愚かなる者たち、ゴルゴダ
落合恵、神楽坂弥生に続き、なんと今度はアリッサ・セントメリーが拉致されてしまった。
私のスマホに「喜屋武宇宙が来なければお前の部の金髪女を輪姦す」という、いたってシンプルなメッセージが届いた。差出人は「ゴルゴダ」、なんともキリスト教っぽいネーミングだが、実はこの辺りではちょっと名の知れた不良グループだ。今まで相手にしていたチンピラ高校生風情とは訳が違う。
そのゴルゴダが指定してきた場所は、彼らが拠点としているらしい、神奈川県側の多摩川べりの工場跡地だった。
宇宙くんは危ないから自分一人で行くと言い張ったが、私と弥生は強く同行を主張、宇宙くんもとうとう折れて、私たちは三人で敵の本拠地に出向くこととなった。
そこは、どの鉄道の駅からも離れた、古い準工業地帯と思しき廃ビルやシャッターの降りたビルが目立つ地域だった。壁やシャッターには卑猥なスプレー書きがやたらと描かれ、街の雰囲気をさらにすさんだものにしていた。
不思議なくらいに人通りも、車の行き来もない。私たちは、まるでゴーストタウンに迷いこんでしまったかのようだ。
住所を頼りにようやく指定の場所にたどりつき、少しだけ空いていたシャッターをくぐって中に入った。
そこは、バレーボールのコートほどの広さの廃工場だった。
廃工場の中は、閑散とした街の雰囲気とは対照的に濃密な人の気配があった。その空間は煙草の臭いと男たちの下卑た笑い声に満ちていた。
我々三人の姿を認めると一斉に怒号が上がった。
広くないスペースには三十人くらいの男と、数人の女性がひしめいていた。腕に刺青をびっしりとした男や、どぎつい色に髪を染めた男女に交じって、河川敷で私や宇宙くんに叩きのめされた奴らも見かけられた。なるほど、どうやらあいつらが手引きをしたらしい。
「ねえ。こういうところ、趣味じゃないんだけど」と私が言うと、緊張した面持ちの弥生が無言で頷いた。
そして、その廃工場の一番奥の一角に、ピンクや紫に髪を染めた女数人に囲まれて、なんとアリッサは全裸で十字架にはりつけにされ、そのパイパ…ハイジニーナ処理をされた豊満な裸体を曝していた。
ゴルゴダだけに磔ってか。この腐れ外道どもが! ふざけるんじゃねーぞ!
私の中の怒りが瞬時に沸騰点に達した。
一方で、この人数と乱闘になるのはまずいとも思った。勇気を振り絞って、私は相手を挑発した。
「ねえ、一番強い者同士の一対一で決着をつけない?」
相手側から一斉に怒号があがる。
「なんだ、コラァ、調子こいてんじゃねーぞ!」
動じずに私は言い返した。
「それとも総がかりじゃないと喜屋武くんに敵わないってことかな。それでも構わないけど、そちらに無駄なけが人が出るだけと思うけど」
集団の中から、首に刺青を入れた、身長185センチ、体重はゆうに100キロ以上ありそうな大男がのっそりと姿を現した。
「いいぜ、相手になってやるよ」
「うぉーっ!」
不良グループどもから地響きのような歓声があがった。
「総長、やっちゃってください」
「殺せ!殺せ!殺せ!」
どうやら自分たちのボスが負けるとは微塵も思っていない様子だ。
「ゴルゴダの総長、蔵王権太郎とは俺のことだ」
「蔵王だか何だか知らないけど、喜屋武くんが勝ったら、直ちに部下どもを解散させ、アリッサをこちらに返してもらうわよ」と念を押す私を蔵王が鼻で笑った。
「こいつをぶちのめした後、パイパンの金髪だけじゃなくて、お前と、そっちの女も俺らでかわいがってやるぜ。やりまくってその動画をネットに上げるけど、顔くらいはモザイクかけてやるから安心しな」
こいつ、どこまで下種なんだ。
こいつが宇宙くんと同じヒューマノイドで、もし彼が負けたら、と思うと全身に鳥肌が立った。宇宙くんは一人で行くと言ってくれたのに、のこのことついてきて…と今更思ったところで後の祭りだ。
「お願い、宇宙くん、頑張って」
私たちは祈るような気持ちで二人の勝負の行方を見守った。