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第十話

 見慣れた通路を静かに進む化け物が一匹、その狂暴な見た目とは裏腹にその足取りはどこかぎこちなく、何処か頼りなさを感じさせた。


 俺はあの事件、膝枕事件?が起きた後しばらくあの謎の女性型モンスターと見つめ合っていた。本来なら間髪入れず攻撃を仕掛けるべきなんだが…… とある事情で攻撃はできなかった。


 まあそれはそれとして、しばらく見つめ合っていたんだが相手は何をするでもなく、じーっとこちらを薄く笑みを浮かべながら見つめてくるだけだったのだ。


 今まで家族以外にこんな優しい表情を向けられた経験が少なかったからか目の前の存在に対してわずかに感じていた不気味さもこいつの表情がその考えを薄れさせていった。


 すると相手が静かにこちらに寄って来たため俺は後ろに下がろうとしたが、見惚れていて反応が遅れてしまい、一歩下がったところで目の前まで接近を許してしまった。


 不味い!と思いつつも自分の中の下心というべきか照れというか何とも言えない日陰者特有の感情により頭が真っ白になりなんとも間抜けな姿勢で固まり声にもならない声が口から微かに漏れ出てしまっていた。


 近づいてきた存在は俺の情けない姿を気にすることなく、俺に向かって両手を伸ばしそのまま俺の体に腕を回しなんと抱き着いてきたのだ。


 俺に流れる時間が完全に止まってしまった。正直、心停止しててもおかしくないと思う。相手はそのまま俺の体に顔をこすりつけている。


 この行動に何の意味があるのかどういう意図があるのかを今は考えることができない。突然起きたことに俺の頭は情報を処理することができずパンクしてしまった。


 数秒固まった後、俺は彼女を優しく突き放す。彼女はきょとんとした表情をしていたが俺は顔を逸らしてその場をそっと部屋を去った。


 自分でも何をしているのか理解することができず、とにかく先に進むしかできなかった。だがこの話はここで終わらない。なんと部屋を出た後も付いてくるのだ、後ろを振り返って確認したわけじゃないが足音が聞こえ、気配をガンガン感じる。


 暫く歩いても後ろを付いてきていて、なんだか野良猫が自分の後をずっと付いてくるような、何とも言えない嬉しさを感じるがなぜ付いてくるのか謎が深まるばかりだ。


 俺は意を決して足を速めるとみるみる彼女との距離が開いていくのを感じる。このまま引き離してしまったほうが余計な考え事を増やさず済んだのだが。


 振り返るとそこには、あまり早く移動できないのか待ってと言わんばかりに悲しそうな表情と寂しそうに腕を伸ばす彼女の姿があった。


 物凄く申し訳ない気持ちになった。何か悪い事をしたわけでは、いや走ったのは悪かったか? とにかく彼女の姿を見てたらこっちまで悲しくなってしまった。


 俺はその場で立ち止まり彼女が追いつくのを待った。そこからは彼女の歩幅に合わせながら進んでるというわけだ。

 このままどこまで付いてくるかわからないが、突然俺の後を付いて来なくなったらそれはそれでダメージが大きそうだ。その時はしょうがないと割り切るしかないのだが、果たして割り切れるかどうか…… 


 さっきより落ち着いてきたが自分の傍に誰かがいることがこんなにむず痒いことだとは夢にも思わなかった。


 時々彼女のほうを向くと嬉しそうにこちらを見てくるので俺はサッと前を向きなおす。なぜ彼女は俺に付いてくるのか、それだけじゃなくこちらに好意を抱いているようにも感じる。


 俺の自惚れや単にそういう生態でハニートラップを仕掛けてきてるだけかもしれないが、今の所そういう気配は無い。


 仮説では俺は魔物だ、魔物以外の生物と敵対してもおかしくない存在なのだが、彼女はそんな俺に好意を寄せている。


 何故か? 





 知るか 


 ここまで色々なことを考えてきた、なぜここに来たのか? なぜこの姿になったのか? 俺は何なのか? 

 あの壁画の不気味な何かの正体は? ていうかその正体は俺か? 今後ここを出て人と接触するかどうかなどの etc.


 そんな事はもうどうでもいい、今はそんなくだらない自問自答に割いてる時間は無い。なぜなら、今は彼女の歩幅に合わせて歩くことに全神経を集中させているからだ。


 自分にもし彼女ができたらこんな感じになってしまうのだろうか。ただ後ろに付いてくる目的の分からない者を仮に彼女と呼んでしまうのは少しおこがましいように感じてしまうが。


 お互いの足音が通路に響く…… (てか通路長くね?)


 このまま無言で進んでしまったら、いつか「今日はいい天気ですね」とか喋り掛けてしまいそうだ。客観的に見て今の俺は相当浮かれてるみたいだ。


 異性にここまでの好意を寄せられたことが無かったというのもあるが、ここまでずっと一人で行動していたため単純に一人じゃない今の状況が気分転換にもなり、心に余裕が生まれているのが一番の理由だろう。


 そんなこんなでしばらく歩き続けると、あることに気付く。上に行く階段が見つからない。通路の途中に分かれ道や広場などは見当たらなく、ほぼ一本道だったため道を間違えたとは思いにくい。


 多少の違和感も感じつつも、まあ通路の終わりが階段だろうと思いその歩き続ける。だが歩いても歩いても一向に通路の終わりに着くことは無く、それどころか曲がり角にすら突き当らない。空間を切り取ったかのようにこの一本道の通路に閉じ込められてしまった。


 生唾をゴクリと飲む、意を決して振り返るとそこには先ほどから変わらずこちらに笑みを向ける彼女の姿がある。


 前を向き直ってからその場に立ち止まる。


 俺はこの不可解な現象の犯人を目の前のこいつと断定した。というか現状怪しいのがこいつしかいないためだ。俺は即行動に移しマナを溜めいつでも解き放つ準備を済ます。


 準備完了だ、不幸中の幸いかこれまでの苦い経験からこの体のマナの扱いにも慣れてきたからか、マナを溜めるのがだいぶ早くなってきている。


 やはりこの世界は食うか食われるか、殺るか殺られるかでしかない。自分の認識の甘さというか異性に対する考えの甘さが自分で自分の首を絞めることになる。甘さを捨てなければならない。


 瞬時に振り返りこいつに渾身の一撃を繰り出す。一撃で倒せるかわからないがこれを喰らえば、何かしらの能力を解除するしかないはずだ。これでこの空間から脱出できる。


 拳を振った衝撃で爆音が鳴り響く、目の前には無傷の彼女が変わらずの笑顔で立っていた。そう、俺は彼女に攻撃することができなかったのだ。


 できねええええ! 


 心からの叫びだ、どういう理由で俺を閉じ込めているのかわからないし、好意と感じてるものは俺の勘違いかもしれない。


 それでも俺に向けてくれたあの表情を見ると、俺は攻撃を当てることはできなかった。俺はとことん甘すぎる。これまで異性と関わることが少なかったため知らない自分をまさか異世界で垣間見るとは思ってもみなかった。


 とにかく彼女が俺に対し物理的な攻撃をしてこない限りこっちからはもう手は出さない。


 ということはつまり、困ったことにこの隔離された空間から出られないということになる。どうするべきか……

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