第五話
過去の偉大な時代を感じさせる壮大な建造物の最奥で対峙する二匹の怪物。
片方は人の上半身部分を切り取ったかのような体が液体のよう不気味に流動し体全体が鏡のように周囲を映し出していた。
もう片方は二本の手足に少し曲がった背、鋭くギラリと覗かせる牙に爪、すらりと伸び鞭のようなしなやかな尻尾、そして迸る膨大なマナ。見た者全てが死を予感するほどのプレッシャーを放ちながら佇んでいた。
・・・
液体金属の体を持つこの異形は何百年とこの場所を自分の領域としこの場所に土足に踏み込んだものを容赦なく排除してきた。まあこの場所に踏み込む程の者は片手で数えられる程度だが。
すぐにでも目の前の敵を即座に排除したかったが相手の放つ圧倒的なプレッシャーを敏感に感じ取り本能が待ったをかけて動けないでいた。何ならこの場所を諦め逃げたほうがいいと語りかけていた。
だが、ここは自分の領域でこいつはそこにやってきた侵入者、つまり、敵。理性ではここは戦わず引くべきなのだがこの場所を何百年と守ってきた自負や強敵と戦って勝利してきたという自信、何より敵に背を向け逃げるのをプライドが許さなかった。
その瞬間、自分の中の理性を消し去り単純な闘争本能のみが体を支配しそのまま目の前の敵に襲い掛かった。
・・・
液体金属が動いた、地面や壁、天井を自由自在に這い回りながらこちらに向かってくる。人の形をしているが体が液体のためか予備動作などなく一瞬にしてこちらとの距離を詰められ俺は完全に出遅れた。
咄嗟に腕を出し防御の姿勢はとれたが先生攻撃を許してしまった。液体金属は接近すると同時に腕の形状を剣に変えこちらに切りかかってきた。
腕を切られることはなかったが見た目からは想像ができないほどの質量そして軽い痛みとダメージを与えた。音速を超えて岩壁に激突してもダメージや痛みすら感じさせなかったこの体に軽くとも痛みを与えたことに俺は内心ビビっていた。
足元の石畳が音を立てながら陥没した。このままだとまた地の底に叩き戻される勢いだ、俺は精一杯の力で相手の腕を振り払った。
距離が開いたためよ態勢を整えたかったが相手がそれを許してはくれない。間髪入れず接近してきて、今度は腕を槍の形状に変え目にも止まらぬ連撃で突いてくる。
この程度の攻撃だけならまだ大丈夫、だが問題は二つ!
一つはスキルだ。
マナは吸収された体に留まり続ける。そのおかげで身体能力などが大幅に上がり、攻撃に対しては体を薄く覆っているマナがある程度受け止めてくれる。
マナを宿した者は並大抵の攻撃ではびくともしないのだがスキルによる攻撃だと話が変わってくる。放出されたマナによって引き起こされる事象は何倍にもなって引き起こされる。
もしこの液体野郎がスキルを使ってきた場合どうなるか全く予想できない。スキルの規模は放出されるマナの量で決まって大量であればあるほど壊滅的な規模になる。
日本にも人の身で旅客機を粉々にするやつがいたが、ここでもう一つの問題が出てくる。
それがレベルだ。
レベルとは空間に漂うマナの量を表したものだ空間に漂うマナは段階的に一定の数値で上昇していく。マナの量が一番低い場所をレベル1としその場所から離れるほどマナが一定数増えていきレベル2、3というように上がっていく。
マナを吸収した生物もそれに合わせレベル1の場所のマナ量と体内のマナ量が同等ならその生物もレベル1ということになる。
異世界の調査によって人類が到達したのはレベル4まで。
ここは人類の物差しで測れるような場所じゃない。これまでどこの国もどの調査員も観測したことのないレベルの場所だ、液体野郎はマナを操作しただけであれ程の膂力と質量を伴った攻撃を繰り出してきた。
もしスキルを使われたらこの体もただじゃすまない。
液体野郎の連撃が徐々に俺の体を蝕んできた、できる限りマナを操作し奴の連撃に耐えるがどうにもマナが上手く操作できない。
これも奴のスキルや能力なのか? こいつの俺が歪んで映る顔を見てるとなんだか集中できない。
そうしてる内に奴は次の攻撃を繰り出す。液体の体を生かして両腕を合わせ一本の巨大な腕にし俺は壁に叩きつけられた。
腕にしかマナを纏わせられなかったためか叩きつけられた脇腹に鈍い痛みが走る。
くそが、散々ボコりやがって今度はこっちからぶっ潰してやる……
だが俺が最も恐れることが起こる。俺を壁に叩きつけ距離を取った奴がその両腕から水滴を滴らせていた。落ちた雫が床にめり込む。雫から大量のマナが発せられている。
それから大きく腕を振りぬいて宙を大量の銀の雫が舞いこちらに飛来し俺に直撃する。腕部分と腕で覆った場所は何とか守ったがそれ以外の場所が悲惨だ。
体が文字通り削られた。痛みはあるがそれほどではないのが不幸中の幸いだ、だがこの体が奴の攻撃にどれだけ耐えれるかはわからない。
このまま削られ続けるとさすがにヤバい、どうにかしてマナを溜め奴に近づき一撃で仕留めないと
俺は奴の攻撃に耐えながらもある場所にマナを溜め始める。相変わらず上手く操作できないがそれでもやるしかない。
銀の雨を全身に浴びさせられ体を削られながらも床を爆発的な勢いで走って距離を詰める。雫の弾丸の一つ一つが俺の体を通路の先まで押し戻す勢いと重さで俺に襲い掛かる。体を削られるどころかところどころ穴が開いてる。
奴もそれを察してか後ろに下がり始めるが、もう遅い。俺は思いっ切り床を蹴って奴に飛び込む。だがその瞬間地面から無数の針が突き出てきて俺を串刺しにした。
床を見ると奴の下がった後に水溜まりができていてそこから針が俺に向かって伸びていた。液体で出来た体のどこに脳味噌を隠しているか疑問になる狡賢さだ。
突き刺さった針のせいで身動きができなでいると奴がさらに腕の水滴を滴らせ俺の顔面に浴びせてくる。身動きが取れないまま奴にされるがままに攻撃されこの体になって初めて焦りを覚えた。
針によって固定された体を俺はありったけの力で無理やり引き剥がしながら進んだ。びりびりに破けた布のような姿になりながら奴との距離を詰める。
液体野郎は俺の接近に合わせ両腕を剣に変化させこちらを迎え撃つ、その瞬間俺は笑みがこぼれる。自分の想定通りに事が運ぶのはどんな状態になっても気分がいい。
振り降ろされた両腕を受け止め奴の動きを抑える。もともと液体の体だからか変形させた腕を瞬時に液体に戻すが今度こそ、もう遅い。
俺はこれまでマナを溜めに溜めた尻尾を振りぬいた。今戦ってる通路の先、壁の向こう側まで振りぬいた衝撃が走る。振りぬいた尾が液体野郎の体を吹き飛ばした。液体だからこの攻撃がどこまで有効かわからないが少なくとも戦意を削ぐことはできたようだ。
自分の減った体の体積を見て明らかに狼狽えている。それから少しの間こちらを見つめていたが攻撃する様子はなくしばらくして通路の亀裂に染み込むようにして消えていった。
また少し疲れた。ここの連中は化け物過ぎる。