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3章 第1話「編入生」

*某貴族のボンボンの視点です。

あと今回はちょっと長いかもしれません(汗)

 昨日と同じくまだ通い慣れていない教室のドアを開ける。

 その瞬間耳に飛び込んできたのは、自分が連れてきた少女の話題であった。


「おい、聞いたか!? 例の編入生うちのクラスに来るらしいぜ!?」

「まじかよ!?」

「でも、上級クラスに飛び級で編入なんて……今まで聞いたことがないわ」

「そりゃなんたって古代魔法の使い手だからなぁ」

「ああ、昨日先輩がそう言ってた。なんかすげー興奮してたけどな」

「へぇ。でも貴族ではないんでしょう?」

「らしいよ。でもすんごい美少女なんだって」

「いやいや、そんな都合のいい話があるかよ」

「きっと先輩の妄想でしょ。初めて見る古代魔法に興奮しすぎたのよ」


 教室は朝からこのクラスにやってくる編入生の噂でいっぱいだった。

 それぞれ6年生の先輩から仕入れた情報を交換して、どんな人物なのかを推測している。


 その様子を見て、ドアを開けた状態のまま呟く。


「………暇人ばっかだな」


(まあ、その気持ちもわからなくはない、か)


 変化に乏しいこの上級クラスにあらわれる旋風。それもどうやら特大級の存在に、誰もが興味津津のようだ。


―それにしても

(予想以上に噂になってるな)


 昨日学校が終わった後に、アリアから事の顛末を聞いて、多少の混乱は予想していた。

 しかし……これほどとは思わなかった。

 ここに来るまでも廊下のあちこちでこの手の話を聞いたし、既に学校中に広まっているのだろうか。他人事ではあるが心配である。


 自分の姿を見つけた同級生のフィリック・ダン・リンメルが机を蹴散らして駆け寄ってくる。

 いつもは余裕綽々のくせに、今日に限ってなぜか落ち着きがない。


「おい、ライル!? 編入生って昨日お前が話していた子だろ!? ホントにかわいいのか!?」


 そして大真面目に、なんともくだらんことを訊いてくる。

 ……落ち着きがないよく理由がわかった。そういえば、こいつはこういう奴だった。


 しかも昨日した話をちゃっかり覚えてやがったようだ……この女好きのアンテナにひっかかってしまったらしく、教えたことに多少の後悔を覚える。


「見てのお楽しみだ」


 そう言って自分の席にまでの道を進む。

 そこらじゅうに大小様々なグループができていて、ものすごく通りにくい。人と物の隙間で四苦八苦しながら、自分の言葉を思い返す。


 フィリック……フィルは一応誤魔化せたが、どうせ何分後かにはばれるだろう。アリアの容姿を見た時のこいつの顔が目に浮かぶようである………なんか嫌な気分だ。


 そして、ようやく窓際の後ろから3番目の自分の席に着き、いまだ騒がしいクラス内を見回す余裕ができた。


 ……この上級クラス5年には昨日から入ったばかりだが、ここにいる連中はみんな顔見知りばかりだった。

 なにせ一人を除いた全員が貴族であり、それゆえに学校以外の場所…パーティーやらなにやらで顔をあわせることも多い。それに中級以上は極端に人数が減ってくるため、自然と貴族同士が会う確率も高くなる、という理由もある。


(唯一の平民といえば……)


 自分の2つ前の席で、灰銀色の髪をした貴族に声をかけられている少女に目を向ける。いまだ見慣れない平民の少女は、どうやらその対応に困っているようだ。


 その特異体質から存在だけは知っていたが……上級クラスに来れるほど“増えた”という事実には単純に驚いた。おそらく前例のないことだろう。


 ……それにしても、我が従姉妹さまはどうにも人の心の機微というものがわかってないようである。相手が迷惑がっていることに全く気付いてない。


(第一あのやり方じゃ一生わかりあえないだろ)


 灰銀色の髪をした従姉妹は、決して性根の悪い人間ではないのだが……なんというか、誤解を受けやすい性質の持ち主だった。


 赤毛の髪を持つ平民の少女に同情するし、なんとかしたいとも思うが、自分は昨日来たばかりの人間である。

 そしてなにより女同士のことに下手に口をだすと、いろいろと面倒くさいのが経験上わかっている。


 見た目とは裏腹に、なんとも男らしい少女のことも思い出すが……やはりあれは例外だろう。


 だから、もうしばらく様子をみることに決めた。


 上級クラス5年の平民が彼女一人であることからわかるように、貴族は総じて魔力が強い傾向にある。

いや強くなるように婚姻統制をしてきたと言った方が正確か。それは魔力がある程度血筋に影響されるためであり、さらに元の魔力が強ければ強いほど顕著に表れるためでもある。


 ちらり、と横の席を見る。

 現に隣に座っている自分の幼馴染も、数百年前の人の影響を受けたにもかかわらず、いまだ学年一の魔力量を保持している。


(にしても、いつもどおりの仏頂面だな)


 “氷の美貌”と呼ばれるその麗しい顔は、基本的にいつも不機嫌そうに眉を顰めている。しかし、それもどうやら教室の騒がしさに辟易しているようで、転校生自体にはあまり興味がないようだった。

 古代魔法のことを聞いても変わらない幼馴染の態度に、なぜかホッとする。


 才能があると見込まれた貴族の子弟は、大抵、最低入学条件である12歳の時にこの学園に放り込まれる。基本的に生まれた時から魔力量は決まっているし、少し努力さえすれば上級クラスに入ることは確約されているからだ。


 そして、今このクラスにいるのは全員が16~18歳までの、いわゆるお年頃の男女であることもその理由の一つである。


(くっだらねえよなぁ)


 ここにいる奴らの目的は2つ。

 卒業して箔をつけることと、将来の結婚相手を探すことだ。貴族の場合、より強い魔力の持ち主と子を成すことはすなわち家の繁栄に直結する。


 280年ほど前、王都の大火事によって多くの才ある魔法使いが死んだといわれている。

 そのせいで大きな魔力量を持つ人間も一気に少なくなり、人の魔力量は世代を追うごとに少なくなっていった。


 だから今は魔力の強い魔法使いはどんなところでも重宝されるのだ。貴族社会ならばなおさらである。

なにせ家の子どもが宮廷魔法士にでもなれば、数世代は安泰して暮らすことができると言われているほどだ。


 そんな理由もあって、幼馴染は女子の間で一番人気の結婚候補者なんだが……もっともその家格が家格なので、誰もあからさまなアプローチはしない。


 それでもやはり女子たちが虎視眈々とその隣を狙っているのは、嫌がおうでもわかってしまうのだろう……いつも不機嫌なのはそのせいだ。


 いくら兄の命令といえども、無理やり狼(というより女狐?)の輪の中に放り込まれた幼馴染には、本当に同情する。

 本来ならこんなところに4年も通うべき存在ではないのだ。


 そんな事情を知っているから、とりあえず幼馴染みたいに巨大な魔力を持たなくて良かったとは思っている。

 ……まあ、自分も家柄的には充分いいカモだろうが、今のところそういう意志はないのでなんとかして逃げ切るつもりだ。


――しかし

(となるとアリアも大変だな)


 なにせ古代魔法が使えるほどの魔力量を持っていて……加えてあの容姿だ。ここにいる男どものいい獲物である。

 これから訪れる波乱の予感に、不安を拭えない。


 唯一の救いはアリアが平民であることだろうか。基本貴族は貴族としか結婚しないという慣習がある。


「……それでも例外はつきもの、だよなぁ」


 古代魔法が使える人間は本当に少ない。『たとえ平民でも』と言う貴族はいっぱいいるだろう。最悪家柄については、どこか適当な貴族の養子にしてしまえば解決するのだ。


 ……だが、そんなことは絶対させたくない。

 ここまで連れてきたのは自分の責任だし……なんというか、ほっとけないのだ。あの世間知らずな少女を守りたいと思う心に偽りはなかった。


 もちろん自分の命を救ってくれた礼もあるが、おそらくそれ以上の意味においても。


「おー朝っぱらから元気だな、お前ら」


 いいところで担任の声がその思考を遮った。

 男はそのまま悠々と壇上まで歩き、おそらくいつもしているように30人ほどの生徒がいる教室内を一望した。

 一方生徒たちはそれぞれ席に着くと同時に、いつもとは違う期待の目を彼に向ける。


 その中でも、さきほどアリアについて熱く語り合っていたうちの一人が、待ち切れずに右手と声を一緒にあげた。

 

「せんせー! 編入生が来るってほんとですか!?」


「なんだ、もう知ってんのか……つまらんな」


 本当につまらなそうな顔をしている。どうやらサプライズにしたかったようだ。


「かわいいですか!?」


 続いて、こりないフィルがまたくだらない質問をする。

 ……こいつは、他の女子の軽蔑したような眼差しに気付いていないのだろうか。


「それは……見てのお楽しみだ」


 つまらなそうな顔から一転、なにかいたずらを思いついたような顔に変わった担任、バッシュ・フラストが楽しげに、さきほど自分が言ったのと同じように(もっとも表情だけは正反対に)答える。


 この男、以前は宮廷魔法士だったらしいが、今年からこの学園の教師になった……らしい。

 自分は昨日初めて会ったのだが、会っていきなり『おう、お前がディレイド家のボンボンか? 新学年の初っ端から一週間の遅刻なんてなかなかやるじゃねえか!』と言われたのには、驚きを通り越して『この人が教師でいいのか?』と心配になったものだ。


 帰りのホームルームの時は、なにやら緊急の会議とやらでいなかったのだが……自分の第一印象としては、やはり“変人”の二単語がしっくりきた。

 もしくは“喰えない男”といったところだろうか。


(てか、平民の上にこの性格で、よくいきなり上級クラスの担任を任されたもんだと思ったけど、生徒には懐かれてるんだな)


「ふふん。まあ、お前たちの驚く顔が見れればそれでいいか」


 そう言って目を細めたフラスト……先生は、ドアの向こうにいる人物に呼びかける。


「おーい! 入ってこい!」



 教室の入り口に全員が注目する。


 そして、ドアから現れたその人物に姿に、全員が息を呑んだ。


(そりゃ、驚くよな)


 自分も最初は驚いた。危機的状況にありながら、その姿を見ただけであらゆる思考が吹っ飛んだものだ。いや、むしろ『ここ天国?』と自分の生を確かめるほどの衝撃だった、と言うべきか。

 

 ……それこそ、あの時攻撃されてたら死んでいたかもしれない。

 だから今のクラスの状況を見ても、ある程度納得できる。現に一昨日から見慣れている自分でさえ、いまだその姿から目が離せないのだ。


 つややかな黒髪をなびかせ壇上まであがった少女は、そこにいる全員の視線をものともせずに、堂々と前を見据えていた。


 その顔を正面から見ても、いまだに気持ちが高鳴るばかりで、どこか現実感が感じられない。


 極上の黒髪に映えるような白い肌。顔のパーツはそれぞれ完璧に配置され、その輝く瞳を引き立たせている。

 アメジストのような瞳は……まるで伝説に詠われる聖女のように、神秘的で強い意志を内包していた。

その不思議な引力を持つ瞳に、誰もが囚われている。


“神のつくった芸術品”


 そう言われれば信じてしまいそうなほど、その存在は浮世離れしていたのだ。


「………」


 教室は水を打ったようにシンと静まりかえっていた。

 ただ一人、自分たちの担任だけは満足したように意地の悪い笑みを浮かべていたのだが……結局誰もそれに気付くことはなかった。



 夢見心地のように空気がまどろむ。


 それが永遠に続くとさえ思われたその時。少女から発せられた言葉によって、ついにその幻想が破られた。



「アリア……セレスティ、だ。属性は火と闇で、特技は魔物狩り、だ。……と、とにかくよろしく頼む」




 ……内容と口調は勇ましいが、その話し方と目線のさまよい具合から、どこか焦っているのがわかる。


(古風かつ男口調なのは相変わらずだけど……もしかして緊張してんのか?)


 教室に入ってきた時の堂々とした姿とは打って変わって、少々表情がかたい。

 そういえばアリアは森で暮らしていたのだし、こういった大勢の前で話すのは初めてなのかもしれない。それなら納得だ。


(でも、魔物狩りって……冗談を言ってるわけじゃないことはわかるけど…)


 多分自分以外の人間には冗談にしか聞こえないだろう。

 現に自分もあの勇士を見ていなかったら、こんなか弱そうな少女が魔物を狩る姿など、とても想像できなかった。




 ………だが、そういった些細な事よりも、自分の与えた家名を名乗ってくれたことが何よりもうれしかった。

 周りの人間に自慢したくなるような…そんな優越感を感じた。自然と唇が笑みの形になるのを止められない。



 そして気付けばさきほどの冗談(?)のせいもあって、クラスの雰囲気はかなり和らいだものになっていた。その中でいち早く復活し、いの一番に馬鹿な質問をしたのは……ある意味予想通りの男だった。

 

「しつもぉぉーん! 現在特定のお相手はいますか!?」


 フィルのその質問にクラス中の男が喰いつく。かくいう自分もなぜかその一人だった。


(いや、これは別にそういう意味じゃなくて! お、俺はアリアの保護者みたいなもんだし……他の男をよりつかせない義務があるというか)


 自分でも意味不明な言い訳をしているのはわかっていたが……まあ、そんなことはどうでもいい。今はアリアのことだ。


「特定の……相手?」


 しかし、どうやらその本人はいまいち質問の意味がわかっていないようだった。


「あーつまり、パートナーはいるか?ってことだよ」


 ニヤニヤしたフラスト先生が、意外にも大人らしい柔らかい表現を使って説明する。


 どうやらそれに納得したらしいアリアは、固唾を飲んで見守る男たちの前に、ためらいもなく爆弾を落とした。


「ああ、そういうことか……いるぞ。それがどうかしたか?」


 その言葉を聞いた瞬間、教室が阿鼻叫喚の嵐に包まれた。

 男子は絶望したように頭を抱え、逆に女子は「キャー」と両手で頬をおさえて興奮している。本当に女子はこういった話題が好きだ。

 もちろんこの場合、自分たちの強力なライバルがすでに戦線を離脱していることに対する安心もあったのだろうが。


(……いやいやいや、そんなことより! 聞いてないぞ!?)


 聞いてないというよりは、むしろ想像していなかった。流れに乗って他の男子と同じ行動をしてしまったが、そもそも自分はアリアの事情を知っている。


 森でずっと暮らしていたアリアに恋人ができるわけがないのだ。


(そう、唯一アリアのそばにいたのは、使い魔のキラだけのようだっ…)


 そこまで考えて、ある恐ろしい仮説が、頭の中に浮かんだ。


(いや、だけど、そんな馬鹿なことはあり…………えそうだ)


 自分はここまでの道中で、あの少女のすさまじい天然ボケぶりをいくつも見てきたのだ。

 今までの会話の流れを思い返してみても……うん。パートナー=相棒=キラという方程式が成り立ったのは間違いなさそうだ。


 安堵と呆れの二つの意味で、そっと溜息をつく。


 それにしても、森で隔絶して生きてきたということは、ここまで恐ろしい誤解を生むものなのか。


(今後のアリアの常識教育計画の教訓にしよう)


 そう心に誓った。今回については……いい男よけになったから良しとしよう。


 そして、そのお騒がせな少女はというと……なにやら教室のあちこちで騒いでいる生徒の様子に困惑しているようだった。

 おそらく『自分は変なことでも言ったのだろうか?』とか考えているのだろう。

 ……まあ、間違ってはないが、今回は教えなくてもいいだろう。


 苦笑しながら少女の困った顔を眺めていると、不意にその紫の双眸と目があった。自分の顔を見た瞬間、パッと顔をほころばせたその変化に、また優越感を感じる。


(こういう気持ちをなんていうんだろう)


 優越感……いや、もしかして独占欲?

 彼女の目を見ながらそんなとりとめもないことを考える。


 だが、もう少しで答えがわかると思った瞬間、今度はアリアの顔が驚愕のものへと変わった。


そして、騒がしい教室内において、他の誰よりも大きな声でこう叫んだのだ。


「アスト王子!?」


 ………その視線の先を追うと、どうやら自分の横の席の人間に向けられていたようだった。


 自分の幼馴染であり学校一の魔力の持ち主でもある人物のもとへ。



 この国の第二王子である、レストシア・クライス・ハインレンスのもとへ。



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