第十五話
おぞましい咆哮が木霊し、重々しい揺れがこの古めかしい遺跡全体を大きく震わせるその中心地に禍々しい雰囲気を漂わせる化け物こと俺は絶賛大苦戦中だ。
心置きなく暴れられると言っても相手の姿を捉えたわけでは無いためこちらの攻撃は通らず相手の攻撃のみ一方的にこちらに当たる始末。そろそろ俺の理性ではこの体の本能を抑えられなくなりそうなほどフラストレーションが溜まっていた。
相手の攻撃を受け止めようにも敵の存在だけでなく、その攻撃自体が不可視なため感知することが困難でさっきから体のあちこちに攻撃を喰らっているため体全体をマナで覆い固めているため、身体能力向上にマナを割くことができずジリ貧になっている。
本来ならここまで面倒な相手はいったん無視して逃げに徹したいがクラゲちゃんがこの場所でスキルを使い異空間に身を潜めているため、スキルを解除したらこの場所に出て来てしまうため、あまり離れられない。
攻撃は衝撃波の様なものが飛んできて中々の威力だがマナの膜で受け止めれば問題ない、が体がもう滅茶苦茶に暴れたがってる。
これで仮に敵を倒せたとしても異空間から出て来たクラゲちゃんも攻撃しかねない。
どうにかして俺が奴を始末しなくちゃ……
そう考える間も攻撃が止むことは無くあらゆる方向から衝撃波が飛んでくる。飛んできた場所にすかさず反撃を入れるも意味が無い。
糞が、だんだん俺もイライラしてきた。鬱陶しすぎんだろ…… ああもういい加減に、姿を現せ!
自然と俺の魂からの叫びと化け物の俺の咆哮が同時に発せられた。聞くに堪えないおぞましい叫びがもう一度この遺跡に俺の願いをマナに乗せ木霊した。
狙ってやったわけでは無く、本当に偶々の出来事だ。無意識か、それともこの体が勝手にやったのか分からないが、俺は自分が唯一知るこのスキルを発動していた。
本来、スキルは発動時に使うマナの量でその威力が上がるが、俺の暗示スキルは決まったマナしか込められないため暗示の効力を引き上げられないがどういうわけか今発動したスキルは今までの倍のマナが込められていた。
放たれたスキルが周囲の床や壁、天井に伝播していきいずれこの遺跡全体に響いていく。あまりにも広範囲かつ強大になった俺の暗示を喰らった不可視の敵は僅かに、ほんの一瞬だったが奴の透明な存在に揺らぎが生じた。
さっきまで何も映らなかった自分のすぐ左に細長い人型の影が壁に映っていた。完全に闇に閉ざされた世界で影が映るなんてどうかしてるかと思うが俺のマナの光を映しだす目が奴を捉えた。
すると影はだんだんと消え始める。
だがそんな甘えた事を俺が、というかこの体が逃さなかった。消えゆく影に鋭い左腕を弾丸よりも早く伸ばし影に左腕を突き立てた。無意識に思わず笑みを浮かべ、ギラついた鋭い歯を剥き出しにした。
突き立てた手に壁の固い感触は無く、代わりにグチョグチョした泥のような感触が伝わって来た。気持ち悪い感触にすぐに手を放したかったが、散々好き放題にされたからか、この化け物の体は奴を掴んで放さなかった。
影の中に沈む奴が暴れているがお構いなしに、奴の体を鷲掴みにし影から引き摺り出した。奴の体は細く干し肉のように干からびていて、顔にはこちらに向かって大きく開けた口がついているだけ。
こいつを引き摺り出した瞬間、耳をつんざく高い叫び声が響き渡る。思わず耳を塞ぎたくなる音量に手を放しそうになった…… 俺の意識だけは。
俺は、この化け物の体が俺の手から完全に離れていることに気付いた。
すると体内のマナが流れていくのを感じる。いつも俺が使う身体強化ではない、左肩辺りに集まり次の瞬間、左腕が勢い良く生えて来た。
マジかよ…… 勝手に、それも俺が知らないスキルを使いやがった。
新しく生えた左腕を握ったり開いたり動作の確認をした後、叫ぶ奴の顔を殴りつけるように掴んで黙らす。黙らした直後空いている右手でまだ影の中に沈んでいる体を掴み完全に影から引き摺り出そうと力を籠め引っ張る。
奴の腰?から下は雑草の根っこのように影に根付いていて、引き抜くたびにぶちぶちと音を立てている。だがあまりに深く根付いているのか右手一本では足りそうにない。
するとまたもやマナが流れ右肩からもう一本右腕が生え、奴の残りの体をすべて影から引き摺り出した。こいつはこれから無残にも俺という枷から解き放たれた化け物に為す術無く惨殺されるだろう。
俺が体の主導権を握っていればもう少しマシだったかもしれないが、こいつは少々この体をイラつかせすぎたな。
俺には目の前の惨劇よりも今はどうやって体の主導権を取り戻すかが重要だ、どうするか考えているとふと横から華奢な手が伸びて俺の腕に添えられる。
顔が咄嗟に伸びてきた方を見る、そこにいたのはクラゲちゃんだ。どうして出て来たのか深い理由は分からないが何かを訴えかけるようにこちらを見ている。
まずい! このままだと!
懸念通り俺の体は新たに出て来た障害を排除するために動き出し始める。俺はどうにかして体を取り戻そうと必死に動かそうとする。
だがそんな俺の意識を無視して体が動き、振りぬかれた尻尾がクラゲちゃんを吹き飛ばす。そのまま彼女に向かって飛び掛かり尻尾で腕ごと体を絞め思いっ切り力を籠め始める。
クラゲちゃんは苦悶の表情を浮かべながらもこちらを見つめている。俺は心の中で叫びながら必死に体を動かそうとするが全く言うことを聞かない。
段々締め上げる力が強くなっていき、彼女がガクリと項垂れ動かなくなる。
いい加減に! この体を! 寄越しやがれ!
虚しく頭の中で俺の叫びが響くが何も変わらない。が、自分が手に掴んでいるモノを思い出す。俺は咄嗟にこいつに一か八か暗示スキルを使う。
暗示の内容は 助けを呼べ なんでもいいからこの状況を変える何かを期待して。
不幸中の幸いかスキルは正常に発動した。なんで発動できたのかは今の俺にそんなことを考える余裕はこの時は無い。ただ発動した事実に対する安堵しかなかった。
だが、安堵したのも束の間、クラゲちゃんを締め上げる力が増していく。このままだと体を切断してしまいそうな勢いだ。
まずい まずい まずい
焦りすぎて言葉も出ない、俺が一人必死に焦っていると、俺と同じように慌てて動き出す存在がいた。掴まれて身動きが取れないでいたこいつが暴れ出した。
意識をクラゲちゃんに割いていたからか、咄嗟に暴れられて顔を掴んでいた手に僅かな隙間ができる。その一瞬でこいつは不快な金属音を発した。
すかさず顔を殴りつけ黙らせた後、さっきよりも強い力で顔を掴まれたこいつはもう暴れる気力がないのか大人しくなった。
少しはこの状況が変わると期待したが何も変わることは無く俺も抵抗を半ば諦めたその時、少し先の床の下から気配が登ってくる。体の方も気付いたのか床の方をじっと見つめる。
ドロリと金属を溶かしたような銀色の液体が床の隙間から沁み出して段々と人のような形に変わっていく。




