第一話 - 斧から始まる理斧(ふ)尽
本作は、
「斧戦士に転生したら斧を振る」という
当然の前提から、まず疑う物語です。
第一話はいきなりチュートリアル戦闘から始まります。
説明はありません。仕様です。
主人公は強くありません。
力も体力もありません。
ですが斧だけは、やけに重いです。
なお、天使は世界の真理を語りません。
業務連絡しかしません。
それでは、
なぜこんな斧戦士が誕生したのか――
その結果からお楽しみください。
斧は、思っていたより重かった。
持てないわけじゃない。
だが、振る前に身体が拒否する重さだ。
――これを振ったら、倒れる。
――倒れたら、終わる。
理解するのに、時間はいらなかった。
「えー……それでは」
頭上から、気の抜けた声がする。
「チュートリアル戦闘、始めますね」
見上げると、
白い服の天使が空中に立っていた。
接客用の笑顔。
というより、説明義務を最低限満たす顔。
「敵、出します」
その瞬間。
ガサッ
草が揺れた。
視線を向けるより早く、
気配が近い。
――速い。
――軽い。
――こちらを“倒せる”と理解している動き。
出てきたのは、
緑色の小柄な人型。
槍。
「ゴブリンです」
天使の声。
「レベル1です」
「俺も、ですよね」
「はい。たぶん」
たぶん。
ゴブリンは止まらない。
一直線に、突っ込んでくる。
――斧を振る?
無理だ。
――避ける?
体力がもたない。
――なら。
俺は、斧を地面に突き立てた。
刃が土を噛む。
柄が、斜めに立つ。
ゴブリンは、それを見ていない。
見えていない。
次の瞬間。
ガンッ
足が引っかかる。
体勢が崩れる。
槍が、空を切る。
「……」
倒れ込んできたゴブリンの重さを、
斧の重さで受け流す。
斬らない。
叩かない。
倒す。
ゴブリンは地面に転がり、
二度と立ち上がらなかった。
「……」
息が、ちゃんとできている。
「はい」
天使の声。
「チュートリアル終了です」
「え?」
「討伐判定、出てます」
タブレットを操作する音。
「成功ですね。おめでとうございます」
おめでとう、で済ませるな。
「……これ、普通ですか?」
聞くと、天使は少し考えた。
「いえ」
即答。
「普通の斧戦士は、今の動きしません」
「ですよね」
俺は斧を見る。
刃は血より土で汚れている。
――斧は、振らなくても斧だ。
そう理解した瞬間、
頭の奥で何かが噛み合った。
だが。
「……で?」
天使に聞く。
「俺、なんでこんな状況なんです?」
天使は、
「あ、そこからですか」という顔をした。
「えー……」
◆◆◆
「少し、巻き戻しますね」
天使はそう言って、
指でタブレットを操作した。
光が反転する。
「まず、お客様は――」
死んだ理由は、我ながらどうでもよかった。
会社帰り、コンビニで買った唐揚げ棒をかじりながら横断歩道を渡っていたら、
信号無視の自転車にぶつかられ、よろけて、
そのまま後ろから来た軽トラに――という、
ニュースにもならないタイプの事故だ。
痛かったかと聞かれたら、
たぶん一瞬だったと思う。
少なくとも、人生を振り返るほどの余裕はなかった。
気がつくと、真っ白な空間に立っていた。
床も壁も天井もないのに、
「立っている」と感じる不思議な場所だ。
「えーっと……」
声がした。
振り向くと、そこにいたのは――
天使、だと思う。
白い服。
小さな羽。
金色の輪っか。
だが、どれもどこか借り物っぽい。
「あの……初めまして、ですよね?」
天使は、手元の板をぱらぱらとめくりながら言った。
紙ではなく、光る板だ。タブレットだろうか。
「あなたは……えっと……」
天使は眉をひそめ、画面を指でなぞる。
「……あ、いました。ええと、死亡理由は……“不運な重なり”」
「それ、説明になってます?」
「あ、すみません。まだ慣れてなくて」
慣れてない。
その一言で、だいぶ不安になった。
「で、その……転生、ですね」
天使は咳払いをする。
「あなたは、次の人生として、異世界で生きてもらうことになります」
「あー……はい」
最近よく聞くやつだ。
ラノベの読みすぎかもしれないが、状況はだいたい理解できる。
「職業は……斧戦士です」
「斧戦士?」
「はい。前線職です。丈夫で、分かりやすくて……初心者向けです」
言い方に、微妙な含みがあった。
「えっと、剣士とか魔法使いとかは?」
「今回は、斧戦士で決まってます」
「決まってるんですね」
「はい。決まってます」
天使はうなずいた。
やけに力強い。
「でも、ご安心ください!」
急に明るくなった。
「転生者の方には、初期パラメーターを自分で振り分ける権利があります!」
そう言って、光る板をこちらに向ける。
そこには、見慣れた項目が並んでいた。
力
体力
器用
知性
幸運
「合計で……25ポイントです」
「おお」
これはテンションが上がる。
「斧戦士なら、やっぱり力ですかね?」
「ええと……普通は、そうですね」
天使は少し歯切れが悪い。
「でも、どこに振っても自由です。自己責任で」
その言葉に、なぜか嫌な予感がした。
「じゃあ……」
画面に触れると、数値が動いた。
力を上げようとして――
なぜか、知性のバーが伸びる。
「あれ?」
もう一度。
知性:+5。
「……あれ?」
天使が覗き込んでくる。
「あ、もしかして操作、分かりにくかったですか?」
「いや、なんか……」
指の位置がずれているのか、
それともこの板の感度が妙なのか。
気づけば、
知性:+10
知性:+15
知性:+20
「ちょ、ちょっと待ってください」
「え? あ、はい?」
「知性に入りすぎてません?」
「ええと……」
天使が画面を見る。
「あっ」
その声は、完全にミスに気づいた声だった。
「……全部、知性に入ってますね」
「全部?」
「はい。残りポイント、ゼロです」
「ゼロ?」
一瞬、空気が止まった。
「……戻せますよね?」
「えっと……」
天使は、画面を操作しようとして、
指を止めた。
「……“決定”」
画面の右下で、淡く光る文字。
「え?」
「い、いや、その……」
天使が慌てる。
「まだ押してませんよね? 押してないですよね?」
その瞬間だった。
――ピッ。
乾いた電子音。
「あ」
画面が確定表示に切り替わる。
知性:25
その他:初期値
「……」
「……」
天使の顔が、ゆっくりと青ざめていく。
「……決定、押しました?」
「……指が、当たったみたいで」
「……」
天使はしばらく固まっていたが、
やがて、深く頭を下げた。
「す、すみません……!」
「いや、まあ……」
「で、でも! 知性が高いのは悪いことじゃないです!」
必死なフォロー。
「斧戦士でも、頭が良ければ……その……」
言葉が続かない。
「……斧戦士、ですよね?」
「はい。斧戦士です」
「魔法職にはなれない?」
「なれません」
「力も体力も低い?」
「低いです」
「……」
沈黙。
「で、でも! 世界にはいろんな戦い方がありますから!」
天使は笑顔を作る。
「考える斧戦士、とか……!」
その言葉を聞いたとき、
なぜか、胸の奥で何かがかちりと音を立てた。
考える。
斧。
戦士。
――もしかして。
「……斧は、もらえるんですよね?」
「は、はい。ちゃんとしたのを」
「それなら、まあ」
自分でも意外なほど、落ち着いた声だった。
「なんとかなるかもしれません」
天使は、目を瞬かせる。
「ほ、本当ですか?」
「ええ。たぶん」
たぶん、だ。
光が満ちる。
斧戦士としての転生が、始まる。
――力はない。
――だが、考える時間だけは、山ほどある。
ここから、全部やり直せばいい。
斧を、最も知的に使う方法を。
◆◆◆
説明が終わったあと。
「……というわけで」
天使はまとめに入る。
「斧戦士、知性全振り、取り消し不可です」
「……」
「業務上、問題ありません」
またその言葉だ。
「じゃあ、さっきの戦い方は?」
「仕様外です」
「ですよね」
天使はタブレットを閉じる。
「ただ」
一拍。
「“禁止”はされてません」
その一言で、
世界が少しだけ広がった気がした。
俺は斧を握り直す。
重い。
だが、使えない重さじゃない。
「……斧って」
小さく呟く。
「振らなくても、戦えるんですね」
天使は、
コンビニ店員が
想定外の質問を受けた時の顔をした。
「……ケースとしては、初めてです」
その言葉を聞いて、
俺は笑った。
――つまり。
この世界に、
まだ前例がないだけだ。
それなら。
考えるしかない。
斧を、どう使えばいいのかを。
それが、
後に「斧学八計」と呼ばれ、
「虚数斧術」へと繋がるとは、
まだ誰も知らない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
斧戦士なのに斧を置いただけで勝つ。
はい、正しい反応です。
後編で分かる通り、
この斧戦士は仕様と操作ミスの合わせ技です。
取り消し不可。業務完了。
力がないなら、考えるしかない。
振れないなら、置くしかない。
そうして生まれてしまうのが、
後に「斧学八計」と呼ばれる、
ちょっと困った学問です。
斧は、まだ序盤です。




