第70話 我らの儀②
あにぃ……いいえ、綾雅様が来てくださった。私のために、『美桜』のためだけに。天照の子孫である我らのために、鵺の道をかいくぐって来てくださった。
そして、妻が私とわかると……共に泣いてくださった。私は、本当の砂羽とただただ漂っていただけ。鵺の道と道の狭間に、ただ『穢れ』の概念として漂っていただけ。
でもそれを、百二十年以上は繰り返して、貴方様方にお会い出来なかった悲しみは……私たち以上に重くのしかかってきたのでしょう。私たちは平気でも、殿方には女に酷な使命を与えてしまったのだと。
「……狼王様が。兄者が、赦して……くださるか」
「……兄上はきっと、赦してくださいます。中津の砂羽がもうあちらに向かっていく兆しがありましたもの」
現世と常世を支える人柱とも言える半神半人の姫らが我らの正体。
形があるようでない、ならば骨となっても造り替えてよいかの儀を百年以上は繰り返してきて。
砂羽は『癒しの巫女姫』として、都波に穢れの『呪箱』を残してきた。その淀みを今回なくしたことで完成したのが『咲夜』。我らが慈しむ小さな末の妹姫。
綾雅様にも、きっとその意味を『軍人』ではなく『八王家』の人間として、きちんと受け止めたのでしょう。どこかに行ってしまった眼鏡はもうなく、私に抱き着きながら嗚咽をこらえて泣かれていますもの。
私が感じ取れる、あの子たちの今を伝えても。これまでの過酷さを思えば、自分たちはぬるま湯に浸かってただただ見てきただけだとお思いでしょう。そんなこと、ちっともありませんのに。
「……償う、必要はあるだろうか」
「いいえ。ただ、兄としてきちんと出迎えてあげるだけですわ」
「……そんな、ことで?」
「そんなこともなにも、我らとて『ヒト』ですよ? 神の血を継いでいても、結局は『ヒト』に他ならない」
「……八王家も?」
「皇室も何も。時空が違うだけで、住むところが違うだけで『存在』しているだけにすぎませんわ。我らとて、ただただ神頼みなんだので生きているだけではありませんもの」
「生きて……か。そうか」
顔を上げてくださいますと、まだ涙は整っておりませんが。内側の『氷』は解け始めているよう。
今まで、龍の血を表側で継ぐ者の中には。
その正室をお輿入れするまで、一度とて最上の供物は別れの最後まで口にしないことと言われていた。
その氷を解かすのは、正室の務め。つまりは私。
天孫の中でも、一番上の孫の子孫の私が綾雅様の心の氷を解かさなければいけないのだ。その供物を、まずはひとつ。
口づけにて、お返しするの。
合わせるだけのものだったけれど、綾雅様はとても驚いていらしていた。
「ふふ。これから、お好きな馳走を振舞う前に。まずは、ひとつ」
「……こんな。最上を」
「貴方様以外で、お渡ししません。綾雅様にだけ、特別」
「……これまでを、赦してくださいますか?」
「もちろん。我、天照の末孫は赦しましょうぞ」
とはいえ、都波の家はまやかしを解いたので今は誰もいない。せっかくなので、大した食事も難しいから兄上側の現世へと鵺の道を使って移動することにした。砂羽たちも、きっとあちらへ移動しているでしょうから、殿方の食事量を思うといっぱい作らなくちゃだもの?
次回は木曜日〜




