第3話「事情」
「そういや紹介し忘れていたな。こいつは俺の愛馬のリースヘェン。美人だろう?」
そう言って見事なたてがみを撫でるその様は、まさしく親ばかのようであった。
しかしそれと同時に、同じ栗色の毛を持ったものが並ぶその姿には、たしかに種族を超えた親愛があるように感じとれた。
リースヘェンという馬のほうも『もっと言って』というように、うれしそうにライルの顔に頬ずりしている。
「ああ、なかなかの器量の持ち主だと見受けられる」
「へへ、ありがとう。……しっかし、困ったなぁ。キラは小さいけれど、さすがに3人乗りはキツイだろうし。でも徒歩じゃ途中で野宿することになっちまうしなあ」
どうやらそこらへんのことを考えてなかったらしい。
(私も人のことは言えないが、あまり後先考えない性格なのか……?)
でもそれについてはいい考えがあるので、心配する必要はない。
「ああ、それな--」
「僕は小さくない! 子ども扱いするな!!」
提案しようとした矢先、キラが私の言葉を遮って、ライルにかみついた。
なぜだかこの青年のことがお気に召さないらしい。
「ああ、悪かったよ。たしかにあんなすごい魔法使えるんだもんな。ほれ、お詫びの印にこれやるから、そう怒んなよ」
ライルは苦笑しながらそう言い、ポケットから飴玉を2個とりだしてキラの口に放り込む。
(まさしく子ども扱いしているようだが)
しかしキラはそれに気付いてないのか………あっけなくその誘惑におちた。
「あはは、リスみてぇ!」
飴玉で両頬を膨らますキラを見て、ライルが爆笑する。
それを見た私も嘆息する。
飴玉2個であっけなく陥落するキラに、保護者として一抹の不安を覚える。
(まさか菓子をくれる人になら誰にでもついて行くんじゃないだろうな)
幸せそうな顔をしているキラを横目に恐ろしい想像をする……どうやら新たな教育が必要なようだ。
「で、話に戻っていいか? さっきの話だが、問題ない。こちらにも足はある」
「ん? そうなのか? 見たところ馬は連れていないようだけど……」
不思議そうな顔をしたライルがあたりをキョロキョロと見回す。
「そりゃ馬じゃないからな。……キラ」
いまだ幸せそうな顔でにんまり頬をおさえている自分の相棒に声をかける。
「え?」
そして、次に発せられる自分の言葉にその顔が凍りついた。
「獣型になれ」
「う、うええぇぇぇ!! ご主人様……まさか!?」
「そのまさかだ。別に、いいだろう?」
そう言いながら先ほどキラの頭を鷲掴みにした方の手をにぎにぎする。
それを恐ろしそうに見たキラは、「あうぅぅ、今回だけですよぉ」と言って、嫌々そうにしながらも漆黒の狼の姿になった。
そこにいたって、一連の出来事を見ていたライルも驚いたように声をあげる。
「うお! キラお前、神族だったのか!? しかも“ご主人様”ってことは……もしかしてアリアの使い魔か!?」
ちなみに馬のリースヘェンも主人と同じく、突然現れた肉食動物に驚いているようだ。
「使い魔? 契約のことか?」
また聞き慣れない単語だ。でもどうせ王都までの付き合いだと思い、今度は遠慮なく訊く。
「そうそれ。姉弟だと思ったら主と使い魔だったなんてなぁ。そういわれてみればキラの瞳は蒼か……てことはあれか? アリアは火と闇の2つの属性を持っているのか?」
(2つ、の属性? ……話についていけない)
属性を持っているとはどういうことだろうか。
聖獣や神族じゃあるまいし、人間に属性を持つも持たないもないはずだが……
疑問に感じたが、ここであまり無知をさらすのもどうかと思い、焦りながらもなんとかごまかすように違うことを答える。
「いや、正式に契約を結んでいるわけではないのだが……」
そう自分で言って思い出す。
(そういえばまだキラと契約を交わしてなかったな)
以前は天界に還されるのが嫌で契約を拒んでいたはずだが……今はどうなのだろうか。あとできいてみよう。
「そうなのか? まあ、確かに使い魔は常に地界に顕現してるものじゃないって聞くしな。……にしても神族を供にしているなんて、アリアはよっぽど優秀な魔法使いなんだな! いったいどこの学園で学んだんだ?」
「学園? いやどこにも入ってないが……」
「へー、じゃあ誰か高名な魔法士に師事したとかか?」
「い、いや、そういうわけでもない」
(まずい、だんだん会話が苦しくなってきた)
「じゃあどうやって魔法を修得したんだ? そもそも出身はどこなんだ?」
次々と繰り出される質問に冷や汗が流れる。
ライルの顔が少しいぶかしげなものに変わるのが、なんとなくわかった。
(しまった。こんなに早く誰かと身の上話をするとは思っていなかったから、そこあたりの“設定”をなにも考えていなかった)
軽い気持ちで同行を許可したことに少し後悔する。
そもそも嘘をつくのもそこまで得意なほうではないのだ。こんな時とっさに嘘八丁並べるようなスキルは、少なくとも今の自分にはない。
ぐるぐる考えどう答えようかと悩んでいるまさにその時、神族らしく天からの助けの声が入った。
「ご主人様は独学で魔法を修得した天才なんですよ! でも、ずっと森の中で住んでいたから世間の事にはすっごく疎いんです!!」
「そうだったのか……たしかに最初の火の魔法も今まで見たことない感じだったしなー。じゃあ、どうして王都に?」
「そ、それは……ある日ご主人様の魔法が暴発して住んでいた家が黒こげになっちゃったんです! おかげで今は一文無しです!!」
(キラ……いくらなんでもそれは)
苦しいのではないだろうか……いや、それ以上にかなり恥ずかしい。
なんだか冷や汗をかきすぎて肌寒くなってきた。
「そうか、それは災難だったな。なら王都には出稼ぎに行くのか?」
(信じた!?)
ずいぶんあっけなく信じたその様子に驚愕する。
実はこの青年も少し普通の人とはずれた感覚を持っているのかもしれない。
(いや、今はずいぶんと平和らしいし……そのせいか?)
自分のいたころは、一人で街の外に出るなど魔物に殺してくれといってるようなものだった。
とにかくこれ幸いと自分も会話に加わる。
これ以上キラに任せていたらとんでもない人物像ができあがってしまう。それだけは阻止せねば。
「ああ、そうなんだ。独学ながら魔法は使えるし、それで生計を立てようと思っている。だが、なにせさっきキラが言ったようにずっと世間と隔絶したところで暮らしてきたからな。一般常識が足りないんだ。よければ道すがらそのへんのことを私に教えてくれないだろうか?」
そう言ってキラの背に乗る。ふわふわした毛が気持ちよく、優しくなでてやる。
この点はキラに感謝せねばならないだろう。これなら多少常識知らずでも、不自然にはならないはずだ。
自分のその姿を見てライルも愛馬に騎乗する。
リースヘェンはまだキラの存在に怖々としているようだが、主になだめられてなんとか慣れたようだった。
「ああ、そういうことならまかせとけ! 王都の一般常識からおすすめデートスポットまで、なんでも教えてやるよ!」
そう言ってこちらに笑いかけてくる。別にデートスポットはいらないのだが……
「ご主人様に変なことを言うな!!」
キラが昨日もしたようにキッとライルを睨みつけている。
……しかし今日は、次の一言であっけなくその溜飲を下げた。
「まあまあ、落ち着けよ。王都に着いたらお菓子買ってやるからさ」
「ほんとう!? どれくらい!?」
そのあまりの変わり身の早さに、さすがに物哀しくなる。
(私は菓子以下か……)
どうやらライルは完全にキラの操作方法を理解したようだった。