肝試し
七月も終わろうとする夏の日、クラスの親睦を深めるという名目で、我々風華学園高等部二年三組は学園の所有する山の家に一泊二日の課外活動に行くことになっていた。
運動部の合宿等で参加できない数名を除いた男子12名、女子14名、そして引率の担任の安田明先生の総勢27名、私、アリッサ、宇宙くんの歴史部三人も参加組だ。
課外活動と言ったところで、特にたいそうなことをするわけではない。日々ストレスをため込みがちな高校生が、つかの間日常を離れて少しだけ羽目を外しに行く、そんな感じだ。課外活動だけにいろいろプログラムはあるのだが、本筋に関係ないところは割愛させていただく。
夜、こういう時のお約束のイベントとして、肝試しが行われた。特に誰かがお化けになって脅かすとかの企画ものではない。男女ペアで宿舎の近くの神社まで行って帰ってくるだけで、ペア決めのくじ引きの方がドキドキハラハラという、その手のイベントである。
女子の一番の話題は、宇宙くんのペアを誰が引き当てるかだった。一方で男子の方は、言うまでもなくアリッサが断トツぶっちぎりの一番人気だ。
宇宙くんのペアを引き当てたのはヒエラルキー高めのグループに所属する中野葉子さんで、グループの輪の中で小さくガッツポーズをしていた。
一方のアリッサのペアはこの私が引き当てた。女子の方が参加人数が多いためこうなったのだが、私は男子から羨望の眼差しを受ける結果となった。
一組ずつ、数分の感覚を空けて神社に向けて出発していく。私とアリッサは最後から二組目、一番最後が宇宙くんと中野さんだ。
出発しようとする私たちに宇宙くんが声をかけてきた。
「気を付けて。何かが起きるとしたらここ」
果たして、神社の少し手前の雑木林で、ビールを飲みながらTVを観ると言っていた安田先生が、鉈を片手に、いつものにやにや笑いをして立っていた。
「ようやくラスボスのお出ましってわけね」とアリッサ。
「助けを求めようとしても無駄だぜ。今結界を張ったから、お前らの声は外には届かないし、姿も見えない」
「えっ、安田先生、先生が対抗勢力のヒューマノイドだったの!?」
「なんだ、姫乃、気が付いてなかったの?」とアリッサがあきれ顔で私を見た。
そう言われてみれば、四年前に退学になった蔵王くんが、自分にアリッサを攫わせたのは「知っているやつだった」と言っていたっけ。今この学園で彼が知っている人は、三年間で卒業してしまう生徒ではありえない。四年前といえば、安田先生が新米教師として学園に赴任してきたばかり、今にもまして生徒たちとは友達のように接していたのだろう。
「俺の戦闘能力では喜屋武に敵わない。俺は奴と違って頭脳派だからな。車で轢いてもけろっとしているんだから恐れ入るぜ」
安田先生の独白は続く。
「それでも喜屋武一人なら何とでもなると思った。だがな、俺に敵対したのは喜屋武だけではなかった。歴史部に喜屋武以外にも特殊能力を持った奴が入部し、結束して戦闘力を高めていった。地球人の自律的進化の早さには全く恐れ入ったぜ」
「第三惑星の拠点は歴史部、そのかなめは久我、お前だ。喜屋武は俺には破壊できないが、久我、人間のお前なら俺にも殺せる」
私の背後で、アリッサが手の中の器械を操作し、ぶつぶつと呪文のようなものを暗唱している。
いよいよ安田がにやにや笑いながら、鉈を振りかざして向かってきた。ギリギリで躱そうとした時、後ろからアリッサに抱き着かれ、動きを封じられた。
なんでっ!アリッサも安田の味方だったの!?
私の脳天に安田の鉈が振り下ろされる。
「やられる!」と思った瞬間、私の目前の視界が大きく揺らぎ、景色が暗転した。
まもなく視界が戻った。何やらひどい乗り物酔いになった気分で、吐き気を堪えて顔を上げると、目の前に宇宙くんが立っていた。
「気を付けて。何かが起きるとしたらここ」
「あれ?」
「あなたを抱えて30分前にタイムワープしたわ」
私にそう言うと、アリッサは、宇宙くんに向き合った。
「喜屋武くん。敵は神社の鳥居の20メートルくらい手前の雑木林で結界を張って私たちを待ち伏せしていた。鉈を持っていて姫乃を殺そうとした」
「承知した」
彼は肝試しのパートナーとなった中野さんを置き去りにして、一人神社に向かって走り出していった。