第2話「失われた恋」
遅くなってすいません!
今回もちょっと長い…かな?
「アスト王子!?」
(どうしてここに…!?)
思わずその席の前まで駆け寄る。
周りがギョッとしたようだが、気にしている余裕はなかった。
そして、至近距離で顔を確認して……ようやく己の間違いに気付いた。
「あっ……」
違う。顔立ちは良く似ているが……それでも違った。
――だが冷静になって考えてみれば、当たり前のことだ。
(私は馬鹿か……この時代に生きているはずがないだろう)
一体何を期待していたのだろうか。
愚かな自分に思わず苦笑いをこぼしながら、改めて目の前の青年を観察する。
ここまで来てようやく気付けるほど似ている青年と、アスト王子の決定的な違いは、その瞳にあった。
アスト王子は穏やかな翠色の瞳だったが、この青年のそれは……どこかで見覚えのある薄い紫色をしていた。
(この色はまるで……)
その一方で薄紫の目の持ち主は、百面相をする自分をいぶかしげに見ていた。
おそらくかなり怪しい人間に思われてしまっただろう。なんとか取り繕うとした矢先、今度は青年の方から話かけてくる。
「さっきの名前……もしかしてアストレイ国王のことか? どうしてそんな呼び方をしているのか知らんが、間違えるな。私は--」
そこで話が唐突に途切れる。
一体どうしたのかとその顔を見ると…先ほどのいぶかしげな目とは違い、今度は何かに驚いた目をしていた。
その視線は、ちょうど机の上に置かれた自分の左手に向いている。
「……っ、おい! 貴様ちょっと来い!!」
しばらく至近距離で“それ”を凝視した青年が、急に私の手を引いて立ち上がる。
「お、おい、レスト!」
隣にいたライルは、乱暴な手つきになにか言おうとしたが……そのあまりに真剣な表情に、結局なにも言えないようだった。
そうこうしている間にも、青年は私を巻き込んでズンズン教室内を進む。掴まれた手が少し痛むが、ここは我慢するしかない。
それにしても……昨日の男性教諭といい、ここの男にはろくなやつがいない、気がする。
それに――
(授業はいいのだろうか……?)
学校生活1日目からなんとなく面倒事に巻き込まれている感じがしたのは……おそらく気のせいではないかった。
――しかし、手をつないで(正確には一方的に掴まれて)教室を出て行く二人は知らなかった。
その後の教室が、先ほどとは違った意味で大騒ぎになったことを……
次の日には、『王子の一目ぼれ!略奪愛!?』などといった噂が広がることを……
(なんだか昨日から驚かされることばかりだな)
人気のない薄暗い廊下を、手を引かれながら進む。
どこに連れていくつもりかは知らないが、少なくとも移動中は何も話すつもりはないようだ。どうせすることもないので、青年の背中を眺めながら昨日までのことを振り返える。
あの実技の後に受けた筆記試験は……正直ひどかった。
道中ライルに一般常識を学んだつもりだったが、所詮は付け焼刃だ。王都のデートスポットが試験問題で出るはずがないし、現代の魔法知識についてはなおさらである。
3代前の国王の名前やら、基礎魔法の定義やら、私が知っているわけがないだろう……そう言って問題用紙を黒焦げにしてしまいたかった。
……まあ、唯一確信を持って解けた問題も1つだけあった。
なにせ今から300年前に、自分が関わった事件についてのものだったのだ。
もちろん手柄は例のごとく騎士団に横取りされたため自分の名はなかったが、問題は『王国歴148年に太陽の騎士団が魔物の大群と衝突し、勝利を収めた戦いをその地名か【○○○○○の戦い】という』、といったものだった……答えは【ニルゲントの戦い】だ。
この戦いのことはよく覚えている。
地面にでかいクレーターをつくったのもそうだが……珍しく手こずった戦いだった、というのが何よりの理由だ。
相手の大将は、たしか魔王の側近の……ベリアルといっただろうか。
基本的に、魔物は本能で生きる生物だ。
魔獣の方は特にその傾向が強く、また人型をとれるようになった魔族についても、その知能はせいぜいある程度の会話ができるレベルだといわれている。
魔物は様々なモノを“喰う”おかげで全属性の魔法を使えるが、その代りに聖獣や神族ほど知能は高くない……はずだった。
だが、あの魔族は違った。
それまではただ突っ込んでくるだけだった魔物が、統制された動きを見せ、あまつさえ罠まで使ってきたのだ。
いつのまにか魔物の大群に囲まれていた時は、さすがに冷やりとした。
そのせいか、最後は力押しでなんとかなったものの、ベリアルだけは逃してしまったのだ。今思えば負けることはなかったが、あれは自分にとって唯一の引き分け試合と言っていいだろう。
燃えるような赤い髪と珊瑚色の瞳を持っていたあの男は、魔族としての力は決して強くはなかった。
だが、あれで奴自身の力がもう少し強かったら、ある意味魔王より厄介な存在になっていたかもしれない……正直二度と戦いたくない相手だ。
もっとも、その数週間後に魔王との決戦があったから、奴が生きているとは考えにくいが。
多少脱線しながらも遠い過去に思いをはせる。
そうして気付けば、いつのまにか校舎の外に出ていた。
(本当にどこまで行くつもりだ?)
いまだ青年に立ち止まる気配はない。仕方がないので回想を続ける。
……絶対落ちたと思ったが、その後学園長と呼ばれているこの学校一の権力者に呼び出された。
そこでライルのクラス、つまり上級クラス5年に入ることを告げられた。しかも特待生のおまけつきときた。
正直疑問がつきないが……あの笑顔で『いいですよね?』と訊かれれば『はい』と答えざるえない。もとより私にとってもいい話であったのは事実だ。
その日は急遽用意された部屋に泊り、次の日、つまり今日からは寮暮らしが始まる。
そうしてさっきのクラスメイトとの初顔合わせという流れになったのだが……
ライルと同じクラスなのはうれしいが、正直貴族ばかりのクラスなど、貴族嫌いの自分にとっては地獄のような場所に等しい。
だが、それでも編入しようと覚悟を決めたのは、ほかでもないライルの例があったからだ。
教室に入った直後から、多くの視線を感じた。誰かに見られることは慣れていたので問題ないが……大勢の前で話すとなると話は別だ。
初めての経験に、自分自身ひどく緊張しているのが自覚できた。そして、なんとか普通に自己紹介ができたと思った矢先にあの質問だ。
“特定の相手”というのが最初何を指すのかよくわからなかったが……担任いわくパートナーのことらしい。それなら簡単だ。
きっと現代風の使い魔の呼び方なのだろう。
しかしそうなると、相棒がいると言っただけなのに、どうしてみなあれほど驚いていたのだろう?
何かおかしなことでも言ったのだろうか。現代の若者はいまいち理解できない。
ちなみにキラは今、自由行動中だ。
キラについては、自分の魔力量が高いせいか、常に地界に顕現している使い魔として認識されたらしい。基本的に使い魔は必要な時だけ呼び出し、用が終わったら天界に還すものとされているが、キラはその例外として、学園内での自由が保障された。
今現在一緒に授業は受けられないものの、1ヶ月後ぐらいに上級クラス5年生で使い魔召喚の儀があるらしく、その後は使い魔と一緒に授業を受けることも可能になるらしい。
それまでキラには自由に行動してもらい、今度こそ“常識”を学んでもらいたいと思っている。
そんなことを考えているうちに…どうやらようやく目的地に着いたようだ。
校舎の端に位置する閑散とした空き地…内緒話をするのに、ここほど適した場所はないだろう。
(さて、なにを言われるのやら)
まさか初日から喧嘩を売られることはないと思うが。
(でももし売られたら……買っていいのか?)
これまでは貴族に逆らうこともできなかったが、今は違う。
自分を縛るものは何もないのだ……よし、いざとなったらやろう。
だが、そんな自分の決意が使われることはなかった。こちらを振り向いた青年が言ったのは、思いもよらぬ質問だったのだ。
「貴様に訊きたいことがある。その指輪はどこで手に入れた?」
「指輪? どこ、というか……人にもらったものだが」
「それは誰だ?」
「誰って……」
まさか300年前あなたそっくりの顔の人にもらったとも言えず、言い淀んでしまう。
「答えられんのか?」
青年の顔が険悪なものへと変わる。
「それは代々の国王が自分の一生の伴侶となる人間、つまり王妃に渡す指輪だ。それぞれの国王には固有の紋章があり、王家の秘匿技術によって作られている。つまり同じものは二つとしてない、ということだ」
初めて聞く話だ。この指輪にそんな意味があるなんて全く知らなかった。
(“安物”と言っていたのに)
「しかもその紋章は、かの有名なアストレイ国王のもの。どうして貴様がそれを持っている」
アストレイ……国王。
そういえば先ほども聞いた気がするが、無事国王になれたようで安心する。彼は少し優しすぎる性格の持ち主だったから、心配していたのだ。
指輪を眺めながら、その柔和な笑顔を思い出す。
(でも、そんな大事な指輪を私にくれたのは……)
無駄とは知りながらもつい想いをはせるのは、やはり初恋の相手だったからだろうか。
だが、自分の淡い妄想は、次の一言で破られた。
「それを持っていいのは、マリア王妃だけだ」
「……え」
この青年は今なんと言った。
「………マリア…おう、ひ?」
「聖女様と同じ名前のくせに、まさか知らないわけはないだろう。聖女アリア様の妹君であり、“癒しの王妃”と呼ばれた有名な方だぞ」
聖女アリアの妹というなら間違いなく自分の妹マリアのことだ。
マリア王妃……それはつまりマリアとアスト王子が結婚したということ。
(マリアとアスト王子がけっこん?)
頭が真っ白になる。
(自分の妹と……初恋の人が………結婚?)
混乱、安堵、絶望、憧憬、嫉妬、様々な感情が錯綜する。
泡のように浮かんではすぐ消えていく“それ”は、どれもが当てはまるようであり、しかしどれも違うような気がした。
うまく頭が回らない。
自分がどうしてここにいるのかさえわからなっていく。
そんな私を現実に引き戻したのは、青年の慌てたような声だった。
「お、おいなぜ泣く」
そう言われて初めて、己の頬から一筋の滴が垂れているのに気付く。
「涙? ……私は、泣いているのか?」
どうして泣いているのだろう。
305年前のあの日から、一度も泣くことなどなかったのに。
「お前、ご主人様を泣かせるな!」
少し離れたところからキラの声が聞こえた。
もしかして、心配して物陰からずっと付いてきてくれたのだろうか? 好きに動けとは言ったが……本当にモノ好きな奴だ。
その存在に安心したせいもあるのだろう。徐々に意識が遠のいていく。
「ご主人様!?」
慌てるキラの声を子守唄に、意識は深い闇へと呑まれていった。