第九話
ここに来て結構な時間が経ってる気がする。日の光が無いため時間を計るどころか何日経ったかすらわからない。
あれから何とも出会わず進めてこれてるおかげか考え事をする余裕が生まれている。
よくよく考えてみれば魔物になる前、つまり人間だったころは時間という日本人、いや世界中の大半の人が時間という概念に縛られていると思えば今の自分の状況も見る人が見れば羨ましい状況かも。
変わってくれるなら今すぐにでも変わりたいが
考える余裕といっても精神的には相当疲労してるため何処かで頭を休ませたいところだ。見た目の厳つさからは想像できないだろうが、中身が人間なため相応の休息を取らなければ精神がまいってしまう。
俺はどこか休める場所を探しながら進む。できれば広場ではなく小部屋なんかを見つけたい。幸いここに来るまでにいくつかの部屋は見つけているためこの階層でも見つけるのに苦労しなかった。
見つけた部屋の内装は豪華な物や荘厳な壁画などは無くただシンプルに真ん中に長方形の机にいくつかの椅子、部屋の奥の壁際に人が横になれそうな布の敷かれた台、おそらくベッドだ。
まさに今の俺に必要なものがそろった場所だ、俺は中に恐る恐る入り中を暫く物色した後、壁際の台に横になる。
いまいちこの体の寝方がわからないが床でテレビを見るように体を横に向け腕を枕にする。体が大きく足や尻尾が台から投げ出されているが仕方ない。
床で寝れば綺麗な態勢で寝れるのだが自然と体がベッドの方に向かってしまった。
やっと一息付けた、といったところか。俺は目を閉じ(手で探った感じ目は無かったが)これまでの事これからの事をぼんやりと考え始める。
あまり本腰を入れて考えると休めそうになかったからだ。
異世界になぜ来てしまったのかという疑問は俺の中で折り合いがついたのか今ではほとんど考えることは無くなっている。
今俺の中の大部分を占めるのは自分が本当に魔物かどうかという疑問だ。
魔物の特徴は見た目の歪さもあるが見た目がそこまで歪じゃない個体もいる。魔物の最大の特徴はその行動原理だ、魔物以外のマナを宿す生物を無作為に襲うという単純なものだ。
戦ってる間はいろいろなことが重なりすぎて早々に結論を出してしまったが、落ち着いた今はその答えに待ったをかけていた。
俺が魔物じゃない根拠、まず一つは俺の見た目が結構整っていること、鏡を見て確かめたわけじゃないが見える範囲で自分の体を見てみても生物としての歪さは感じない。まあ寝て起きてこれがいたら俺は失神する自信があるが。
次に俺の自我がはっきりしていること。魔物は目についた生き物を襲う厄介者だ、別に俺は危害を加えなければ自分以外の誰かがいてもノータイムで襲うほど野蛮じゃない。むしろ戦いは避けるために逃げる派だ。
これだけだと見た目が怖いだけの悲しきモンスターという感じだが……
逆に俺が魔物だという根拠もある。一つは魔物が襲ってこなかったことだ。極めて低い確率だが暗闇からヌッと現れた奴が生き物の可能性もあるのだが、今は奴を魔物と仮定しておこう。魔物の性質上、俺が魔物じゃなかったら早々に攻撃されていただろう。
それなのに奴はこちらを見定めるというか確かめるように俺に付きまとって来ていた。それは暗に俺が魔物と言っているようなものだ。
ちなみにずっと奴と言っているがミラーフェイスみたいに名前を付けたほうがいいかと思ったが特に思いつかなかったためだ。というかあんな見た目の化け物がこの世に二人と存在するはずがない。奴は俺が殴って消し飛ばした、もうこの世にはいない。
何より名前を付けて呼ぶたびに奴の姿を思い出すのは嫌だったため奴とかあいつと言っている。
二つ目はまだ少し曖昧だ、自分の中で確信してるわけでは無い。単に勘違いの可能性もある。それは、焦ったり追い詰められたりすると途端に狂暴に、好戦的になることだ。戦闘中にどう戦うか考えたりもするが、逆に考えれば思考がそっちに寄って行ってると言えなくもない。
誰しも追い詰められたらそんなもんかと思うが、俺に限って言うとどちらかというと俺は焦って逃げ出すタイプだ。
今にして思えば異世界の魔物や魔獣と戦う調査員は俺には向いて無かったとふと思う。
追い詰められたとき狂暴になるのはこの体の防衛本能か俺の防衛本能かどっちかわからない。俺が体を支配してるように見えて、実は体が俺を支配してるのか。
また妙な方向に思考が向かい背中から首にかけて、ぞくりと寒気が走る。異世界に来てから露呈した俺の考えすぎがまた発動した。
正直、自分が物事をあまり深く考えない性分だったらこんなに精神的に参ることも無かったろう。
だがこのことをよく思ってる側面もある。それはまさに俺が魔物か魔物じゃないか問題に一つの答えを出していた。
これまでの事を総括すると、俺は見た目は魔物頭脳は――ではなく精神は人間の何かだ。自我ははっきりとしているが追い詰められると普段の自分では考えられない思考に切り替わる。
俺の答えはこの思考の差異を認識できてる間は俺の自我が体を支配してる、つまり人間と言えると思う。だんだん自分が何言ってるのかわからなくなってき頭の中がフワーっとしてきている。
どんな形であれ自分の中で一つの答えを出せた達成感からか俺はいつの間にか眠りについていた。
どれだけ体が強靭でも無防備に隙を晒すのはどうかと思うだろうが、魔物と対峙した時に気付いたことだがこの体はやたら気配に敏感だということだ。
この体は視界に映らない、暗闇に溶け込んだ魔物の気配を逃さなかった。だから何かが来ても気付けるだろうと高を括っていた。
この詰めの甘さもまだ俺が人間だといういい証拠だ。
・・・
視界は閉じているが目を覚ました。まだ頭が少しボーっとしている。体は全部乗らなかったが、このベッドの寝心地、特にこの柔らかい枕が良かったためか結構深い睡眠をしていたみたいだ。
いや、枕なんてあったか?確か自分の腕を枕代わりにしたけど……
俺は頭に敷いてある物を触ってみる。沈み込むような柔らかさにしっかりとしたハリに心地よい暖かさ、ほかにも手を伸ばすと滑らかな質感の撫でていて気持ちよくなるような高級なドレスのような肌触り。
何かに膝枕されてる!?
ドクンという緊張が走ると同時に目が覚め飛び起き、瞬時に右腕にマナを溜め俺の寝ていたそばにいるであろう何かに拳を振りぬく。
やはり焦ると攻撃的になってしまうがこういう時は正直ありがたい。俺だったら変に考えて先制攻撃を許していたかも。
だが、俺は振りぬいた拳を命中寸前で止めてしまった。俺の自我というか、男の性というか。
目の前に居たのは明らかに女性だった。自分たちと違う種族のオスメスの判断はある程度の知識が無いとできないが同じ種族なら本能で分かるように、目の前の何かは女性だと分かった。
見た目は完全に人間というわけでは無いが、所々の部分が人間のそれも女性の特徴と一致していた。
でっっっか……
顔の大部分はキノコ?というかクラゲ?のような大きな傘ようなものが覆っていて目元や髪などは見えない。傘っといっても被っているというより生えている感じだ。鼻はすらっとしていて、口元は妖艶な唇がで薄く笑みを浮かべている。
思わずゴクリと生唾を飲んでしまった。この体を確認した限りそういうものは付いていなかったのだが。
胸と尻は言わずもがな、体全体は薄くしかし透けない膜をドレスのように纏っている。おそらくこのドレス見えるものは体の一部なのだろう。それから数秒、観察していると向こうもベッドから立ち上がった。
俺ほどではないが人間と比べたら身長はかなりデカいほうだ、たっぱがデカいからか体全体の肉付きもかなり良くそれでいて太すぎるわけでは無い。
まさか化け物の体に寄った思考を取り戻すとは、それも性欲で。嬉しいのやら悲しいのやら、いや生殖器は俺に無かったので悲しい寄りだ、かなり。
俺は頭の中で肩を落とすのだった。