第十話 会議と人影
重く、閉ざされた空間。
灯る火の瞬きも治まる。
「……明日、雨が降り次第、三部隊で別れて行動し住処の奪還をする」
「狼は俺と共に正面から進む。犬猫は森を右側から回り込み、人間達は左側から回り込み鼠族を見つけ次第倒せ。兎は各部隊に数人ついて行く。……以上」
……終わり、か?
作戦会議、と言うには足りなすぎる。これだと討伐隊は納得しないだろう。何せ去年の話を聞いてるはずだから。
一歩前に出てハザクの顔に視線を向ける。
「ハザクさん」
「何だ」
「これが作戦、ですか?また同じことになります。去年と」
「何だと」
前に立つ皆は顔を強張らせ、こちらを見ていた。
……だけどここで引き下がるとみんな、死ぬ。俺も討伐隊も、獣族もみんな。
「……皆の顔を見て下さいよ。ハザクさん。討伐隊はおろか獣族の皆さんにも闘志は見えないですよ。不安と恐怖、恐れの色を出してます」
「誇りを胸に、決死の覚悟なのは分かっています。この戦いは負ける事は出来ない。それは分かっています。……でも、勝ち筋が見えないんですよ。俺にも」
ハザクは静かに目を閉じる。
「……ロゼ、進行役、頼めるか……」
「は、はい、分かりました、えっと……」
ロゼが俺とハザクに目を泳がせていた。
立っていた位置に俺は動いた。
「フー……。はい。進行役を承りました。猫族、ロゼです。よろしくお願いします」
ロゼは前に出て話し出す。
「まず、前にいる者の紹介をします。座っていらっしゃる方が狼族そして獣族族長、ハザク・イロハです」
「族長の右、犬族代表、イオリです」
「その右側、人族の戦士、エリオとエニアです」
俺達は軽く一瞥を返した。
「族長の左、狼族、ハヤテです」
「その左側、兎族代表、ニナです」
ロゼは視線を泳がせていたが言葉に震えは無かった。
「……はい。それでは、本題に入ります」
「今回の戦いの目的は住処の奪還と鼠族の頭、白髪で赤い眼の奴を倒す事。合わせて四十一人で動きます。開始は明日、時は雨が降り次第です」
「族長の作戦は、三手に別れ確実に殲滅する事に重きを置いています。ですが人数が少ない事を踏まえ、狼族が先陣を切り、皆で正面突破が最善と考えます」
「幼子と戦えない者、加えて守りに五人ほど、この仮住処に残ります」
討伐隊の一人が手を挙げる。
「……どうしましたか?」
「その、五人も戦いに加えないの?」
「加えません。幼子を死なせる訳にはいかないので」
「……」
戦いになると、この森全体が危険になる、という事だろう。
「ロゼ、それなら街に預けるのはどう?」
「エ、エリオ。さん。それはダメです。それは……」
「護衛を一人つけて街へ運ぶのは?」
「……」
ロゼは視線を泳がせている。
「……エリオ、子供は宝だ。簡単に他人に預けるのは……」
「共に戦った者たちが他人、なの?信用できないなら、何のために手を組むんだよ」
言葉が出ていた。
ハザクが言い終わる前に。
命を賭けて戦う。獣族も俺達も。それでも信用出来ないって言うのは余りに自己中に見えてしまう。
「そうだぞハザク」
討伐隊の一人が呟く。
「昔からの付き合いだろ?この街、俺らとお前らは家族みたいなもんだ」
幼子の鳴き声が聞こえ、視線を向ける。
守りたい者の為に戦う。
俺も彼らも変わらない。
「……族長」
ハザクは視線を幼子の方へ流した。
片腕の肩が、わずかに上下する。息を飲んだのだと分かった。
——それでも、頷く。
「……分かった」
「……まとめます。戦えない者と幼子に一人付け、街に預けます。戦える者だけが前へ出ます」
張り詰めた空気が、すぐには動かなかった。
誰もが、族長の次の言葉を待っている。
——どこかで小さく息が漏れた。
「……つまり、勝てばいいにゃ」
ロロが真顔で言った。
ロゼが顔を赤くする。
「ロロ……!」
「勝つにゃ。負けたら許さないにゃ」
どこかで小さく笑い声が漏れた。
「よく言った!猫の嬢ちゃん!」
討伐隊の皆の顔も綻んでる。
ハザクが立ち上がる。
「……よし」
「明日、雨が降ったら動く。各自準備を整えろ」
各々呼応をする。
その声は重いのに、不思議と背中を押した。
一つ気になる事がある。
「……ロロ、そういえば、雨季に戦いを始めるのはどんな意味があるんだ?」
「鼠族は警戒心が高く耳が良いです。ですが雨の中だと鈍ります」
「それとなあんちゃん、奴らの中にいる赤い目の奴は確実にトドメをさせ。……最後まで噛みに来るからな」
討伐隊の一人が呟く。
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会議は終わった。
緊張と恐怖で始まった会議は笑みも零れる物へと変わっていた。
誰かの為に。未来に繋げる為に。か。
物思いにふけりながら暗くなる空を眺めた。
「エリオ」
後ろを見るとロロが立っていた。
目尻は下がりなかなか目を合わせてくれなかった。
「エリオの居たところは、トップってどう決めてたにゃ?」
「急にどうした?……うーん、みんなに選ばれる。か……誰かを倒すか、かなぁ」
「……」
「森!見てるにゃね、これ貸すにゃ」
双眼鏡を俺に押し付け、去っていった。
何が聞きたかったのだろうか。
……貰った双眼鏡を覗き、森を見渡してみる。
広大な森とはいえ、辺りは獣も通らぬ空白の地。
「ん?」
足が見える。つま先はこちらを向く素足がある。
双眼鏡を上に上げ顔を見る。
「ひっ」
思わず手を離してしまった。
背丈は低く、幼い顔立ち、頭に生えた丸い耳、恐らく鼠族。---白い髪、赤い目。その瞳から赤い筋が頬を伝い、口をパクパクさせ何か言っているようだった。
次に双眼鏡を覗いた時、彼はもう居なかった。




