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十三と二千 ~ある夏の思い出~

作者: 紫電

ザッ…ザッ…ザッ…


とある山奥、獣道の路面を踏みしめる音が響く。

夏の長い陽も傾きはじめたころ。


「マズいなぁ…完全に迷ったぞ…」


少年は辺りを見渡すと、『ふっ』と短くため息をついた。


これ、帰れないんじゃないか。

そう考えると急に怖くなってきた。

ただ、ほんのちょっと家出をしてみただけのつもりだったのに。


一度立ち止まり、辺りを見渡してみる。

空はもう紅に染まりだしている。

この時期でこの暗さなら、時刻は大体5時半といったところか。


「…あれ、なんだ?」


少年の視線の先に、空の紅とは違う赤いものが映った。

不思議なことに、目線を逸らそうとしてもなぜかそちらを見続けてしまう。

なにか引き込まれるような、特別な力を感じる。


「鳥居と…祠?」


そちらへ向かって歩いてみると、道の脇に自分の背丈ほどの大きさの鳥居が。

鳥居の奥にはしめ縄が締められた祠があった。

その二つは道から少し外れたところに置かれており、木と草しかなかった獣道の中では異様な存在感を放っていた。


「なんでこんな場所に鳥居が…?」


少年は特に深く考えることもせずに引っ張られるようにして道を外れ、鳥居をくぐった。

鳥居のその先にある祠に手をのせてみる。

すると。


「…!?消えた!?」


手を乗せた祠が音もなく消え、さらに先へと続く道が現れた。

その道は草木のトンネルのようになっており、先は暗くて見通せない。


本来ならば恐ろしくて進めたものではないが、なぜか少年の足は前へと歩んでいく。

そして、そのことを少年自身も不思議に思ってはいなかった。


トンネルを進む。

しばらくすると、出口と思われるところから光が見えてきた。

その光は、傾いていた陽の光では説明がつかないほど眩しく、思わず少年も目を庇う。


少年の身体はその光に吸い込まれていき、トンネルを脱出した。






真っ白だった視界が、徐々に色を取り戻していく。

すると、そこにあったのは。


「集落…!?こんな山の奥に、住んでる人たちがいるのか…?」


小さな、小さな集落。

縄文時代の竪穴住居のような家が5軒ばかりと、少し高くなった丘に神社が立っている。

この集落をぐるりと囲むように高い木がそびえ立っており、まるで里を森が守っているかのようだった。

目線を上にやり、そんな木々を眺めていると。


「お兄ちゃん人間?」


「うわぁ!!!」


上を向いていた視界の外から、いきなり声がかけられた。

少年は驚き、腰を抜かしてしまう。


「あんまり大きい声出さないでよ。こっちもビックリするんだから…で、人間?見たことない顔だけど」


声をかけてきた人?は、5歳ほどの幼い子供に見える。

しかし見慣れない服を着ており、背中には四枚の羽根が映えているように見えた。


「あ…はい。一応人間だと思います…けど」


その距離感と勢いに押され、戸惑いながら返事をする。


「あちゃー、じゃあ異常事態だ。麒麟さまに伝えなきゃ」


それだけ言い残すと、その幼子はタタタッと神社の方へと走っていった。

尻餅をつき、抜かしていた腰をゆっくり起こしていく。


さっきの子供はなんだったんだ?

頭の中が疑問符でいっぱいになりながら、集落の中を歩いてみる。

ひと際存在感を放つ神社に、とりあえず向かってみよう。


それにしても、空気が澄み切っていて静かなところである。

俗世から離れた場所であるということが一目でわかるような、穏やかな雰囲気が漂っている。

いつもはうるさいセミの声も、なぜか今は心地よく聞こえる。


集落自体は家の数が少ないのもあって、そこまで広くない。

中学校の校庭の三分の一くらいであろうか。


そうこうしているうちに神社へ着いた。

すると、なにやら境内の奥の方から会話をしている声が聞こえてくる。

声のする方へ向かってみると、そこには先ほどの子供ともう1人、人らしき者が話していた。


「あっ、来ましたよ」


子供はこちらを指差すと、もう1人に伝達をしているようだった。

その姿は影に隠れていて、あまりよく見えない。

本殿の縁側に腰かけていたその人はゆっくりと立ち上がると、子供と共にこちらへ歩いてきた。


足から順に、その身が陽の光の下に現れる。


彼女は巫女装束を身に纏っており、空の色が反射するほど(つや)やかな青みがかった黒髪をしていた。

露わになった顔はとても整っており、細い眉と切れ長のツリ目を携えている。

歳のころは、10代後半から20代前半に見えるが、それにしては落ち着きがあるように思える。


そして何より目を引くのが、頭にシカのような角が生えており、その根元付近に同じくシカのような耳がついていた。


その異様ないで立ちと見たことのない美しさに、虜になっていたように思う。


「彼の言っていた人間とは、あなたかな。少々事情をお聞かせ願いたい。」


「えっ、あ、はい。」


彼女の言葉には少々距離というか、よそよそしいものを感じた。

まるで『ここは人間の来る場所ではない』とでも言いたげに。






「鳥居があったのでくぐってみた…と。おい、今週の結界の管理担当はお前だろう?まさかとは思うが…」


「あ、やべ。忘れてました!」


子供のその言葉に、女性は頭を抱える。


「こういうことがあるから管理はしっかりやれと言っているのに…参ったな…」


「ごめんなさーい。今からやりますぅ…」


そう言って、子供は少年がここに来た時に通った道の方へ駆けていった。


「スイマセン、僕も何が何だか分かってないんですけど…まずここはどこなんですか?」


女性は、走っていった子供の方を心配そうに見ながら、少年には見向きもせずに答えた。


「ここは、人ならざるものがひっそりと暮らしていく土地だ。いつもと変わらない日常を、過ごすための。」


その言葉は、やはり冷たく聞こえた。


「基本的にこの場所と外の世界は、私が張った結界で断絶されている。週に一度管理をし、永続的に外の世界を遮断する。」


子供を見送った女性は、集落の方へ視線を移動させる。

そこには、ちらほら先ほどの子供と容姿が似通った幼子たちがいるのが見える。


「あの子たちはこのあたりの土地に住んでいた妖精だ。…同じ土地にいたよしみで、私が保護した。」


「保護って…何から…?」


「あなた方、人間だよ」


女性は目を細め、恨めしそうに呟いた。


「『おとぎ話』だと歴史から抹消されているだろうが、我々と人間は共存していた時代があった。確かにあったんだ。」


拳を固く握り、ギリッと歯を食いしばる。


「私たちは恩恵をこれでもかと与えてきた。しかし、その恩恵をあなた方は自分たちだけのために使ったのだ。」


少年は自分の先祖たちが、この人たちに何かをしてしまったことを察した。

申し訳ないとは思いつつも、自分には何もできないことに苛立ちを覚えた。


「…こんな話をしても何の役にも立たないな。では、あなたをもと居た場所へ送り返す。ついて来てくれ」


「麒麟さまー、結界の管理終わりましたよー」


先程の子供、妖精のその声に女性はハッとする。


「そうだ、結界…あぁっ!そうだった…!」


女性は膝を叩き、『やってしまった』という表情をした。


「結界が張り直された…効果が切れる1週間後まで、外には出られない。」


「えっ」







「すまない。他に暮らす場所はないのだ。居心地は悪いと思うが我慢してくれ」


「いやぁ…ハハ…」


神社の本殿内、ここが彼女の暮らしている場所らしい。

先程まで我々人間に対しての恨み節を言っていた人(?)と、これから1週間暮らすことになってしまった。


「ところで、あなたの名前は何という?」


大樹(だいき)です。佐野大樹、13歳です」


「そうか、若いな。若くて純粋なのはいい事だ…見たところ邪気も少ない。そのまま育つといい。」


この人は何者なんだろう。

先程から気になって仕方なかったが、なぜか聞き出せずにいた。

確か『麒麟さま』とか呼ばれていたっけ。


「さて、色々あったがもう良い時間だ。飯にするから手伝ってくれ」


本殿の中は和風な民家そのものであり、囲炉裏がある部屋と調理場、寝室に分かれていた。

大樹は彼女に調理場に呼ばれると、野菜を洗ったり火を起こしたり雑用をこなした。


その様子を見ていた彼女は、少し驚いた様子で言う。


「大樹。あなたは文明の進んだ外の世界にいたのだよな?どうしてそんなに手際よく火を起こせる?」


「家族が、キャンプが趣味なんです。小学生の頃はよく一緒に行ったんですが…。」


大樹の表情が少し沈む。

それを見た彼女は何かを察し、話題を転換した。


「さあ、もうできるぞ。配膳を頼む」


竈の中で煌々と燃える火が、パチパチと心地のいい音を立てていた。






囲炉裏を囲み、そこに配膳された料理をいざ食べようとする。


「…大樹、なんだそれは?」


「え?」


箸を持った彼女が、大樹に問いかける。

その視線は、合わせられた大樹の手に注がれていた。


「ああ、これですか?食べる前に『いただきます』ってやるんですよ。というかてっきりこちらでも習慣になっているものかと…」


「何のためにだ?」


食い気味に追加の質問が飛ぶ。


「えっと。食べ物は必ず何者かの命を奪ってできていますよね?」


「まぁ、そうだな。」


不思議そうに頭をひねりながらも頷く。


「だから、僕たちの血肉になってくれるその命に感謝して食べようね、ってことで『いただきます』…なんですよ。多分」


彼女は顎に手を当て、興味深そうに話を聞いていた。


「それに、お米には7人の神様が宿っていると聞きました。やっぱり神様は大事にしないとですもんね」


その言葉に彼女は、ピクッと耳を反応させた。


「…面白い事考えるな、あなたたちは。」


「何かおかしいですか?」


「いや、実に素晴らしいと思うぞ。」


大樹の対面に座り、食事をとり始めた彼女の表情は、先ほどよりもにこやかになっているような気がした。







「さて、寝るか。」


「布団が1枚しかありませんけど」


「当たり前だろう、私はいつも1人で暮らしているのだから」


「そりゃそうですけど」


特に動揺した様子もなく、彼女は布団に入っていった。

そして片側に体を寄せると、空いたもう片側をポフポフと叩き。


「ほら、別に私は大樹を取って食ったりしないぞ」


「いや、それは分かってるんですけど…」


もじもじとしだした大樹を見て、彼女は彼がなぜ一緒に寝ることを渋っているのか気づく。


「大樹、まさか私があなたのような子供を異性として見ると思っているのか?」


「ッそんなわけないじゃないですかぁ!」


図星だな。

鈍感な彼女でもそれはよくわかった。


「ハハハッ!人間が抱く心配ではないぞ!大丈夫だ、入ってこい。」


おずおずと観念したように布団に入る大樹だったが、その日彼は寝入るのにいつもの倍の時間を要した。







深夜、大樹はふと目を覚ました。


1週間と期限は分かっているものの、得体のしれない場所に来て誰とも知れぬ人と過ごすのだ。

13歳の彼には、いささか負担が大きいように思う。


隣で眠る彼女に背を向け、小さくうずくまる。


急に、寂しくなった。

怖くなった。

気づけば彼の目からは雫が一粒、こぼれていた。


必死になって声を殺す。

この人に迷惑をかけてはいけない。


そんな気持ちから、声を出さないように泣いていた。

しかし。


「大樹。」


彼女は気づいていた。


大樹がここに来てからずっと、不安そうな表情をしていたこと。

そして、大樹という人間は彼女がイメージしていたような人間とは違うということ。

それはもしかすると、大樹に限った話ではないのかもしれないということ。


彼女は大樹の方へ体を寄せ、後ろから優しく抱いてやる。


「少し、話をしようか。」


囁くように小さな声で、彼女は話し始めた。


「私はこの辺りの土着神でな。…麒麟というのは知っているか?」


なんとなくは知っていた。

両親が飲んでいたビールのメーカーにそんな幻獣が描かれていた気がする。


「昔は人間からも『麒麟様』と呼ばれ、信仰の対象だったのだ。だが…」


麒麟も目を閉じ、悲しそうに語る。


「災害が多発した年があった。その時人々はそれを我々、神や妖精のせいだと各地の神社や祠を攻撃しだした。」


大昔のことである。まだ災害の真なる原因が解明されていなかった時代。


「我々は供え物などを対価に恵みをもたらすことはあっても、害をなすことはない。これは本当だ…」


大樹の頭を撫でながら、麒麟は言う。


「それからというもの、久しく人間と触れ合うことはなかった。でも、私はあの一度の経験のみで全てを推し量ってしまった。そして、それは間違いだったと気づかされたよ。」


目を細め、大樹を見る眼差しはもはや息子を見るように穏やかだった。


「おっと、次は大樹の番だぞ。どうしてここに来ることになったのか、教えてくれ。」


後ろから抱きしめられたまま、会話のバトンが大樹に渡された。


「…僕は、もっと自由が欲しかったんです」


大樹は中学1年生、夏休みの直前である。


「小学生の時は、放課後に友達と遊んだり…休日にキャンプに行ったり。色んな事ができました。」


中1ギャップ、という言葉がある。

手厚いサポートがあった小学生時代に比べ、自主性が重んじられる中学生。

そうした小学校との大きなギャップで、不登校など問題が生じやすい時期である。


「何も好きなことができなくなった。だから自由を求めて、山奥に入ってみたんです。」


「それで、何か変わったか?」


「いいえ…」


「そうだろう。私も似たようなものさ。人間から逃げて、歩み寄ろうとしなかった。」


その言葉から、5秒ほどの沈黙が流れる。


「なあ。私たち、2人でそれぞれの問題にもう一度立ち向かってみないか?」


「どういう意味ですか?」


「ほら、アレだよ。1人だと辛いけど2人で一緒にやってるって思えば頑張れる気がしないか?」


その妙な提案に、大樹はフフッと吹き出す。


「な、なにが可笑しいんだよ」


「いいえ、嬉しいですよ。」


大樹は自分を抱いている麒麟の手に、自らの手を重ねる。


「麒麟様って、自分の名前は持ってないんですか?」


「あぁ。皆から麒麟様と呼ばれてるからそれが当たり前になっているが…」


「麒麟さんって呼ぶのもいいですけど、何か愛称が欲しいですね」


それから10秒ほど考え、パチンと手を合わせた。


「麒麟だから…『りん』なんか良いんじゃないですかね。りんさん。」


「りん…りん、か。ふふっ」


満足げに口角を上げ頷く麒麟。


「今日はもう遅い。明日は朝から仕事を手伝ってもらうからな。早く寝よう」


大樹から腕を離し、元居た場所に戻ろうとする。

が、その腕を大樹は掴んだ。


「今日は、このままで寝ちゃダメですか…?」


りんはそれを聞くと、内心嬉しそうににやけた。


「ん~?さては子供のくせに私に惚れたか~?」


と、からかってみる。

顔を真っ赤にして反論する大樹と共に、2人は眠りに落ちていった。






時が立つのは早いもので、2人が一緒に暮らしだしてから7日。

つまり1週間が経った。

長いようで短いこの1週間を共に過ごした2人の、別れの時である。


「私も徐々にではあるが、人間と交流していけるようにやってみる。大樹も、頑張るんだぞ」


大樹が頷くのを確認すると、麒麟は懐から紙を取り出した。


「ここから出て、人里までの道を記した地図だ。もう、迷うなよ」


「はい!りんさんもお元気で!」


手を振り、結界の出口の方へ向かっていく大樹。

と、少し行った所で踵を返して戻ってきた。


「どうした?なにか忘れ物でも…ッ!?」


大樹はつかつかと麒麟の眼前まで歩いていき、背伸びをした。

それにより、麒麟と同等になった背丈の彼は、彼女の頬に軽いキスをしていった。


「素直じゃなくてごめんなさい。大好きですよ、りんさん」


そう言い残して、恥ずかしそうにそそくさと立ち去っていく大樹。

麒麟はそれをただ茫然と立ち尽くし、見送ることしかできなかった。


心を奪われていたのはあなただけじゃない。

私も、あなたのことが大好きになってしまっていた。


そう伝えることも出来ず。






大樹は1週間ぶりに家に帰った。


もちろんこっぴどく叱られたし、学校以外の外出は当分の間できそうもない。

でも、帰ってこれた。


あの人がくれた、地図のおかげで。

その地図を持ち上げ、何気なく照明に透かしてみた。


すると、裏側に黒い字で何か書いてあることに気が付く。

地図を裏返してそのえらく達筆な字を読んでみる。


『大切なことを思い出させてくれてありがとう。二千年の生涯で、一番楽しい時間だったよ。私はこの先消えてなくなるまで、大樹のことを忘れることはないだろう。だから、大樹もたまには私のことを思い出してほしい。いつかまた、会おうな。』


『りん より』


大樹はその手紙を読み終えると、一粒の涙とともに微笑み。

大切に、大切に机の中へそれをしまった。


昨日(2024年11月4日)、思いつきました。

僕が推している、同名で、麒麟という設定のVtuberさんからインスピレーションを受けています。

彼女とはだいぶキャラが違いますが…(笑)

こういう神隠し系というか、いざなわれる系は僕のロマンでして。

こんなことにならないかなーと山道をほっつき歩くのが趣味でもあります。

お読みいただき、ありがとうございました。

最後に一言。

おねショタは、いいぞ。

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― 新着の感想 ―
大樹くんと出会った時の「人間から妖精を保護した」とか「私達が与えた恩恵を人間は自分たちのためだけに使った」といった麒麟様の言葉から、人間に対する不信感や警戒を強く感じました。 自然災害を自分たちのせ…
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