第8話 猪の生姜焼き
騰蛇様と朱雀様は、そこから『料理』というものを始められた。
初めて聞く音の調べと、手際の良い動作が続いていく。食材を切ったり、道具を使って火を通したりとしていく所作がとても美しい。
『癒しの巫女様』の仕事での音だなんて、私の紡ぐ言祝ぎだけだ。かすれた声で紡ぐそれを、依頼者は美しいと言ってくれたりしたが、私はよくわからなかった。傷を癒す以外に、言祝ぎで痛みを和らげるだけの所作。
それではない、小気味の良い音の調べは耳に届くと落ち着くと言うより、高鳴るような感覚となった。見ているだけなのに、まるで自分が作っているかのような錯覚を感じた。こんな気持ちになるのは初めてでよくわからない。
けれど、決して『嫌』ではないと思った。
「ほい。生姜焼き一丁お待ち!」
朱雀様の方が先に出来たらしく、私と天一様の前にあるテーブルにとんっとお皿を置かれた。つやつやした茶色の何かに、薄緑の美しい刻んだものが添えられている。湯気が立ち、鼻をつく香りはお腹の音をさらに大きくしてしまう。
そして何より。
「……食べ、たい」
その欲望が剥き出しになってしまう。先ほどのおにぎりを最初に食べたせいか、私のお腹はまだまだ食事を求めていた。食べたくて仕様がないほどの空腹がひどく訪れているのだ。
「もちろん、どーぞ」
「砂羽っちのご飯なんだから食べて食べて〜?」
御二方にそのように勧めていただき、お箸と一緒にまたあの温かいお米を今度はお茶碗に盛り付けてと言う魅力的な組み合わせ。
しょうがやきと言うのもはじめて食べる食事だが、どんな味なのか期待がふくらんでしまう。ごくりと唾を飲み込んでから、先ほどは忘れていた、いただきますをして。震える手でお箸を持ち、お皿に盛り付けられたしょうがやきをつまめば。少し固い感触が伝わってきたが、口元に持ってくるとさらに香りが強くなってきて。
パクッと、すぐに口の中へと入れてしまった。
「……ほわぁ」
甘い、しょっぱい。
けれど、おにぎりのようなほんわかした甘さよりこちらの方が濃い。濃厚とも言うべきか、味がすごく濃いのだ。噛んでみると、弾力はあったがブニョブニョしない代わりに少し固い。お肉独特の味わいもしたが、これは『美味しい』とわかる上質なお肉だと理解出来た。
たくさん噛むと、口もだが頭の中まで『幸せ』が訪れたかのような、形容し難い感覚に酔いしれてしまう。飲み込むと、もっとっと本能的に欲しくなりお箸を動かす手を止められなかった。
「砂羽っち、美味しい?」
「お……いひいでふ!」
「うんうんー。生姜焼きは甘じょっぱいの鉄板だもんね〜? そのままだとずっと濃いから、お米も一緒に食べてみたらー?」
飲みこんでから頷き、忘れかけていたお米をひと口食べてみると。優しい甘さがお肉を包み込むようで、とても素晴らしい組み合わせだと思えた。
「さらに、付け合わせのキャベツも似た感じになるよ?」
と、朱雀様のお言葉もいただけたので、シャキシャキする瑞々しい野菜をはじめて口にした喜びも、形容し難い気持ちになれた。
神様の生活される場所だと言うここは、本当に天国のような素敵な場所だ。あの父親が審神者と言う生贄にしなければ、私は本当に死んでいただろう。
生きていて良かった、と本当に心から思うことが出来て嬉しかった。
「いい食いっぷりだな? こっちもあらかた出来たぜ」
そして、ここに連れて来てくださった騰蛇様の方では。『ぷしゅー』っと言う大きな音とともに、お料理が出来上がったらしい。
まだまだお腹が満たされていない私は、そちらもすごく気になってしまった。お皿の上にあったしょうがやきは既に完食したために。