第二話 - 斧戦士、ヒーラー枠を切開く
第二話です。
ここで主人公は、冒険者ギルドに登録します。
斧戦士です。
知性全振りです。
人気はありません。
この世界では他人のパラメーターが見えます。
つまり、
「地雷かどうか」も一瞬で分かります。
結果、誰も声をかけません。
当然です。
そんな中で聞こえてくる、
「ヒーラーが足りない」という嘆き。
責任が重くて敬遠されがちな、あの役割です。
ここで主人公は、
斧を持ったままヒーラー枠に座ります。
何も間違っていません。
斧戦士ですし、ヒーラーです。
両立します。
……たぶん。
冒険者ギルドは、思っていたより静かだった。
もっとこう、
剣がぶつかる音とか、
荒くれ者の怒号とか、
そういうのを想像していたのだが。
実際には、
掲示板の前で腕を組んで唸る人間と、
テーブルで契約書を睨む人間と、
昼間から酒を飲んでいる人間がいるだけだった。
――現実的だ。
受付に近づくと、
若い女性が顔を上げた。
少し慌てたような動き。
ペンを落としそうになり、
拾ってからこちらを見る。
「え、えっと……冒険者登録、ですか?」
「はい」
「初めてですよね?」
「たぶん」
「たぶん……?」
だが、彼女は深く突っ込まなかった。
この世界では、たぶんそれが正解なのだろう。
「では、ギルドカードを作りますね。
少々お待ちください」
そう言って、
水晶板のようなものを操作する。
「ステータス、確認します」
次の瞬間。
彼女の動きが、止まった。
「……」
「……?」
受付のお姉さんは、
もう一度、板を見て、
それから俺を見た。
「えっと……」
声が、少し裏返る。
「斧戦士、ですよね?」
「はい」
「で……知性が……」
「25です」
言うと、
彼女は「ですよね……」という顔をした。
「力……初期値。
体力……初期値。
器用……初期値」
一つずつ、確認するように読む。
「……幸運も初期値ですね」
「はい」
「…………」
明らかに、
どう扱っていいか分からない案件だ。
周囲の冒険者たちも、
ちらちらとこちらを見る。
この世界では、
他人のパラメーターはある程度見える。
結果、
俺はどう見ても――
使いどころが分からない斧戦士だった。
「パーティーを探してるんですか?」
「ええ、一応」
「……あー……」
お姉さんは、
申し訳なさそうに視線を逸らした。
「正直に言うとですね……」
声を落とす。
「その……斧戦士で、知性全振りの方って……」
「人気がない?」
「はい」
即答だった。
「前衛としては不安ですし、
後衛としても斧ですし……」
「斧ですし」
そこ、強調されるんだ。
その時、
少し離れたテーブルから声がした。
「……ヒーラーがいないんだよなあ」
若い声。
三人組。
剣士風の少年、
弓を持った少女、
ローブ姿の魔法使い。
明らかに初心者パーティーだ。
「ヒーラー不足は、いつものことですね」
受付のお姉さんが、
雑談の延長のように言う。
「責任重いですから。
回復が遅れたら、仲間が死にますし」
「失敗が目立つ役割だしね」
「そうそう。
地味だし、責められやすいし……」
――なるほど。
俺は、少し考えた。
(責任が重い)
(失敗が目立つ)
(判断が重要)
……知性があれば、何とかなるな。
「……あの」
俺は手を挙げた。
受付のお姉さんが、こちらを見る。
「ヒーラー枠で、登録できます?」
「え?」
一瞬、
ギルドの空気が止まった。
「……え?」
もう一度。
「え、えっと……」
お姉さんは慌てて板を操作する。
「斧戦士、ですよね?」
「はい」
「ヒーラーじゃ、ないですよね?」
「はい」
「回復魔法……使えませんよね?」
「使えません」
「…………」
完全にフリーズした。
「で、でも……」
俺は続ける。
「回復って、“体力を戻す”ことですよね」
「は、はい……?」
「体力が減る原因を減らせば、
回復量も減る」
「……?」
「要するに、
怪我をさせなければ、ヒーラーはいらない」
静寂。
初心者パーティーの三人が、
こっちを見ている。
「それ、理屈ではそうだけど……」
弓の少女が言う。
「戦闘中にそれ、できるの?」
「やってみないと分からないですね」
正直に言った。
「でも」
斧を軽く持ち上げる。
「斧はあります」
受付のお姉さんは、
数秒固まったあと――
「……あの、上に確認してきます!」
と言って、
慌てて奥に走っていった。
残された空気が、
なんとも言えない。
「……君、本気?」
剣士の少年が聞く。
「たぶん」
「ヒーラーやったことは?」
「ないです」
「回復魔法は?」
「ないです」
「……斧?」
「あります」
三人は顔を見合わせた。
「……でも、ヒーラーいないと始まらないし」
「一回だけ、試してみる?」
「ダメだったら、すぐ戻ろう」
そうして、
視線が俺に集まる。
「……君、名前は?」
「ヒルトです」
それを聞いて、
受付のお姉さんが戻ってきた。
「えっと……」
息を整えながら言う。
「前例はありませんが……
自己責任でなら、ヒーラー枠登録、可能です」
「自己責任」
「はい。
すごく自己責任です」
俺は、うなずいた。
――こうして。
斧戦士ヒルトは、
この世界で初めて、
ヒーラー枠として登録された斧戦士
になった。
ギルドの受付簿に、
一行、妙な記録が残る。
職業:斧戦士
役割:ヒーラー(仮)
この時点では、
まだ誰も知らない。
この“仮”が、
後に正式名称を持つことになるなんて。
◆◆◆
クエストは初心者向け。
森の浅い場所に出るゴブリンの掃討。
――だからこそ、
事故が起きやすい。
「前衛は俺が行く」
剣士の少年が前に出る。
動きは悪くない。だが、少し速い。
「弓、後ろから援護ね」
「魔法、詠唱入る」
三人が動き出す。
俺は、一番後ろで斧を地面に立てた。
振らない。
だが、完全に無視もできない位置。
ゴブリンは三体。
一体目が剣士に向かう。
二体目が回り込む。
三体目が、俺を見る。
――視線が合った。
ゴブリンは、一瞬ためらった。
そこにあるのは、
振られていない斧。
だが、
刃は見えている
距離は届く
逃げ場が削られる位置
「……来る」
小さく言う。
三体目は、
結局こちらを避け、弓の少女へ向かった。
――想定通り。
「弓、下がらない」
「え?」
「そのまま」
ゴブリンが跳ぶ。
俺は、斧を引き抜き、横に一歩出た。
振る――のではなく、
地面に叩き込む。
ズンッ。
刃が土に食い込む。
ゴブリンの足が、
その斧を避けるために跳ねる。
跳ねた瞬間。
「今」
矢が刺さる。
「……っ!」
二体目が、
剣士の脇から突きを入れようとする。
――早い。
――剣士、間に合わない。
俺は、斧を振った。
横薙ぎ。
狙いは、首ではない。
ゴブリンの槍の柄。
バキッ
木が裂ける音。
槍が、無力になる。
ゴブリンは止まり、
次の瞬間、剣士の剣が腹を裂いた。
「……え?」
剣士が一瞬、俺を見る。
「今の、ヒーラー?」
「はい」
「ヒーラーって、そんな音出す?」
「状況によります」
最後の一体が、
距離を取ろうと後退する。
――逃げる判断。
だが、逃がすと
次はもっと悪い位置で来る。
俺は、斧を肩に担いだ。
振る準備ではない。
振れる、という意思表示。
ゴブリンは止まった。
迷う。
その一瞬で、
魔法使いの詠唱が終わる。
光が走り、
ゴブリンは倒れた。
――戦闘終了。
静かだ。
誰も怪我をしていない。
血も少ない。
「……ヒルト」
剣士が言う。
「君、いつ回復するのかと思ってた」
「必要なかったので」
「いや、でも……」
弓の少女が口を開く。
「斧、ずっと使ってたよね」
「はい」
「振ってない時間の方が長かったけど」
「ええ」
魔法使いが、
ゆっくり言った。
「……ヒーラーってさ」
「?」
「“立て直す役”だよね」
俺は、斧を見下ろす。
刃に、
血と土と、折れた木屑がついている。
「はい」
「君は……」
一拍。
「崩れる前に、折ってた」
その言葉で、
全員が納得した顔をした。
◆◆◆
ギルドに戻ると、
受付のお姉さんが駆け寄ってきた。
「ヒルトさん!
無事でしたか!?」
「はい。全員」
「怪我は?」
「ありません」
「……ヒーラーなのに?」
「斧は使いました」
「斧は……使ったんですね?」
「はい。しっかり」
彼女は、ギルドカードを見て、
しばらく黙り込み――
備考欄を書き換えた。
役割:ヒーラー
使用武器:斧
備考:回復が不要な状態を作る
ペンを置いてから、
小さく言う。
「……こんなの、初めてです」
俺は肩をすくめた。
「俺もです」
だが確信していた。
斧を使っている限り、
俺はヒーラーだ。
怪我を治す者ではない。
怪我を成立させない者として。
――それが、
斧戦士ヒルトの仕事になった。
お疲れさまでした。
第二話は、
「ヒーラーが回復しないとどうなるか」
を真面目に考えた結果です。
結論はシンプル。
怪我が発生しなければ、
回復は不要。
そのために必要なのは、
詠唱でも癒やしでもなく、
適切な位置にある斧でした。
なお、ギルド受付のお姉さんは、
この日から
「前例」という言葉をあまり信じなくなります。
次回からは、
「それヒーラーじゃない」
「いや、ヒーラーだ」
という静かな論争が始まります。
斧は、順調に仕事をしています。




