第5話「王都」
自分はおぼろげながら300年前の王都を知ってるし、ポーラの街も見てきたことから今度は比較ができるはず、なのだが……
「………………大きい」
結局またでてきたのは、そんな残念な感想だった。自分の語彙力のなさに絶望する。
「そうだろう、そうだろう」
そしてどこかで聞いたような会話を、今度はライルと繰り返す。
やはりどこか自慢げに胸を張っているのが気になるが、その気持ちもわからなくはない。
王都は、本当に大きかった。
ポーラの街の10倍はあろうかという広大な面積を要する土地には、これまた大小様々な家屋が並んでいる。色彩豊かな衣装を身にまとった人々は談笑しながらあたりをいきかい、大道芸人は道で各々自慢の芸を披露してそれに花を添える。
(ポーラの街も活気があるとは思ったが、これは……)
その比ではない。おぼろげな記憶ながら、300年前よりもはるかに発展しているのがよくわかった。時刻は既に夕方を過ぎようかといったところなのに、いまだ人の流れは絶えることがない。
背後を険しい山脈に守られたハインレンス王国王都ヴィシアンテ。古代ヴィシア王国をその名の由来としたいまや大陸屈指の大国の首都は、その名に恥じないたたずまいだった。王城を最奥にして、道を放射線状に広げるその都は、歴史と伝統のかげを残しながらも新しい文化とうまく融合している。混沌ではなく調和、まさしくその見本になるにふさわしい景観だった。
目を細めて、遠目に見える王城を観察する。
自分が唯一よく知っているその建物も、以前とは様相を異にしていた。
(石造りの頑丈そうな建物だったから、300年の歳月でも大丈夫だと思っていたが……)
本城の方は随分と外観が変わっているようだ。
なんといっても真っ白…前は灰色だったそれは、今やいやらしいくらいの純白だった。微妙に悪趣味な気がする。
しかも―
(あの忌々しい塔は健在か……)
王城の敷地の端につくられた高い塔。
あれだけ残っているとは一体なんの皮肉だろうか。
「ほら、いつまでボーとしてんだ? キラなんてもう先にいっちまったぞ」
ライルが思考に沈む自分を引き上げる。そういえば確かにキラの姿が見えない。
今日中に着くためにここまでけっこう飛ばしてきたから、てっきり隣でバテてるかと思ったが……
ライルの後に従い、門を抜けて少しすると……なにやらショーウインドに顔をひっつけて店内を凝視しているキラを見つけた。
「うわぁ~これが王都にしか売ってないと言われている“聖女の祝福”かぁ」
うっとりするような声。その視線の先には、色とりどりのお菓子が並んでいる。
「あー、こっちはあの有名な“アリアの涙”! これ一度食べてみたかったんだよなぁ」
ヨダレを垂らし興奮した面持ちで語るその様は、まさしく狂喜という言葉がふさわしい。もし獣型だったら、きっとその尻尾ははちきれんばかりに動いていたことだろう。
中にいる店員が迷惑そうな顔をしているのは……おそらく気のせいではない。
だが迷惑を受けているのはむしろこちらの方だ。
(なぜ人の名前を使って勝手に菓子をつくってるんだ)
こんな生活に密着したところでも自分の名前が浸透(しかもかなり恥ずかしい形で)しているなんて……これからも一生こんな気持ちを味わわなければならないのだろうか。
――にしても
(まさか王都に行きたいと言ってたのは……)
キラの顔を見て……やはり考えるのをやめた。むなしすぎる。
それにどこでも好きなところへと言ったのは自分だ。
きっとお菓子好きのキラはずっと我慢していたのだろう。そう思うことにした。
「あっ、あの約束覚えてるよね!? ちゃんと買ってくれるよね!?」
こちらに気付いたキラがライルに詰め寄る。
「はいはい、覚えてるよ。ほら、どれが食べたいんだ?」
「えっと……じゃ、じゃあ、こっからここまでぜ--!」
「2個までだ」
そう言った自分にキラが泣きそうな目で抗議してくる。
だがそんな目をしても無駄だ。甘やかすのは教育に良くない。
「くっ……だとさ、ほれ選びな」
ライルはそんな自分たちの様子を微笑ましそうに見て、キラの肩を慰めるようにたたいた。
「ご主人様のいじわる! む~、じゃあ今回は“女神の慈愛”と“アリア様のラブラブセット”で!」
(……そのチョイスは私へのあてつけか)
そう思わずにはいられなかった。
しかもこの店は“それ系”の名前のものしか売ってないのか………嫌過ぎる。
お菓子を買ってほくほくのキラと、それを楽しそうに見ているライルを先頭に大通りを歩く。今はライルの家に向かっている途中だ。今日はそこに泊る予定である。
最初は『そこまで面倒をかけるわけには……』と断ったのだが、『だって一文無しなんだろう? それに俺の恩返し計画は始まったばかりなんだぞ!』とわけのわからないことを言われて押し切られた。
(そういえば一文無しってことになってるんだった……)
実はまだキラが持ってきたお金が少しだけ残っているのだが、どちらにせよもう一泊は難しいので、お言葉に甘えることにした。ライルに出会えた自分たちは本当に幸運だ。
「おい! 汚い手で触んじゃねーよ!!」
キラ同様ほくほくして歩く自分の耳に、不意にそんな怒声が入ってきた。
声のした方に視線を送ると、路地裏近くでボロ布を纏った老人と青年が言い争っている。……いや、なにか違う。
「お恵みを……お願いします。もう3日もなにも食べてないんです」
「そんなこと知るかよ! 放せ!」
そう言って青年は、老人の腹を思いっきり蹴った。
体重の軽い老人はバウンドするように壁に激突し、そこで腹を抱えてうずくまる。その間に青年はその場を去り、立ち止まっていた周りの人間も興味が失せたように元の喧騒の中へと戻る……そう、まるでいつものことのように。
「……ライル。あれは?」
「あー、なんていうか、都会にはこういう人がけっこういるんだよ。国もどうにかしようとはしてるんだが……」
苦々しい顔をしたライルが、どこか悔しそうに説明する。
「こういう人、とは?」
「いろんな事情があるが……要するにお金がなかったり、住む場所がなかったりする人は路地裏で生活しているんだ。いわゆる浮浪者ってやつだ」
「浮浪者? だがそういう人間は……その、奴隷になるのではないのか?」
己の胸に手をあて、少し躊躇しながらも尋ねてみる。
少なくとも自分のいた時代はそうであったはずだ。お金がなく生活が苦しい者は、権力者や富裕層の奴隷となり、自由の代りに毎日の暮らしを保証された、はずである。
「奴隷? 一体いつの時代の話をしてんだ。奴隷制度なんてもう何百年も昔に廃止されたろ?」
「そう、なのか?」
「はぁ、ほんとに知らなかったんだな。まあ森育ちじゃ仕方ないか………にしても知識が古すぎないか?」
ライルが呆れたように見ていたが、それは気にとめず、未だ苦しむ老人をじっと見つめる。
(そうか。奴隷は、もういないのか……)
そんなことを思いながら黙って老人に近付き、その腹に手をあて簡単な治癒魔法をかける。ここに来るまでの間、また少し魔力が回復したからこれくらいのことはできた。
急に痛みがなくなり、それどころか疲労感までなくなった老人はひどく驚愕しているようだ。
「あ、あの……?」
そうして戸惑っている老人の手に残りのお金が入っていた袋をそっと握らせ、ライルたちのところへと戻った。
「アリア……その、俺が言えることじゃないとは思うんだが、あまりそういうことはしない方がいい。一度やれば、それこそ際限なく搾り取られるぞ」
気まずそうにライルが言う。
何かをあげたことは知られたようだが、何をあげたかまでは知られてないようだ。
「わかっている……今回だけだ」
自分でも正直どうしてこんな行動にでたのかはよくわからなかった。
以前なら決してしなかっただろう。なにせ自分のことだけで精一杯だったから。
だがなんとなく思うところがあったのも事実だ。
奴隷制度はなくなった。それ自体は良いことなのかもしれない。
だが、その結果貧富の差が拡大した。
(いや貧富どうこうというよりは、持つ者と持たざる者の関係が、か……)
300年前は例え老人の奴隷でも、あんな扱いを受けることはなかったのだ。
魔物による度重なる襲撃で人はどんどん死んでいった。だから奴隷は労働力として重宝されていたし、 そもそも人間同士で傷つけあう暇などなかった。
不自由だがまず飢えることはなかった奴隷と、自由ではあるが今日食べるものにも困る浮浪者。
どちらが幸せなのだろうか……胸に手をあてて考える。
―――結局答えはでなかった。
暗い!!
というか全然話が進みませんね(笑)
ちょっとまとまった時間もできたので、ここらへんでまた連続投稿したいと思ってます。
たぶん3時間に1話くらいのペースで出しますので、よければご覧ください。