謎の転校生、現る
さてさて、謎の転校生といえば、もはや学園ファンタジーの鉄板の一つと言えよう。
新学期特有の喧噪もようやく収まったゴールデンウイーク明けのことだった。私、久我姫乃がクラス委員を務める風華学園高等部二年三組にも、その謎の転校生がやってきた。
その日は、クラス担任である安田明先生が、そのチェシャ猫のようなにこにこ笑いをいつもより二割増しくらいにして、朝のホームルームに登壇した。
安田先生は二十代後半の物理教師、比較的年が近いこともあり、元より礼儀を知らない私たちは友達のように彼と接していた。一方で彼の方も、生徒たちのあまりの馴れ馴れしさに時々切れることはあるものの、たいていの場合はそれを喜んで受け入れていた。
「今日からこのクラスに転校生を迎えることとなりました。みんな、仲良くしてやってくれよ」
突然の先生のことばに、クラスがざわめき立った。
「先生、男ですか、女ですか」
当然、男子は美少女、女子はイケメンが現れるのを期待する。
「おーい、入って」
質問に答える代わりに、彼は教室の扉の向こうで待機していた転校生に声をかけた。
はたして扉を開けて現れたのは、身長は175センチくらいだろうか。中肉中背の、なかなかの美少年であった。
「わーっ」と女子から拍手と歓声が、男子は「あーあ」と落胆の声が上がった。
クラスの反響に動揺したのか、彼がおどおどした態度で黒板に名前を書き、小さな声で自己紹介すると、クラス中がさらに騒然となった。
「喜屋武宇宙です。沖縄から来ました。よろしくお願いします」
「苗字、きゃんだってよ。名前、宇宙じゃん」
「きゃんそらー? なんじゃーそらー!」
季節外れの、沖縄からの、変わった名前の転校生、うーん、これはまずまず謎の転校生の範疇に入るのではないだろうか。
そんなことを考えていると、安田先生の口から私の名前出た。
「席はクラス委員の久我の後ろが空いているよな。喜屋武、あそこに座って。久我、ま、そういうことだから、わからないことがあったら教えてあげてな」
返事をする間もなく、先生は転校生の面倒を私に丸投げし、朝のホームルームが終了した。
次の休み時間、早速クラスのヒエラルキー高めの女子グループに取り囲まれかけた彼を「校内を案内してあげる」と連れ出した。
「二年生の教室は全部で八つ、一組から四組までがこっち側、階段を挟んで向こう側が五組から八組よ」
私の説明に、ほとんどことばを発することなく、わずかに頷くだけの不愛想な態度の彼に軽くむかついたが、いやいや、沖縄の方言を気にして口数が少なくなっているのかなと思い直した。
「彼が早くクラスに溶け込めるようにしなければ」と、私はクラス委員としての使命感に燃えた。
でも、彼が注目の的になるのにさほど時間はかからず、私の心配は完全に杞憂に終わった。
昼休みのバスケでダンクシュートを決めたとか、体育の時間のサッカーで、35mのロングシュートを含むハットトリックを達成したとか、とにかく圧倒的な運動能力を発揮した彼は、「勉強はさほどでもないけど明るくて騒がしい運動部系のグループ」にもろ手を挙げて迎え入れられた。
同時に噂を聞きつけた運動部の争奪戦も始まった。バスケ部、サッカー部を始め、陸上部、バレー部、ラグビー部、ほぼすべての運動部の主将が入れ替わり立ち替わり教室を訪れ、熱心に入部勧誘を行った。
何かと話題の転校生は、背も高く、ルックスがそこそこ良いことも相まって、女子の人気もうなぎ登りで、彼が望んだ結果かどうかは別にして、転校生の喜屋武宇宙はすっかりクラスの人気者となったのだった。