第七話 - 新しい戦い方と工夫の芽
昔から、攻略本に載っている「おすすめパーティ」というものが、どうにも好きになれませんでした。
効率重視。
安定構成。
事故率の低い最適解。
それが正しいのは分かっています。
分かっているのですが、どうしても胸がざわつくのです。
みんなが選ぶ並びを、そのままなぞるのは、どこか味気ない。
だったら、少し歪な編成で行ってみたい。
明らかに噛み合っていない数字を、無理やり噛み合わせてみたい。
斧戦士がヒーラーをやるとか、そういう無茶を。
うまくいく保証なんてないのに。
もしかして私は、単に逆張りが好きなだけなのか。
あるいは、正解から外れることに安心しているだけなのか。
それでも。
「これでどう戦う?」と頭を抱える時間が、
やっぱり楽しいのです。
……変人なんでしょうかね。
洞窟の入口は、外よりもひんやりしていた。
湿った空気が、音を吸い込んでいる。
「ここで」
ヴェルミッサが足を止める。
「《ライフシェア》を起動する」
ヒルトは斧を地面に突き、静かに頷いた。
詠唱は短い。
だが、術が完成した瞬間――
ヒルトは、はっきりと違和感を覚えた。
胸の奥が、重い。
呼吸が詰まるほどではない。
ただ、自分の内側に“余分な重さ”が乗った感覚。
「……繋がったな」
ヒルトが低く言う。
ミカエルは腕を動かし、鎧の感触を確かめる。
「自分の方は、特に変化なしですね」
「それで正常」
ヴェルミッサが答える。
「負担は、すべてヒルトに集まる」
ヒルトは一度だけ、自分のHPバーを確認した。
減ってはいない。
だが――余裕が削られた感覚はある。
「行くぞ」
三人は、洞窟の奥へ進んだ。
すぐに、低い唸り声。
影が揺れ、
オークが姿を現す。
二体。
その奥に、一回り大きな影――ボス・オーク。
「初動は、雑魚から」
ヒルトが前に出る。
ミカエルと、横に並ぶ。
オークが突っ込んできた。
ヒルトは斧を振らない。
踏み込み、
攻撃の線に身体を入れる。
刃を“置く”。
攻撃が逸れる。
だが次の瞬間――
何も当たっていないのに、HPが削れた。
「……来たか」
ヒルトは歯を食いしばる。
今の攻撃は、
本来ミカエルに向かうはずだった。
ミカエルは叫ぶ。
「今の、受けた感じありましたけど……」
一瞬、自分のステータスを確認し、続ける。
「HP、減ってません」
「正常だ」
ヒルトは短く返す。
「俺が持っていってる」
次のオークが、ヴェルミッサに石斧を投げる。
当たる――
ヴェルミッサは動かない。
斧は、術障壁に弾かれる。
その瞬間。
ヒルトのHPが、はっきりと減った。
「……っ」
胸の奥が、ぎしりと軋む。
ヴェルミッサは平然としている。
「こちらは無傷」
淡々とした報告。
「転送は、完全」
ヒルトは息を吐いた。
これが、《ライフシェア》。
味方が安全であるほど、
自分だけが削れていく構図。
「成立してるな」
ヒルトは前に出る。
当たらない。
触らせない。
斧の位置で、敵の進路を切る。
ミカエルが、真正面から踏み込んだ。
鎧に任せ、
メイスを振り抜く。
骨の砕ける音。
オークが倒れる。
「一体、処理!」
だがヒルトは、次を見ている。
誰が狙われるか。
その“予定線”を。
予定線が動いた瞬間、
ヒルトのHPが、また少し削れた。
「……なるほど」
理解は、もう済んでいた。
この戦い方は、
誰かを守るほど、自分が削れる。
それでも――
仲間のHPは、減っていない。
「悪くない」
ヒルトは呟いた。
ボス・オークの咆哮が、洞窟を震わせた。
残るは一体。
雑魚はすでに倒れている。
「集中でいきます!」
ミカエルが踏み込む。
ヒルトは、その横。
斧を振るより先に、
ボスの肩の動きを読む。
振り下ろし。
左。
逸らす。
衝撃が腕に走る。
HPが削れる。
自分は直撃を受けていない。
それでも、減る。
背後でヴェルミッサが詠唱を続ける。
ボスの大振りが、彼女を巻き込む軌道を描く。
ヒルトは前に出る。
当たらない。
だが――
胸が、きしむ。
また削れる。
ミカエルが真正面から殴り合う。
鎧が軋む。
本来なら減るはずのHPは動かない。
代わりに。
ヒルトの視界の端で、
自分の数値が、じわじわと落ちていく。
(まだ、余裕はある)
自分に言い聞かせる。
ボスの横薙ぎ。
ヒルトは半歩遅れる。
かすった。
小さな傷。
その分も、当然減る。
さらに――
ヴェルミッサの術が、わずかに乱れた。
ボスの拳が地面を砕き、
衝撃波が走る。
ミカエルも、ヴェルミッサも巻き込まれる。
だが。
二人のHPは減らない。
全部、ヒルトに来る。
一瞬で、視界が暗くなる。
膝が、わずかに揺れた。
「ヒルトさん?」
ミカエルの声。
「問題ない」
即答だった。
本当は、問題しかない。
HPは、三割を切っている。
だがボスも限界だ。
「押し切る!」
ヒルトが叫ぶ。
ミカエルが渾身の一撃を叩き込む。
ヴェルミッサの死霊術が、首筋を裂く。
ボス・オークが、倒れた。
静寂。
ヒルトは、斧を地面に突き立てた。
息が荒い。
だが立っている。
「……成立、してましたね」
ミカエルが言う。
「悪くない構成でした」
ヴェルミッサも淡々と続ける。
ヒルトは、うなずく。
「ああ」
短い返事。
HPバーは、ほぼ空だ。
だが、立っている。
「帰るぞ」
歩き出す。
三歩。
四歩。
視界が、揺れる。
胸の奥が、急に軽くなる。
――軽すぎる。
斧を握る力が抜ける。
膝が崩れた。
「ヒルトさん!?」
ミカエルが駆け寄る。
ヒルトは、地面に手をついたまま動かない。
HPが、ゼロ手前で止まっている。
ライフシェアが、強制解除された。
ヴェルミッサが、すぐに状況を確認する。
「転送過多」
静かな声。
「蓄積分が、遅れてきた」
ミカエルの顔色が変わる。
「……全部、持ってたんですか」
ヒルトは、薄く笑った。
「役割分担だろ」
「笑い事じゃないです!」
ミカエルの声が、初めて強くなる。
「これ、普通に死にますよ!」
ヒルトは答えない。
答える余裕がない。
ヴェルミッサが低く言う。
「理論は正しかった」
一拍。
「判断が甘かった」
ミカエルはヒルトを支えながら、歯を食いしばる。
「もう一回やりますか?」
ヒルトは目を閉じたまま答える。
「……やるなら、改良だ」
それだけ言って、意識を手放した。
◆◆◆
ギルドに戻る頃には、日が傾いていた。
依頼完了の札を提出すると、
受付は特に何も言わなかった。
「怪我人、いますか?」
形式的な問い。
「軽傷です」
ヴェルミッサが答える。
ヒルトは立っている。
立っているが、
足取りはわずかに重い。
三人はいつもの丸テーブルに座った。
誰も、すぐには口を開かなかった。
ミカエルが、先に破る。
「……怒ってません」
誰も何も言っていないのに、
そう言った。
ヒルトは、ゆっくり顔を上げる。
「何がだ」
「自分たちが削られてたこと」
ミカエルは視線を逸らさない。
「分かっててやってたんですよね」
ヒルトは、少しだけ間を置いた。
「想定内だ」
「想定内で、あの残量ですか」
ミカエルの声は、怒鳴っていない。
だが、強い。
ヴェルミッサが静かに割って入る。
「過負荷は、私の計算不足」
「違う」
ヒルトが短く否定する。
「前に出すぎた」
「違わない」
ヴェルミッサは淡々と続ける。
「理論は正しい」
一拍。
「前衛二枚構成との相性が悪い」
ミカエルは考える。
「自分が受ける回数が多いほど、
ヒルトさんが削れる」
「そう」
「それ、前衛二人だと加速しますよね」
誰も否定しない。
テーブルの上に、三人のステータス画面が並ぶ。
ヒルトのHPは、回復薬で戻っている。
数値は、平常。
だが。
三人とも、今日の減り方を覚えている。
「成立は、してました」
ミカエルが言う。
「でも、余裕がない」
「余裕がない構成は、事故を呼ぶ」
ヴェルミッサの声は冷静だ。
ヒルトは腕を組む。
「やめるか?」
静かな問い。
ミカエルは、即答しなかった。
しばらく考えてから言う。
「改良、ですよね」
ヒルトは目を細める。
ヴェルミッサは小さく頷く。
「転送率を下げる」
「あるいは」
ミカエルが続ける。
「自分が受ける回数を減らす」
ヒルトは、少しだけ笑った。
「つまり、俺がもっと避けろって話か」
「はい」
ミカエルは真面目な顔で言う。
「死なない範囲で」
沈黙。
だが、重くはない。
今日、死ななかった。
それだけで十分だった。
ヒルトは、自分のHPを一度だけ確認する。
数字は満タンだ。
だが――
今日は、残高がゼロだった。
「次は、借金しない」
ぽつりと呟く。
ミカエルは笑う。
「その言い方、ちょっと怖いです」
ヴェルミッサは、静かに立ち上がる。
「今日は終わり」
ヒルトも立つ。
足取りは、もう安定している。
だが三人とも分かっている。
今日の戦いで、
戦法よりも先に――
責任の重さが共有された。
《ライフシェア》は、ロマンではない。
支払いだ。
そしてそれを、
三人とも理解した。
理屈は通っている。
計算も合っている。
役割も整理した。
それでも、うまくいかないことはある。
というより――
うまくいく方が、実は少ない。
戦闘でも、仕事でも、人生でも。
「これならいける」と思った瞬間ほど、
思わぬところで足を取られる。
でも、だからといって、
無難な最適解だけを選び続けるのも、
どこか息苦しい。
今回の戦いは、成立したようで、していません。
けれど、失敗の中にしか見えない景色もある。
結局のところ、
安定よりも試行錯誤を選んでしまう私は――
やっぱり少し、変わっているのかもしれません。
それでも。
次はもう少し、うまくやれる気がしているのです。




