第一話 悪役にされる令嬢 前編
「シャーレット・ホームズ! お前との婚約は破棄させてもらう! この人殺しがァ!」
人殺し。自分に向けられる言葉として全く聞き馴染みのない言葉がシャーレットの、そして、王宮舞踏会に出席している者たちの耳に響いた。
会場はどよめき、皆の疑念と恐怖の入り混じった視線がシャーレットへと向けられる。
(このワタクシが、人殺し? 殿下は何を仰っているのかしら……。誰かがワタクシを嵌めようとしている? 誰が? どうして? どうやって……。落ち着きなさいシャーレット・ホームズ。まず、今夜この舞踏会で何があったのか——)
時間は、シャーレットが舞踏会場へ足を踏み入れたところまで巻き戻る。
シャーレット・ホームズ。公爵の家に生まれた令嬢。シルクのような長髪であり、その髪と瞳の色は最も美しい宝石の一つと呼ばれるパライバトルマリンのような淡い青色。血管まで透けて見えてしまいそうな透き通る白い肌。生まれ持った顔、培った教養、彫刻で作られたかのような艶やかで美しい身体。身につけられた礼儀作法。どれをとっても非の打ち所がない、まさに存在そのものが高嶺の花と呼ぶにふさわしい女性。
“鉄”のように冷たく形を変えない表情を除けば。
——王宮舞踏会。それは、王族貴族、高位の軍人役人などが一堂に会する、国の上流階級による社交会。
幾百もの燭台に照らされた天井画、宝石のようにきらめくシャンデリア、磨き上げられた大理石の床。その上で、絹と香水と噂話が渦を巻く。
彼ら彼女らが今宵集められたのは、公爵令嬢のシャーレット・ホームズと、同じ学園に通う許婚であった第2王子トライオン・ドラコーンの婚約が、シャーレットが16歳になったことで正式なものになるので、それを祝うためであった。
そして、その絢爛豪華な会場に主役の1人であるシャーレット・ホームズがやってきた。身に纏うドレスは黒のように暗い青色を基調としており、彼女の表情と合わさることで、まるで喪服のように見えてしまう。
そして、会場の雰囲気も祝福などというものではなかった。なぜなら彼女も、渦巻く噂話の中にいるのだから。
「アレが“鉄”の令嬢か」
「噂以上の美貌……それに……なぁ?」
「ご覧になって、アレが“鉄”の令嬢よ」
「まあ。でもあの殿下にはお似合いではなくて?」
「確かに。鉄なら殿下からの寵愛も耐えられるでしょうね」
紳士からは劣情を宿した視線。淑女からは扇の陰で囁かれる声、嘲笑。それが全て自身へ向けられることに、シャーレットはなれてしまっていた。
しかし、そんなシャーレットも公爵令嬢。その家柄に対し挨拶をしてくるものは後を絶たず、応えるだけで疲労感はかなりのものだった。
そんな疲労感を煽るように無駄とも言えるような根も葉もない様々なことに関する噂がシャーレットの耳に入る。
平民出の娘の出生の秘密、若者の間で流行る良く眠れる薬、世を騒がせる怪盗の正体、今夜の発表は婚約破棄なのでは——
そんな毒にも薬にもならないような話がザワザワと勝手に聞こえてくる。
(やはり、このような場は好きになれませんわね)
シャーレットはテーブルに置いてあるグラスに手をかけ、不快な思いを流すように口をつける。
「よォ!シャーレット」
「トライオン殿下。ごきげんよう」
「なんて素っ気ない挨拶してんだァ」
言いながらトライオンは王族とは思えぬ立ち居振る舞いでシャーレットへ肩を組む。その手はシャーレットの胸まで伸び、通話中にその辺にあったペンをいじるように、雑に、トライオンは弄ぶ。
「オレ様は今日お前の夫になる男、この国の第二王子様だぜェ? オレ様のモノになるんだから言葉には気をつけろよ。お前の顔面と“コレ”は気にいってんだ」
「申し訳ありません」
しかし、トライオンの蛮行にシャーレットは眉ひとつ動かさない。視線すら向けず、言葉と声に反応しているだけのように謝罪の言葉を口にする。
「……フッ、ま、もぉいいか。じゃあなシャーレット」
対照的にトライオンは一瞬だけ怪訝な表情を見せたが、まるでどうでも良いことを一蹴するように笑うと、すぐさまその場を立ち去った。
(昔はあのような方ではなかったのですが)
「ホ、ホームズ様〜!」
シャーレットは声のする方を見ると、そこにはシャーレットの使用人であり、幼少からともに育ったジェーン・ワトソンが慌てた様子で駆け寄っていた。
ジェーン・ワトソン。女性としては身長が高くシャーレットより4歳上であり、シャーレットが生まれた頃より使用人として世話係を務めている。本来長い髪を短くまとめ、男性の使用人と同じ制服を着いるためか、その身長と整った顔立ちも合わさり淑女から声をかけられることも多い。女性らしくない身体というわけでもない。
本人は優秀な人間なのだが、昔からシャーレットが相手だと振り回されてばかりだ。
「あらワトソン。このような場で、はしたないわよ」
「そ、それは申し訳ありません」
「それで、ワタクシを置いてどちらにいたの?」
「それはコチラのセリフです。ご挨拶に来られた方々のお相手を私に押し付けて、勝手にどこかへ行かないでください」
「アナタならわかっているでしょう? あのようなことをワタクシが煩わしく思うのは」
「ホームズ様でないとできないことなのですが」
「そうかしら?この会場にいる多くの方たちは、可能ならワタクシとお話になりたくないように見えますわ」
「それは……」
「ワタクシのことなど関係なく、アナタとお話がしたい女性も多いでしょう」
「それは!」
「であれば、アナタがお相手して差し上げれば丸くおさまるでしょう」
「……とても私には歪に見えるのですが」
2人は主従とはとても見えないほどの軽口を叩き合っていた。だが、それは2人だけに許された笑みが溢れる空間であった。
「あ! シャーレット様!」
「アナタ様はホームズ様のご学友の——」
「はい! セシリー・ミラーと申します!以後、お見知りおきください」
セシリー・ミラー。シャーレットやトライオンと同じ学園に通う少女。シャーレットとは同級生で、学園も限られた身分の者しか入学できないのだが、彼女は違う。一般の家庭に生まれた平民であるが、何故か学園に入学しており、この場にもいる。
現国王の隠し子や友好国の王の隠し子、救国の英雄の子孫など様々なことが噂されているが、何故ここにいられるのか、それは当人でさえも知らない。
その身分でありながら可愛らしい容姿と愛嬌で、この格差世界で複数の男性から求婚されているらしい。
「セシリー、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう……エヘヘ、アタシまだこの挨拶なれません」
「しっかりなさい。そんな体たらくでは、アナタを送り出してくれたご家族が笑われてしまいますわよ」
「は、はい! がんばります!」
「それと、淑女ならもう少し慎ましくありなさい。アナタは元気がありすぎます」
「は、はい……気をつけます」
「……忘れていたわ」
「どうされたのですか? シャーレット様」
「今日はワタクシとトライオン殿下のために来てくれてありがとう。セシリー」
「シャ、シャーレット様……あ、頭をあげてください! アタシなんかにそんなこと——」
「いえ、アナタにだけは言いたかったの」
「ど、どうして……平民のアタシに……」
「平民なんて関係ないわ。なぜなら、セシリーはワタクシの友人ですもの」
「シャーレット様…………」
シャーレットはそこにあったグラスを2つ持ち、片方をセシリーに手渡した。
セシリーはそれを受け取り、2人は小さく乾杯して口をつけた。
「……! すみません、シャーレット様。アタシ用事を思い出したので、失礼します」
「あ、セシリー……」
セシリーは何かに気づいたような表情をすると、足早にその場を去ってしまった。
(一体どうしたのかしら? 何か見つけたようにいってしまったけれど)
その後しばらく、また挨拶に来る出席者たちに捕まり時間が過ぎていった。
「ホームズ様。そろそろ」
「そう、では行きましょう」
挨拶が落ち着き、少し間をおいてジェーンがシャーレットに耳打ちした。
シャーレットとトライオンの正式な婚約を壇上へ上がり改めて発表する時間が迫ってきていたのだ。
2人は壇上へと向かおうと足を進めているその時、どこか騒がしさを感じた。そちらの方向へ目を向けたその時——
「セシリィイイーーー!!!!」
トライオンのセシリーを呼び叫ぶ声が場内へ響き渡った。
既知の2人に関係することと察したシャーレットは現場へと駆けつけた。するとそこには、力なく倒れるセシリーを抱えるトライオン、2人の姿があった。
シャーレットは事態の把握のため、2人の側へ歩み寄る。
「トライオン殿下、セシリーに一体なにが?」
「さっき見かけて元気なさそうだから声かけて話してたら、急に倒れたんだよ。オレ様が聞きてェぜ」
何か話そうとして言葉が詰まったのか、セシリーがゴホッと咳をした。
「どうしたセシリー、何があったんだ?」
「あ…………」
「あ?」
「あの方に毒を…………」
「毒?! あの方って誰だ! 誰がお前に毒を盛ったんだ!?」
「しゃ、シャーレット……様………」
(ワタクシ……?!)
シャーレットは力なくシャーレットを指差す。
「シャーレット・ホームズ! お前との婚約は破棄させてもらう! この人殺しがァ!」
(このワタクシが、人殺し? 殿下は何を仰っているのかしら……。誰かがワタクシを嵌めようとしている? 誰が? どうして? どうやって……)
人生初投稿のため、至らぬ点など多々あったかと存じますが、最後まで御一読くださりありがとうございました。




