第四十話 不幸中の幸い
彫刻のような木々が群生する灰色の森にサラは再び戻って来た。あれから何度か魔物に接近されつつも何とか回避しここまで到達できた。
ふと遠くを見ると飽きもせずこちらを見ている。
アイツはあたしを追い詰めるのを楽しんでる。わざと逃げられる隙を作ってあたしを逃がしてるんだ。だがそのおかげでここまで来れたんだ、あの薄気味悪いボウリング野郎の面、吠え面に変えてやる。
視点を移すと次の瞬間、間近に迫りゆっくりとこちらを捕まえようとする。向こうはふざけているが万が一掴まれば一巻の終わりなので気が気じゃない。
だがそれも、もうすぐ終わる。
何度か奴に迫られた時、決まって遠くから一気に近くに迫ってくる。なんでかは分からないがこれを利用させてもらおう。
あとは祈るのみ。
サラの目的地が見えてくる。
綺麗に片付いているが石肌にこびり付いた黒く乾いた液体やら匂いは隠せない、いや隠す知能は無いらしい。周辺の木は黒い何かがこびり付いているが真ん中の一本だけ灰色のままだ。
走りながら遠くを見る。奴がこちらを見ている。タイミングを合わせ何も付着してない木の近くで向き直ると奴がすぐそばに現れる。
意を決し魔物の横をすり抜け拳銃に装填されている弾を木に向かって打ち尽くす。
その瞬間、音と衝撃で擬態を解き頭上から巨大なカマキリが現れ、間髪入れずにサラとそのすぐそばに居た魔物に向かって鎌を振り抜いてくる。
サラは決死の思いで身を屈め攻撃を回避する。
砂煙が晴れると魔物の体に当たった部分の鎌が消失していて、怒り狂ったカマキリがもう片方の鎌で魔物に攻撃を仕掛けた。
凄まじい衝撃音が鳴り響く中、サラは全速力でその場を後にする。
灰色の森を抜けても遠くから音がするが気にせず山を駆け上る。
アイツの弱者を追い詰める正確に助けられたな。悪いなデカカマキリ、あんなのを擦り付けちまって。
おそらく奴はあたしがあの場で戦闘を観察していた時からあたしの事を補足していたに違いない。だから早々に虎もどきを屠り、より弱い存在のあたしの前に姿を現したんだ。
今までの人生は弱者を散々いたぶって来た連中とばっか関わって来たからか、そのおかげで奴のクソみてえな性格を見抜くことができた。
サラはふと振り返りまだ音のする場所と自分の歩んできた人生を睨みつけながら中指を立てた。
・・・
山を越え、灰色の森からもだいぶ離れた。
ここまでぶっ通しで走って来たからか流石に息も絶え絶えだ息を整えるため一旦足を止め深呼吸をし一歩踏み出した瞬間。
腕をギュッと掴まれ、引かれる。
いやまさか、そんなはずは。焦りや恐怖、困惑といったいろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い悪寒が駆け巡る。
恐る恐る、時間を掛け、まるでこれから刑が執行される死刑囚のように振り返る。
仄暗い靄がサラの腕に巻き付いている。
心臓が飛び上がり、咄嗟に腕を引いてもびくともしない。咄嗟に空いているもう片方の腕でマチェット抜き巻かれている腕の切断を試みるも、いつの間にか伸びてきた靄に取り押さえらる。
じりじりと両腕を引かれ、このままではほんの数秒で魔物の体に取り込まれてしまう。
足に力を込め何とか後ろに下がろうとするがびくともしない、地面をけり上げ有らん限りの土と罵倒を魔物に浴びせるが表情一つ何も変わらない。
だがサラにはその表情の奥に潜む邪悪な本性が読み取れる。
自分より圧倒的に弱い存在を凌辱することに愉悦している、と。希望を与え、その希望を踏みにじって絶望させる事こそが全てだと。
「やめろおおおおおおおおおお!! やめてええええええええええええ!! お、ねがい・・・」
金切り声がサラと一緒に暗闇に溶けていく。
数秒が経ち、辺りに静けさが戻る。最初からそこには何も無かったかのような雰囲気が漂う。
・・・
いつの間にか泥のように身動きが取れない圧し潰されてしまいそうな闇に包まれた場所にいた。
此処は?
辺りを見回すが何も見えない。息はできるが息苦しい、体の気怠さが段々強くなってきている。
自分のこれからの未来を想像し心臓の鼓動が音を立てて早くなり、何とかしなきゃどうにかしなきゃ、と焦り、藻掻く。
意識もだんだん遠のいていく、まるでこの闇に意識が溶け出しているように感じる。
その場で暴れているだけか進んでいるのか分からないが、がむしゃらにひたすらに前へ、前へ、前へ……
何であたしがこんな目に、あたしが何をしたって言うんだよ。ふざけんなよ、ふざけるな! 誰でもいい、何でもいいから……
助けて……
サラの意識が溶け消える瞬間、がむしゃらに伸ばした右手はそれを幸運にも手にしていた。
・・・
深い眠りに包まれサラが次に目を覚ましたのはあの魔物に捕まった森の中で何が起きたのかサラは理解することができなかった。
辺りを見回してもあの魔物どころか他の魔獣の姿や気配は無くなっていた。不気味に思い立ち上がろうとすると自分の手に見慣れないモノが握られていた。
飾り気の無いシンプルな造形に固い感触だがどこか生き物のような肌触りのする傍に居るだけで身の毛のよだつ、どす黒く槍だった。




