第三十七話 石の森
眼前に広がる灰色の森を見てサラは唖然としていた。緑豊かな森から何の前触れも無く灰色に変わっている風景に素直に驚きを隠せないでいる。
深呼吸してからサラは灰色の森に足を踏み入れ、一本の木に近づきコンコンと叩いてみる。まるで高名な彫刻家が一本一本丁寧に細部までこだわりぬいて作り上げた芸術作品かのような質感と雰囲気に息を呑んでから吞んだ息が声になって出してしまう。
「すげえ・・・」
「上からは分からなかったがこれは石だな ここから見えるすべての植物と地面が石で出来てる こんな大規模な異世界変異植物は見たことも聞いたことも無い、一応これも回収しておこう」
異世界の動植物は言ってしまうとこちらの世界とほぼ同じ種が存在している。
マナを有しているかいないかという違いしかない、が異世界の植物や鉱物などの自然物に関しては稀にこちらの世界の常識から逸脱した挙動や性質を持つものが発見されることがあり、今回サラが発見した灰色の森は異世界変異植物またはマナ性変異植物と呼ばれる。
サラはナイフを取り出しマナを纏わせ木の表面を削ってサンプル回収用の筒に入れようとした。
「マジか…… 欠片どころか粉すら削り出せねえ。いや、よくよく考えたらここは元々レベル5、内包するマナが桁違いだから無理も無いか とりあえずこいつらの写真を撮ってここから先はちょっと早いが動画をとりながら進もう」
写真をいくつか撮り森の中を進む。
地面やそこから生えている雑草までもが石になっていてかなり歩きにくいが、進むにつれだんだん不安定な足場にも慣れ今までのペースを落とさずに進めている。
それにしても、辺り一面完全に灰色だな。この世界で色を持つのがあたしだけに感じる。迷彩服もここじゃすんげえ目立つから役に立たない、ニンジャスキルだけじゃなくてもう一つの方も使っていかないと。
山を下ってこの森を目視した瞬間からここは元レベル5のエリアのためサラはニンジャスキルを使って行動していたが想定外のエリアを突っ切って行くしかないため、この森に入ってからもう一つのスキル、透明スキルを起動していた。
その名の通り透明になれるスキルで、起動に使うマナが多ければ多いほど背景が透過していき最終的にカメラや赤外線にすら映らなくなるスキルだ。
背景が灰色一色のため使わざるを得ないがマナの消費を抑えるためそこまで強くかけれず今は透過率70%といったところだ。
すると前方に黒い塊が見える。サラは一瞬のうちに木の陰に身を潜め目を凝らし驚愕する。黒い塊の正体は今朝方、野営地を出発して間もなくに遭遇した巨大熊だった。
全面灰色の世界であんなバカでかい図体だったのが幸いし早めに発見することができた。すぐさま迂回ルートをとり巨大熊に発見されないよう細心の注意を払い進む。
鳥肌が止まらない。遠目からもわかる圧倒的な存在感。一度間近まで接近されているからこそあれの脅威がわからないわけがない。
木の陰に隠れて遠目から奴の姿を確認しながら進む。今はおそらく丁度真横くらいに来たあたりだ。問題は帰りにこいつとまた遭遇する恐れがあるそう思いながら奴の姿を確認して進もうとした瞬間。
辺りが暗くなる。太陽が何かに隠れたのか? そう思い見上げると先ほどまではるか先に居たはずの巨大熊が顔を覗かせていた。
目は白く濁りただただこちらを凝視している。走り出したいが理性でその衝動を抑える。
クソ! なんで最初にあれだけ接近されたことを考えなかったんだ! この凶悪な見た目から持ってるスキルは攻撃スキルだと思い込んでた今までの自分をぶん殴りたい。
今思えば山で通り過ぎたはずのこいつがあたしの進行方向に居ること自体がおかしかったんだ! とにかくスキルを使ってこの場を離脱しないと。
少しずつマナを使いニンジャスキルと透明スキルを強めていく。焦るなと心の中で言い聞かせ少しずつ目を離さず後ろに下がる。
その時巨大熊よりも高い位置に何か違和感を感じる。
あれ? 今何かと目が・・・ 合ったような
巨大熊よりも高くそびえる石の巨木が静かに動き出すのをサラは見た。幹だと思っていたのが体に、枝だと思っていたのが前足に変わっていく。
細長い胴体とこの虫を象徴する鎌状の前足。二階建ての建物と同じくらいの熊よりもさらにデカいカマキリが木に擬態していたのだ。
「嘘だろ!?」
一瞬どうするか考えるがカマキリが自分を見ていないことに気付く。その瞬間サラは全力で走り出す。
走り出すサラを見て巨大熊が雄たけびを上げたのも束の間、後ろから襲われる。スキルを全力で稼働させ出来るだけ距離を離す。
後方から雄たけびと打撃音が聞こえ振動がこちらまで伝わってくる。それが徐々に感じなくなり雄たけびもいつの間にか痛ましい悲鳴に変わっていく。
それすらも聞こえなくなり物陰からあちらの様子を覗くと、ぐちゃぐちゃにされた熊だった物がその場にまき散らされていた。
熊の死体を貪るカマキリを見てサラは複雑な気持ちを抱いている。
あのカマキリは視界や嗅覚はそこまで優れていない、あたしのスキルでどうにかやり過ごせそうな相手だ。だからと言ってこれでよかったーって全く思える状況じゃないんだよね。マジで今日死ぬかも……
絶対に敵わないと思っていた存在が呆気なくそれ以上の存在に殺される。しかも、あたしはそれ以上の存在すら凌駕する奴らの巣窟の手前までこれから行くと思うと、正直何も考えられない。
ただ一つ確信したことがある……
人類は異世界から手を引いた方がいい、手遅れになる前に。




