十一話 対鼠
忙しない物音で、俺は目を覚ました。
今日は戦いの火蓋が切られる日。
悠長な事を言ってられない。でもまだ夢の中に居たい。そんな気持ちだ。
ゆっくり目を開くと部屋にはロロとロゼがいた。
咄嗟に手で顔を覆う。
「おわっ!何してんだよ二人とも!」
「?何って、巻いてるんですよ。サラシ」
「脚の速さが命ですから邪魔な布は捨てます」
ロゼにもう大丈夫ですよと声をかけられ手を外し立ち上がった。
行きましょうと言われハッとし足を進める。
白かった雲が黒く厚くなり、ポツポツと雨が降っている。
木を降りてハザクを先頭に皆一方を向いていた。
その表情は固く、冷たいものだった。
本降りになり葉に雨が当たる音がうるさくなる。
ハザクが動くのに合わせ皆走り出す。
獣族が先陣、俺含め人間は皆が横に並ぶ陣形になっていた。
走った。たまに、出てきた鼠族の首を刎ねてるのを見ながら。走り続けた。通った道には残骸と血溜まりが残っている。
侵略者は俺たちの方じゃないかと思えるほど、無惨な光景が広がる。
雨は勢いを増していく。
自身の足音も分からないくらいに。
雨が積もり足を奪い出してきた頃、こちら側を向いて立ち止まっているロゼの姿を見つける。
ロゼは俺に気づくと森の奥を指さした。
俺は静かに近寄った。
「……エリオ、あなたは先に進んで。上は……私達が処理するから……」
「あ、あぁ、わかった。そうか」
俺は前へと走り出す。
上に目を向けると木の途中に板の足場があるのが見える。
隙間に見えた何かは、小さな手を静かに伸ばし、やがて動きを止めていた。
俺は目を逸らした。ロゼも、同じ気持ちなのだろうか。
少し走ったところで雨が止んだ。
周りに木が無い丘をのぼり出したところだ。
いや、雨音はある。
降っている。降っているが、降っていない。
……あれだあの巨木が全て受けているんだ。
近付くと木の根元で座っている人が見えた。
頭に生えた丸い耳、白い髪に赤い目。---昨日見た奴と違う。背は低いが、顔が老けている。
垂れたその目、目が合う。
驚いたように表情を一瞬見せ、すぐに微笑みへと変わった。
「来たんだ。もう」
雨音に紛れ掠れる声が微かに聞こえる。
手招きをされ、剣を抜き近付く。
「エリオ。君と話せる事を、楽しみに待っていたよ」
「そうかい、昨日、話しかけてくれたら良かったじゃないか」
「昨日……?あぁそうか、チトセにあったのか。あいつは息子だ。私のね」
「……」
「そう見つめるな、エリオ。皆が来るまで、まだ時間はある」
「君は、何のために戦っている?求めているのは何だ?」
「……俺は」
「私はね、家族の為に戦ってきた。愛する妻と一人息子。全ての行動は、それを守り抜く為のものだったさ。『神聖樹を守れ』って命令も、生きて守るために必要なことだった」
「……だけど君が見えた。君がこの森に入ってから、予感が変わった。どれだけ最善を尽くしても、先が暗い」
「……答えてくれ、お前は、何のために戦っている?求めているのは何なのだ?」
「……俺は家族を、失いたくない者を守るために戦ってる。そのために強くならなくちゃいけないんだ」
奴の目を見る。悲しく、憐れむような目でこちらを見ていた。
「……そうか、同じ、なのか、違うのは、その意志の強さ、と言ったところか……」
零れた声は届かない。
俺は奴の動く口を見て固まっていた。
「……済んだだろう、もう」
ハザクの声。
振り向くといつの間にか後ろにいた。
討伐隊も近付いてきていた。
ハザクが歩を進め近寄る。
「あぁ、済んだよハザク。私は、決めた」
ハザクが動く。
左手が奴の首元に伸びる---が、奴はひらりと躱し、距離を取った。
奴が立ち上がり手を開く。右手人差し指の爪が伸び赤く染まる。
ハザクが詰め寄る。
速い掴みは空を掴む。蹴りは奴には届かなかった。
奴は屈み、跳んでハザクの顎に掌底を当てた。
ハザクの身体が空に浮く。
奴はハザクの顔と腕を掴み押さえつけ地面に叩き付ける。口を大きく開く。---ゴシャと音を立てハザクの首を噛みきった。何かを掴もうと彼方に伸ばした手は、力なく落ちる。
一瞬の事。付け入る隙もなかった。
遅れて剣先を立て構えを取る。が、奴は消えていた。
雨の向こうで、叫び声が途切れる。
鋼が割れる音が、何度も鳴った。
辺りを見渡す。顔に、腕が当たる。
十人は居た討伐隊の、鮮血に染められた肉片が音を立て飛び交っていた。
足が一歩後ろに下がろうと浮く。
「おやすみ……エリオ」
「……泰山鳴動」
奴を凝視---見えた。——と思った瞬間、指が視界を横切った。赤い爪が、視界を切り裂く。
《鼠族》
《芯強度:強》
《攻略:不可能》
映る文字は割かれて消えていく。
力無く後ろに倒れる。
俺の首を奴が握る姿がうっすら見え、俺は闇へと落ちていった。
◇ ヴェル(エニア) 視点
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァッ」
私は、ロゼの指先を追って走った。
鮮血に染められた世界が目の前に広がっている。
中心に立つのは、鼠族。誰かを持っている。
白い髪、丸い耳。絶対そうだ。
「!」
奴がこっちをみてきて思わず固まってしまった。息が止まった。雨音だけが聞こえる。
「やあ、エニアさん。遅かったね」
奴が持っているのは、エリオ!
ま、まさか、殺られたの……?そんな…。
腰に据える剣を抜……
「グウッ」
腹に衝撃が走り膝をつく。視界がぼやける。地面が霞む。
「おやすみ。エニア」
「……泰山鳴動」
頸に寒さが通った。
地面が近付く。私は深く、暗く、闇に沈んだ。




