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序章「終わりの日」

月の綺麗な夜だった。


戦場には血と肉の焼ける匂いが蔓延し、もはや人か魔のどちらかわからない肉の塊があたり一面に広がっている。

かぎなれた臭いではあるものの、気温の高さと怪我の具合もあいまって、ひどく気分が悪い。


自身の体からは血と汗が混じったものが噴き出し、この命がそう長くはもたないことがいやおうなしにわかる。


そして、そんな自分の後ろには総大将として自国の王子……次期国王がいる。


あの子の未来のためにも、彼だけはなんとしても守らねばならない。


だが――このままでは負ける。


油断していたわけではないが、想像以上の力だった。

さすがは魔王の名を冠するだけはある、といったところか……各国の精鋭を集めた連合軍もほぼ壊滅し、残された者は絶望の目でこちらを見ている。


そんな窮地にありながらもひどく冷静に状況を分析している自分に、ふと自嘲する。


――いつからこんな風になったのだろうか。


思えばひどい人生だった。

5年前……ほとんど全てを失ったあの日から、己の人生は常に死と隣り合わせであった。


王と宰相、そしてただ一人の家族と忌まわしき胸の呪印。

枷をはめられ命じられるままに多くの命を絶ち、その血を浴びてきた自分は、はたからみたらどんなに滑稽だっただろうか。


(しかも利用されるだけ利用され、最後は戦場で散るか……)


……本当に、滑稽だ。


「ご主人様……どうしましょう」


愚かな思考にふける自分に、金色に輝く毛と透き通るような空の瞳を持つ幼い狼が、泣きそうになりながら話しかけてくる。


思えば、この獣も物好きなやつだ。

たった一回魔物から助けてやっただけで、こんな戦場までついてくるなんて……


迷子の聖獣だと思い仮契約を結んで天界に還してやろうとすれば、『恩を返すまで、なにがあってもご主人様についていきます!』と言って拒否するし。

いつぞやのドラゴンの子どものようにさっさと親元に帰ればいいものを……こんな危ないところまでついてきて。


――でも今は感謝しよう。この幼獣が見つけてくれた方法があるから、私はまだ希望を持つことができる。


せいぜい、華々しく散ってやろうではないか。


「キラ。お前、私が死んだ後は仮契約の相手をみつけて早く天界に帰るんだぞ」


そう言えば、「ご主人様ぁ」となぜかひどく複雑な表情で自分を見上げてくる。


……まあいい、あとは後ろの人か。


この人には5年前から本当に世話になった。共に訓練をし、ともに戦場に立ち、身分の差を超えた信頼を築けた……と思う。少なくともこの人だけは私を“人間”として見てくれた。


(だからこそ私は――)


「アスト王子……妹を、マリアを頼みます」


自分は最後の最後まで何を言ってるのやら……なんだか情けなくなってくる。

最後くらいもう少し色気のある言葉は吐けないものだろうか。


……でもいい。

未来のない自分にはこれがお似合いだ。



(………さようなら初恋の人)


想いを振り切り、死体だらけの戦場を駆け抜ける。ただ一人の敵に向かって。



「アリア! 待て! 君は…し…つ………さな…い…!!!」


後ろでアスト王子がなにか必死に叫んでいるのが聞こえるが、もはや時間がない。

流れゆく血が地面にどんどんその跡を残していく。

それはまるで己の残された時間を刻む砂時計のようだった。


ここでやらなければ人間に未来はないだろう。

負ければ人は家畜のように支配され、いつか食糧として魔物に“喰われる”餌になり下がる。


もっとも、それに関してはなんの感慨も浮かばないが……


私にとって世界の命運なんてものはどうでもいい。

ただ一人、たった一人。自分が不幸にした少女に、せめてもの償いができるというのなら、この命いくらでもくれてやろう。



互いの顔が見えるところまで来たところで一度立ち止まる。

そして覚悟を決めて、また一歩死出の旅路への道を踏み出す……今この空間を支配している災厄のもとへ。旅の供のもとへ。


「魔王シヴァ……ともに、地獄に堕ちてもらおうか」


嫌だといってもつきあってもらう。

いくら私でも死ぬときまで一人は嫌だ。


********************


この時少女の顔を見ることができたのは魔王ただ一人であったが、もし普段の彼女の顔を知るものがいたらひどく驚愕していたことだろう。

それは5年間、彼女が一度も見せることのない表情だった。


それはこの世で最も美しいと言っても過言ではない……まるで女神のような慈愛に満ちた微笑みだった。

白銀の髪をなびかせ、その目にアメジストの輝きを宿す類まれなる美少女は、まるで月の女神が地上に舞い降りてきたような……とてもここが血の蔓延る戦場とは思えないような錯覚を相手に覚えさせる。

それは魔王ですら魅了するほどの――


「……地獄に堕ちるのは貴様だけだ」


一拍間を置いて、極上の笑みを浮かべた美男が応える。


残虐非道で冷酷無慈悲、圧倒的な力を持って魔の頂点に立ってきた灰銀髪の男は、よくできた彫像のように冷ややかで、近寄りがたい美貌の持ち主であった。

そしてその瞳は――魔物は瞳の色が赤ければ赤いほど、濃ければ濃いほど強い力を持つといわれているが、魔王の瞳はまるで最高級のピジョンブラッドのように禍々しく、そして美しい紅だった。


(冥土の土産としては上々かな……)


そんなとりとめもないことを考えながらアリアは疾走する。


そして、次の瞬間大きな衝撃波が戦場を駆け抜けた。

少し離れた所で見守る者たちは最初、それが膨大な魔力の衝突によりおこったものだとは理解できなかった。それほどの規模であった。


しかし次に目に入ってくる光景がそれを裏付ける。

そこには美しき男女がまるで舞を踊るように戦う姿があった。恋い焦がれる男女の戯れように余人の入り込む余地のない……神話で語られる神々の戦争のように圧倒的で、それでいてどこか美しい戦いの光景がそこにはあった。


その中心地にいる二人は、周囲の反応など気にすることもなく切れ間なく互いを攻撃し続けていた。

それは当初互角の戦いをしているように見えたが、時間が経つにつれて次第にその天秤は形勢を傾けていいく。

灰銀の魔王がまだどこか余裕のあるような笑みを浮かべる一方、白銀の少女は苦い顔をしながら少しずつ押されていくのが見て取れる。


アリアは汗を流しながら苦笑した。


(人離れした魔力を持ち“化け物”と呼ばれた私でも、多くの生物を“喰って”力を増してきた魔王には一歩及ばないか……)


もとよりここに来るまでで血を流しすぎた。

紙一重で攻撃を回避しながらなんとか魔王に近づく隙を窺うが、なかなか見つけられそうにない。


(近づくことさえできれば……!)


既に戦いが始まってから数刻が過ぎ、体力が限界に近付いてきている。今決着をつけなければ、自分に勝ち目はないだろう。


「……一か八かの賭けに出るしかない、か」


そのように考え、踏み込もうとした瞬間。不意に背後から強い魔力を感じた。

闇を縫うような赤い残像はそのまま自分を通り越し、魔王の足元に直撃する。


粉塵が舞い、お互いの姿を隠した。

味方の援護だろうか……なんにせよありがたい。


この隙に一気に勝負をしかける。


(ここ!)


粉塵の先から唐突に現れた少女に魔王は驚愕の表情を浮かべる。

アリアはそれに会心の笑みで応えながら、血に濡れた両手で魔王を捕らえた。

そして、切り札として取っておいた古代魔術―自身の血と肉に魔力で刻んであった術式を解放する。


【ギルム メシュ リ ハルフェン ルア セント オルシス(我、この血と肉を代償に、ここに封印をなさん)!!】


殺すことはできなくても……己の命をかければ永遠の封印をかけることはできる。

古代ヴィシア式魔術。

その中でも命を代償にする禁呪を使えば、たとえ魔王といえども枷は解けないはずだ。


自分が偶然助けたキラが、古代遺跡で偶然この禁呪を見つけた時は運命を感じた。


ああ、これが私の未来か、と。


周囲に光が溢れ、封印が成功したことを感じる。


………とても安らかだった。

死とはもっと苦しいものだと思っていたが……胸のあたりを中心に真綿のような魔力に包まれていることを感じた。


そっと、瞼を閉じる。


(自分の役目はここで終わりだ)


ここまで長かった。でも、ようやくすべての重荷から解放される。



(これで……やっと)



(………やっと……死ねる)




ぼやける意識の中、最後に見たのは天上に浮かぶ美しい満月と……今まで見たことないような赤紫の、でもどこかなつかしい瞳だった。


そして巨大な光の球が夜の戦場を照らした後、残されたのは大きなクレーターだけだった。


そこには魔王も少女の姿もなく、しばらくして残された者たちは奇跡が起こったことを悟る。


皆が歓声でわく中……ただ一人、総大将と呼ばれたハインレンス王国第一王子アストレイは、この世で一番愛しい少女を失ったことに、静かに涙した。



ハインレンス王国歴148年夏。後に”救世の日”として語り継がれるその日。


一人の少女が表舞台から姿を消し、同時に伝説の聖女が誕生した。



………そして舞台は300年後に移る。


読んでいただきありがとうございます。

勢いで書いてしまった感じなので、なんだかいろいろ不安です。

誤字・脱字等ありましたら、ご指摘のほうよろしくお願いします。

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