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第4話「子孫」

「リボン先生は……その、変わった女性だな」


 保健室を出た後、先手を打って、半歩先を歩くライルに話しかけた。

 できれば“あの”話題には触れてほしくなかった。


「そうなんだよ。見た目は知的美人なのに、中身はあれだろ? でも、あのギャップがまた男子に人気でさー。いわゆる“ギャップ萌え”ってやつ?」


(“ぎゃっぷもえ”……ああいうのを現代ではそう表現するのか)


 彼女の言動を思い出し、新しく増えた語彙をそれに当てはめた。なんだかひとつ賢くなった気分だ。

 そこで油断してしまったのだろう……次の質問にはすぐに答えることができなかった。


「ところでさ……何があったのか聞いていいか?」


 ふんふん頷いている自分の顔を、心配そうな顔をしたライルが覗き込んできた。

 やはりそう簡単に、物事はうまく進んでくれないようだ。


「……たいしたこと、ではなかった」


「“たいしたこと”じゃないのに、倒れたのかよ?」


 すぐにそう返してくるライルの表情は、ひどく真剣だ。


 これは正攻法では、切り抜けられそうにない。

 どちらにせよ真実は言えるわけがないので、無理やり話を変えることにする。


「本当にたいしたことではなかったんだ。そ、それより授業に戻らないか? リボン先生にはああ言われたが、今日が初日なのにいきなり授業を休むのはさすがに気が咎める」


 自分でも下手くそな方向転換だとは思ったが、仕方ない。これが限界だった。


 一方ライルは不満げに私を見つめるが、結局それ以上追及することはなかった。

 おそらくさきほどからキラが『なにも聞くな』というようにライルを睨みつけているせいもあるのだろう。


「いや、むしろ今日はもう教室には戻らない方がいい。今教室は大混乱の真っただ中だし」


「大混乱? なぜだ?」


「そりゃ、あの堅物で知られる男が転校生を連れ出したあげく、戻ってきたときには、『倒れたから保健室に置いてきた』なんて言ったんだからな。大混乱にもなるよ」


「置いてきたんじゃなくて、僕が追い出したの!」


 キラが抗議するが、問題はそこではない気がする。

 なんだかいろいろと誤解が生まれそうな要素が、あちらこちらに散らばっているような……

 それについて聞こうと口を開くが、先にライルの口から発せられた内容は、さらなる疑問を提示するものだった。


「そうなのか? まあ、教室に帰ってきたレストの奴もすぐに『王宮に行ってくる』って言って早退したけどな」


「レスト? それに王宮?」


「ああ、あいつ名乗ってすらいなかったのか。あいつはレストシア・クライス・ハインレンス。この国の第二王子だよ」


「ええ、あいつが!? むぅ、確かにあの王子にも似て、ふがぁ!」


 慌ててキラの口を手で押さえる。危なかった。

 授業中のせいか人気のない廊下で、その声は思いのほか響いていた。


 だが、キラが必要以上に騒いでくれたおかげで、逆に私自身が冷静になれた点は良かったと思う。


(王子……だからあの瞳と容姿なのか)


 いろいろな意味で納得する、と同時に引導を渡された気分だった。


 アスト王子とそっくりの青年……レストシア王子。

 指輪のことを知っていたのも含めて、どうやらあの青年が彼と妹の血筋を受け継いでるのは、間違いないようだった。


 人間には、魔族の赤い瞳や神族の蒼い瞳のように決まった色の傾向はない。

 だが、魔力の強さと瞳の色というのはやはり関係があるようで、魔力の強い者の色はその子どもに遺伝する、というのが魔法使いの間の常識でもあった。


 マリアは私ほどではないにしろ、巨大な魔力の持ち主だった。

 それこそ長い時の中で血が薄められていたとしても、数百年はその遺伝が続くほどの。


 レストシア王子の滅多にない薄紫の瞳は、間違いなくマリアのそれと同じ輝きを持っていたし、今思い返せば、魔力の質も自分と似ていたかもしれない。


(……つまり、あの青年は私と遠い親戚関係になるということ、か?)


 つい頭を抱えたくなった。

 幸か不幸か両手がふさがっていたため実行はしなかったが。


 自分の子孫(正しくは遠い血縁)と一緒に授業を受ける。

 こんなおかしな体験をするのは、世界広しといえどもおそらく自分だけだろう。


 キラの途中で途切れた言葉にライルは首をかしげた。


「似て? ……ああ、アストレイ国王の若かりし頃の顔に似ているってやつか? それあいつのコンプレックスでさ。ほら、そこら中に肖像画がおいてあるだろ?」


 どうやら自分とは違い、アスト王子の肖像画はばっちり残っているらしい。

 この分ならおそらくマリアのそれもたくさんあるのだろう。

 身内としては、どう反応すればいいのかわからない複雑な気分になりそうだ。


 それにしても、出会ったばかりの時、聖女と同じ名を名乗った私に『あんたも大変だな』と言ってきたが……その“も”というのは彼のことだったのか。一つ謎が解けた。


 300年前の国王とそっくりな外見を持っているレストシア王子。

 そして聖女と同じ瞳と名を持つ私…いや本来の順番的には私と同じ瞳と名を持つ聖女か。

 ともかくお互い苦労しているという点では一緒だ。少し親近感が湧いた。


「私はまだその肖像画を見たことがないから、わからないが……彼も苦労しているのだな」


 そう言って、今一度先ほどの青年の姿を脳裏に呼び起こす。


 確かに顔は似ていたが、その身にまとう空気はずいぶん違っていた……ような気がする。アスト王子は常に柔らかく、親しみやすい雰囲気を出していたが、あの青年のそれは怜悧な刃物のようだった。 

 それに髪についても……金髪は共通していたが、レストシア王子の方が若干明るい印象を受けた。

 だがそのどちらも、肖像画においてはたいした違いではないのだろう。


「そうそう。その上、学校一の魔力の持ち主だからなー。第二王子なのにこんな学校に通っているのもそれなりの理由があってさ。まあ、いつも不機嫌だけど悪い奴じゃないんだよ。だから、その……」


「ああ、わかっている。私も別に彼が嫌いなわけではないんだ。ただ少し、驚くことがあっただけだ。悪いのは彼じゃない」


「もっとも僕は許しませんけどね! 今度会ったらお菓子を要求してやります!」


「……おい、ヤキを入れるんじゃなかったのか?」


 いつのまにかやることが違くなっている。

 おそらく、『王子だからヤキを入れない』ではなくて、『王子だからいっぱいお菓子を請求しても大丈夫だろう』という考えなのだろう。


(……やはり私は菓子以下なのか?)


 いつか真面目に問いただしてみたいが、もし『そうです!』と言い切られた時の衝撃を考えると……やはり怖くて聞けない。


 そんな自分とキラの小声で交わされた切ないやりとりは、聞こえなかったのか……ライルは話を続けた。


「そうなのか? なら良かった。あいつも結構誤解されやすい奴でさ。……ま、何があったかについては言いたくなったら言ってくれ。寮に行くんだろ? 案内するよ。どうせ今の教室に戻っても質問攻めになるだけだしな」


「ああ、ありがとう……だがライルはいいのか?」


「いいの、いいの。どうせ今日はたいした授業入ってないしな」


そして手をひらひらさせて、先を歩く……と思ったら、不意にいたずらっ子のような顔をしてこちらを振り向いた。


「それにほら、サボる口実ができた」


そう言って太陽のように朗らかに笑うライルは……とてもまぶしく心強い存在だった。


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