駆けていく友人の後ろ姿を、苦笑まじりに見送る。


 心配してくれるのはありがたいのだが、あの幼子にするような注意はなんとかならないものだろうか…まるでキラが二人になったようだ。


……キラといえば、数日前に引き合わせた時、ミアとキラはすぐに意気投合していた。

 よくは知らないが、どうやらお互いうまがあったらしい。


 こちらを意味ありげに見ながら「2人で頑張りましょう!」と、堅く手を握り合っていたのが謎だったが……まあ、仲がいいに越したことはないので、あまり気にしてない。


 そのキラも最近は何かと忙しいらしく、昼間はあまり見かけなくなってきた。

 私の期待していた通り、何か暇つぶしになるものでも見つけたのかもしれない。


 それは自体は別にいいのだが……問題は何をしているのか訊いても、はぐらかしてばかりで答えてくれないことだ。


 「遊び相手が見つかったんです」とは話してくれたものの、肝心の相手については、全く情報がない。

 「世話になっているようだから、私も一言あいさつでもした方がいいのでは」と提案しても、やはり首を縦に振ってはくれなかった。


 モジモジしながらも決して口を割らないその様子に、『もしかしたら一緒に悪いことでもしてるんじゃないか』と心配になり、一度はミアに相談したほどだ。


 返ってきた答えは、「え、えーと、そう! キラ君もそういうお年頃なのよ! 時には主人のもとを離れて自由を満喫したいんじゃないかしら?! やっぱり使い魔にだってプライベートは必要よ! アリアもそう思うでしょ?!」というものだった。


 勢いに押されて「あ、ああ」と頷いてしまったが……なんだか誤魔化された気分だった。

 どうやらミアも何をしているのか知っているようだったし、少しだけ疎外感を感じた。


……でも、ミアの言葉も一理ある。

 毎日私の世話ばかりでは、きっとキラも疲れる。

 ここは主として何も聞かないでおくのが、正しい道なのかもしれない。


(…………でもやっぱり気になる)


 らしくないとは思いながらも、(一応)保護者として心配するのが、親心?というもの。押すべきか……それとも引くべきか。究極の二拓を選ばなければならない。


「むぅ」


「――って、聞いてますのアリアさん!?」


………まったく聞いてなかった。

 思考に夢中になっていたせいか、話しかけられていたことにすら気づいてなかった。

 顎に手を当てた状態のまま、声のした方を振り向く。


 振り向いた先には、特徴的な灰銀の髪が視界いっぱいに広がっている。

 薄紅の瞳が想像以上に間近にあって、かなり驚いた。


(………厄介なのに捕まってしまった)


 昨今の悩みの種が、そこにいた。

 急いで逃げ道を探すが……やはり、そうそううまくは見つからない。

 退避は不可能。迎撃……は無理そうなので、こうなれば守備を固めるしかほかない。


「……なんだローズ」


「ですから、精霊魔法の講義を一緒に受けて差し上げてもよろしくてよ、と先ほどから言ってるんです! まだ慣れていないあなたのために、特別にわたくしが手ほどきしてあげますわ!」


 両手を腰に当てて、貴族らしく尊大な態度で“提案”をしてきた少女の前で、気付かれないようそっと溜息をつく。


(……やはり苦手だ)


 ミアからも注意を受けていたが……ローズマリア・ランシィ・ベルドット。

 最近やたらと話しかけてくる名門ベルドット公爵家の長女であり、話し方からもわかるとおり生粋のお嬢様だ。

 ミアもクラスに入ってからずっとこういう風に話しかけられていて、対応に困っていたらしいが。


 ローズは腰辺りまで伸ばしているウェーブのかかった灰銀の髪と、薄紅色の勝気な瞳が印象的な少女だ。

 なにやら自分の名前の由来にもなったマリア王妃と同じ?灰銀色の髪が自慢らしいが…私から言わせれば、その髪色はむしろ魔王シヴァにそっくりだった。さすがにそれは言えなかったが…


 そのせいもあってか……最初の自己紹介では「どうぞマリアと呼んでくださいな」と言われたが、次の瞬間には「わかった。よろしくたのむ、ローズ」と反射的に答えていた。

 たとえ別人でも妹と同じ名前で呼ぶ気にはなれなかったのが一番の理由だったが、「あなたもですの!?」という反応から、他の人間もローズと呼んでいることが発覚する。


……どうやらあまりにも『癒しの王妃』といわれた人物とイメージが異なるため、皆そちらを呼ぶらしい。

 ある意味うらやましい話だ。

 私なんか嫌がおうにもあの『聖女』と同じ名前で呼ばれるのだから。


「さあ、まいりましょう!」


 返事をしてないのに勝手に歩き出すローズの背を見て、もう一度気付かれないように溜息をこぼす…本当に、貴族というのは自由気ままである。




「ふむ、全員おるかのぉ? では講義を始めようか」


 精霊魔法を教える“爺先生”ことパウル老が、いつもどおりほのぼのしたオーラを出しながら、講義を始める。


 その心地よい声を聞きながら、この数日で習ったことを頭の中で復習する。

……この学園に来てから2週間、過去とのギャップに戸惑うことも多かったが、おおよそ基本的な魔法の知識も手に入った。


 やはり当初想定していた通り、人の持つ魔力は随分と減少しているようだった。

 歴史学の授業で習ったことだが、主な原因は280年ほど前に起きた王都の大火事らしい。

 なかなか興味深い話ではある……ただ、あの授業は担当のケイン先生がやけにちゃらんぽらんで、いまいち信憑性に欠けるのが難点だ。

 どこまでが歴史の真実で、どこからが彼の想像なのか……その境目がいまいちわからなかった。

 まあ、とりあえず今はこの時代に慣れることを優先しようとは思っているが、いつか暇ができたら自分で調べてみたい事ではある。


 ともかく、そのような経緯もあって今の時代の人々の魔力量は、300年前のそれよりかなり低くなっている。

 だが、魔力が少なくなった代りに、人はその優秀な頭を使って、300年でまた違った方向に魔法を発展させていた。


 いくつもの実験を積み重ねた結果、手間はかかるが、少ない魔力で一定の威力を発動できる魔法を生み出したのだ。

 それは魔法の分類についてもそうだが、発現方法についてもだった。

 詠唱、魔法陣、その他媒介となる道具を使ったやり方などそのバリエーションは豊富だ。

 そうして、集大成としてこれら現代の魔法体系が生まれた。 


【基本魔法】……六大属性を扱う属性魔法と、無属性魔法に分類される。

六大属性は光・闇・火・水・風・土のことで、生徒たちはこのうち一つないし、二つの属性を自分の専門分野として専攻する。

無属性はそれ以外のもので、補助的な作用をもたらすものが多い。

ちなみにレベルは、初級(基礎)、中級、上級とあり、それぞれ学園のクラスに対応している形になる。


【神聖魔法】……神に祈ることによって奇跡を起こす魔法…らしい。ライルが愛馬に使ったのがこの魔法で、300年前には普及していなかった魔法でもある。特に治癒に特化したものが多く、この国のほとんど全ての魔法使いが使えるらしい。


……ちなみに私は全く使えなかった。

 だからこそ選択授業では、精霊魔法を取るしか道がなかったのだが。

 教科担任のグナイド教諭からは「信仰心が足りんのだ!」とお叱りを受けたが、全くもってそのとおりだ。

 自分は神などこれっぽっちも信じていないし、これからも信じるつもりはない。

 だから「一生使える気がしません」と開き直ってみたのだが……どうやらその答えがお気に召さなかったらしい。

 いまだグナイド教諭には、会うたびにありがたい神のなんちゃら物語を聞かされている。正直疲れる。


 その他にも使い魔契約を結ぶための召喚魔法、そして今はほとんど使い手のいない古代魔法などがある。こちらは呼び方は変わったが、その概念は昔とほとんど変わっていなかった。

 あえていうなら、やはり使い魔は一人一匹という制限ができていたことくらいだ。

 その理由は、わからないままだが。


 ちなみに私が300年前使っていた魔法のほとんどは、今は古代魔法として希少な魔法となっていた。

 例えば、飛行魔法はぎりぎりまだ使い手がいるらしいが、転位魔法に関しては、使い手はおろか実際可能なのかどうか、という存在自体が危ぶまれるものになっている。

 下手に試すと身体の一部だけ転位してしまう、という恐ろしい噂のせいで誰もやろうとする人間がいないらしい。


「――じゃからして、精霊は常にわしらを見ているとともに――」


 パウル老の穏やかな声が教室に響く。

 今講義を受けている【精霊魔法】も、昔とほとんど同じ認識をされている魔法の一つだ。

 精霊魔法は自然界の魔力が凝縮して意思もったかたち、精霊を使役する魔法…と一応教科書には書いてある。

 ただ、私から言わせてもらえば、地界の精霊は話せないのでこちらからお願いするだけで、決して使役するものではないのだ。


 現に傲慢に命令してくる人間に、精霊は力を貸さない。

 パウル老の講義では、この点を特に重視して教えている。これは通説を改めている良い点だと思う。

 ちなみに私の場合は、力を借りたらそれに見合うだけの魔力を対価として与えているのだが……一般的には意志の力一つで行使できるものとされている。


……そして、頼み方以外のもう一つの条件として、精霊魔法を使うには精霊に好かれなければならない、というのがあった。

 これは一種の才能のようなもので、生まれつき持っている魔力の質に関係するものらしいが…それについては現代でも解明されていない。


 ただ、精霊に好かれるような純粋な心も必要だ、とはよく言われている。


(だからこの娘も悪い人間ではないはずなのだが……)


「さっきから何をジロジロ見ているんですの?」


「……いや、別に」


 隣に座るローズがいぶかしげな顔をしている。

 気まずくなって視線をそらすと、少し離れた席に座っているレストが、「前を見ろ」といったジェスチャーをしていることに気付いた。


 レストとローズは今年から精霊魔法の講義を受けることになったらしいが、そのほかのライル、ミア、フィルは去年に引き続き神聖魔法の講義を受けている。

こればっかりは運のようなものだろう。


 そして前方の教卓に顔を向けると、パウル老がにこやかにほほ笑んでいた。

 穏やかでありながら、強制力を伴った笑みだった。

……この講義はそもそも受ける人数が少なく、全学年でも20人程度しかいない。だからおしゃべりをすると非常に目立つのだ。


「ほぉっほぉ、ちょうどいい。では、ちょいと実践してもらおうかのぉ……ベルドット君」


「は、はい!」


 急にあてられたローズは、少し驚きながらもその場でピシッと起立した。


「君は火の属性だったの。精霊に呼びかけてみなさい」


「は、い」


 緊張気味の彼女は、少し戸惑いながらも言葉に魔力をのせて精霊を呼ぶ。


【いらっしゃい】


しかし、確かに火の精霊が集まって教室が少し温かくなった気がするが……本当に微々たるものだった。


(……なにかおかしいな)


 失礼かもしれないが、意外にも呼びかけの仕方に問題はなかった。

 よく一方的に命令して、精霊からそっぽを向かれることもあるのだが……そういう場合の反応とは少し違う。

 どう言えばいいのかわからないが、何か、“つまっている”という表現が一番近い気がする。


 ただ、それ以上のことは私にもわからなかった。

 パウル老もそれを感じたようで、釈然としない顔でローズの周りを観察していた。

 だがやはり、原因はわからないようだった。


「ふむぅ、いまいち集まりが悪いのぉ」


「す、すいません」


 悔しげに唇を噛みしめるローズに、パウル老は優しく語りかける。


「なに、謝ることではない。初めての呼びかけじゃし、これから少しずつ慣れていけばよい。次は、セレスティ君。君は火と闇だったのぉ。では、闇の精霊に呼びかけてみなさい」


「……はい」


 正直あまりやりたくなかったが、指名されておきながら「できません」で終わらせることはできない。なによりローズの手前もある。


 クラス中の視線が突き刺さる中、『必要最小限でいいから』と念じながら、小声で“彼ら“に呼びかける。


【………おいで】


 その瞬間、教室は闇に呑まれた。

 いきなり真っ暗になった教室内で、生徒たちは当然のようにパニックに陥る。


「いて! 誰か俺の足踏んだろ!?」、「ちょ、誰よ今私のお尻触ったの!?」という苦情の数々が、あちらこちらから聞こえる。


(……やっぱりだめか。すまん)


 心の中でそっと謝罪する。

 なんとなくこうなるだろうとは予想していたが……不可抗力とはいえ、やはり自分にも責任はある。


 最近私の周りには常に何かしらの精霊、特に火と闇の精霊がこっそり張り付いている。

 どうやら私が目覚めたことを知ったらしい精霊たちが、呼ばれるのを今か今かと待っていて…ずっとスタンバイしているのだ。


 きっとこれのせいだとは感じながら、来てくれた精霊たちにはいつものように魔力を渡す。

 『わーい、ありがとう』とでも言っているように大はしゃぎしている精霊の姿に、喜べばいいのか、悲しめばいいのか…


「こ、これはすごいのぉ……しかし、ちと呼びすぎではないかのぉ。これでは逆に危ないの…これ、皆落ち着きなさい」


真っ暗闇の中、パウル老のしわがれた声が教室内に響いた。


「すいません」


(また言われてしまった)


 目下の問題はこれだ。


 “やりすぎ”は、なにも精霊魔法に限った話ではない。

 現代の普通の魔法を使っても、その威力が一般的なものの数倍になってしまうのだ。

 例えば、この前など蝋燭に火をつけるつもりが、それを置いていた机ごと一瞬で蒸発させてしまった。


 300年前は気付かなかったが、どうやら私は、細かい作業が苦手らしい。

 ライルは「強いほうがかっこいいじゃん」とか言って慰めてくれたが……つまりはコントロールができていない証拠だった。

 それをこの2週間でまじまじと見せつけられた。


 どうにも現代でいうところの古代魔法に慣れてしまっているせいか、一発の魔法に込める魔力の量が異常に大きくなってしまうのだ。

 だからたとえ発動はできても、その後の微調整ができない。

 私は現代人にない古代魔法を発動させるコントロールはあっても、発動させた後の、本当の意味でコントロールを持っていなかった。


 これは職業魔法士として生きていくには、ある意味致命的な弱点でもある。

 なぜなら魔物が少なくなっている現代の依頼では、より緻密な魔法コントロールが求められることが多いからだ。


 周りを気にすることなく、全力で魔法をぶっ放せばよかったあの頃とは違う。

 現代で生きていくためにも、繊細な魔法コントロールを身につける。

 これが今の私の目標だった。


(やはり、これからはコントロールの時代だな)


未だ周りが騒がしい中、アリアは一人腕を組んでうんうん頷く。


 そうして、またしても思考の渦に沈んだ彼女は気付かなかった。


「どうして、ですの……」


 隣から聞こえてくる、絶望にも似たその声に。


今回サブタイトル思いつかなかった(汗)


そんなわけで、やっと4章突入しました!


プライベートで忙しかったのも、ようやく終わりそうなので、

これからは、もうちょっと早く更新していきたいなあと思っています。


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