隣りの魔法学園 緑の指
我が家の隣りには魔法学園がある。
葡萄酒を手渡してくれる気のいい木が、塀を跨いでやって来た。
世話して貰いたいって人がいるらしい。
来て貰えるように手配した。
いい風が吹いているから、すぐ来てくれるぞ。
葡萄酒も、もっともっと香しくなるだろう・・・
あいつが来るのが待ち遠しい。
グリンサムが家に戻ると手紙が届いていて、家族が喜んでいた。
「おい、グリンサム。魔法学園から誘いの手紙が来たぞ」と父が言うのをポケッと見たグリンサムは隣りのシャーロと顔を見合わせた。
ぼーっとしたままのグリンサムに向かって父親はもう一度
「だ・か・ら・手紙が来たんだ。入学しろって」と言った。
だが、父親の期待する反応をしないグリンサムは
「魔法学園ってなに?」と言った。
「そりゃー魔法を教えてくれるんだよ」と言った。
するとグリンサムが答えた。
「なんで、グリンに教えるの?別にいらないけど・・・忙しいし」
すると父親はちょっとひるんだが
「いいんだよ。教えてくれるっていうから習っときゃ。なんかの役に立つさ」と答えた。
他の家族も
「そうだよ、グリンちゃん。王都に行けるぞ」「グリンサムの好きなものがたくさんあるかも知れないだろ」「魔法は楽しいらしいぞ」
とか好き勝手に言い出した。
家族の援護に力を得た父親は
「すぐに準備しろ」と言った。
グリンサムはシャーロにうながされて部屋に行きかけたが、立ち止まって
「シャーロも一緒に行けるよね」と言った。
家族は互いに顔を見合わせてから、父親に目を向けた。
家族の注目を浴びた父親は、少し考えたが、こう言った。
「そりゃ、いいに決まってる。ほら、魔女って言うのは猫とかカラスとか蛙とか、えーーとふくろうをペットにしてるだろ。だからペットを連れて行っていいんだ。それのほうが魔女らしいだろ。だから蜘蛛のシャーロは立派な魔女のペットだ。連れて行っていいとも」
家族はそれを聞くと
「そうだよ。シャーロは立派な保護者じゃないペットだ」「そうだ。ペットだ」
「シャーロが入れば安心だ。じゃないペットだ」と口々に言った。
◇◇◇◇◇
グリンサムは年の離れた末っ子だ。家族全員がお腹にいるグリンサムを可愛がり誕生を心待ちして、生まれたら家族で大騒ぎして喜んだ。
そんなグリンサムはすくすく丈夫に育った。そして二歳の誕生日の朝、グリンサムのベッドの上に蜘蛛の巣が張ってあり、[おはんじょひ おめてと] とあった。
その巣にいる蜘蛛は緑の胴体に金の脚をしていた。家族はご機嫌で蜘蛛の巣に手を伸ばしているグリンサムを見て、蜘蛛は悪くないと判断して蜘蛛の巣をそのままにした。そしてグリンサムを抱き上げるとお誕生日のお祝いの食卓に連れて行った。
蜘蛛は部屋に入ってくる蚊やハエを食べて大きくなった。
やがて蜘蛛はグリンサムの肩に止まっていつも一緒にいた。グリンサムが庭で遊ぶようになると、やってくる変な虫からグリンサムを守った。
グリンサムの四歳の誕生日に家族は小さなスコップと小さな庭をプレゼントした。
グリンサムは野菜と花の種を、父親の指導のもと植えた。そして小さな如露を使って水をまいた。
野菜も花も季節に先駆けて育った。それは見事なものが育った。
グリンサムが庭のお世話をしている間、蜘蛛はその辺を歩き周り寄ってくる虫を食べた。
蜘蛛はどんどん大きくなった。グリンサム五歳の時は子犬くらいの大きさになってお誕生日の蜘蛛の巣は「おたん生日 おめでとう」だった。グリンサムは蜘蛛にシャーロと名前をつけた。
グリンサムが六歳の頃・・・シャーロは大きな犬の大きさになりグリンサムを乗せて歩き回った。
シャーロは畑に見つけた蛙やもぐら、蛇などと食べて大きくなっていった。この頃は餌を食べるのではなく、体液を吸うだけになった。蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされ干からびた食べ残しは、畑の肥料となった。
十歳になったグリンサムは父親のそばで畑の世話をした。畑の周辺はまわりの森から獣が出てくることがあるが、シャーロと一緒ならグリンサムも行ってよいと許可が出ている。
そして、十五歳の今、家族の為に糸でぐるぐるまきの獲物をシャーロは持って帰って来る。
そんな平和なグリンサムの世界に魔法学園が現れたのだ。
魔法学園が王都にあるのはわかっている。王都のだいたいの方角はわかる。
父親はグリンサムとシャーロに説明した。
「あの二番目の山の向こうに王都がある。あの山を超えてそこから五番目の山を目指す途中に王都がある」
グリンサムはシャーロに聞いた。
「わかる?」
しばらくしてグリンサムが答えた。
「わかるって。行けるって言ってる」
母親が急いで作った丈夫な布袋にスコップと如露。着替えをいれてシャーロは足に引っ掛けた。
それから慎重に風向きを調べると糸を吐き出した。そして空に舞い上がった。
「見事なもんだね」「あぁ、まったく」「シャーロが入れば安心だけど寂しくなるね」
「大丈夫だ。シャーロはわかってる。ちょくちょく帰って来るさ」
家族は話しながら、少しだけ涙ぐんで家に入った。
翌日、グリンサムの部屋を見に行った母親は大声で家族を呼んだ。
大きく書いてあったそれは
[行ってきます。まかせてください]
無事、学園に到着して楽しい学園生活を送るグリンサムだったが、三階の廊下から見える隣りの庭が気になっていた。
見えるのは平凡な庭で、自分が家に持っている庭のほうが遥かに立派なのだが、なんというか手出しをしたい!と思ってしまうのだ。
シャーロと一緒に忍び込むのもいいなと思ってしまうほど、魅力的なのだ。手出ししたい!
そんなある日、アルバイト募集の張り紙がされた。
あぁお隣はマクルシファーさんというのか、とグリンサムが張り紙を手に取ると、シャーロがいそいそと提出した。
そして、当日グリンサムとシャーロはマクルシファーさんのうちの玄関前に立っていた。
呼び鈴に答えて出てきたのは、それは綺麗な男性だった。
「よく来てくれたね。うちの庭一番の我が儘がどうしても君がいいというもんでね。来てもらったんだ」
「ここはなにかが喋るんですか?」
「いや、なに、うちの庭のね。紹介するよ」
グリンサムはマクルシファーさんについていった。
すると葡萄の木が、こちらへ幹を乗り出して枝を伸ばした。
シャーロは素早く前に回り込んだ。枝はピタリと止まった。
「おや、どうしたもんだ」と呑気にマクルシファーさんは言うと、グリンサムに
「なかなか優秀なお目付け役だね。彼の目にうちの葡萄は叶うかな?」と言った。
枝は、「安全ですよ」と言った体で枝を全部上に上げた。
シャーロは身軽に飛ぶと枝から枝へ飛び移った。
しばらくするとシャーロが降りてきた。グリンサムはシャーロに頷くとマクルシファーさんに向かって
「この木のお世話をさせて下さい」と言った。
「もちろんだとも、こちらからお願いしたことだ。全部、任せるから・・・できれば甘いのも辛いのもあれば嬉しい。その・・・種類が多いと尚、嬉しい」
マクルシファーさんのその言葉でグリンサムのやる気はぐんと大きくなった。
手出しするぞ!
誤字、脱字を教えていただきありがとうございます。
とても助かっております。
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