第7話「編入試験」
夢も見ないほど深い眠りにつき目覚めたその日は、まさしく新しい人生の門出にふさわしい日だった。
(今日は朝から調子がいいな)
どうやら身体も回復してきたらしく、だるさもほとんどなくなった。
外を見ると……今日も快晴のようだ。小鳥の楽しそうな歌声が聞こえる、なんとも良い朝である。
ただ、相変わらずキラの寝相だけは悪かったが。
この広いベッドで一体どういう寝方をすれば、あんな端っこまで転がることができるのか。
朝から豪勢な食事をとったあと、使用人全員で「いってらっしゃいませ」とお辞儀をされて送りだされた。その間を歩くのは…なかなか勇気が必要だった。
ちなみに「いつもこんなことをしているのか?」とライルに訊くと、「今日は特別。アリアたちがいるし、それに俺、普段は寮の方に泊ってるから」とかえってきた。
学園には遠方から来る人もいるため、格安の寮が完備されているらしい。
別にライルの場合、無理にそこに住む必要もないのだが、「その方がなんかおもしろそうだろ。それに親友も寮に住んでるからな」とのことだ。
今日からは自分もその寮でお世話になる……予定である。
格安の上に、奨学金制度もあるため無一文の自分でもなんとかなるらしいが、そのためにはまず編入試験に受からなければならない。
ちなみに優秀な成績で編入すれば、授業料半額などの特典がつく、特待生制度もあるらしい。
(気合いを入れていかなければ)
そうして、今は黒いローブを身にまとったライルとともに、学園への道に向かっている途中だ。
なにやらクラスによって着る色が違うらしく、その真新しい黒のローブは、上級クラスの証らしい。ライルは(失礼だが)意外と優秀なのだろう。
(できることならライルと同じクラスに入りたいな……)
やはりその方が自分もいろいろと安心できる。
昨日からのつきあいだが、ライルとはずいぶん気が合うし…なにより一緒にいて楽だ。
森の設定はともかくとしても、自分が世間に疎いという事情も知っているし、世話好きのいいやつだと思う。
そんなことを考えていると、噂をすれば……というのは少し意味が違うが、ちょうどいいタイミングでライルが声を発した。
「そーいやアリアって家名なんなんだ? 紹介状書くとき必要になんだけど」
「家名、は……ない」
正確に言えば、昔はあったが今はない。
その昔の家名を復活させるつもりもない。
自分に……両親や妹と同じ家名を名乗る資格はないと思っている。
「へ? そんなことってあるのか……えと、失礼かもしんないけど両親は?」
「両親もいない。孤児だった私を森に住んでいた老人が拾ったんだ。その老人もすぐに死んだがな」
これは教訓を踏まえて昨日のうちに作っておいた“設定”だった。
「そ、そうか悪いこときいたな……」
若草色の瞳を伏せて、申し訳なさそうにしているライルの様子に、少々良心が痛む。
しかし、まさか真実はもっと悲惨だとは思うまい。
もちろんそんなことは知る由もないライルは、仕切りなおすように明るい口調で提案してきた。
「じゃあ俺がつけてやるよ! なにがいいかなぁー…うん、“セレスティ”なんてどうだ?」
「まあ、別にいいが……ちなみに“セレスティ”ってどういう意味だ?」
なにやら勝手に話が進んでしまったが、別に不満があるわけではない。
これから家名が必要になるなら、つけてもらった方がいいだろう。
もとより自分にはよくわからないものだして。ただ、その意味だけは気になった。
「異国の言葉で“可憐な人”って意味さ。アリアにぴったりだろ」
「コラ、口説くな!!」
またもやキラが抗議する。
なにもそこまで過剰反応することではないと思うのだが……
そして、結局昨日と同じパターンが繰り返されることとなった。
「はいはい、後でお菓子いっぱい買ってやるからなー」
「ほんとう!? 今度は端から端までいい!?」
「コラ、甘やかすな!!」
――ギャーギャー騒ぎながら歩く3人は、周りの人が微笑ましそうにその様子を見ていることに気付かなかった。
ライルの屋敷から40分ほど歩いたところに“それ”はあった。
“学園”。正式名称ハインレンス王立魔法学園は、思っていた以上の規模だった。
それこそ王城と同じくらいの広大な面積の敷地には、大小さまざまな建物……授業棟だけでなく、研究棟や訓練場、食堂から寮までありとあらゆるものがあった。
今現在おおよそ600人の生徒と、100人以上の教職員および研究者を抱えるこの学園は、その270年以上の長い歴史と、輩出される魔法士が総じて優秀なことから大陸でも非常に高い評価を得ている……らしい。
その上、一定以上の魔力さえあれば身分に関係なくだれでも入学することができるため、最低入学条件の12歳以上を満たした老若男女が身分に関わらず机を並べて勉強する……というなんとも珍しい光景が見れる学園としても有名だそうだ。
一応6年制のようで、クラスはそれぞれレベルによって2年ごとに区切られた下級、中級、上級が存在する。
始めはみな下級から始めるのだが、そのクラスが終了した時点で一応卒業することが可能である。
これは才能や体内魔力量に応じてどのクラスまでいけるかが決まるという意味で、具体例をあげるなら―
【1、2年下級クラス】……基礎魔法とコントロールの方法を学ぶクラス。あまり魔力のない庶民や商人の多くはここらへんで卒業し、その魔法レベルもせいぜい生活に役立てる程度。青いローブを着ている。
【3,4年中級クラス】……基礎魔法以外の中級魔法と、それぞれの特性にあった魔法を見つけて学ぶクラス。傭兵・騎士・魔具士など魔法を補助で使う職業を目指す者、もしくはある程度の魔力量しか持たない者はここで卒業する。赤いローブを着ている。
【5,6年上級クラス】……上級魔法と、自分の特性にあった魔法などを専門的に学ぶクラス。才能を持つ者、将来専門的に魔法を扱う者、研究したりする者が集まる。ちなみに貴族が多かったりする。黒いローブを着ている。
この体制を維持している以上、当然だが上のクラスになるほど人数は少なくなり、約600人いる生徒は下から6:3:1程度の割合になるらしい。
と、こんなところだ。
もっとも全て、今見ているパンフレットとライルによる補足で知った内容だが。
『そもそも基礎魔法ってなんだ?』などという、よくわからないところがあるものの、これで大体の概要はつかめた。
そんなことをしているうちに、いつのまにか試験会場に着いたらしい。
昨日から連絡は云っていたらしく、ライルが受付らしき人物に紹介状を見せた後、すぐに試験が始められるようだった。
「じゃあアリア頑張れよ。お前ならきっと中級以上にいけるはずだ!! 学園で待ってるからな!」
そう言い残しライルは自分の受ける上級クラスの学科へと行ってしまった。
少し不安になるものの、そんな自分を見かねたキラが声をかけてくれる。
「ご主人様、頑張りましょうね!!」
「ああ、そうだな」
(そうだ、これからの人生がかかっているのだからな……全力を尽くそう)
そうして決意を固めていると、人の良さそうな中年の男性と、眼鏡をかけた若い女性の2人組がやってきた。
2人とも白いローブを着ている。おそらくこれが教員の証なのだろう。
「アリア・セレスティさんですね。今回の試験の担当官を務めるディーン・カイルスです」
「同じくエリザ・リーン・バーステンよ」
「アリアです。こちらはキラ。今日はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「もう使い魔……それも神族の使い魔がいるなんてすごいわね」
眼鏡の女性が感心したようにキラを見る。
一瞬なんでわかったのだろうと思ったが、彼女が左手に持っている書類で納得した。
おそらくライルが紹介状の中で書いたんだろう。
こちらもいちいち危ない説明をする手間が省けて助かる。
「ふふ、これは期待できそうですね。ではまず始めに体内魔力量を調べますね。ついて来てください」
そして男性の先導で、なにやら机の上に見たこともない装置が置かれた部屋に案内された。
手のひらの印がかかれている台と、そこから線のようなものでつながれた…なにやら数字のようなものがみえる、装置である。
「なんですか、これ?」
「おや、ご存じないですか? こちらに手のマークがあるでしょう。そこに手を置けば、機械があなたの体内にある魔力の量を自動で計測してくれるのですよ。ちなみに今日はまだ魔法は使用していませんね?」
「え、ええ、まあ……」
(おもしろい装置だが……これはまずい)
300年間の技術進歩に感心すると同時に、危機感が込み上げてくる。
封印のせいで今の自分の魔力量は今かなり低いはずである。
300年前の話ではあるが、“化け物”と呼ばれるほどあったそれは、果たして今現在どれほど残っているのか、そしてそれは合格基準に達するのか……正直ものすごく不安である。
「はい、ではここに手を置いて3分ほどジッとしててくださいね」
しかし無情にも時は待ってはくれない。諦めて手を置く。
(もしこれで駄目だったら……)
数週間もしくは数ヵ月後、魔力が完全に回復してからもう一度受けさせてはくれないだろうか。
……いや、それ以前にそれまで私は生きているのだろうか。
死刑判決を待つような気持ちであれこれ考えていると、3分というは異常に長く感じられた。隣でキラも固唾をのんで見守っている。
「はい、計測終了ですね。………っえ?」
3分が経って、装置を見た眼鏡の女性が驚いたような声をあげる。
(……やっぱり駄目だったか)
これからどうすればいいのだろうか。
いや、それよりも、このままではせっかくここまでしてくれたライルに申し訳が立たない。
なんとかしなければ……
「あの! できれば後でもうい--」
「すごい!!」
「……はい?」
同じように装置を見た男性も感心したようにつぶやく。
「今まで長いこと人の魔力量を見てきましたが、ここまで多い人はなかなかいませんでしたよ。宮廷魔術士並みですね」
「……………そう、ですか」
「よかったですね、ご主人様!!」
キラがうれしくて仕方ないといった表情でこちらを見上げてきた。
(喜ぶべきこと、だよな?)
あの心配はなんだったのだろう。なぜか損をした気分になった。
だが、逆にこれでよかったとも思う。
どうやら自分の“化け物”ぶりはこの時代でも通用するようだ。
(満杯の時に測らなくてよかった……)
心からそう思った。