アルファ・ケンタウリのヒューマノイド
「長くなるから、とりあえず中に入って」
口数が少ないのはいつも通りだけど雰囲気が違う。
「長くなるって何?」彼の態度に違和感を感じつつも、私は、彼に促されるまま、彼の家に入った。
通されたリビングは、十二畳くらいだろうか、広くはあるが、むき出しのフローリングの床に、テーブルと椅子が四脚ある他は小さな冷蔵庫があるだけで、TVも、ソファもない。寒々とした、全く生活感がない空間だった。
彼は、その冷蔵庫から水のペットボトルを取り出し、私の目の前に置くと、私の正面の椅子に無言で腰かけた。
沈黙に耐えきれなかった私が、当たり障りのない質問を投げてみた。
「あの、ご家族の方はお仕事なのかな?」
「家族ならいない」
「いないって、もしかして一人暮らしってこと?」
「そう」
間取りは2LDKだろうか、高校生の息子をこんな広いマンションに一人暮らしさせるなんて、もしかして喜屋武家は相当な金持ちなのだろう。
まてよ。ということは、年頃の男女が彼の自宅で二人っきりってこと? 私は急に心臓がどきどきしてきた。
私の心を先読みしたように彼がことばを続けた。
「心配いらない」
「えっ?」
「生殖能力はミッションの遂行に必要がないので備わっていない。恋愛感情も理解できない。だから、久我さんが心配するようなことは起きない」
彼の言うことが全く理解できなかった私は、顔中をクエスチョンマークにして、彼の次の言葉を待った。
「元々僕に親はいない」
えっ、私、聞いてはいけないことを聞いてしまった?
「そもそもが、久我さんのような地球の現生人類、学名で言うところのホモ・サピエンスではない」
ようやく喜屋武くんが話し始めたと思ったら、変なことを言い出した。普通であればくだらない冗談と一笑に付すところだが、今朝のこともあるので、一応彼の言い分を最後まで聞くことにした。
「証拠を見せる」
彼はおもむろに椅子から立ち上がると、なんとスラックスを脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと! 何してるの! やめてよ!」
「見て」
大人の男性の裸といえば、幼い頃、お風呂で父のものを見たのが最後ではあるが、顔を覆った指の隙間から見た彼のむき出しの下半身には、あるべきものがあるべきところについていなかった。
驚愕する私をしり目に、喜屋武くんは、何事もなかったように服装をただすと、淡々と話を続けた。
「僕は、この地球から約4光年離れたところにある、地球人がアルファ・ケンタウリ星系と呼んでいる惑星の生命体によって生成された、対地球人コンタクト用のヒューマノイド」
「僕を作った生命体は、高度な知能と技術を持っているが、形状は全く地球人に似ておらず、その身体は地球の環境に適応できない。ゆえに、地球人とのインターフェイスを目的として、三か月ほど前に僕が作られた」
「そ、それってロボットってこと? どうみても人間にしか見えないんだけど」
「僕を生成している物質そのものは地球人と大きく変わりはない。ただし、僕は人間が極限までトレーニングをして強くなった状態を想定して生成された」
「ということは、どんなスポーツでも世界記録を作れちゃうくらいすごい身体能力を持ってるってこと?」
「ありていに言えばそういうこと。加えて、人間が持っていない能力もいくつか持っている。自己修復能力もその一つ、今朝の事故程度の衝撃であれば、一日あれば修復できる」
想像を絶する話ではあるが、辻褄があっていて、反論の糸口がつかめない。
「喜屋武くん、あなたが、その、作られたヒューマノイドだとして、喜屋武くんは一体何の目的のために作られたっていうの? あなたのミッションっていったい何?」