第六話
静寂が辺り一面を支配していた。ほんの数分前にここで怪物同士が戦ったのが嘘だったかのように暗く静かだ。そこに佇む一匹の化け物、ここでの戦いを制した化け物つまり俺は傷が治るのを待ちながら考え事をしていた。
あの液体金属…… いやいい加減液体金属と何度も呼ぶのも疲れるなぁ そうだな鏡みたいにこっちを映しながら見てくるから、鏡野郎? いや野郎なんて言ってるがそもそも男かどうかわからん、鏡の顔だからここは安直にミラーフェイスとでも名付けておくか。
あまりの安直さとネーミングセンスの無さにフっと苦笑いを浮かべて少しばかり恥ずかしさが込み上げてくるが、その恥ずかしさもすぐに霧散する。この場所に人が立ち入るには気が遠くなるような時間を掛けなくてはいけないし、この考えを共有する誰かも居ない。
ふと虚しくなるがすぐに気持ちを切り替え虚しさをどこかにやる。
それにしても物凄い攻撃だったな体のあちこちが吹き飛んだぞ…… もう治ったけど。もうこの体には驚きはしない、戦ってるときは予想外のダメージに焦ったが途中から痛みも感じなくなっていたし、それがぶり返す事もない。
そもそも血が出ない、てか無い。削られた体はどこからか塵が集まってきて体を治した。これで分かったのは俺は化け物だということだ、しかもただの化け物じゃない化け物の中の化け物。これからのことを考えると好都合だこの世界で生きていくならこれくらいじゃないと。
俺は体を起こして来た道を戻る。道を進んでまたミラーフェイスと鉢合わせたらめんどくさい。いくら最強の体を手に入れても戦わないに越したことはない。
来た道を戻るとやり取りは少なかったが俺とあいつの戦いがどれほど激しかったのかを物語っている。戻った先の通路は亀裂が走り所々にアイスをスプーンで掬ったように削られた跡が奥まで拡がっていた。おそらく奴が飛ばした雫の通った跡だろう。
広場に続く出入口はミラーフェイスの過激な攻撃の余波で崩れてしまっている。レベルの高い地域はそこに住む生き物に加え生えている草木や地面、鉱物も内に秘めたマナの量も高い。
そのためただのスコップや斧で地面を掘ったり木を切ることは非常に困難なため同じくらいのレベルの道具を用意するかレベルの高い人間がそのまま素手で地面を掘ったりするしかない。
この遺跡がある場所の正確なレベルはわからないが相当なレベルであるに違いない。そんな高いレベルにある遺跡の通路をここまで破壊するなんてな。
俺のレベルはこの地域のレベルを逸脱してるためマナ操作で体を強化しただけで天井や床を木っ端みじんに破壊できるがミラーフェイスは体を強化しても壁に亀裂を入れる程度、だがスキルを使うと俺とほぼ同じだけの力を発揮する。
まったく、厄介すぎるだろ。そういえば俺も門に落ちる寸前に発動したけどあれ以来使えていない。もし使えればミラーフェイスとの闘いももっと楽だったんだけどな。まあ仕方ないか
俺はしょうがないと思いつつ目の前の瓦礫をどかすためにマナを集め、ふと違和感に気づくミラーフェイスとの戦いの時はマナが上手く操作できなかったが今はそんな事はない。
もしかしたら本当にアイツの能力かなんかでマナを操れなかったのかも、次奴を見つけたら顔を見る前に蒸発させてやる……
瓦礫をどかして広場に出ると奴の飛ばした雫がどれほど破壊的だったかわかる。広場の反対側にトンネルができていて他にも無数の穴ができている。少し前にこの場所に来たときはこんな横穴は無かったはずだ。
穴に近づくと足元には砂が積もっていて奥まで続いている。どのくらい先まで続いているかわからないがこれを喰らって生き延びるとは我ながらいかれてるな。
あれ?いや気のせいか
踵を返しこれから何処へ行こうか迷っていると不自然なマナの流れが横穴に向かうのが見えた。気になり横穴の中を進む。意味ないかもしれないがこの遺跡のことを少しでも知りたいと俺の微かな好奇心と知識欲が刺激される。
穴の奥に進むと少しずつ穴が埋まり始めている。今まで発見された遺跡はどれも神秘的で不可思議でどれも人類の叡智を超えたものばかりだが崩れた箇所を自動修復する遺跡なんて聞いたことがない。
なるほど、これだけ高レベルの場所だ、いくら頑丈な素材を使ってもスキルを使われたらひとたまりもないからこういう仕組みを作ったのだろう。
穴から広場に戻り自分の来た道を戻って俺が突き破った天井いや床のある場所まで戻ってみると、やはりと言うべきか俺が突き破った床は綺麗に直っていた。
少し前まで早くこの光の無い場所から脱出しようと躍起になっていたのが嘘みたいに今ではこの遺跡を隅々まで探索したいという欲求に駆られている。
スマホが無いのが残念だ、この遺跡の動画や写真の一枚でもあれば、もしもこの自動修復の仕組みを持ち帰れば莫大な金や名声も欲しいままにできただろうに。
まあ無いものはしょうがないし、今の俺には金も名声も必要ない。
とにかく外に出よう。
俺は最初とは別の道を進み始めほぼ同じ風景に少し飽き始めた時だった。相変わらず暗い通路を抜けると今回はかなり広い空間に出た。最初に俺がいた場所もそれなりに広かったがここはそれ以上だ。
相変わらず何に使うかわからない台座に読めない字が書かれたモノリスが台座を囲うように置かれている。
生贄を捧げるような不気味な雰囲気を漂わす光景に中身は一様現代人の俺は少しだけビビってしまい、早くこの場を立ち去ろうとする。
だがそんな自分の足を引き留めてしまうものが視界に入ってしまう。本来明かりか何かが無ければ見ることのできないものだが俺にはそれが見えてしまう。
壁画だ、ものすごく巨大で部屋の壁一面にびっしりと描かれている。現代人の感性に合うのか専門家でもない俺にも何が起きたのかよくわかる壁画だった。よく見ていくと何やら順番があるかのような法則性が感じられる。
俺は自分の感じたままこの壁画を読み取る。
・・・
ここではないどこか遠く
そこに住む人々は戦いに明け暮れていた
そんな戦いの日々を終わらせた戦士が現れた
戦士は英雄となりその地に住む人々をまとめ上げ王となった
だが戦いの爪痕は深く大地を腐らせた
王はそこに住む人々を連れ新天地へと向かった
そして長い旅の果にこの地を見つけた
ここは自分たちが訪れたどの地よりも豊かで平和だった
人々は平和を謳歌し豊かに暮らしていた が
突如として大地から不気味な何かが溢れた
その何かを封じるため蓋をするように溢れた場所の真上に神殿を立てた
しかし完全に抑えることはできなかった
この豊かな地を手放せなかった王は自分を生贄とし何かを抑えた
それから蓋が綻びるたびに生贄を捧げ安寧を得ていた
・・・
これが俺が感じるままに読み取った壁画の無いようだ。自分の内に何やら不気味な予感が走る。
壁画に描かれている溢れた何か……
神殿の下に封じられた何か