第三十九話 逃走劇
蛇に睨まれた蛙。今の状況を表すのにこれほど当てはまる言葉は無い。
魔物にただじっと無機質に見つめられて何が起きたかを考えるより先にサラを襲ったのは強烈な吐き気だった。急な吐き気に下を向いて吐いてしまい再び顔を上げると音も無く魔物は顔の前まで迫っていた。
声にならない叫びを上げな尻餅をつく。その際サラは驚きながらも咄嗟に抜いた拳銃を発砲していた。
靄に包まれた胴体部分に命中したが当たったというよりもその部分に吸い込まれたという感じだ。ジリジリト迫る魔物に体は後ろに下がりたがったが、これ以上は崖のため下がれない。
レベル4の肉体強度なら落ちても耐える可能性もあるが、この魔物の前ではそれすらも無意味だろう。
魔物は一歩一歩丁寧にこちらを追い詰めていく。
「気色の悪い化け物風情が! あまり人間様を舐めるんじゃねえぞ!!」
あまりのストレスに耐え兼ねたサラが魔物に向かって激高した。
拳銃を魔物の今度は顔に向かって撃つ。弾丸が数発魔物の脳天に当たると金床を叩いたような高い音が鳴らしながら魔物がで上を向いた。
今だ!
この千載一遇のチャンスをサラは見逃さなかった。スキルを二つとも起動し全力で稼働させつつ魔物の横を風のようにすり抜ける。
あの魔物自分の顔に当たって真上に跳弾した弾丸を見てやがった。魔物にくせに生き物のマナ以外に興味を持っている事はこの際置いとくとして、アイツの横をすり抜けられたのは奇跡と言ってもいい。
このチャンスを無駄にするわけにはいかねえ!
あの熊やカマキリが可愛く見えるほどの規格外に捕捉されているため出来るだけ距離を離すことが最善だと判断し、今まで警戒しながら慎重に進んで来た道もサラは猛スピードで駆け抜ける。
後ろを振り向くと奴の後ろ姿が小さく映る、心のどこかで小さく安堵しつつもペースを落とさず走り続ける。
だが、流れる景色の右端に何かが映り通り過ぎる。
走りながら違和感の有った場所を見直しても何もいない。あまりの極限状態のストレスからか厳格でも見始めているのかと思ったその矢先、死角の左側から強烈な悪寒を感じ取り鳥肌が立ち込める。
思わずその方向に向き直ると、奴がこちらをジッと見ていた。
進行方向をずらし距離を取ろうとするとまたその先に待ち構えていた。
「この・・・ 野郎が!」
焦ったサラは走る勢いそのままに魔物に向かって蹴りを放った。
魔物は特に抵抗する素振りなく蹴りを喰らい何事も無く立っている。何のリアクションも無い事に言葉を失っていると顔で受け止めたサラの足をゆっくりと掴もうとする。
サラはすぐに足を抜き逃げ出す。
何が、何が起きたんだ? いや、アレは一体何なんだ?
涙が勝手に流れてくる。
とにかく今はただ、走るしかない。 あれに追いつかれたら、あたしは……
不吉な言葉が脳裏に過る。その言葉を口に出すと本当にそうなってしまうと思いグッと言葉を飲み込む。走りながら今までの出来事が走馬灯のように流れ始める。
思い返しても碌なことが無い。嬉しかったことなんか無い。そんな自分を変えたい。そして……
サラは自分の内から込み上げる言葉を口に出す。
「・・・き、る」
自分が思うソレを現実にするため言葉にして叫ぶ。
「生きる! こんなクソみてえな場所で絶対に死なない! 国に帰る! 帰って、あたしの事を散々虚仮にしてくれた奴らを・・・ しばき倒す!!」
いつの間にか涙は止まっていて何かに吹っ切れたように体が軽くなっていた。
だが状況が良くなったわけでは無い。言葉にしたことを成すにはこの状況を打開する必要があるが、サラには一つ妙案が浮かんでいた。
サラはスキルを解除しその分を肉体の強化に回す。
あたしのスキルはあの野郎には通じなくて隠れることができない、だったら。隠れずに見つかればいいんだ。




