第八話 - オーク退治の依頼…じゃない?!
昔のゲームは、今ほど親切ではありませんでした。
クエストの説明文があれば良い方で、
あってもだいたい意味不明。
「北の森で例の件を処理せよ」
例の件って何だ。
地図にマーカーなんて出ない。
目的地も曖昧。
敵の種類も不明。
その結果どうなるか。
無駄にウロウロする。
関係のない敵を延々と倒す。
たぶん違うダンジョンに入る。
そして「違った」と気づく。
効率は最悪です。
でも、あの“間違えた時間”が、妙に濃い。
今回の依頼も、
説明はちゃんと書いてありました。
書いてありましたが――
まあ、読み方というものは、
人それぞれですからね。
掲示板の前で、ヒルトは一枚の依頼書を見つめていた。
――臨時人員募集
――オーク関連業務
――高報酬
「……オークか」
短く呟く。
ミカエルが横から覗き込む。
「数は?」
「書いてない」
ヴェルミッサが静かに補足する。
「“関連業務”」
「関連ってなんですか」
ミカエルは首を傾げる。
ヒルトは依頼書を裏返した。
特記事項は、特にない。
「高報酬って書いてある」
ミカエルの目が輝く。
「それ大事です」
「前回の支払いもある」
ヒルトは淡々と返す。
「……やるか」
三人は受付に向かった。
受付嬢のケリーは書類を確認し、にこやかに言う。
「本日夕刻、中央広場に集合してください」
「ダンジョンじゃないんですね」
ミカエルが言う。
「はい、屋外です」
「……屋外?」
ヒルトは眉を寄せた。
ヴェルミッサは何も言わない。
ただ、依頼書をもう一度読み直している。
◆◆◆
夕刻。
中央広場。
三人は、完全武装で立っていた。
ヒルトは斧を背負い、
ミカエルはバケツヘルムを被り、
ヴェルミッサは術式準備を終えている。
周囲の視線が痛い。
人が多い。
妙に多い。
屋台が並び、
装飾が施され、
立派な壇上が組まれている。
「……討伐対象は?」
ミカエルが小声で言う。
ヒルトは周囲を見渡す。
オークはいない。
代わりに、身なりの良い商人たちが
何かの札を手にして並んでいる。
壇上の男が声を張り上げた。
「さあ皆様!本日の目玉商品はこちら!」
拍手。
歓声。
ミカエルがゆっくりと依頼書を見る。
ヴェルミッサも同時に視線を落とす。
ヒルトも。
依頼書の小さな文字。
――オークション警備
沈黙。
「……」
「……」
「……」
ミカエルが、恐る恐る言う。
「オーク……」
ヒルトが続ける。
「ション」
ヴェルミッサが、静かに締める。
「討伐ではない」
壇上の男が叫ぶ。
「入札開始!」
観客がざわめく。
ヒルトはゆっくりと斧を背中に戻した。
「……警備だな」
「ですね」
ミカエルはメイスを下げる。
「被弾前提とか言ってる場合じゃなかったです」
ヴェルミッサは淡々と周囲を観察する。
「盗難対策。
混乱時の制圧。
暴徒化の抑止」
「オークは?」
ミカエル。
「いない」
ヒルト。
「少なくとも、緑色の方は」
ヴェルミッサ。
壇上では、宝石が掲げられている。
商人たちが値を競う。
ヒルトは腕を組んだ。
「……軽いな」
「軽いですね」
ミカエルも頷く。
ヴェルミッサはわずかに口元を緩めた。
「今日は、削られない」
ヒルトは空を見上げる。
夕焼けが、広場を染めている。
「たまには、いいか」
その瞬間。
人混みの中で、何かが動いた。
「スリね」
ヴェルミッサが呟く。
ヒルトはため息をつく。
「……オークより厄介だな」
ミカエルが、嬉しそうに構えた。
「任せてください!」
――戦闘ではない。
だが、
これはこれで、別の意味で忙しい。
オーク討伐(?)は、
思っていたより平和だった。
◆◆◆
オークションは順調に進んでいた。
宝石。
古代遺物。
よく分からない壺。
「開始価格、金貨二十枚!」
「三十!」
「三十五!」
「四十!」
熱気が上がる。
ヒルトは腕を組んだまま、壇上を見ている。
「……平和だな」
「ですね」
ミカエルはバケツヘルム越しに周囲を見回す。
「今日は殴られなさそうです」
そのとき。
人混みの一角が、わずかにざわついた。
「返せ!それは私の札だ!」
「違う、落としたんだろ!」
押し合い。
怒号。
商人二人が胸ぐらを掴み合っている。
「来ました!」
ミカエルが即座に前に出る。
「制圧します!」
「待て」
ヒルトが低く言うが、遅い。
ミカエルは全力で踏み込んだ。
地面が揺れる。
鎧が鳴る。
人々が一斉に避ける。
「動くなあああ!!」
バケツヘルム越しの声は、無駄に大きい。
商人二人が凍りつく。
「武器を捨てろ!」
「武器持ってません!」
「じゃあ離れろ!」
ヒルトは額に手を当てた。
「過剰だ」
ヴェルミッサは静かに前に出る。
「ミカエル」
低い声。
一瞬で空気が変わる。
「対象は素手。
暴力性は低い。
周囲に危険なし」
ミカエルはメイスを構えたまま止まる。
「……でも揉めてますよ?」
「揉めているだけ」
ヴェルミッサは二人の間に滑り込む。
「札の所有権を確認する」
淡々。
商人は一瞬戸惑い、素直に札を見せた。
「番号が違う」
一言。
揉めていた二人は顔を見合わせる。
「……あれ?」
「本当だ」
沈黙。
「すみません」
「私もだ」
ヒルトは小さく息を吐いた。
ミカエルはゆっくりメイスを下ろす。
「……殴らなくてよかったです」
「本当に血の気の多い僧侶ね、悪くないわ」
ヴェルミッサは言う。
「今日は討伐じゃない」
ヒルトが歩み寄る。
「ミカエル」
「はい?」
「今日は削られない日だ」
ミカエルは少し考えてから、笑った。
「確かに」
「削られないのに殴ると、ただの迷惑だ」
「それは嫌ですね」
壇上では、何事もなかったかのように競りが続いている。
「金貨五十枚!」
「五十五!」
ヒルトは肩を回した。
「ライフシェアも要らない」
ヴェルミッサが淡く言う。
「平和な依頼は、効率が良い」
「HPも減りませんし」
ミカエルが嬉しそうに言う。
その瞬間。
後ろで小さな悲鳴。
三人が同時に振り返る。
小さな子供が転んでいる。
ヒルトは即座に動いた。
斧ではなく、手を差し出す。
「大丈夫か」
子供は泣きながら頷く。
ミカエルは周囲を警戒し、
ヴェルミッサは淡々と人の流れを整理する。
騒動は、それだけだった。
ヒルトは立ち上がり、子供を親に渡す。
「……これで終わりだな」
「本当に小規模でしたね」
ミカエルが言う。
「オークより弱い」
「オークションよ」
ヴェルミッサが訂正する。
ヒルトは空を見上げた。
夕焼けが広場を染めている。
HPバーは、満タン。
減らない。
削られない。
誰も倒れない。
ヒルトは小さく笑った。
「たまには、こういう日も悪くない」
ミカエルが大きく頷く。
「はい!今日は完全勝利です!」
ヴェルミッサは静かに言う。
「警備成功」
壇上では最後の落札が決まった。
拍手。
歓声。
そして三人は、
本当に一度も削られないまま、依頼を終えた。
メインストーリーの山場は、
もちろん覚えています。
強敵。
重要な選択。
派手な勝利。
でも、あとから振り返ると、
なぜか思い出すのは別の場面です。
道に迷ったこと。
明らかに間違った敵を倒し続けたこと。
目的とは関係のない寄り道。
効率は悪い。
無駄も多い。
けれど、その無駄な時間の方が、
妙に楽しかったりする。
オーク討伐のはずが、
オークション警備だった日も――
きっとその類です。
メインとは関係ない。
でも、たぶん忘れない。
そういう回が、あってもいいのだと思います。




