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第6話「貴族」

「………」


「い、いや、いきなりそうだって言ったら嫌われるかと思ってさ! 貴族を嫌う人も多いし、アリアには……まず自分自身を見てもらいたかったんだ!」


 平民の家とはあきらかに違う、おそらく貴族街と言われる中でも一層立派な屋敷の前に自分たちはいた。


 ライルは慌てているが、大体予想はしていたのだ。


 一方でキラは気付いていなかったのか、若干警戒の眼差しで尋ねる。


「なんで貴族のお坊ちゃんが、従者もつけずにあんなとこにいたんですか?」


 かなり無愛想ではあるが、これでもまだいいほうだ。

 キラはある意味自分以上の貴族嫌いで、以前は貴族に会えばその存在をきれいに無視していた。


 ……きっとお菓子を買ってもらった恩があるからだろう。


 だがライルの方はキラの態度がいきなり変わったことに、少し焦ったようだ。


「だ、だって、従者つけて狭い馬車で長時間過ごすなんて……暇すぎるだろ。まあ、立ち話もなんだしとりあえず入ってくれよ」



 愛馬を門番に預けてライルは自らその立派な門戸を開く。

 その後に続き、いまだ渋るキラとともにその立派な玄関をくぐる。


 ここまで来て帰るのはなんだし、もとより貴族だったからといって今更どうこうするつもりもなかった。

 ライルが『自分を見てほしい』と言ったように、私もライル自身を見ようと決めたのだ。


 そして、決意を固めたその目に最初に飛び込んできたのは――


「げっ」


「どうしたんだ? ああ、あの肖像画か? まあ、有名だもんなー」



 すごく見覚えのある顔を背景に、ライルは苦笑しながら言う。


「あらためて自己紹介するよ。俺はライラック・ユア・ディレイド。一応ディレイド公爵家の長男をしている」


「………」


(………あの極悪宰相の、子孫? ライルが……あの?)



 視線を向けるとヘラっと笑う青年。


 それと彼の後ろに描かれている自分の殺したい人間トップ1である男の顔を見比べる。



 ……一体何の冗談だ。隣でキラも口をあんぐり開けて驚いている。


(しかし、なんというか……奇跡としかいいようがないな)


 一体なにがどうなればあの性悪の子孫がこんな人間になれるのだろうか。


 いや、もしかしたら300年のうちに血が薄まったのかもしれない。


 そういえばあの愚王とアスト王子も親子だったのだし、ありえないことではないだろう。


しかし――

(世間はなんと狭いというか)


 とりあえず眠っている間に没落していなくて良かったとは思う。

 でなければライルに会うことはできなかったのだから。



 ……たしかに驚きはしたが、やはりこれまでの彼の人柄を見れば、あの極悪人の子孫だからという理由だけで嫌いになることはできなかった。


「でもいくら聖女を見出した有名人だからって、なにもこんなでかでかと肖像画飾ることはないよなぁ。…それにここだけの話だけど、俺この人の顔あんまり好きじゃないんだよ。なんか性格悪そうじゃね?」


「同感だ」


 間髪入れず同意する。

 それについては、まったくもって同感だった。ライルとは気が合いそうである。


「そっか! アリアもそう思うんだな。よかったー、家族はだれも同意してくれなくてさぁ。『この罰あたりめ!』って怒られるんだよ」



 確かになんらかの罰(という名の報復)はありそうな気がする。

 だが、どうせ相手は死人だ。そんなものは地獄に行ってから考えればいい。


(いや、ライルは天国か……)


 自分は行けそうにない。行くにはあまりにも……殺しすぎた。

 そんな馬鹿なことを考えてしまう自分に辟易してしまう。


「それに俺聖女についてもあんまり信じてないんだよなぁ。あ、気悪くしたらごめん」


「いや、気にしなくていい。ところでどうしてそう思うんだ?」


これはぜひともうかがいたい。目覚めてから初めての聖女否定論だ。


「いや、なんていうかさ……あの伝承、あんまりにも都合がよすぎるっていうか。それに、俺の幼馴染で聖女に過度の妄想抱いてるやつがいてさぁ。そいつの話を聞いてたら『そりゃないだろう』って気持ちになっちゃったんだよ」


「ふむ、そうか」



 その気持ちはぜひ大事にして欲しいところである。それにしてもほんとにライルとは気が合いそうだ。


「坊ちゃま、お帰りなさいませ。そちらの方々は?」


 ライルが同士を得てうれしそうにしていると、いかにも執事、といった風な初老の男性が丁寧な口調で尋ねてきた。


「ああ、道中魔物に襲われていたところを助けてくれた命の恩人だ。手厚くもてなしてくれ」


「なんと! お怪我はありませんでしたか!? だからあれほど従者をつけてくださいと常日頃から申しておりますのに……!」


 心配そうな顔をした初老の男性は、今度はこちらを向いて深々と腰を折る。


「お二方とも、坊ちゃまを助けて頂き本当にありがとうございます。私当家の執事を務めております、ベン・ハミルトンと申します。本日は使用人一同、感謝を込めて誠心誠意おもてなしさせていただきます」


 白髪をきれいにセットし、ビシッとスーツを着こなした老執事は、懇切丁寧にそう述べた。


「あ、ああ、こちらこそよろしく頼む。私はアリア、こっちはキラだ」


 今までこんな風に人に接せられたことなどない。

 ついつい恐縮してしまう。


 その後、なんとも豪華な夕食を御馳走になった。

 いまだかつて食べたことのない高級食材が出てきて、心底驚いたものだ。

 こんなに緊張した食事も、初めてだった。


 そして、食事をしながら思ったことは、この屋敷で働いている者はメイドから下男までみな、本当に親切で生き生きとしていることだ。


 仕える人間と同じく性根の良い人間が集まっているのだろう。

 王宮のプライドばかり高い侍女とは大違いだった。


(……しかし、少し警戒心が足りないんじゃないか?)


 そこあたりも主に似てしまったのか。

 いくら命の恩人として紹介されたからといって、どこの馬の骨ともわからぬ人間をここまで丁寧にもてなすなんて……正直もう少し危機感を持った方がいいと思う。



 という助言を先ほどの執事にしたところ『我々は坊ちゃんの目を信じてますから。それに、危険人物は自分からそんなことは言いませんよ』と笑われてしまった。


……たしかにその通りだった。




 食事を終えて、湯浴みも済ませ(メイドが手伝おうとしてきたが、謹んでお断りした)、やっと本日の寝床に案内される。

 さすがは公爵家といったところか。これまたなんとも広くて豪華な部屋だった。



 だが、これでも王都にあるのは別邸で、本邸は昨日までいた領地のほうにあるらしい。

 そこではライルの両親や弟妹たちが暮らしており、本当はもっと早くこちらに戻ってくる予定だったが、引きとめられてしまい今に至るそうだ。


 趣味のいい調度品に触れながら、さきほど聞いた明日の予定を反芻する。


 ライルは明日から学校がある(というか新学期は既に始まっている)らしく、そこへ自分も一緒に連れて行ってくれるらしい。


 入学試験の時期はとっくに過ぎているので、自分は編入試験を受けることになった。

ライルは『まあ、詠唱破棄とか精霊魔法とか使えるなら楽勝だろ!』と言ってくれたが、やはり魔力がまだあまり回復してない。そこだけが心配だ。


(……そうだ、今訊くか)


 学校といえば、一つ思い出したことがあった。


「キラ」


「はぁい、なんですか~?」


 天蓋つきのふかふかベッドで遊んでいるキラに話かける。

 夕食で例のお菓子を食べたせいか、それともどんなに寝相が悪くても落ちることはまずなさそうな広大なベッドのせいか……ひどくご満悦の様子だ。


 ちなみにライルには『部屋分けたほうがいんじゃないか?』と言われたが、『いつも一緒に寝ていたし、もう一つ部屋を用意させるのも悪い』といって遠慮した。


 別に嘘は言ってない。

 300年そばで寝てたのは事実だ。



―それより

「契約のことなん--」

「嫌です!!」



まだ最後まで言ってないのにキラが拒否する。


「いや、別に天界に還そうというわけではなく、その……本契約を結ばないか?」


「それも嫌です!」




「…………えーと、なんでだ?」


(というかそこまで全力で拒否されると、さすがに傷つくのだが)


 本契約は仮契約のような一時的なつきあいではない。それこそどちらかが死ぬまで、一生もののつながりができる。


 だが一生とは言っても、そもそも聖獣や神族にとって、人の一生など微々たるものだ。

 彼らの寿命は何千年ともいわれており、その長い生の中で退屈しのぎに人間と契約を交わすものも多い。


 契約を交わすと、聖獣や神族は主に従うことになるが、代わりに主から魔力をもらうことができるようになる。


(300年ずっと待っていてくれたキラに自分が返せるものといったら、これくらいしか思いつかなかったのだが)


「だってご主人様はすぐ無理するじゃないですか! 僕はご主人様をないがしろにするような命令なんて絶対聞きたくありません!」



 確かに本契約では、聖獣や神族は主と主従契約を結び、基本的にはその命令に絶対的に支配される。

 つまり主のどんな命令にも逆らうことはできなくなるのだ。


「それに契約を結んだら、ずっとそばにいることはできませんし……」



 これも一理ある。契約を結んだ相手は、主の魔力をもらって地界に顕現するから、魔力が尽きれば強制的に天界に送還されることになる。

 以前はともかく、今の自分では長い間キラを留めておくことはできないだろう。


「だが……それではお前がつらくないか?」


 聖獣や神族は本来天界の豊富なマナを吸収して生きる生物なのだ。

 彼らが召喚に応じるのは、一時のこととはいえ人間から魔力をもらう方がはるかに効率がいいから、という理由もある。

 つまりなにが言いたいのかというと、普段の地界のマナは彼らにとって物足りないのだ。神族クラスにもなるとなおさらだろう。


 ちなみに魔力とマナは基本的に同じものを指すが、生物に宿る場合は魔力、自然界にある場合はマナ、と呼び分けられることもある。


「大丈夫です! 300年間、あの洞窟で純度の高い闇のマナを吸収してきましたから、魔力の問題はありません。それに本来のご主人様の魔力はとてつもなく大きくて、いつも身体からはみだしているんですよ。それを吸収すれば特に契約をする必要はないんです。ご主人様の魔力が完全に回復するまでだったら、今まで溜めてきた分で大丈夫だし……何より回復するまでそばでご主人様を守る人がいないと駄目でしょう?」


 そこまで言われてしまっては、こちらも無理に契約を持ちかける気にはなれない。


(まあ、そばにいてくれるんだったらいいか)


「わかったよ。お前がそれでいいなら、もう私からは何も言わない。さあ、明日も早いしそろそろ寝るか」



 別に無理に契約で結び付ける必要などないのだ。

 したくなったらあっちの方から言ってくるだろうし、今はこの状態でお互い満足しているということだろう。


 なによりキラがそうしたいというのなら、そのとおりにしてやろうと誓ったのだ。

 それが……自分を孤独という闇から救ってくれたキラへの、せめてもの恩返しだと思っている。



 そうしてどこかホッとしているキラの横に寝転がる。


 明日からのことを少し考えようと思ったのだが、移動で疲れていたこともあったのだろう……その日はすぐに眠りにつくことができた。



――そして、悪夢をみることもなかった。



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