第9話「大騒ぎ」
「あのー……」
いまだ意識を飛ばしている試験官2人組を振り向く。
しかし、そこまで言ったはいいが、一体どう切り出せばいいのだろう。
『結界を壊してすみませんでした』それとも、『ちょっと加減を間違えてしまいました』か?
そうして悩んでると、試験官の男性が茫然とした様子でつぶやいた。
「こ、古代魔法……」
「こだいまほう?」
こだい……古代、の魔法。
古代といえば、古代ヴィシア式魔術のことかと思うが……先ほど自分が使ったのは、あくまで普通の魔法のはずだ。
(わけがわからん)
「あ、あ、あなたそれをどこで習得したの!?」
眼鏡の女性が口をワナワナさせながら尋ねてくる。
「も、森で独学で、ですが?」
「信じられない! 古代魔法は威力はすごいけど、コントロールが難しい上に魔力消費量が甚大で、ほとんど使い手がいないのよ! それこそ世界でも数人よ!」
「そう、ですか……」
コントロールが難しいもなにも、コントロールをつけるための詠唱をわざわざしたのに、それでもまだ難しいというのか。
しかし、魔力消費量が大きいというのは少し納得だ。
だからすぐに魔力切れになるのか……あくまで現代の基準の話だろうが。
(いや、そもそも古代魔法とはなんなのだ?)
その疑問に答えるように、キラがそっと耳打ちしてきた。
「ご主人様、もしかして300年前は普通に使っていた魔法のことを、今では“古代魔法”と呼ぶんじゃないですか?」
「……ああ、なるほど。偉いぞキラ」
つまりはそういうことなのだろう。
(……全く時の流れとは無情だな)
キラの頭を撫でながらそんな現実逃避をしていると、一人の男性がものすごい勢いでこちらに駆けてきた。
白いローブを着ているから、おそらくさきほどの上級クラスの担任の一人なのだろうが……まだ若いその人は、自分の前まで来ると、そのままの勢いでガシっと肩を掴んできた。
地味に痛いのだが……その目がまるで獲物を狙う野生の獣のようにギラギラしていて、結局なにも言えない。
こちらがその気迫に圧倒されていることに気づいていないのだろう……その人は興奮した面持ちで捲し立ててきた。
「君、今の古代魔法だよね!? どうやって習得したの!? 習得した時の文献は!?」
「え? えー、ぶ、文献は……住んでいた家が火事になり、その時全て焼失してしまった、です」
勢いに押されておかしな敬語になってしまったが、男性教諭はそれにも気付かず「あぁぁぁー!」と言って頭を抱えてしまった。
その絶望したような顔を見ていると、多少申し訳なく思えてくる。
しかしなぜ文献? 現代ではそんなに貴重なものなのだろうか。
「あー、すいませんね。彼は古代魔法を研究していまして。ほら、クルト君しっかりしたまえ」
ようやく復活したらしい試験官の中年男性がクルドと呼んだ青年の肩をたたいた。
「私は少し学園長に相談してくるよ。バーステン君、後のことは任せたよ」
そう言って校舎の方へ小走りで駆けて行った。あの歳で走るのはきついだろうに。
……というか、彼は学園長と言わなかったか?
(話が大きくなっている)
なんだか嫌な予感がした。
隣のキラは……すでになにかをあきらめた表情をしている。
一方男性試験官の後ろ姿見送っていた若い男性教諭は、ふと何かに気付いたように顎に手をかけた。
「……いや、待てよ。たとえ文献がなくても、今ここに生きた知識の持ち主が-ー」
そう言ってこちらをギョロリと見てくる。……正直かなり怖い。
「エリザ。状況から察するに、彼女は編入試験を受けに来たんだよな?」
「ええ、そうよ」
それを聞くと同時に、彼はまたすごい勢いで駆けだした。先ほどの男性試験官が向かった方向に。
「カイルス先生! 待ってください僕も行きます! 必ずやか……を僕のク…スに!」
最後のあたりはよく聞こえなかったが、どう考えても不吉な想像しかできない。
(あの人のクラスにだけは入りたくない)
「え、えーと……じゃあ、気を取り直して、最後の試験に行きましょうか!」
眼鏡の女性試験官が明るい口調で話すものも、もはや自分の心は晴れ間の見えない曇天の空のようだった。
「はぁ……最後はなんですか?」
できればこれ以上の心労は避けたいところだ。
「最後は筆記よ。まあ一般常識と基礎的な魔法知識とかだから安心して」
「………」
全く安心できなかった。
最後の最後で超弩級の難関が来た。しかも今の自分に一番足りないものだ。
(……おわった)
死刑台に赴くような気持ちで女性試験官の後をついていく。
だから気付くことはなかった。
周りの学生たちがずっと彼女を見つめていたことを……
姿が見えなくなると同時に、彼らがものすごい勢いで先ほどの感想を語り合っていたことを……
さらには、様々な尾ひれのついた自分の噂が、すぐに学園中に広まったことを……